第58話:大田 秀介
サンフランシスコ国際空港に降り立った瞬間、胸の奥で何かが大きく揺れ動いた。
潮風に混じる独特の空気。耳に響くアナウンスの英語。広々としたガラス張りのターミナルに射し込む西海岸の陽光――すべてが眩しくて、息を吸い込むたびに胸が膨らむようだった。
「Hei!!秀介!」
声のする方を振り向くと、そこに健太が立っていた。
ラフなシャツ姿にリュックを背負い、かつての大学時代と変わらない笑顔を浮かべている。
その姿を見た瞬間、胸が熱くなった。
「……健太!」
思わず駆け寄って握手を交わす。そのまま抱き合うように肩を叩き合った。
「本当に来たんだな……! いや、やっと来てくれたんだな!」
健太の目が輝いていた。
「お前がこの世界に戻って来るのを、どれだけオレが待ったと思ってる? ずっとだよ、秀介。ずっと、あの頃のお前の話を覚えてた」
その言葉に、心の奥で何かが解けていくのを感じた。
――やっと還ってきた。
場所は日本ではなく、アメリカの西海岸。だが、この大地の上でなら、もう一度自分をやり直せる気がした。
※※※
サンノゼに向かう車の中。
フリーウェイを疾走する車窓には、広大な空と、見渡す限りのオフィスビル群が広がっていた。
シリコンバレー――世界中の才能が集まり、未来を形づくる場所。
そのただ中に、自分が今、向かっている。
「ここが、お前の新しい生活拠点だ」
健太が笑って鍵を差し出した。
着いたのは機能的で清潔なアパートメントだった。家具も家電も、生活に必要なものはすべて揃っている。実際サンノゼの物価は相当高い。
「早めに抑えておいたんだ。今回の話が見えてきた時に、もう、お前が来るって信じてたからな」
玄関に立った瞬間、胸の奥が熱くなった。
誰かが待っていてくれる――ただそれだけのことが、どれほど救いになるか。
「……ありがとう、健太」
絞り出すようにそう言った。
※※※
夕刻、健太が「今日は特別だから」と予約してくれていたレストランに向かった。
サンノゼ市街地の洒落たビストロ。大きな窓からは夕焼けに染まるベイエリアの街並みが一望できる。
そこで待っていたのは、健太の所属するスタートアップのファウンダー二人だった。
「君が――大田秀介さんだね」
握手を求められる。
その目は鋭く、だがどこか熱を帯びていた。
「ようこそ。今、我々が欲しているのは、まさに新しい視点を持った人材だ。特に――Agentic AI。この急速に注目を集めている領域で、君がどんな発想を見せてくれるか、心から楽しみにしている」
その瞬間、背筋が伸びた。
胸の奥で、長い間押し殺してきた炎がふたたび燃え始めるのを感じた。
オレには、あるアイデアがある。
まだ言葉にはしていない。だが、ずっと胸の奥で燻っていたもの。
――ここでなら、きっと語れる。
かつて封じ込めた自分自身の夢を。
グラスを掲げ、彼らと乾杯した。
西海岸の夜景が広がる窓の外で、空が群青に沈んでいく。
――オレの新しい人生が、今まさに始まろうとしていた。




