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第21話:高瀬 彩花

栗田自動車本社のプロジェクトルーム。壁一面に広がる進行表とスクリーンには、次期コンセプトカーに関する各工程のチェック項目が並んでいた。開発部の幹部、広報部の責任者、そして電報堂の営業チームが揃い、進捗確認の会議が始まる。


 その場に立つ秀介は、やはり淡々としていた。資料を前に、声を荒げることもなく、必要な情報だけを順序立てて報告していく。

 「ユーザー対話モジュールは、クラウドとエッジ双方を利用したデュアルモードを基本に構築中です。レスポンス遅延を回避するため、現状の処理系統を分散化し、連合学習による補完を組み込んでいます。次回のテストでは、ユーザー行動データを一部反映させる予定です」


 重々しい空気の中で、彼の説明は過不足がなかった。だが私の目には、もうひとつの姿が映っていた。

 夜遅く、彼が栗田案件のために読み込んでいた最新論文の断片。数式に黙々と目を走らせ、必要な箇所だけを抽出して組み込み直す姿。――それは、学生時代に夢中で研究に打ち込んでいた頃の彼の残像を思い起こさせるものだった。もちろん彼自身はそれを「仕事」として処理しているに過ぎない。けれど、その無機質な動作の奥に、微かに光るものが蘇っていた。私はそれを、見逃さなかった。


 「……全体のスケジュールは、当初計画より二週間前倒し可能と見込んでいます」

 淡々と告げる彼の隣で、私は一歩前に出た。

 「この状況を踏まえてつつ、全体の広告・広報面についても、本番に向けての準備が整いつつあります。御社開発部の皆様が築き上げられた“車と人の対話”という技術を、ブランド体験としてどう訴求するか。そのためのイベント設計、事前告知のプランも当社グループとしてご用意しています」


 栗田自動車の広報部長が頷き、視線が私に集まった。私は微笑み、流れるように説明を重ねた。秀介の報告が硬質な機械の響きだとすれば、私はそれを人々の感情へと接続する役割を担っている――そう感じていた。


 そして、その瞬間、私は視線を横へと流した。

 会議テーブルの向こう、美沙がいた。取り繕うように笑顔を浮かべているが、その頬の筋肉がわずかに強張っている。彼女の眼差しは、秀介の隣にいる私をどうしても否応なく意識していた。


 私は、その瞳を正面から見据えた。

 ――どう? 見えるでしょう。私こそが彼を引き出し、光を蘇らせている。

 あなたの夫、秀介を、あなた以上に知っているのは私。

 妻であるあなたが届かない場所で、私は彼を支え、彼の力を証明してみせた。


 唇の端をほんのわずかに吊り上げ、私は微笑んだ。表向きは柔らかく。だが心の奥で囁いた。

 ――悔しい? 惨め? その感情に押し潰されていくあなたを見るのが、こんなにも心地よいなんて。


 美沙は瞬きをして、視線を落とした。

 その仕草だけで、私の胸に勝利感が広がった。

 ――結局、秀介を本当に知り、支えられるのは私。

 その確信を胸に、私は再び前を向き、会議室の空気を掌握していった。


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