表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/98

第23話:大田 美沙

 拍手が鳴り響く会場の中で、私はただ一人、居場所を見失っていた。

 ――本来なら、これは私の夫の晴れ舞台のはずだった。


 栗田自動車の新コンセプトカー。自動運転と車載AIを融合させた未来型のユーザー体験。壇上に立つ秀介は、質問に対して丁寧に、礼儀正しく、淡々と答えを返していく。その姿は、誇らしいはずだった。

 けれど、私の胸の奥を満たしていたのは、誇りではなく、どうしようもない寂しさだった。


 スポットライトに照らされた彼の横には、ぴたりと彩花が寄り添っている。

 「次はこちらです」「次はこう答えてください」――まるで長年連れ添った妻のように、自然にサポートを重ねる。声を荒げることもなく、微笑みを絶やさず、けれど的確に夫の一挙手一投足を支えていく。

 私は椅子の背に指を立て、必死に平静を装いながら、内心では爪が食い込むほどの悔しさを覚えていた。

 ――どうして、あなたがそこに立っているの。どうして、それが私ではないの。


 そして、決定的な瞬間が訪れた。

 栗田自動車の幹部が会場に向かって言った。

 「今回のコンセプトカー実現における立役者のひとり――大田秀介さんです。そして、日本のAI研究の第一人者であるゲストを今日はお迎えしています。日本GBCの街丘由佳さんです」


 視線が一斉に集まった先にいたのは――由佳。

 日本GBCの代表。業界でも広く名の知れたAI研究者。

結婚式でも会った筈だが、でもあの街丘由佳がそこにいる。


栗田自動車の開発幹部が言葉を続ける。

 「日本GBCでAI分野の研究に携わる街丘さんならご存じのはずです。大田さんはかつて東都工業大学で、マルチモーダル対話の先進的な研究をされていましたね」


 彼女はすっと立ち上がり、会場全体に届く声で微笑みながら言った。

 「もちろんです。同じ研究室でしたから。むしろ……私くらい、彼の研究レベルの高さを知っている者は、他にいない自信があります」


 瞬間、胸の奥を鋭く抉られたように感じた。

 会場はざわめき、拍手が広がる。GBCの専門家である彼女が保証することで、夫の価値は一層高まったのだろう。だが私には、その言葉がこう響いた。

 ――あなたには分からない。私こそが、彼という人を一番知っている。


 視界がにじむ。涙を堪えなければならない。

 隣に座る佐藤局長は何も気づかずに手を叩いている。周囲の人々は皆、賞賛の視線を夫に向けている。

 けれど、私にはただ、由佳の言葉が突き刺さって離れなかった。


 夫の晴れ舞台で、私はもっとも惨めな存在になっていた。

 由佳の悪意のない一言、彩花の誇らしげな笑顔、そのどれもが私を切り刻む。

 ――私は妻なのに。彼の子どもの母なのに。彼の隣にいるのに。

 なぜ、一番知っていると胸を張って言えないのだろう。


 涙が今にもこぼれそうで、視線を必死に下に落とした。

 拍手に紛れて、誰にも気づかれないように。

 ただ心の中で叫んでいた。

 ――お願いだから、もう止めてよ。

 けれど、その声は届くことなく、秀介は淡々と壇上で答えを返し続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ