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第49話:大田 秀介

 重厚な扉をノックすると、短い返答が返ってきた。

 副社長室――義父の個室。

 中に入ると、正則は机の前に腕を組み、険しい顔でこちらを見据えていた。


 「……納得などしていないよ」

 低く、押し殺した声だった。

 「組織のロジックとしては“幕引き”かもしれんが、私はまだ受け入れていない」


 オレは深く頭を下げた。

 「……もう“お義父さん”とお呼びするのは、これが最後かもしれません。どうかお許しください」


 正則の目が揺れた。

 オレは静かに言葉を続けた。


 「美沙と……別れます。ですがしばらく時間を要すると思います。実は、私にも事情があって、そう遠くない先に、少し離れた場所に行くことになると思います」

 少し息を整え、真っ直ぐに告げた。

 「これまでの預金の半分を、沙奈の養育費に充ててください。少しでも足しになればと思います」


 しばし沈黙。

 正則の顔に、これまで見たことのない陰が差した。

 「……済まない。本当に済まない」

 机に置かれた拳が小刻みに震えていた。

 「私は君を、本当の息子のように思っていたんだ。誇りにね。だからこそ残念でならない。あんな娘で、本当に申し訳ない」


 オレは首を振った。

 「いえ。悪いのは、全部私です。どうか美沙――美沙さんを責めないでください。そして、少しでも彼女が幸せになれるように……ご助力をお願いいたします」


 正則の視線が逸れ、机の上の書類に落ちた。

 それが、涙を堪えようとする仕草なのだと分かった。


 オレは最後に、深く、深く頭を下げた。

 「……お嬢さんを幸せにできず、本当に申し訳ありません。そして、娘をお預けします。どうか幸せにしてあげてください」


 頭を下げたまま言い切り、オレは立ち上がり、静かに扉へと向かった。


 背後で音もなく空気が震える。

 義父は官僚時代から、涙を見せるような惰弱な人ではなかったと思っている。

 でも、今、義父が知らず知らずに涙を流しているのを見てしまった。


 そんな風にしてしまったのはオレだ。

 だから、これ以上それを見る事は許されない。

オレは個室を後にした。


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