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第15話:高瀬 彩花

 同期会が終わった後、皆と別れたはずなのに、私は無意識のうちに由佳の背中を追っていた。

 神田の雑踏に消えていく彼女の姿は、群衆の中でも不思議と際立って見える。落ち着いたスーツに揺れる髪。けれど、その肩は少し沈んでいるように見えた。


 「ねえ、もう一杯行かない?」

 声をかけると、由佳は少し驚いたように振り返った。

 「……彩花?」

 「ほら、せっかく久しぶりなんだから、私たちも大人の女だけの2次会くらいしてもいいでしょ」

 自分でも理屈にならない理由を並べながら、彼女を強引に誘った。


 私たちは駅近くの雑居ビルにある小さなバーに入った。木のカウンターに間接照明。グラスの氷が鳴る音だけが響く、落ち着いた空間だった。

 ソファ席に並んで座り、私はハイボールを、由佳は赤ワインを注文した。


 しばらく他愛のない話を続けた。仕事の愚痴、上司の理不尽さ、海外出張の話。けれど、私の胸の奥には別の言葉が溜まっていた。酔いに背中を押されるように、私は切り出した。

 「ねえ、由佳。……今でも、秀介のこと好きでしょ?」


 由佳は一瞬、視線を落とした。ワイングラスを指でなぞりながら、長い沈黙の後、静かに言った。

 「……うん。好き。多分、もうどうしようもないくらいに」


 その言葉は、驚くほど素直で、飾り気がなかった。私は胸がざわついた。責める気持ちは不思議と湧いてこなかった。ただ、「やっぱりそうなんだ」と納得してしまった自分がいた。


 「でも、彼はもう……」

 私が言いかけると、由佳は首を振った。

 「分かってる。奥さんもいるし、子どももいる。どうしようもないのよ。ただ――気持ちって、止められないの」


 その横顔は、凛としていながらも、どこか儚かった。私はグラスを握り直しながら、胸の奥で苦笑した。

 ――羨ましいな、と。

 私は結婚もせず、仕事でも行き詰まりを感じている。ただ「大人として常識的に」生きているだけ。由佳のように、誰かをこれほどまでに真っ直ぐに想い続けることができる強さを、私は持っていない。


 「彩花は?」

 由佳が不意に問いかけてきた。

 「彩花は、誰か好きな人……いないの?」


 私は少し笑ってごまかした。

 「さあね。そんなの、もう分からなくなっちゃった」

 本当は答えは分かっていた。秀介に淡い想いを抱いていた時期があったこと。けれど、それを口にするには遅すぎたし、何より彼を想い続ける由佳の前で吐き出すことはできなかった。


 由佳はそれ以上追及せず、ただ静かにワインを口にした。

 でも、多分由佳はもう分かっている。私もまた秀介がどうしようもなく好きだという事を。そしてそれを言えないのが、由佳への遠慮であるという事も。


 店のスピーカーから流れるジャズが、夜の空気をさらに深くしていく。


 ――人生は、ままならない。

 そう思った。誰もが不完全で、誰もが抱えた気持ちに折り合いをつけながら生きている。由佳の未練も、私の複雑さも、美沙の安定した笑顔も、きっと同じように「ままならなさ」の形なのだ。


 グラスを置いた由佳が小さく笑った。

 「彩花、付き合ってくれてありがとう」

 その笑顔を見て、私はただ「いいのよ」と返した。


 ――彼女はまだ、秀介を想っている。

 その確信を胸に抱きながら、私は夜の街へと足を踏み出した。


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