第31話:大田 美沙
今日は、彼を労おう――そう心に決めて帰宅した。
昨夜、何も語らず血の滲む口元を押さえていた秀介。その背中を思い出すたび、胸が締めつけられる。私が妻である以上、支えなくてはならない。そう自分に言い聞かせて、スーパーで彼の好きな惣菜まで買ってきた。
玄関のドアを開けた瞬間、足が止まった。
そこに立っていたのは、秀介――と、その隣に寄り添うように立つ彩花だった。
「……どうして彩花さんがここに」
私の声は震えていた。
彩花は涼やかな目で私を見据えた。
「心配だったからよ。電報堂デジタルから一緒に来たの。昨日あんなことがあって、そのまま一人で帰すなんてできないじゃない」
その声音には、怒りと軽蔑がにじんでいた。
私は一瞬で顔が熱くなるのを感じた。――屈辱。これは私の家であり、私の夫だ。それなのに、目の前で「守る」と言い切られている。
「……余計なお世話です」反射的にそう言い返した。
けれど、秀介は沈黙したまま、視線を落としている。その背中が、私をさらに追い詰めた。
「美沙」
彩花が一歩踏み込んだ。声が鋭い。
「昨日の二次会で、あなたがどう扱われたか知ってる? “佐藤の二号”“愛玩具”って、笑いものにされていたのよ。その場で秀介がどうされたか――あなた、本当に分かってる?」
「……そんな、私は……」
言葉が喉で途切れる。分かっている。彩花から電話で聞かされた。だが、改めてそれを面前で聞かされて、私は打ちのめされていた。
「余計なお世話?笑わせるわね」
彩花の瞳が私を射抜く。
「だってあなたは、全然秀介を守れないじゃない。むしろ、あの下劣な連中に、秀介を嘲る材料を与えているだけじゃない。上司―典型的な電報堂営業マンの―あの佐藤局長に取り入って、可愛がられて、“2号”?“愛玩具”?……そうしてまで取り入って、電報堂の営業局の一員として笑ってやり過ごすことを選んだ。――違う?」
「違う……違うわ!」
声を張り上げた。けれど、その声は虚しく部屋に響くだけだった。
彩花は揺るがなかった。
「私はもう決めたの。秀介を守るのは、私と由佳。――あなたじゃない」
頭が真っ白になった。
屈辱、怒り、悔しさ。だけど、一番深く胸を突き刺したのは、秀介がその場で否定してくれなかったことだった。
彼はただ、沈黙のまま、痛々しいほど疲れ切った顔で私と彩花のやり取りを見ている。
――どうして。どうして私じゃ駄目なの。
心の中で叫んでも、言葉にならなかった。




