第23話:大田 美沙
拍手が鳴り響く会場の中で、私はただ一人、居場所を見失っていた。
――本来なら、これは私の夫の晴れ舞台のはずだった。
栗田自動車の新コンセプトカー。自動運転と車載AIを融合させた未来型のユーザー体験。壇上に立つ秀介は、質問に対して丁寧に、礼儀正しく、淡々と答えを返していく。その姿は、誇らしいはずだった。
けれど、私の胸の奥を満たしていたのは、誇りではなく、どうしようもない寂しさだった。
スポットライトに照らされた彼の横には、ぴたりと彩花が寄り添っている。
「次はこちらです」「次はこう答えてください」――まるで長年連れ添った妻のように、自然にサポートを重ねる。声を荒げることもなく、微笑みを絶やさず、けれど的確に夫の一挙手一投足を支えていく。
私は椅子の背に指を立て、必死に平静を装いながら、内心では爪が食い込むほどの悔しさを覚えていた。
――どうして、あなたがそこに立っているの。どうして、それが私ではないの。
そして、決定的な瞬間が訪れた。
栗田自動車の幹部が会場に向かって言った。
「今回のコンセプトカー実現における立役者のひとり――大田秀介さんです。そして、日本のAI研究の第一人者であるゲストを今日はお迎えしています。日本GBCの街丘由佳さんです」
視線が一斉に集まった先にいたのは――由佳。
日本GBCの代表。業界でも広く名の知れたAI研究者。
結婚式でも会った筈だが、でもあの街丘由佳がそこにいる。
栗田自動車の開発幹部が言葉を続ける。
「日本GBCでAI分野の研究に携わる街丘さんならご存じのはずです。大田さんはかつて東都工業大学で、マルチモーダル対話の先進的な研究をされていましたね」
彼女はすっと立ち上がり、会場全体に届く声で微笑みながら言った。
「もちろんです。同じ研究室でしたから。むしろ……私くらい、彼の研究レベルの高さを知っている者は、他にいない自信があります」
瞬間、胸の奥を鋭く抉られたように感じた。
会場はざわめき、拍手が広がる。GBCの専門家である彼女が保証することで、夫の価値は一層高まったのだろう。だが私には、その言葉がこう響いた。
――あなたには分からない。私こそが、彼という人を一番知っている。
視界がにじむ。涙を堪えなければならない。
隣に座る佐藤局長は何も気づかずに手を叩いている。周囲の人々は皆、賞賛の視線を夫に向けている。
けれど、私にはただ、由佳の言葉が突き刺さって離れなかった。
夫の晴れ舞台で、私はもっとも惨めな存在になっていた。
由佳の悪意のない一言、彩花の誇らしげな笑顔、そのどれもが私を切り刻む。
――私は妻なのに。彼の子どもの母なのに。彼の隣にいるのに。
なぜ、一番知っていると胸を張って言えないのだろう。
涙が今にもこぼれそうで、視線を必死に下に落とした。
拍手に紛れて、誰にも気づかれないように。
ただ心の中で叫んでいた。
――お願いだから、もう止めてよ。
けれど、その声は届くことなく、秀介は淡々と壇上で答えを返し続けていた。




