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第19話:高瀬 彩花

 栗田自動車―世界最大の自動車メーカーであり、同時に電報堂にとっての最重要クライアントでもある―の会議室は、壁一面のスクリーンと磨かれた長机が並び、そこに座る一人ひとりの視線の圧が重かった。


 電報堂本体の「栗田担当チーム」は営業局でも指折りの精鋭揃い。佐藤局長を筆頭に、美沙もその一角に加わっている。華やかで、余裕の笑みを浮かべる同僚たちの中で、私はただ一人、資料の端を固く握りしめていた。


 栗田自動車の広報部長が静かに口を開いた。

 「我々は次期コンセプトカーにおいて、ユーザーとのコミュニケーション体験を根本から変えたいと考えています。従来の広告訴求ではなく、走行そのものをブランド体験に直結させる。車が人と“会話”し、ブランドメッセージを直接伝える――その仕組みを構築したい」


 佐藤はすかさず笑顔で応じる。

 「もちろん、電報堂グループ全体でご支援可能です。プロモーション設計からPR連動まで、幅広い対応が――」

 それは、広告代理店の常套句だった。だが、栗田の開発部員たちの眼差しは、もっと具体的な「方法論」を欲していた。


 私は、気づけば口を開いていた。

 「……その領域で、グループ内に優れた経験と知見を持つ人材が一人だけいます」


 場が一瞬だけ静まった。佐藤がわずかに眉をひそめ、美沙が驚いたようにこちらを見た。

 私は続けた。

 「彼は、マルチモーダルなユーザー対話のアルゴリズム設計を研究していた経歴を持ちます。今回求められている“車と人との対話”をどう実現するべきか――それを東都工業大学の研究室時代に、先進的に取り組んできた人材です。しかも彼は、御社が注力されている、所謂自動運転技術領域におけるAI分野にも造詣が深く、近未来におけるモータリゼーションのあり方を正確にイメージしつつ、的確に、今回ご希望されている機能開発のご支援が可能だと考えております。……彼は―電報堂デジタルに所属していますが、今回のご要望には彼の知見が必要不可欠だと確信しています」


 会議室の空気が変わった。

 栗田側の広報部長が前のめりになり、開発部の主任がメモを走らせる。

 「それは……非常に興味深い。広告と技術の接点を具体的に語れる人材がいるとすれば、ぜひ次回から同席を頂きたいですね。―ちなみに、何という方でしょうか?」

 「電報堂デジタルの大田秀介といいます」

 「ああっ、10年程前に、マルチモーダルな自律駆動型AIの可能性に関する論文を、東都工業大学からの発表論文に、確か、そのお名前がありましたね」

 その声に周囲の営業たちがざわめいた。佐藤は笑顔を保ちながらも、口元がわずかに固い。


 私は深くうなずいた。

 「その論文を書いたのが、その大田です。当時、私も同じ研究室にいましたので、よく存じ上げています。それでは大田については、責任を持ってアサインさせて頂きます」


 言い切った瞬間、胸の奥で熱いものが広がった。自分のキャリアの中で、初めて“曖昧な追従”ではなく、知識と信念に基づく言葉を口にできた気がした。


 会議のあと、廊下で美沙とすれ違った。

 「……あんなに自信満々に言い切れるなんて、彩花さんらしくないですね」

 微笑みを浮かべながらも、その声の奥に小さな棘があった。

 私は敢えて軽く笑って返した。

 「必要な人材を必要な場所に提案しただけよ。それが秀介だった。―そしてあの場にいる誰よりも、彼の能力を、彼を知っているのが私だったというだけ」


 美沙の瞳がわずかに揺れた。

 彼女は秀介の妻だ。にもかかわらず、私が全面的に彼女の夫を信頼し切った発言をした――その事実が、確かに彼女の心を刺したのだろう。


 ――結局、私はまた秀介にすがっている。

 その矛盾を抱えながらも、私は自分の言葉に後悔はなかった。

少なくともここには由佳はいない。

 そうであれば、私が私の秀介を語る事を誰が咎め立てできるというのだ。


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