第22話:街丘 由佳
会場に足を踏み入れた瞬間、独特の熱気を感じた。
栗田自動車の新コンセプトカー発表イベント。自動運転や車載AIに関わる者なら誰もが注目している舞台だ。日本GBCの代表として招かれた私は、業界人として冷静に立ち振る舞うべきだと分かっていた。
だが、壇上で紹介された名前を耳にした瞬間、心臓が強く打った。
「――今回のコンセプトカー実現における立役者のひとり、大田秀介さんです」
久しぶりに聞くその名前。
視線を向ければ、スポットライトの下に立つ彼がいた。落ち着いたスーツ姿、淡々とした表情。だがその目の奥に、ほんのわずかに光るものを、私は見逃さなかった。
――ああ、秀介。
“処理屋”として割り切り、無機質に仕事をこなしている筈の彼の目の奥に、微かに蘇った何か。私はそれを、誰よりも先に嗅ぎ取ってしまった。
栗田自動車の開発幹部が言葉を続ける。
「日本GBCでAI分野の研究に携わる街丘さんもご存じのはずです。大田さんはかつて東都工業大学で、マルチモーダル対話の先進的な研究をされていましたね」
壇上を見守る視線が私に集まっている。
私は微笑んで頷いた。「もちろんです。同じ研究室でしたから。むしろ、……私くらい彼の研究レベルの高さを知っている者は他にいない自信があります」
会場にざわめきが走る。GBCの専門家である私と同期であること、そしてその私が、誰よりも秀介の研究レベルの高さを評価していると示した事で、栗田自動車側の秀介への評価がさらに引き上げられていくのが分かった。
壇上を一足早く降りたところで彩花が現れた。
「由佳、久しぶりね」
その声には妙な柔らかさがあった。
「秀介は、本当に素晴らしかったわ。……ただ、今回ここまで持ってこれたのは、私が栗田自動車に提案したから。私にとってコレは本当に誇れる仕事になったの」
彩花の言葉に一瞬、胸がざわめいた。
まるで“あなたの秀介”は素晴らしかったと、そう言っているような彼女の態度は、皮肉でも挑発でもなかった。むしろ、かつての想いを私が抱いていることを尊重した上で、彼女自身の誇りを主張しているように聞こえた。
――意地悪ね。でも、嫌じゃなかった。だって本当に素晴らしい仕事だもの。
壇上にまだ残る秀介は、栗田の幹部の問いに、丁寧で礼儀正しい口調で次々と応えていく。クラウドとエッジ双方を利用したデュアルモードの仕組み、連合学習の取り込み、ユーザーのマルチモーダルな状態把握。無機質に、スマートに。
その振る舞いは機械のように正確で、それでいて、人間が到達できる極限の洗練をまとっていた。
私は拍手に紛れて、そっと息を吸い込んだ。
嬉しい。
誇らしい。
目の前にいるのは、かつての研究室で夢を語った彼ではない。だが、それでも今、少しだけ還ってきた気がする。
胸の奥に温かい痛みを抱えながら、私はただ彼を見つめ続けていた。
――おかえり、私の秀介。




