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第40話:大田 美沙

 朝の光が、障子の隙間から静かに差し込んでいた。

 実家に戻ってから、もう何日が過ぎただろう。

 今日、秀介が義母と義妹を連れてここに来る――それを思うだけで、胸が重くなる。


 昨夜、父から問い詰められた。

 「……名古屋での出張のとき、佐藤と一緒にホテルの前まで行った、そうだな。本当のところを話してくれ」


 私は黙って俯いた。

 頭の中に、あの夜の情景が鮮明によみがえっていた。


 ――名古屋出張。栗田自動車への初めてのアプローチ。

 仕事の手応えに高揚しながら、けれど不安も抱えていた。

 その夜、佐藤局長に誘われ、私はホテルの前まで足を運んでいた。


 どうして、あんな場所まで行ってしまったのだろう。

 答えは分かっている。

 私は電報堂に入社した時から佐藤局長が好きだった。もうずっと。


 結婚できないことは分かっていた。彼には家庭があった。

 だからこそ、お見合いを受け入れ、秀介と一緒になったのだ。

 ……それでも、心の奥に残っていた想いを、私は消しきれずにいた。


 結局、その不誠実さが、あの夜に形を取ってしまったのだ。

 そして私はずっと、そのことを隠し続けてきた。


 ――私は、不誠実だったのだろうか。

 そう問いかける声が、胸の奥で強く響いた。


 けれど同時に思う。

 娘がその時電話を私にかけてくれた。娘がいてくれた。あの子の存在が、私と秀介をつなぎ止めてくれていた。

 そして今、私の中にはもう一つの生命が宿っている。

 それはきっと、私たちを守ってくれる存在になるはずだ。


 私は手を腹に当てた。

 ――愛している。私はずっと、秀介を愛していた。

 だから振り向いてほしかった。

 だから、ちゃんと自分をぶつけてほしかった。

 優しさだけでなく、わがままも、不器用さも。全部を私に見せてほしかったのだ。

 それが得られない事に対するどうしようもない不安がもたげた瞬間に、佐藤局長に促されるまま、ホテルに行ってしまった。口づけを受け入れてしまった。


 その思いに、ようやく気づいた。

 これまでの私は、愛していると口で言いながら、何も秀介のことを、彼の本当の痛みを理解しようとしてこなかった。

 けれど今は違う。

 今日、彼に会ったら、この気持ちを伝えよう。

 そうでなければ、もう本当に取り返しがつかなくなる。


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