第67話:大田 秀介
ノートPCの画面に走るコードの文字列が、夜のサンノゼのアパートを青白く照らしていた。
キーを叩くたびに心臓が高鳴る。もう「できるかどうか」なんて疑問はない。――できる。必ずできる。問題は、どう見せるかだ。
健太が紙コップのコーヒーを机に置いた。
「なぁ秀介、もう機能的には完成してる。あとはプレゼンだ。どうやって“観客の心を掴むか”だよ」
彼の声は弾んでいた。
オレは頷いた。
「そうだ。今回の勝負は、コードじゃない。伝え方だ」
※※※
シリコンバレーの論文コンテスト。
そこに集まるのは世界中の研究者と投資家、ジャーナリスト。彼らは“広告”という言葉にもう辟易している。押し付けられる鬱陶しさ、データを食い荒らす業界の傲慢。
だからこそ――逆手に取る。
「広告は嫌われています」
――そう言って始めよう。笑いが起きるだろう。軽蔑のざわめきも混じるだろう。だが、その瞬間に観客は一斉に耳を傾ける。
そこから、デモを叩き込む。
※※※
オレと健太が練り上げたPoCは、シンプルで残酷なほど直感的だ。
スクリーンにはスマホ画面。
ユーザーが朝、眠そうに「コーヒー……」と呟く。
AIが答える――
《今日は会議があるね。カフェイン控えめの豆を試す?》
昼、ユーザーが「ランチどうしよう」と呟く。
《近くに評判の定食屋があるよ。今日はクーポンが出てる》
夜。疲れた声で「終わった……」
《お疲れさま。ちょうど上映が始まる映画がある。一緒に観に行かない?》
――広告が、人間みたいに気を利かせてくる。
観客は笑い、ざわめき、そして理解するだろう。これはただの広告ではない、“伴走者”なのだと。
※※※
だが真の仕掛けは最後にある。
翌朝、AIが語りかける。
《昨日おすすめした映画、どうだった?》
会場は息を呑むだろう。
広告が“覚えている”。広告が“関係を築こうとしている”。
「広告は、もう情報を押し付ける存在ではない」
オレは締めにそう言うつもりだ。
「広告は、あなたと共に過ごす――コンパニオンになるんです」
※※※
健太が机を叩いた。
「それだ! それだよ、秀介! 観客は絶対にひっくり返る!」
胸が熱くなる。
――これが、オレの復活なんだ。
かつて「処理屋」として機械的に対応し、いつしか人間的な感情が希薄化していたオレが、今は世界を驚かせようとしている。
窓の外、シリコンバレーの夜景が瞬いていた。
もう逃げ場はない。だが、それでいい。
ここでオレは、かつての夢を現実に変える。
世界を変える第一歩を――必ず叩き込むのだ。




