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第63話:高瀬 彩花

 名古屋行きの新幹線の窓に流れる景色を眺めながら、私は何度も胸の奥で自問していた。

 ――香里をもう少しサポートしなければならないのに。

 彼女が今、どれだけ苦しい立場にいるか、分かっている。

 それでも私は、佐藤に命じられるまま、この出張に同席している。


 同行するのは、副社長・愛川正則、そして美沙。

 重苦しい空気をまとった三人の旅は、始まる前から失敗の匂いを漂わせていた。


※※※


 栗田自動車本社。

 応接室に通されると、そこにいた幹部たちは思いのほか穏やかな表情をしていた。

 しかし、その視線が向けられていたのは私に対してだけだった。


 「高瀬さん。先日はキャンペーンでお世話になりました。あの時の企画力と進行力は、当社でも高く評価しています」

 「現場の社員からも、“あの方は本当に信頼できる”と報告を受けています」


 言葉は丁寧で温かい。

 けれど私は知っていた。――これは電報堂という会社への信頼ではない。完全に「高瀬彩花」という一個人への評価だ。


 その証拠に、副社長に向けられた言葉は冷徹だった。


 「しかし……副社長。御社の社員による暴力と侮辱行為は、当社の社員が目撃している明確な事実です。それを“なかったこと”にするような隠蔽体質の会社を、我々が信用できると思われますか?」

 「答えは一つです。二度と付き合いません」


 私は思わず背筋を強張らせた。

 副社長の顔が赤く染まる。だが、反論の余地はなかった。


 「今日は高瀬さんが来られると伺ったから、こうしてお会いしました。あなた個人には感謝していますよ。……ですが、大田さんはもう退職されたのでしょう? それなら、電報堂には用はありません。別れた奥様にお越しいただいてもね……」


 胸の奥に鋭い刃が突き刺さるが、不思議なほど一方では誇らしさが湧いている。

 ――ほら、秀介がいるかどうかが全てでしょ。

 秀介が存在しない電報堂グループなんて、もう栗田には全く無価値なのだ。


※※※


 そのとき、隣に座っていた美沙が声をあげた。

 「……別れてなんかいません!」


 全員の視線が一斉に彼女に向かう。

 頬を涙で濡らし、声は嗚咽で掠れていた。

 「そんなことありません。……秀介は、還ってきます! 必ず!」


 その姿に、私は胸が締めつけられた。

 けれど栗田の役員は、淡々と首を振った。


 「――元奥様にそう言われてもね。実際、どこにいるかも分からないのでしょう?」


 美沙の涙は堰を切ったように溢れ出した。

 彼女は言葉を重ねようとしたが、嗚咽にかき消され、ただ震える声だけが室内に残った。


 副社長は苦々しい表情で沈黙するしかなかった。

 私は目を閉じ、深く息を吐いた。

 ――これ以上は無理だ。


※※※


 会合は不調のまま終わった。

 帰り際、栗田の担当役員は私にだけ小声で言った。

 「高瀬さん、あなたがいたから今日はお会いしました。本当に感謝しています。でも……もう決定事項です。申し訳ない」


 胸が締めつけられる。

 やはり、組織としての電報堂は完全に見放されたのだ。


※※※


 東京に戻る新幹線の車中。

 私は窓の外に流れる夜景を見つめていた。

 「やっぱり高瀬なら動かせるかもしれない」――電話で報告した際の、全く状況の深刻さを理解しない佐藤の言葉が耳に残っている。

 次は名古屋に短期出張しろ、と。


 でも、分かっている。

 彩花という一個人の信頼だけで、組織の崩壊は覆せない。

 それでも、誰かがやらなければならない。


 私はある意味で気楽だ。

 秀介がいないから、もうこれは負け確定ゲームだ。私に責任も何もない。

 

 電報堂は報いを受ける時が来たのだ。

 私は秀介が今取り組んでいるプランの概要を既に由佳から聞いている。

 それはあまりにも難しすぎて、全てを正確には理解できない。

 でも一つだけ理解している事がある。

 もうすぐAIによって世界は全く変わる。

 電報堂なんて全く意味のない空の城になるのだ。

 世界を変えるのが私たちの秀介である事を私は確信していた。

 ざまぁ見ろ!


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