第61話:高瀬 彩花
その知らせが社内に流れ込んできた瞬間、空気が一変した。
栗田自動車から正式に届いた通告――「電報堂の処分内容には到底納得できない。今後、我々のコンセプトカーを用いたキャンペーンは博広社と提携する」。
大手広告業界に身を置いて長いが、これほど露骨な拒絶のメッセージは初めてだった。
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もともと自動車メーカーのブランド広告においては、博広社が電報堂をわずかに上回っていた。とはいえ、それは日製自動車という業界三位のメーカーを長年抱えてきた結果に過ぎない。
しかし、世界最大手の栗田が完全に博広社へ移ってしまうとなれば話は別だ。電報堂にとってその損失は計り知れない。年間の売上収益に莫大なマイナスが生じるだけでなく、代理店としての「格」そのものが揺らぎかねない。
営業第2局のフロアには、重苦しい沈黙が漂っていた。
電話の受話器を置く手が震えている者。パソコンの画面を睨みつけるだけで、まったくキーを打てない者。
誰もが、目の前の現実を信じられずにいた。
追い打ちをかけるように、ネット連動のキャンペーン案件も次々と滞り始めた。
電報堂デジタルのメンバーが露骨に本体営業第2局の依頼を避けるようになったのだ。
「もう関わりたくない」――そんな本音が、冷ややかな空気として伝わってきた。
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その日の午後、佐藤局長に呼び止められた。
「……高瀬くん。頼めるかな」
声は低く、普段の威勢は微塵もなかった。
「デジタルを説得してほしい。彼らが協力してくれなければ、ウチが抱えるネット関連のプロジェクトが崩壊してしまう」
私は即座に首を振った。
「申し訳ありません。今の状況で、そんな“程度”の対応で解決できるとは思えません」
佐藤の顔が歪んだ。だが、言い返す気力すら残っていないようだった。
私はただ思った。
――もう手遅れだ、と。
※※※
廊下を歩いていると、高岡香里の姿が目に入った。
彼女は机に額を押し付けるようにして、書類を抱えたまま動けずにいた。
誰よりも秀介に助けられ、誰よりもデジタルとの協業を経験してきた彼女にとって、今の局の惨状は耐え難いのだろう。
私はしばらく立ち止まって、その後ろ姿を見つめていた。
――香里もまた、挟まれて苦悩している。
そう感じながらも、声をかけることはできなかった。
栗田の決断は、想像以上に深く、確実に、電報堂を蝕み始めていた。




