陰キャなネガティブ魔術オタク様と婚約しましたが、彼がドタイプすぎて毎日が辛い
主人公の一人称は「わたくし」です。「私」と書いてあっても読みは「わたくし」です。
「無理無理無理…いや無理でしょこんなの。なんで僕がこんな社交的な美少女と婚約しないといけないの何かの恋愛小説的展開か?いやそんな展開いらないから家に帰してよここめっちゃ明るい……カーテンでしめきった自室にこもりたい…でもきっとこの人との婚約断ったら殺されるだってこんな美少女と結婚できるチャンスをこんな引きこもりのキモイ魔術オタクが断るなんてあっていいはずがないんだからファンに殺されちゃうよあああせめて、せめて死ぬ前にあの文献の魔術本買っとけばよかったな…」
「……」
私は目の前でさっきから一人で聞き取れない声量(もっとも、耳の良い自分には聞こえるのですけど)でぶつぶつと爪を噛みながら喋ている青年を茫然と見つめました。
青年ーー侯爵家の次男、ルカ・トーレス様はこの度子爵家の私と婚約することになったのはつい数週間前のこと。伯爵家から成りあがった現在勢いのあるトーレス侯爵家の、次男とはいえ子爵家などという格下の自分と婚約なんて夢のような展開に何度も父に確認したのを覚えています。まるで前世読んだ異世界小説みたいな展開に。
私、カリナ・ハーバードには前世の記憶があります。三歳の頃突如思い出したのです。大量の記憶が突然頭に流れ込んできてキャパオーバーし高熱で目を覚まさなかったのはいい思い出ですわ。両親にはとても心配をかけたようですけれど。
まあ、そんなこんなでなんにでも手を付ける雑食系二次元オタクだった前世をもつ私は、この転生はそれほど苦ではありませんでした。魔法なんてファンタチックな力があるからか中世ヨーロッパみたいな時代なくせして変な所は発達していますし、貴族だから生活には困らないし両親は優しいですし社交界で話題になるほどの美少女顔ですしね。ネットがないのは少々、いやかなり苦でしたけど。
そんな人生を謳歌していた自分に来た婚約の申し出を私は喜々として承諾しました。いえ、私このルックスと顔なので無駄にモテて…特にここ最近身分が高い公爵家の次男に惚れられて愛人にならないかと身分を盾に迫られ困っていたもので。顔が良いというのも考えものですわ。
婚約が決まってからは顔合わせまで色々情報を集めました。相手はひきこもりで社交界に滅多に出ず、しかし魔術オタクで有名で、よく侮蔑の対象として貴族たちの体のいい噂話に利用されているとか。そんな情報を聞いてオタクな自分には良い縁談かもしれないと思いましたわ。自分は陽キャに擬態した根は陰キャなので。体の関係は迫られないでしょうし。多分。
……そんな事を思っていた時期が私にもありました。
目の前の青年をもう一度じっくり、ええ、穴が開くほどじっと見つめますわ。彼がひえっと小さく叫んだが知らないし聞こえないのですわ。私は今彼を見つめるのに忙しいのですから。
濃い黒色の長くてぼさぼさの髪に青色の生気のない瞳。目の下には濃い隈。高身長で、尚且つイケメン。これは……これは……!
「やばいですわ、滅茶苦茶ドタイプですわ…!」
「へ?えっ、今美少女が喋った部屋に入ってから喋んなかったのにていうか今貴族令嬢が使う言葉使いではない言葉と単語が聞こえたきがする。えっ気のせいかな気のせいだよねそうだよね。だってドタイプって…あああ勘違いするところだったこんな美少女が僕なんかをキラキラした瞳でうっとりしたようにこっちを見ながらそんなこというはずがないうん気のせいだ妄想が過ぎたな、カリナ嬢に失礼だよねうん。僕みたいで地味なオタクがこんな美少女に惚れられるはずがないんだか「地味とか言わないでくださいませ!」!?」
「ルカ様はとんでもなく魅力的ですわ!そりゃあもう私がかすむくらいは!顔の下にある濃い隈とぼさぼさのいかにも手入れしてない髪!そしてその長く早く自虐の入り混じった独り言…!これぞ正に完成された陰キャネガティブオタクイケメンですわ…!私陰キャオタクには会ったことありますがここまでの美形には会ったことありませんし、三次元の殿方にときめいたのなんて人生初ですわ!ルカ様は素晴らしき陰キャです!自分を下卑する必要は一切ありません。そんなところも素晴らしいですが。」
「あれこれ僕褒められてるの貶されてるのていうか僕の話聞こえてたの魔術かけてたのに。」
「褒めてますわ!それよりも言語の認識阻害魔術をかけていたのですの!?凄いですわそんな高度な魔術を誰にも悟られずに展開するなんてっ……!益々惚れましたわ!でも私は魔術が効かない体質なんですの。勝手にお話を聞いたことは謝りますわ…」
「えええ…魔術が効かない体質って超レアじゃん…益々意味が分からないんだけど。なんでこんなハイスペックな人と婚約なのやっぱりこの話は無かったことに「いやですわ!」…」
「私、ルカ様に惚れましたの!おこがましいほどにも程があるとは分かっていますが、それでも私のこのときめきは嘘じゃありません!好きですわ、ルカ様!どうか私と結婚して末永く地獄の果てまで一緒にいてくださいまし!」
「いや愛重っ、ていうか近いよ離れてようわあ綺麗な顔が眼前にあるし手握られて愛の告白とか何、そんな展開望んでないよ僕は一生一人がお似合いなんだから。」
「……えっ、何この状況。」
唐突に第三者の声が聞こえそちらを見ます。そこにはルカ様のお兄様、つまり次期侯爵様がいました。
「アレク様!私ルカ様に一目惚れ致しました!早速ですが、まだ私達の婚約は正式には成立させていませんわよね!?できれば今すぐに婚約、いえ結婚したいのですが!」
「なに言ってるのカリナ嬢。えっ、うそうそ冗談だよねやめてよ兄上、僕はずっと独身がいいよこんな美少女と結婚とか嫌だよやめてよ心臓がもたない」
アレク様はぽかんとした顔をしていました。気さくで優しげな雰囲気を持つ彼ですが、次期侯爵の教育を受けているだけあってポーカーフェイスが得意な印象を受けたのですが。その様子にさっきから興奮していた熱がほんの少しだけ冷め、首を傾げて彼を見ます。
「……そっか、ふふっ、良かったね、ルカ。君の事をこんなに熱烈に愛してくれる女性に出会えて。いいよ、さすがに今すぐに結婚は無理だけど婚約は成立させよう。」
「ありがとうございますアレク様!」「ハイッ!?兄上なに言ってるの!まって正気嘘でしょ何でよこの世に神なんていないぃぃぃ…」
アレク様に満面の笑みでお礼を言うとまた苦笑されます。不本意そうなルカ様には悪いが自分は彼に惚れてしまったんです。絶対離すもんですか。こちとら前世の心理占いでヤンデレ度八十%の女ですわよ?
「ルカ様、愛していますわ!」「あああああ…!」
★★★★★★★
「ルカ様ー!貴方様のお好きな濃いめの抹茶スコーンを焼きましたわー!一緒に食べましょう!」
「えっ、何で僕の好物知ってるの」
「だって私が作ったお菓子を嫌がりながらもなんだかんだいって食べてくれるルカ様のお蔭でルカ様の微妙な表情の変化と食べる速さで分析し極東の国から取り寄せた抹茶を使ったお菓子を特に気に入っている事が分かりましたので!勿論毒も髪の毛も入ってませんわ!愛はいっぱい込めましたが。」
「……うん、そっか、僕はもう慣れたから一切突っ込まないよ。」
婚約してから二ヶ月の月日が経ちました。私はルカ様が住んでいるお屋敷の離れに同居しています。しかも部屋は隣なのですわ!ルカ様はわざわざ日の当たらない奥の部屋を選んでいるようで、
「カリナ嬢は、その、日の当たる部屋の方が良いんじゃない?」
「私も暗い方が好きですの!根は陰キャなので!」
「そのインキャが何かわからないけど絶対カリナ嬢がインキャじゃないことはなんとなく分かるよ。」
というやり取りをしました。
引っ越してからは毎日暗い部屋で魔術本を読んだり新しい魔術式を開発して碌に食事を取らないルカ様に食事を運んだり自分の体質でルカ様の研究に力添えしたり愛を伝えに行ったりしています。迷惑をかけている自覚はあるのですが、衝動で動いてしまうのですわ。
「はああ。やっぱり迷惑なんでしょうか…」
「あれ、カリナ嬢?」
「まあ、アレク様!お久しぶりですわ!珍しいですわね、離れまでお越しになるなんて。」
「ちょっと時間が空いたからね。それで、いつも元気な君が溜息なんて何かあったの?まさか弟がなにか…」
「いいえ!ルカ様にはとてもよくして頂いてもらってますわ!毎日ルカ様のところに押しかけ愛を込めて作った料理を朝昼晩食べさせ、ルカ様への愛の言葉を囁き、勝手に研究のお手伝いをして尊いルカ様の生活圏に入り込んでいる自分を追い出さず構ってくれるルカ様は本当にお優しいですの」
「……そ、そっか。じゃあ何に悩んでいるんだい?」
「いえ…ルカ様にとって私は迷惑なんじゃないかと思いまして…私、その、しつこいでしょう?愛も重いですし。お優しいルカ様は私に気をつかって下さっているのかな、と。あともし内心ルカ様が私を嫌っていた場合もうショックでルカ様を監禁して私を愛するように洗脳してしまうかも…」
「君本当に愛重いね。…ルカは君のこと嫌ってないよ。寧ろ好いてる方だと思う。」
「…気を使わなくて構いませんわ。私がルカ様に好かれる要素なんてないですし…」
「……ルカはね、昔からあんな性格だったんだよ。特にあのネガティブさと独り言がね。貴族にとってそれはマイナスでしかなかった。僕も父も直そうとしたよ、弟が社交界で浮かないように。結果、もっと拗らせてしまった。僕たちはルカのありのままを受け入れてあげられなかったんだ。でもルカは優しい子だからせめて独り言をどうにかしようと魔術の訓練に励んだんだ。でも、それでもルカのありのままを受け入れてくれる人は現れなかった。君以外はね。だから、ルカは照れ隠ししてるだけだよ。君のことは嫌いじゃないと思うよ。……恋慕はあるかどうかわかんないけど……」
「…ありがとうございますわ、アレク様!私、嫌われていた訳ではなかったのですね!私、いつかルカ様に好きだと言わせてやりますわ!」
さっきとはうってかわって急にルンルンと鼻唄を謳いながら「ルカ様に何をお持ちしようかしら」と機嫌良く歩いていくカリナの姿に、アレクはふふっと笑った。
★★★★★★★★★★
「…見られてますわね」
「びゃ!そ、そそそそそそれ言わないでほしかったなぁ…!あああ、帰りたい帰りたい帰りたい穴があったら入って一生出たくない……!」
私達は公爵家主催のパーティーに出席していました。何時もは絶対社交界に出席なんてしないルカ様ですが、公爵様から直々に、侯爵家次男と新しい婚約者を紹介してほしいとご指名されてしまったらしいですわ。
私は、ルカ様は私の婚約者と世の女性達に牽制の意味でも参加に異論はないのですが……人見知りで社交界がもはやGを食べるレベルで嫌というルカ様にとって地獄への招待状のようなもので……。いやもう本当に連れてくるのが大変でしたわ。まさか位はあちらの方が高いというのに断る訳にはいきませんし。
そしてパーティーに出席したのですが…視線が凄いですわ。恐らくルカ様の美しさに見惚れているのですわね…これは厄介ですわ。ルカ様に惚れた女性がアプローチしたら私、負けてしまうかも…婚約破棄になんてなったらお相手を殺してルカ様監禁エンドか心中エンドに…
「ルカ様、美しいそれはもう美しい女神のような女性にであっても、巨乳のお姉さまに迫られても婚約破棄はしないでくださいまし。愛人にしたいというのなら、まあ私を大事にするのを条件にOKしますわ。その愛人様は数日後には無残な姿で遺体になっていると思いますが。」
「君僕のことなんだと思ってるの???心配しなくても僕と愛人になりたいなんて変人はいないよ君以外。あと貴族令嬢が巨乳とか言うもんじゃないよ」
「まあ!私は愛人なんかに収まるきは到底ございませんわ。どんな泥沼な大奥だろうと後宮だろうと貴方様の正妻の座は私のものですわ。あと、貴方様の愛人になりたい方なんて大勢いますわ。ほら、女性方の視線がこんなに。」
「それは君に向けてじゃないの?噂の社交界に現れる精霊姫様が久々に社交界に出席したから。それもこーんな陰湿な男と婚約して。思わず見ちゃうのも仕方ないよ現に男性からの嫉妬の視線で僕消えそうだし。」
因みにこの会話は認識阻害の魔術をかけているので周りからは二人で見つめ合っているようにしか見えなかったりする。
「おお!来てくれたんですな、ルカ殿と精霊姫。お噂はかねがね。この度は結婚、おめでとうございます。社交に明るい精霊姫が嫁いでくるのならばルカ殿も安心ですな」
「初めまして、ペール公爵様。公爵様に認知していただけるなんて、光栄の極みですわ。」
「ひ、久しぶりですね、公爵殿…」
「おやおや相変わらずですな、ルカ殿は。」
はっはっはと豪華に笑う彼だが、その言葉には所々に侮蔑が混じっているのが手に取るようにわかります。恐らく、今回態々ルカ様をご指名したのは禄に社交ができない彼を人前で恥をかかせ、今勢力を拡大しているトーレス侯爵家の評判を落とすつもりなのかしら。なんて悪趣味なの。周りで同じようにクスクス嗤っている貴族どもにも腹が立ちますわ。
「ああ、ルカ殿、家にも優秀な次男がいるんですよ。ビルク、こっちにこい。」
公爵様が呼んだビルク様は随分不機嫌な顔をしています。私を睨んでいる…?いえ、これは…ルカ様を?
「カリナ嬢、お久しぶりです。」
「え、ええ。お久しぶりですわ。」
久しぶり?私たちどこかで会っていたかしら。あっ、この熱をもった瞳…見覚えがありますわ。
ビルク様と出会ったのは確かルカ様と婚約する前まで付きまとわれていた公爵家次男ですわ。かなり強引な方で、もう四六時中あいつに悩まされていたのですが、ルカ様に会って存在を忘れてましたわ。
「ルカ殿と婚約されたのですね。傍から見てましたが随分仲がいい様で。」
「ええ勿論!ルカ様は大切で愛しい婚約者ですわ!」
「おや、カリナ嬢は随分ルカ殿に入れ込んでいるのですな。誰に誘われても靡かなかった孤高の精霊姫と伺っていたのですが。」
「ええ、ルカ様に出会う前の私はそうでしたわ。ですが!ルカ様は本当に素敵な方ですわ。彼と婚約できて天にも昇る気持ちですの。」
「……カリナ嬢は、こいつのどこがいいんですか」
「!?ビルク、何を言ってるんだ!」
「お前、調子に乗るなよ、カリナ嬢はお前の身分がいいから媚売ってるだけだ。お前みたいな陰気臭い奴に俺が負けるはずがない。カリナ嬢が本当に好きなのは俺なんだ。カリナ嬢、俺の手を取ってよ、婚約者なんて捨てるから、そしたら君は公爵家次男の妻だ、そっちの方が身分は高いよ、宝石でもドレスでもなんでも買ってあげるから」
「いい加減黙れ!おい、そこのお前、こいつを連れていけ!…ルカ殿、申し訳ありませんな。息子はここ最近随分精神を病んでいまして。いつもはこうではないのですが。」
「カリナ嬢!俺は本気だ!」
「ビルク!」
「…私、ルカ様のことは本気ですわ。だから貴方様の手は取れませんの、ごめんなさいね。抑々身分目的なら貴方様の身分を盾にした愛人の誘いも受けてますわよ。私はルカ様だから好きになったの。たとえ彼が平民でも奴隷でも、好きになったと思ういますわ。」
「まあ、ビルク様、愛人の誘いなんてしていたの?確か彼には同じ公爵家の令嬢が婚約者にいたはずでしたわよね?ペール公爵家の品格が伺えますわ…」
「それより、今婚約破棄と言ったぞ、あれはルーヴェル鉱山の大規模な共同事業の為の婚約だろう!?それを破棄ということは、ペール公爵家はルーヴェル鉱山を独占するという宣言か!?」
「素敵ですわ…カリナ様はあまりにも誘いを断るので色事には興味ないと思っていたのですが。これぞ、真実の愛ですわねえ、感動しましたわ…」
「あの精霊姫が頬を染める所なんて初めて見たよ、きっとルカ様はあの精霊姫の心を溶かすほどの魅力があるのだね。」
貴族たちはそれぞれの感情を言葉にし、好き勝手話します。それにペール公爵は随分顔色を悪くさせました。ビルク様は社交界では割と評判の良い貴公子だったので社交の苦手なルカ様と比較させ評判を落とそうと思って失敗した、って所でしょうか。逆にルカ様の評判が上がってますわ。ま、至高なるルカ様を落としめようとした天罰ですわねえ。ざまあ見ろ、ですわ。
「ペール公爵、殿。婚約者が随分と、その、疲れてるみたいなんだ。帰らせて、頂いても、いいだろうか。」
「あ、ああ。すまんな、後日改めて話をしようじゃないか。」
きゃあああ!ルカ様が!あの人見知り目立ちたくないを拗らせまくったルカ様が自分で公爵様に自分で声を!それも私のために!確かに、いえちょっと私の顔色は悪いとは思いますが。あれ、本当に頭痛が…数日間、徹夜したからかしら。ウッ、痛い、ですわ…あっ、めまいが……
「カリナ嬢!?」
「きゃあああああ!!!」
★★★★★★★★★
カリナ嬢は只の寝不足だった。数日間徹夜していたらしい。化粧を取ったら目の下の隈が酷かった。なんで徹夜したのかあとで問い詰める必要がある。
「本気、だったんだね。」
馬車の中で自分の声が響く。落ちないようにと、自分の肩に凭れ掛からせてるカリナ嬢の体温がやけに熱い。いや…これは自分の、かな。カリナ嬢とのゼロ距離に心臓が破裂しそうな程バクバクなっている。
――自分、ルカ・トーレスは昔から陰気臭く、いつもジメジメしていて、ネガティブで思ったことを思わず口に出してしまう性格だった。貴族としても、平民としても嫌煙される性格だ。正直、それでも自分が社交界に馴染むようにと色々と手を回してくれた父と兄の方が異常だった。
でも、子供時代の自分にはそんなこと分からなくて。自分を否定されているように感じてしまった。母は公爵家の生まれで、その時はまだ伯爵家の父に嫁ぐというのはプライドが許せなかったらしい。特に自分の存在は母を狂わせた。いつも罵倒され、手をあげられることもあった。
次期伯爵の兄は父に育てられていたので、必然的に自分は母といることが多くて。偶に会う兄や父には、認められるどころか指導されてしまって。自分は誰にも愛されてない、味方なんていないと思い込んでしまった事が原因で、自分の性格は余計に悪い方に転がっていく一方だった。
暫くして、社交界に出てやっと兄たちのしていたことが自分の為だと気づいた。それからは兄たちの優しさに報いる為に魔術の勉学に励んだ。そこから、魔術にハマっていった。自分はさらに引きこもる一方で。
―――自分を愛してくれる人間なんて、家族以外いないのだと、もう諦めきっていた。社交界に出れば自分の耳に入る陰口に。あからさまな侮蔑に。ああ、もういいか。もう、愛されることを期待するからダメなんだ。最初から何もかも遮って、一人でいよう―――
「ルカ様、愛してますわ!」
自分が閉じこもっていた殻を破ったのはカリナ嬢だった。初めて会った時から欠かさず自分に愛を叫んでくる。比喩じゃない。本当に叫んでくるのだ。朝、机につっぷして寝ている自分に「おはようございますルカ様大好きですわ今日もお美しいですわねでもきちんとベッドで寝てください研究に没頭してるルカ様も素敵ですけどね」とノンブレスで大声で叫ばれる。自分が住んでるのは離れで、使用人は三人しかいないにしても、かなり恥ずかしい。それが昼も夜も続いた。嫌、ではない。寧ろ心の中で嬉しさすら感じた。でも、やっぱりどうかと思う。あまりにも毎日そんなことが続き、激重感情を向けられていることに慣れきってしまったことに気付いた時は流石に危機感を覚えたが。
ただ…正直言って、彼女の恋心を信じてきれていなかった。生来のネガティブが出て、彼女の思いが演技で、侯爵家次男の婚約者という席にしがみついていたいからなんじゃないかと。彼女の言動を見てれば、演技にしては流石にやりすぎとも思ったが、自分なんかに恋慕を抱く理由が見つからなかった。
でも…今日のカリナ嬢を見てて分かった。彼女の思いは本物だと。どんなにネガティブな自分でも、認めざるを得なかった。だって、彼女は公爵家の次男に突っかかった。侯爵家よりもあちらの方が身分は上。そんな彼の誘いを断るどころか、まっすぐな瞳で彼に自分が好きだと、伝えていた。侯爵家にしがみつきたいのなら格上のあちらの誘いを受けるはずだし。
そして、そんな仮説を最大限裏付けるのが、彼女の態度だ。公爵殿や、周りの貴族に向けていた表情と自分への落差が凄かった。周りには、取って付けたような仮面の笑顔を。自分には、花が咲くのではというほど愛らしい笑みを。鈍い自分でも気づくレベルだったのだ、周りは当然気づいており、魔術を使って拾った声は殆どがカリナ嬢のこと。「あんな笑顔は見たことがない」…ああ、彼女は本当に僕の事を愛しているのだと、納得させられた。
そこからは何で僕なんかが好きなのだろう、と考えた。公爵に嫌味を言われ、今までなら委縮して独り言が飛び出すのに、不思議と出なかった。寧ろ、そんなことどうでもいいと疑問の答え探しに夢中になり、カリナ嬢の顔色が酷く青ざめてきているのに気づくまで周りの喧騒すら耳に入らなかった。
カリナ嬢が倒れたとき。
ヒュッと心臓を掴まれた心地だった。その後、医師が病状を下すまで自分は死にかけた心地だった。三日三晩研究に取り組んだ魔術式の書いた資料をなくした時も、ヒステリックな母が大切にしていた花瓶を割ってしまった時も、こんなに焦らなかったのに。
嫌だ、死んで欲しくない、生きて何でカリナ嬢が嫌だいやだイヤだ!ああ、こんなことならこんな夜会になんて来るんじゃなかった、死んでしまったら僕はどうすればいい?どうすれば、どうすれば、もうこんなことが起こらないように彼女を監禁してしまおうか
「寝不足ですね」
「えっ……?」
「酷い隈だ、相当徹夜したのでしょう。大丈夫、一夜寝ればすぐ直ります」
「本当ですか!?」
「えっ、ええ」
ほっとしたのも束の間、自分の先ほどの考えにゾッとした。監禁しようなんて考えたのか、僕は?
今も肩に頭を乗せ、「ルカさまあ…愛してます~」と寝言を言う彼女に、嬉しいという感情と共に、このまま誰の目に触れさせたくないと考えてしまう。ああ、自分はこんなに重い男だったのか、という感想と…
ああ、自分はこんなにもカリナ嬢の事が好きなんだな、と自覚した。
★★★★★★★★★
あの後、公爵様は息子の醜態を権力で揉み消したようでしたけど、人の口に戸は立てられません。今は私達の話題が社交界で密かに囁かれていると、クスクス笑ったアレク様に教えて頂きました。暫くは家には手は出してこないだろう、と感謝の言葉まで頂きました。
私はあの夜会の後、丸一日ぐっすり眠り、アレク様と話しをした後…随分雰囲気が怖いルカ様に連行され、現在事情聴取を受けております。こんな怖いルカ様初めてで、ちょっと、いえかなり緊張してますわ。ルカ様なんで怒ってるのでしょう、私何かしたでしょうか?ていうか隣、ルカ様私の隣に座っていますわっ…!いつもは向かい側なのに。ちか、結構近いですわね…ふわっ、いい匂いがしますわ…
「ねえ、なんで徹夜なんてしたの」
「う゛う゛…えーっと、い、色々ありまして…」
「正直に答えて。答えないと一週間話しかけられても無視するよ」「すみません私が悪かったですわちゃんと話しますからそれだけはっ…それだけはやめてくださいませ…!」
「えっとですね、じ、実は…は、恥ずかしながら、その……その…」
「……何、僕に言えないようなことなの。」
「うっ、言えないというより言いにくい、と申しますか…」
「……」
「ひゃ!?リュカしゃま!!??」
ルカ様が私をえっ、これ待って押し倒すってやつではないですか!?いえ、これは壁ドン…?いや、ソファなのでソファドンでしょうかっ?あああ、テンパって思考が可笑しくなりますわ…!ルカ様、改めて見ると大変お顔がよろしゅうございますわ…!嫌われたくない一心でルカ様と触れ合うのは最低限だったのでエスコートでもないのに此処まで近づくのは初めてじゃあないかしらっ…!?
「ねえ、僕に言えないことってなんなのさ。君、もう僕のこと嫌いになったの?薄情じゃない、それは。あんだけ好き好き言っといてさ、僕の心を、こんなに、引っ掻きまわしといてさ…酷いよ。」
ぽろぽろと静かに涙を流すルカ様を私は茫然と眺めました。泣いてる姿何て初めて…でもお美しいですわ…って、そんな場合じゃないですわ。ルカ様の言葉って、そ、それって……
「ルカ様、私の事好き、なんですか…?」
自分で口に出しといて途端に顔が真っ赤になります。ええ、茹蛸より真っ赤っか。ルカ様が私を好きかもしれない、ええ、自意識過剰ですわ。でも…だって、こんな熱を帯びた、私と同じ恋した人の瞳で、こんな、こんなの…私のちっぽけな脳みそじゃあ、恋慕しか考えられないですわ…
「……そうだよ、悪い?」
ルカ様の言葉にひょあ!?っと変な声が出ました。ルカ様が、私を好き?それって、それって…
「なんで、泣いてるの」
「え」
勝手に頬を伝って涙が零れます。嬉しい、その気持ちでいっぱいでした。自分だって自覚してます。こんな重い女、引かれるに決まってるって。それを分かった上で好きでもない女と一緒にいるルカ様は、はっきり言って異常です。でも、そんな所を含めて好きになった。一生叶うことのない、一方通行の片想い。でも、一緒にいられるだけで良かった。想いが叶わなくても、ずっと一緒にいられれば。
それが、夢みたいな願いが、叶った。嬉しくない訳が、ないのですわ。
「…そう、泣くほど嫌だったの。はは、何でだよ。なんで、今まで好きだって言ってくれたのに。言っとくけど、離すつもりなんて微塵もないよ。僕を本気にしたのは、僕のこんな醜くてドロドロしたこの想いを目覚めさせたのは君だ。だから、君が責任取ってよ。罵倒してくれて構わないよ、僕は今から君にそれだけの事をする。」
「えっ、ルカ様?ちょ」
「君を僕以外の奴なんかの視界に入れてやるものか、君を見るのは僕だけでいいんだ。君は僕だけをずっと見つめていてよ。その綺麗な瞳に、他の人間なんて映らせない。カリナ、君はよく言ってたよね。監禁しちゃうかもって。お望み通り監禁してあげるよ。逃げ出せないように鎖は付けるけど、大丈夫、きちんと生活環境は整えるよ。はは、気持ち悪いでしょ、こんなキモイ奴に捕まるなんて可哀想。でも、何度も言う通り君がわるい――」
「良いのですか?」
「…へっ?」
「えっ、それは私がルカ様と四六時中居れてしかも生活環境も整ってて尚且つ私ルカ様の物になるのです!?さ、最高すぎてお釣りがでますわ…」
「へ、えっ?なんか思ってた反応と違う…えっ、怖がられてキモがられると思ったのに。罵倒される覚悟だったのに、なんで?突然もう好きでもないやつから監禁するなんて言われたらもっと、こうなんか、嫌がるでしょ?」
「そこですわ!なんで私がルカ様をもう好きじゃないなんてお考えに至ったのですか!?」
「え?だって、言えないことあるって…あと、告白の時泣いたから、嫌、なのかなって…」
「もうっ!言ったじゃないですか。言えないって言いにくいことだって。じ、実はですねっ?私、ルカ様との恋愛小説を、書き初めまして…」
「――へ」
「ルカ様が私の事好きになったらどうなるのでしょうか、とか考えていたんですっ!因みに妄想のルカ様も私の趣味で大分ヤンデレだったので現実との差異の無さに嬉しさと戸惑いと戦々恐々さが入り混じってますわ!」
「え?えっ???ちょ、待って、え、どういうこと、え、じゃあ告白で泣いたのは」
「嬉しかったに決まってますわ!ルカ様鈍感すぎますわ!」
「――じゃあ、全部、僕の勘違い?」
「ええ、私は今でも、これから先も、何度生まれ変わってもルカ様のこと、愛してますわ」
「……本当に、愛、重いね。」
「ふふ、お互いさまですわ。」
「——好きだよ、カリナ。愛してる。きっと僕は君の事を永遠に君を離せない。それでも…それでも、僕と一緒にいてくれますか」
「!」
頬を仄かにピンク色に染めらせ、真剣な表情でルカ様は私にプロポーズします。また、一滴自分の頬を流れていく涙をグイっと拭い、彼に思いっきり抱き着いた。
「!?か、かりな…!?」
「私も」
「私も、ルカ様のこと、愛していますわ。……ふふ、三か月前はルカ様と両想いになれるなんて想像もできなかったですわ。嬉しいですっ…!ふうっ、えっぐ、ひっく」
最初は突然抱き着いてきた私に真っ赤な顔で戸惑っていたルカ様ですが、嗚咽を出して泣き出した私を不器用にポンポンと優しく頭を撫でてくれました。その優しい手つきにまた私は一段と声をあげて泣きました。
★★★★★★★★★
「ルカ様、所でさっきはなんであんな行動をとったんですの?」
「えっ?」
暫く大泣きしていた私を、部屋に誰も入ってこないよう入室不可能な遮断魔術と音声遮断魔術を使い、不器用に一生懸命慰めてくださったルカ様に惚れなおしつつ、大分涙も枯れてきてなのでそう尋ねます。ルカ様は唐突な質問に戸惑っています。可愛いですわ。
「あんな行動って…?あれ、僕何かしたっけ。あっ、さっきの監禁発言?それとも急に押し倒したこと?勝手に勘違いして一方的に責めちゃったこと?それか不細工な僕がさらに顔を不細工にして泣き出したこと?えっ、こうして纏めてみたら僕色々とやばいことしてる…無理、死にたくなってきた…」
「ルカ様は死なせませんよわよ?ルカ様が自殺するぐらいなら私が殺して差し上げますわ。あとルカ様は不細工じゃないですわ。さっきの泣き顔なんてSSR級でしたし。ほんと、写真にして撮りたかったですわぁ、はあ、思い出すだけでも最高ですわ」
「えすえすあーる…?しゃしん…?何それ。」
「こっちの話ですわ。…それで、行動がなにか、だったたかしら。それなら押し倒したことであっていますわ。ルカ様女性の免疫なさすぎて手を繋いだだけで真っ赤になるというのに、初めてあんな距離詰めて、その上ソファドンまでしたじゃないですか。何でですの?」
「えっと…その、実はあの時余裕なくて…」
「余裕?」
「初めてカリナへの恋心を自覚したのに、カリナは倒れちゃうし、一晩で起きるって医者は言ってたのに丸一日起きないし。そんな時に、カリナが隠し事するから、頭真っ白になっちゃって、うう、ごめん…」
「いいえ、別に気にしてませんわ!ふふ、ルカ様ったら可愛らしいですこと。あ、睡眠の件は謝りますわ。大丈夫、もうしませんわ。小説なんかで妄想しなくても実物のルカ様とこうして両想いになれましたし!てことでルカ様、もう一回ソファドンして下さい。いえ、壁ドンでもキスでもオッケーですが。」
「そのソファドンと壁ドンて何!?あと、もうしないから!ていうかカリナ、近いよ、近いってば。ちょ、このままじゃ唇が当たっちゃぅ、うむっ!?」
――この王国に伝わる多くの偉人、その中に王国の魔術に多大な貢献をした魔術師がいる。彼の名はルカ・トーレス。部屋から一切出ることなく、決して表舞台に出ることは無かった彼と、彼の開発した魔術式を表に出すことに協力した兄のアレクと妻のカリナの逸話は有名だ。
その中で、ルカとカリナの情熱的で重い一途すぎる恋物語は、どこからか出版された小説と共に瞬く間に広がり、「影の英雄ルカと精霊姫」は、国民的な恋物語となっている――
裏設定に、
・トーレス伯爵家が侯爵家に上がったのはルカが開発した魔術式のおかげ。だからこそルカが次男で、何もしないでも離宮に籠り研究に励んだりして自由にするのを許している(勿論愛情もちゃんとある)。
・最後に出てきた「どこからか出版された小説」は、カリナが書いていたルカとの妄想小説を手直ししたもので、ルカの功績が認められたことでここで一気に好感度上昇を狙いアレクがカリナにルカの情報で釣って手に入れ、出版社に売ったもの。大ヒットした。
・離れの使用人は料理やら掃除をするだけで主人の世話をすることは無く、顔も殆ど見たことが無かった。けど、カリナが来てから一気に騒がしくなり、「はよくっつけ」とまで思うほど主人たちへの好感度が上がった。
等があります。
ここまで読んで頂き本当にありがとうございました!