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第26話:高瀬 彩花

 頬に赤く腫れを残し、口の端から血を滲ませた秀介を、私は冷えたタオルで拭いながら、胃の底から煮えたぎるような怒りを必死に抑えていた。

 「……もう秀介は帰っていいよ。今日はもう、これ以上ここにいる必要はないから」

 彼は一言も反論せず、ただ静かに立ち上がった。背筋を伸ばしたまま、腫れた頬を押さえることもなく、店を出ていく姿を見送った瞬間、胸の奥に込み上げたのは、心配よりも烈しい憤怒だった。


 ――誰に向けての怒りなのか。

 暴力を振るった若い営業か。そんな場を許した営業局全体か。あるいは、妻であるはずの美沙か。

 全員だ。私はもう、全員を許さない。


 秀介の背中が戸口に消えたその瞬間、羽交い締めにされていた若手営業が、まだ酒の残滓にまかせて悪態を吐いた。

 「……システム子会社の分際でよ……」


 ――その時だった。

 遥が立ち上がり、手にしていたコップの水を一気にぶちまけた。

 営業マンの顔に冷水がはじけ飛び、店内が一瞬にして静まり返った。


 涙に濡れた瞳で遥は叫んだ。

 「私は……栗田自動車の上司に、先程の件を報告します。暴力的な行為を大田さんに平然と行うような広告代理店と、今後は取引するべきではないですから!」


 その声は震えていた。けれど、真っ直ぐだった。

 若手営業の顔から酔いが引いていく。笑っていた他の営業たちも蒼白になり、場の空気は一瞬で凍りついた。


 私はゆっくりと立ち上がった。

 「……私からも本社に報告します。今日のことは、見逃すことなどできません」


 低い声で言い切ると、誰も言葉を返さなかった。返せるはずもない。

 笑い声に満ちていた居酒屋は、死んだように沈黙していた。


 ――最悪の形で、二次会は終わった。


 私は営業マンたちの顔を睨みつけながら、心の中で決定的に線を引いた。

 佐藤にも、今日この場に不在の美沙にも。

 彼らの誰一人として、もう許さない。

 秀介を「処理屋」としてしか扱わない彼ら全員を、私は絶対に赦さない。


 怒りで震える指を握りしめながら、私は店を出た。

私は誇れる仕事をしていた筈だ。

 でも結局残ったのは強い怒りだけになってしまった。

 夜風は冷たかったが、胸の中の炎は消えることなく燃え続けていた。


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