あの日とあの時
「あのさあ、皆休日まで出てきて頑張ってるのに何してんの?そんなことより、もっとやるべきことが有るはずだけど?」
不意にぶつけられた不快な言葉は、覿面にわたしの心を折り曲げた。
朝の八時、日曜日。
休日の始業時間の三十分前。いや、そもそも休日出勤の定時など存在しない。
それでも、平日の定時と同じ時間枠は、実際の仕事をすることと決めている。
なんとなく、リズムを崩したくない。
だから、仕事を補助するための間接的な作業についても、いつも朝・昼・夕方の就業時間とされない時間にしかやらない。
これなら、文句を言われる筋合いもない。
ない、のだけれど、文句をいう輩はいる。
「余裕があるなら、こっちを手伝ってよ」
「あはは、休日出勤してるのに、余裕なんてあるわけないじゃないですか」
数年程度の会社の先輩。
ほぼ、仕事内容が同じ程度の先輩。
仕事はそこそこ出来るけど、会社の改善・育成などは行わない。まあ、社内の大体の人員がそうなのだけど。
「だったら、遊んでないで仕事進めなよ」
「えー、仕事時間以外は自由にさせてくださいよ。それに仕事のため、ですよ。今作ってるのは、資料依頼用のデータベースで、いつも連絡先の確認に手間を___」
「いや、だから、そんなことやるくらいなら仕事しなよ」
「っ!」
「さっきも言ったけど、皆休日まで出勤して頑張ってるんだからさ。そういうのは、仕事時間以外の暇な時間に作るべきなんだって」
「あー、そうですか。すみません」
すみませんが、暇な時っていつのことか教えてください。
すみませんが、タイムカードを押してない今があなたのいう暇な時じゃないですか。
すみませんが、本当に黙ってください。
すみませんが、わたし、最近本当にあなた達が嫌いなんです。
すみませんが、あなた達の一方的な考えを聞くだけで、心がビシビシひび割れていくようなんです。
「なんか、不満そうじゃない?」
「えー、そんなことないですよ」
(良く分かりましたね)
「俺はまともなことしか言ってないよね?」
「あー、そうですね」
(本気で言ってます?)
「本当にそう思ってる?」
「いやー、絡まないでくださいよ」
(思ってないなら何ですか)
「俺が悪いんだ?」
「うーん、そんなことないですよ」
(悪いの、あなただけではないですから)
「それなら___」
「それくらいに、してくれません?もう時間なので仕事にかかります」
(あなたと違って暇ではないので)
時計を指差す。チャイムが鳴る。
八時三十分、平日の定時の時間。
話を遮られ、先輩が席に戻る。不満そうに不貞腐れて。
ため息が出た。
とても、無駄な時間だった。
作業は進まず、気持ちは不快で、空気は険悪。この後の仕事のパフォーマンスも低下するかと思うと涙が出る。
誇張ではなく、本当に滲み出たそれを、周りに見られないように拭う。
与えられた仕事に取りかかる。いつものように重く、長い仕事を端から効率よく刻んでいく。
頭の中にある経験、出力しきれていないマニュアルと効率、ほんの少しの要点をまとめた手順資料、効率を考えて改良した書式、アプリケーションのショートカット。
いつものように、前よりも少しだけ良くした効率で、平日の定時と同じ時間まで仕事を進めていく。
定時に帰るという暗黙の了解があるだけ、休日はマシといえる。
先のやり取りによるイライラのせいか、余計な考えが混ざる。
なぜ、仕事が減らないのか。
手を止めず、それでも疲れた頭は、思考できない部分に要らない考えが浮かんでくる。
「頑張ろう」
そっと呟く。
「まだ、大丈夫」
それしか出来ない。
「まだ、努力出来る」
いつもと同じように自分を騙して
「まだ、頑張れる」
どうして?
「きっと、大丈夫」
これからも
「今日も、明日も、明後日も」
いや、
「・・・もう、無理だ」
本音が漏れる。
仕事を進める手は、いつの間にか止まっていた。