当たり前のようで常識外(1/2)
『自分で考えてみたのか。人に聞いてばかりだと成長しないよ』
何でそう思うのですか?聞けと言ったじゃないですか。
ところで、考えるのに十分な情報はもらえていますか?
その辺、ちゃんと考えました?
「新しい仕事、お願いしてもいい?」
「現状手一杯なので、出来れば遠慮したいのですが、どんな内容ですか?」
嫌です、という言葉をオブラートに包む。
すると、上司は理解しないままに話を続けた。まあ、結論は決まっているのだろう。
「いつもやってるのと同じような、簡
単な仕事だから。期限も長めだから出来るでしょ?」
「いや、期限が長くても今、何もしなくて良いわけでは___」
「大丈夫。空いた時間にやれる仕事だし、自分も手伝うから、じゃあ、よろしく」
既定路線として気軽に渡された仕事。
内容を軽く確認すれば、確かに経験のある仕事内容に似ている。似ているが、実際にはかなり違う。それに、客先も初めて見るところだった。会社自体は何度か仕事を受けているかもだが、わたしは知らない。
つまり、それなら、わたしには初めてやる内容の仕事も同然だった。
初めてというそれだけで、精神的なハードルはとても高い。
きっと、上司の認識では、大したことのない内容なのだろう。
でも、それは、既に出来るという経験と道筋があってのことだ。
手元には仕様書だけ。
類似業務についてさえ、探せということか。
やり方、注意点、仕事の経緯。様々なものを置き去りにして、全部資料を読んで考えてと言うことか。
意を決し、作業に手をつける前に、仕事を振った上司のもとに向かう。これも精神的には高いハードルだが、消耗する精神力は比較的少ない。
「最初に要点だけでも教えてもらえないでしょうか。仕事を受けるまでの経過も欲しいです」
それに対する上司の答えは、仕事を渡したときと同じで、とても不誠実なものだった。
「全部を教えることは出来ないから、資料を読んで理解して。必要なら、その都度聞いてくれてもいいから」
必要だから、最初に聞いたのだと、声を大にして言いたかった。でも、理解されると思えなくて、言葉に出すのを諦めた。
実際に仕事を取ってきた営業に聞いても、欲しい情報は得られなかった。
結局、手探りに仕事を進めて、
分からないことを聞けば「自分で考えてみた?」。
調べていれば「時間をかけすぎだ」。
チェックを頼めば「時間がないから後で」。
そのまま進め、後で訊ねたら「今さら聞いてくるな」
ミスがあれば「何で聞いてこなかった」。
ミスした箇所の説明を聞けば、資料からはとてもじゃないが初見では読み取れない。
最初に感じた通り、ハードルは飛び越えるには高く、その下の隙間はくぐれないように埋められていた。
だから、ハードルを倒すしかなかった。
これと似たようなシチュエーションを思い出す。創作もので重要人物が、「今はまだ語るときではない」という。
大体適切な時期に語られることはなく、深刻な方に事態が転げ落ちていく。
物語なら、それでも必然性が存在することもあるだろう。
現実ではどうか?
必要なことは、最初に語っておけと、道筋を準備しておけと思う。
その上で考えさせてくれと。
うんざりする。
頭に針が刺さったような痛みがする。
目の奥が欠けたような暗い部分があるみたいだ。
頭痛薬を飲む。その内、効いてくるはずだ。また、新しいのを買っておかないと。
彼らは覚えていないのだろうか。何が分からないのかが分からなかったことを。
彼らは理解していないのだろうか。それで一番迷惑を被るのは会社であり、二番目が客先であることを。
そんなことはないと思いたい。でも、そうとしか思えない。
ミスした当人であるわたしには、当然何割もの責任が有るだろう。
でも、十割ではあり得ない。
仕事は段取りが九割などという。本当かは分からないけど一利ある。九割とはいわないまでも、段取りの影響は実際かなり大きい。
だとすれば、段取りを組んだ側にも相応の責任が有るだろう。
責任逃れと非難されるだろうか?
わたしは、そうは、思わない。
「今後のために作業マニュアルを整備しませんか」
いつもの有意義でない会議のあと、無駄かもしれないと思いつつも提案した。
ずっと前から考えて、個人的に行ってきたことだけど、改めて会議の場で意見として形にした。
「情報共有、技術継承、調べモノの時間削減、ミスや怪我の防止など、十分有効なはずです」
対する周りの意見は、分かっていたけれど非難めいたものだった。
まとめると以下になる。
・前に作ろうとしたが上手くいかなかった
・作ったものも、すぐ使わなくなった
・業務内容的に作れるものではない
・書いてあることしかやらないマニュアル人間になるから駄目
・今だってやれてるのだから不要
・その都度確認すれば分かるのに、そんなものが必要という意味が分からない
・十分気を付ければミスは防げるのだから要らない
・そんなことに割く時間が有るなら仕事を進めた方がいい
・誰が作るのか
・来年度にでも、新入社員に勉強をかねて作らせればいい
・有るなら、使ってもいい
・どうしてもというなら、空いた時間にお前が作ればいい
「なるほど_____」
全てに反論したいところだけど、とりあえずそれは止めておく。
みんな立派に残念な、やりたくない理由があるのだなあ。それぞれが忙しいのだから、やりたくない気持ちは分かる。
(それなら、これまで通りにわたしの理解している分だけ仕事時間外に作っていこう。
そして、あなた達には使わせない)
心の中で、再びそう決意した。