第59話:大田 秀介
グラスを置き、オレは一度深く息を吸った。
西海岸の夜景が窓に広がっている。ファウンダーたちの視線が、オレに集中していた。健太も黙り込んでいる。――ここで逃げる訳にはいかない。
「……ひとつ、考えていることがあります」
声がわずかに震えたが、飲み込んだ。
「Agentic AI――自律的に動くAIの応用について、僕は広告の世界にこそ決定的な変革が起こると信じています」
ファウンダーの片方が、眉をひそめた。
「広告? 君は技術者だろう? なぜ広告なんだ?」
オレは頷いた。
「広告は、これまで“一方的に届ける”ものでした。テレビCMも、ネット広告も、基本はそうです。でも……本当は人がブランドと関わるとき、一度きりの接触ではなく、会話や体験を積み重ねながら“関係性”を作っていくはずです」
言葉を選びながら続ける。
「僕が考えているのは、広告を“出すもの”から“共に過ごすもの”へ変える仕組みです」
ファウンダーたちが一瞬、視線を交わした。健太がニヤリと笑った。
「具体的には……?」
「人と会話しながら、その人の好みや価値観をスロットとして記憶するAIです。例えば――ある人がコーヒー好きだと分かれば、ただ『このコーヒー買って』と押しつけるんじゃない。朝の会話で“今日は新しい豆が出てるよ、一緒に試そうか”と自然に勧める。夜なら“今日は仕事を頑張ったね、リラックスにこのカフェどう?”と寄り添う」
オレの言葉に、健太の目が光った。
「……それってつまり、広告が“人間みたいに気を利かせてくる”ってことだよな?」
「そうです」
オレは頷いた。
「しかも、それは単なるチャットじゃない。一緒に動画を観たり、料理を試したり、スポーツを応援したり……AIと“共体験”を積み重ねることで、広告は自然に記憶と感情に結びついていく。広告が“体験のパートナー”になるんです」
ファウンダーの一人が、椅子に身を乗り出した。
「……それは、従来のCRMやターゲティングとは根本的に違う」
オレはさらに続けた。
「知識統合も可能です。AIは商品の情報、SNSのトレンド、レビューもリアルタイムで取り込む。だから“ただの宣伝”じゃなくて、“そのブランドを一緒に語る仲間”になれるんです」
沈黙。
ファウンダーたちの目が、大きく見開かれていた。
「……これは、世界中の広告業を根底から変える」
片方が呟いた。
健太が笑みを浮かべ、オレの肩を叩いた。
「言っただろ。やっと帰ってきたんだよ、本当の秀介が」
胸の奥が熱くなった。
――そうだ。
やっと、オレは自分自身を少しだけ取り戻した。




