リュート弾きと騎士の話
下品かつしょーもな路線から転換するために、正統派のおとぎ話っぽいストーリーをまとめてみました。
1
あいつと出会ったのは、巡邏で王都の下町に出向いた時だった。
路地裏には昼間からクズどもが転がっている。ごく一部の恵まれたヤツは酒に酔っており、別の不幸な一部は、病気で身動きが取れない。
その他の大部分の連中は、単に寝ることによりこれ以上空腹にならないようにしている。
そんな中、あいつは路上に敷物を敷き、その上に座っていた。
敷物はぼろぼろであり、元が絨毯であったのか、マントだったのか、それともただの庶民用の服だったのかすらわからない。
あいつはその上にきちんと脚を揃えて座っていた。上半身を起こしているだけでも、かなり珍しい。
ただし身なりは敷物になっている布っぽいなにかと同様にボロボロで、男なのか女なのか、若いのか年寄りなのかすらわからなかった。
路地裏にしては妙に礼儀正しい姿勢、年齢性別がわからない見た目。かなり妙だ。
さらに妙なのは、その腕に「楽器」を抱えていたことだ。
俺も多少は音楽に興味があり、時々宮廷の楽師に借りて弾いてみることもあるので、それがリュートと呼ばれる楽器であることにはすぐ気がついた。
俺がリュート見つめていると、リュートを抱えたあいつと目があった。
あいつは俺の目を見て、にかっと笑ったらしい。いや、伸び放題の前髪で表情などはわからないのだが、なんとなく「笑ったような気がした」のだ。
「旦那旦那。銅貨を一枚恵んでくれないかい?」
かすれ気味だが高い声だ。声からするとまだ若い。ひょっとしたら少年なのだろうか。
「銅貨? 何に使うんだ」
「銅貨でリュートを弾いて歌うのさ。オレと目を合わせてくれた騎士様から銅貨をもらってリュートを弾けば、予言の歌を歌えると今朝女神様のお告げがあったんだ」
俺は不審に思った。女神様の予言だって? 銅貨欲しさにでたらめを言ってるんじゃないかこいつ。
「聴きたくないのかい?」
俺はちょっと悩んだが、結局あいつの言う通りに銅貨を一枚恵んでやった。
どうせ古くなった小さいパンでも買って食ってしまうんだろうが、銅貨の一枚も惜しむ騎士、という評判は立てられたくない。
「ありがと。じゃ、いくぜ」
あいつは銅貨をつまみ上げると、それを使ってリュートの弦を弾き始めた。
いままで聴いたことのないような音が響く。
やがてリュートの調べに合わせてあいうは歌い始めた。歌詞はどこか異国の言葉で、何を言っているのかわからない。
だがその歌は激しく、そして力強かった。俺は思わずリュートの音色とあいつの歌声に聴き入った。
やがて曲が終わる。
「なんだ予言とやらを歌で歌うんじゃないのか」
俺が言うと、あいつはちょっと頬を膨らませた。その仕草がなんとなく子供っぽい。
「最初に言ったろ。旦那からもらった銅貨を使ってリュートを弾くと、女神様から予言を授かるって」
「で、その予言とやらは授けられたのか」
「うん。来週開催される武闘会で、騎士様が第一位になるってよ」
「ほんとかなあ」
来週武闘会があることは事実で、話してもいないのにこいつが知っていたことにちょっと驚いた。
「女神様の予言を疑うなんて不敬だね。じゃあ、オレがちょっと予言の確かさを後押ししてやろう」
そういうとあいつは、銅貨を宙に放り投げ、自分の手の甲に落とすと、反対側の手で押さえた。
「さあ裏表どっちだ」
「表」
俺がそう答えるとあいつはゆっくりと手を離した。表を上にした銅貨があった。
「これがオレの保証さ。女神様を信じて試合に望むんだね」
2
翌週の武闘会で、俺はなんと優勝してしまった。
俺は王城つきの近衛騎士の中では決して弱い方ではないが、「最強だ」と胸を張れるほどでもない。
せいぜい「上の下」か、贔屓目に見て「上の中」あたりだというのが正直な自己評価だった。
だが試合では相手の剣筋が自分でも驚くほどにはっきりと見えた。
尊敬する先輩であり、近衛中最強と言われていた騎士の剣筋も、だ。
武闘会には王も臨席しており、すべての試合が終わった後王は俺の健闘を称え、騎士としての位階を上げてくれた。
俺はそのことをあいつに報告したいと思ったのだが、部隊の仲間や近い親戚が毎日祝宴を開きまくったため、下町の路地裏に行くまでに一週間ほどかかってしまったのだ。
そしてようやく、あの路地裏に来た。
あいつは以前と同じ場所で、同じ格好をしていた。
「旦那旦那。銅貨を一枚恵んでくれないかい?」
あいつはまたにかっと笑ってそう言った。
「前の銅貨はどうした」
「パン買って食っちゃったよ。固くてちっちゃかったな」
「まあ銅貨一枚ならそうだろうな」
俺はそう言うと、懐から銅貨一枚を取り出してあいつに投げた。ぱしっと音を立てて、あいつが銅貨を掴む。
「ものわかりがいい騎士様は好きだぜ。じゃあ、やるよ」
あいつはリュートを弾き始めた。曲の調子は前回とは違って物悲しいものだった。
やがて曲が終わる。
「今度の女神様の予言はどんな内容だ?」
「旦那が魔王の配下の魔獣を倒すことになるだろうって」
俺はただ笑っていた。王都の備えはそれなりに万全だ。魔獣が侵入してくるなどまずあり得る話ではない。
「信じてないな? じゃあ、オレが保証してやろう」
あいつはそういうとまた銅貨を宙に放り投げ、手の甲に落として反対の手で塞ぐ。
「今度も表」
今度も、コインは表を上に向けていた。
3
リュート弾きの予言は、またしても当たってしまった。
そしてまたしばらく後、俺は路地裏に足を運ぶことになる。
あいつと目が合った瞬間、俺は銅貨をあいつに投げ渡していた。
あいつは無言で、リュートを弾き始める。
それは荘厳な、「英雄の歌」とでも評すべきようなものだった。
弾き終わった時、あいつはごろりと路上に横になった。はぁはぁと粗い息を吐いている。かなり消耗したようだ。
「予言は?」
「三日後、王宮の聖堂に魔王が来るよ。魔王は王国すべてを滅ぼそうとする」
あいつはそう言うと銅貨を放り投げた。
「今度も、表だ」
…だがあいつが手を離して見せてくれた銅貨は、裏を表にしていた。
三日後。
リュート弾きの予言通り、魔王が来た。
近衛が総動員で魔王と戦ったが、魔王の取り巻きの魔族どもを斬り伏せるので精一杯だった。
誰の攻撃も魔王に届かない。
このままでは国が滅びる、と思った瞬間。
大聖堂の中に、ボロの塊のようなものが飛び込んできた。
「旦那、銅貨!」
ボロの塊はそう叫んだ。あいつだ。俺は躊躇なしに銅貨を一枚あいつの方へと投げた。
あいつはそれを受け取り、リュートを弾きながら歌い始めた。
曲と歌詞は前回と同じ「英雄の歌」。
魔王の配下どもは、その音色を聞くと一斉にあいつの周りに群がった。
だが近衛の騎士たちが、残った力を振り絞ってそれを阻止する。
やがて不思議なことに、魔王の配下どもが苦しげな悲鳴を上げ、聖堂の床に倒れ始めた。
魔王も苦悶の表情を浮かべている。
「旦那、今だ!」
リュートを弾く手を休めずに、あいつが俺に向かって声を放つ。
「うぉおおおおお」
俺はまっすぐに魔王に向かって突進し、渾身の力を込めて愛剣を振り下ろした。
魔王は両断され、それぞれの半身が黒い霧となって消えた。
勝った…らしい。いや勝った。勝ったんだ!
俺はこの勝利の立役者となったリュート弾きの方を見た。
だがそこには何やら白い霧のような立ち込めており、リュート弾きの姿は見えない。
「おい、どうした。大丈夫か?」
俺は心配になって声をかける。後になって同僚に聞いたのだが、顔を真っ青にして剣を捨て、全速力で白い霧の方に走っていったそうだ。
やがて霧が晴れる。中には、多分リュート弾きがいるはずだ。
霧がすっかり消えた時、俺は霧があった場所の中心に、一人の美しい女性が立っているのを見た。
「ありがとうございました」
美女は微笑む。
「わたしはさる公爵の娘でしたが、魔王の呪いによりあのような姿に変えられていたのです。あなたが魔王を倒したおかげで、元の姿に戻ることができました」
美女はしっかりとその腕であのリュートを抱いている。状況から考えればあのリュート弾きだったとしか思えない。
その後さらに美女の話を聞き、俺はあいつとこの美女が同一人物であるということを理解した。
一年ほど後、俺はこの美女と結婚式を挙げた。
大聖堂へと向かう馬車の中で、俺はあの時からずっと気になっていたことを新妻に尋ねた。
「どうしてあの時、お前の銅貨は俺の予想と外れたのかな」
「あら、だって」
妻は優しく微笑みながら言った。
「魔王がすべてを破壊する、などという予言は、外れた方がいいからですわ」
コインで弦楽器を弾くブライアン・メイみたいなのが中世風ファンタジーにいてもいいじゃないか、と思ったのが発端でした。
次はジミ・ヘンドリックスかな。