第44話:大田 秀介
車窓の外を流れる風景は、どこまでも灰色だった。
義父母の家を後にし、電車に揺られる帰路。
母と妹が両脇に座っている。三人の間に漂う沈黙が、胸に重くのしかかっていた。
先に口を開いたのは妹だった。
「……私、どうしても美沙さんを許せない」
小さく、けれど抑えきれない怒りがこもっていた。
「兄さんを悲しませて……裏切って……。兄さんは私の誇りなのに」
オレは何も返せなかった。ただ、車窓に視線を逸らした。
母が妹の肩に手を置き、低く言った。
「……もういいのよ。美沙さんのことは」
そしてオレを見やり、心配そうに尋ねてきた。
「秀介。あなたは、これからどうするの?」
問いかけに、オレは少し息をついた。
「……今さら研究者としてやっていくのは無理だろう。道を外れて十年以上だ。だから、別の方向性を考えるつもりだ」
静かな声だった。諦めではなく、淡々とした決意。
母はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「いいのよ。どんな道でも。もう、あなたがしたいように生きてくれれば」
妹も、涙ぐみながら言葉を継いだ。
「……本当に、ごめんね。私、兄さんに全部背負わせて大学まで出させてもらった。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなの」
目を潤ませたまま、唇を震わせて続ける。
「でもね……私、今、お付き合いしている人がいるの」
オレは驚いて妹を見た。
妹は必死に笑おうとして、けれど涙が頬を伝っていた。
「だから……お兄ちゃんも、もっと幸せになってほしいの。自分のことだけ考えて……笑って生きてほしい」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
オレは目を伏せ、しばらく言葉を失った。
電車の揺れの中で、母と妹の存在がこんなにも温かいものだったと、今さら気づかされていた。




