第13話:高瀬 彩花
久しぶりの同期会。場所は神田駅近くの居酒屋だった。
健太がシリコンバレーから一時帰国していると聞き、声をかけたのは直人だったらしい。仕事の忙しさを理由に断ろうかと思ったが、なぜかその夜は行かねばならない気がして、私は予約された個室の暖簾をくぐった。
すでに賑わっていた。健太は昔と変わらぬ快活さで、スタートアップの話を得意げに語り、直人は「結婚して落ち着いた」と笑っていた。由佳は静かに耳を傾けながらも、グラスを持つ手に品がある。私と同じように大手企業にいるはずなのに、どこか柔らかな余裕を漂わせていた。
そして、秀介。
スーツの肩は少し落ちて、表情は落ち着いていた。華やかさはない。それでも「処理屋」として現場を支えているという噂は耳にしていた。電報堂デジタル――子会社。表舞台に立つことはない。だが、トラブルを未然に防ぎ、炎上を鎮め、案件を完遂する。業界の内情を知る私には、それがどれほど価値あることか分かる。
けれど彼自身は「まあ、忙しいよ」と一言で片づけてしまう。その言葉に、あの研究室時代、夜を徹して夢を語っていた彼の姿を重ねると、胸の奥が少しだけ疼いた。
私は電報堂本体で営業を担当している。派手な案件に関わる一方で、流石にもう、所詮は男性中心社会のなかで、許される範囲での駒を動かしているに過ぎないことも痛感している。若い頃は「私だって大きな広告を動かしてやる」と思っていた。だが現実は違う。プレゼンの場で光を浴びるのはいつも男性上司で、私たちは所詮はその裏方なる。
美沙はその本体で、父親が副社長という後ろ盾を武器にしながら、秀介と結婚し、子どもを持ちながらもキャリアを続けている。私は先輩として彼女を見守る立場だが、同時にどこか嫉妬にも似た感情を覚えることがある。結婚もせず、そろそろ仕事の限界を感じている自分と比べれば、その差は歴然だ。
「すごいな、健太は。やっぱり違うよな」
直人の声に皆がうなずく。健太は得意げに笑い、「失敗しても死にはしないからな。アメリカじゃそれが普通だ」と答えた。その軽やかさに、私も思わず笑みを浮かべた。
――けれど、ふと視線を移すと、由佳が黙って秀介を見つめているのに私は気づいていた。表情は崩さず、大人の距離感を保っている。だが、彼女の沈黙には、何か深いものが隠されているように思えた。
私はグラスを口に運びながら、胸の奥で小さな溜め息をついた。
健太は遠くで挑戦を続け、直人は安定した家庭を築き、由佳は大人の距離感のなかで、それでも彼女の中の未消化なままのものを胸に秘めているのだろう。そして秀介は、家族を守り、そして仕事において求められる役割を果たすことを唯一の生き方として受け入れている。
それぞれが違う道を選び、それぞれにもう受け入れてしまっている。もちろんそれは、所詮は受け入れざるを得ないからだとしても。
――私はどうだろう。
華やかな広告代理店に身を置きながら、実際には男性中心社会のルールに従い、結婚もせず、将来の展望も見えてこない。ただ、常識的な「大人」として日々を過ごしている。若い頃に思い描いたものは、もうどこにもなくなってしまった。
ふと、秀介の横顔を見た。
誠実で、堅実で、夢を語らない男。美沙の夫として、父親として、そして会社では「処理屋」として、その役割を果たして生きている。
私の胸の奥に、仄かに淡い痛みが走った。由佳ほど強くはない。けれど、確かに私も、かつて彼に惹かれていた時はあった。あの時、由佳の存在を気にせず、もっと違う言葉を彼にかけていれば、あの時の未来―今は変わっていたのだろうか――。
笑い声とグラスの音が響く居酒屋で、私はただ傍観者のように皆を見渡していた。
誰もが違う道を歩み、誰もがどこかで立ち止まっている。
その光景の中に、私自身のままならなさもまた、静かに浮かび上がっていた。




