第46話:大田 秀介
夜更けの部屋は静まり返っていた。
机に向かいながら、オレはふと書棚に目をやった。――昔の自分の論文を探そうと思ったのだ。
どこに仕舞ったのかすぐには思い出せなかった。積み上げられた専門書やファイルを順に引き抜いていく。
そのとき、背の高い棚の上段から一冊のアルバムが滑り落ち、床に音を立てた。
しゃがみ込み、アルバムを拾い上げる。ページの隙間から、一枚の写真がひらりと飛び出した。
……美沙と佐藤。
まだ美沙が新卒の頃の写真。若くして幹部候補となっていた佐藤と笑顔で並ぶ美沙。
そしてもう一枚は、栗田自動車への出張で撮られたものらしかった。肩を寄せ合うように立つ二人の姿。
手に取った瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走った。
けれど、不思議と驚きはなかった。
――もう分かっていたことだ。
オレが今日下した判断は間違っていない。
美沙を自由にする。それが彼女の幸せにつながる。
そう思えた。そう思うしかなかった。
写真を元のアルバムに戻し、棚の奥を探り続ける。
やがて、一冊の薄いファイルに手が触れた。埃を払うと、そこには十年以上前に自分が書いた論文があった。
ページをめくる。
細かい数式、稚拙な図表。今の視点から見れば未熟極まりない。
だが、その中に確かに自分の夢が詰まっていた。
汎用性の高い対話型モデル――当時は形にならなかった概念。
「……オレは、これを捨ててしまったのか」
呟いた声が虚空に吸い込まれる。
でも、今なら。最新の環境なら。きっと。
心臓がゆっくりと高鳴っていくのを感じた。
写真ではなく、過去ではなく。
オレがもう一度向き合うべきは、この論文だ。
オレはスマホを手に取り、健太の名前を探した。
指先が震える。けれど、その震えは迷いではなく、期待の証だった。
――連絡を取ろう。
この論文をもう一度、未来に繋げるために。




