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猛毒のトルテ

「ねぇ、聞きまして? グレイシア公爵夫人の……。」

「ええ、また……。」


穏やかな昼下がりのお茶会に、およそ不似合いな下卑た囁きが聞こえてくる。


来るべきではなかった。


せっかく南の大陸から貴重なお茶を手に入れたというのに、ただ苦いだけ。

いくら見た目が良くても、中身がこれでは、美味しくもなんともないわね。


「また新しいドレスを買ったようですわ!」

「公爵様も何も言わないのね…。」

「あら、あなた知らないの? 公爵様は後妻である夫人のためなら、何でもするのよ?」

「いやねぇ……。前公爵夫人が可哀想ね」


何度同じ話をすれば気が済むのかしら。

これなら、他人の色恋について砂糖を蜂蜜で煮つめたような声で話す若い子たちの方が、まだマシね。


淑女も集まれば、トルテになるのね。

表向きはお淑やかでも、中身は人を悪くいうことで精一杯。

放置してドロドロになったトルテそのものじゃないかしら。


……いやだわ、これじゃトルテに失礼ね。


「……あら、ベノン夫人。もうお帰りになって? お話はこれからですのに」

扇子の向こう側で、誰かがわざとらしく目を丸くした。その瞳の奥には、好奇心という名の汚泥が溜まっている。


「ええ、急ぎの仕事が入っておりますの。……皆様、どうぞごゆっくり。その“ドロドロになったお話”、冷めないうちに召し上がってくださいな」


皮肉が通じたのか、あるいはただ無視されたのか。背後で再び沸き起こる甲高い笑い声をはね退け、私は足早にサロンを後にした。


馬車に乗り込み、扉を閉めた瞬間、深く重い溜息が漏れる。


「……あの子達が恋しいわね」


窓の外を流れる王都の景色。豪奢な石造りの家並みが、私には並べられた墓標のように見える。


あの婦人たちは知らないのだ。

彼女たちが憐れんでいる“亡くなったはずの前夫人の娘”が、今この街の片隅で、余命いくばくもない身体を引きずりながら、彼女たちの身に纏う美しいドレスを縫い上げているということを。


そして、私もまた、その“汚れ役”の一人。


あの公爵の娘であることを隠し、彼女を職人として囲い込み、その才能を搾り取っている。

それが彼女の望みだ、と自分に言い聞かせながら、実は公爵家との厄介な繋がりを恐れていただけなのではないのか。


「私も、あのトルテと同じ。中身は空っぽで、打算に塗れた臆病者だわ……」


工房に近づくにつれ、馬車を引き戻したくなる。


最近のソルが纏っている、あの、すべてを諦めたような冷たい空気の匂い。

工房の扉を開ければ、またいつもの“優しいベノン夫人”を演じなければならない。


死にゆく少女に、慈愛に満ちた嘘をつき、ただ黙って見守るのだ。


「……さあ、帰りましょう。私たちの……私の偽りの楽園へ」


降り出した雨が、馬車の窓を汚していく。

その一滴一滴が、ソルの命が零れ落ちる音のように聞こえて、私は耳を塞ぎたくなった。


あの笑顔が恐ろしい。

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