水底の夢
夢を見た。
それは願いか、それとも魂の残響か。
目が覚めればすべてが霧のようにほどけてしまうけれど、
ただひとつ、確かに覚えているのはーー
私は、あの人に恋をした。
それが最初だったのか、最後だったのか。
それすらもう、思い出せない。
けれど、たしかに触れたはずのその声と温もりが、
今も心のどこかで、そっと私を呼んでいる。
これは、夢と呼ぶにはあまりにも痛く、
現実と呼ぶにはあまりにも美しかった、
わたしの“出会い”の記憶。
たとえ世界がそれを忘れても、
たとえ私自身がすべてを失っても、
この夢だけは、どうか消えないで。
夢を見た。
深い、深い、絶望の底で、この世の誰よりも美しい人魚と出会う。
とても幸せで、とても不幸せな夢を。
闇さえも逃げ出してしまうような漆黒の髪。
金の鱗に白い尾鰭ーー
まるで、幼い頃に夢見たあの絵本のお姫様だった。
一目見た瞬間、私は恋に落ちた。
息ができなかった。
光の届かない水底にいたはずなのに、いつの間にか暖かな光に包まれていた。
ああ、なんて美しいんだろう。
「セア、ソルティセア」
私の名前を呼ぶ声が心地よい。
「ねぇ、どうして貴方は私の名前を知っているの?」
「さぁな、どうしてだろうな…。」
彼の名前を聞いたのに、思い出せない。
甘く低く囁いたあの言葉が、思い出せない。
重ねた手の温もりが、思い出せない。
あの美しさも、記憶から消えてしまう。
彼は、確かにそこにいた。月明かりに照らされた海にいた。
いた?
夢の中で、彼は生きていた。
夢の中で、彼は生きていた?
涙に濡れた空は、どこまでも澄み切っていた
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
最近なかなか時間が取れず、更新が空いてしまってすみません。
それでも待っていてくださった方がいたなら、本当にありがとうございます。
今回書いたものは、ふと浮かんだ夢の断片のような、
自分でもどこから来たのかわからない感情を形にした一節です。
夢の中でしか会えない人。
もう触れられないけれど、確かに愛した人。
そんな誰かが、あなたの心にもいたならーー
少しでも共鳴するものがあったら嬉しいです。
次の更新は未定ですが、少しずつでも物語を紡いでいけたらと思っています。
どうか、また会えますように。