第56話:街丘 由佳
成田に向かうリムジンバスの窓に、秋の光が流れていた。
胸の奥が熱くて、落ち着いて座っていられない。
――今日、秀介は旅立つ。
アメリカへ。新しい未来へ。
惜別の念なんてない。
だって私も数週間後には後を追う。だから「さよなら」じゃない。
それでも今この一瞬、彼が視界から消えてしまうことが怖くて仕方がなかった。
やっと還ってきたのだから。
――わたしの秀介が。
空港ロビーに立つ秀介を見つけたとき、心臓が跳ねた。
以前の彼なら人混みに紛れて影のように立っていただろう。
けれど今の彼は違った。背筋を伸ばし、迷いを振り切った目をしている。
その姿に、私は涙がこぼれそうになった。
「秀介!」
名前を呼ぶと、彼は振り向いた。
少し驚いたような表情。
でも、そんな反応なんてもうどうでもいい。
私は一歩で距離を詰め、彼の腕を取り、強く抱きしめた。
「……もう、離したくない」
囁いた声は、自分でも驚くほど震えていた。
彼の肩が硬直するのを感じた。
でも構わない。
今までの私はいつも待ってばかりで、遠慮ばかりしていた。
でも、もう二度と過ちは繰り返さない。
――秀介が弱いなら、私が繋げばいい。
――秀介が迷うなら、私が抱きしめればいい。
「ねぇ、もう分かってるよね」
私は彼の瞳を覗き込んだ。
「あなたは私の秀介。もう絶対に誰にも渡さない」
彼は言葉を探すように口を開きかけ、結局閉じた。
私は笑った。
彼の反応なんて、もうどうでもいい。
大事なのは、私が決めたこと――「ずっと一緒にいる」という決意だ。
美沙には離婚届を渡したと聞いている。
子どもの養育費も置いてきたと。
……でも、大丈夫だよ、秀介。
あなたにはもう新しい未来がある。
私が、あなたの子どもを生んであげる。
私は他の男なんて全然目に入らない。
もうずっと、ずっと――あなただけだった。
「行ってらっしゃい」
私は涙を拭って笑った。
「すぐに追いかけるから。だから、安心して」
出発ゲートに向かう彼の背を見送る。
離れていくはずなのに、不思議と寂しくはなかった。
心の中で確信していたからだ。
――この人は、もう私のものだ。
だから大丈夫。
信じていい。
私は胸に手を当て、強く息を吸い込んだ。
愛と決意でいっぱいの心臓が、これからの未来を確かに刻んでいた。




