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前編

 ……目を覚ますと、私は四角い部屋の中で倒れていた。


 自宅ではない。見知らぬ部屋だった。天井も、壁も、白一色で……家具も何もなかった。ほとんど正方形に近い部屋の中。その中に私は1人倒れていた。他には誰もいなかった。


 まだ夢を見ているのだろうか?


 一瞬、そんな考えが頭をよぎったが、すぐにそれは否定された。頬を抓るまでもない。ぎこちない体勢で寝ていたせいか、腰や肩がズキズキと痛んだ。顔を顰めながら、私はゆっくりと起き上がった。


 此処は一体何処だろう? 

 私は確か、昨日、何軒か酒場を梯子して……それで。


 恐らくそのまま寝てしまったのだろう。スーツ姿のままだった。頭が痛い。正面に鉄製の、重そうな扉があった。取手はない。押しても引いても、横にスライドさせてもピクリとも動かなかった。もちろん上に持ち上げるタイプでもない。私はしばらく動きを止め、ジッと目の前の扉を見つめた。


『オハヨウ』


 不意に頭上から声がして、私は飛び上がった。見上げると、天井部分に丸いスピーカーが埋め込まれていた。さらに部屋の右隅には、監視カメラが。私は唖然として天井を見上げた。


『よく眠れたカナ? 高砂社長』

「な……何だ君は!?」


 声の主が私を呼びかけた。機械音で声質が変えられている。嫌な予感がした。再び扉に近づき、全身で強く押してみたが、やはり開かない。私は次第に呼吸が荒くなってきた。


「何だこれは……私を閉じ込めたのか?」


 私は叫んだ。一瞬の沈黙。それから機械音がした。


『ソウダ』

「な……」


 頭にカァーっと血が上り、身体が勝手にブルブルと震え始めた。いけない。医者に、高血圧に注意するように、興奮しないようにとあれだけ念を押されていたのに。そういえば……私は上着のポケットを弄った。


 ない。常に持ち歩いていた薬がいつもの場所になかった。それどころか、携帯電話も、財布も、タバコも抜き取られている。もちろん鞄も、部屋の何処にも見当たらなかった。


「何だ……これは……」


 途端に汗が噴き出してきた。まだ自分の状況が信じられなかった。誘拐。監禁。そんな言葉が頭の片隅に浮かんでは消える。確かに社長と言う立場上、人より金は持っているし、その分恨みも買っている。しかしまさか、現実(ホントウ)に監禁されてしまうとは……。


「……目的は何だ? 金か? 恨みか?」

『…………』

「いくら欲しいか言え。此処から出してくれたら、言い値で払おう」

『そこにタバコがあるのが分かるか?』


 声の主は私の問いかけに答えず、代わりに監視カメラが動き、扉とは反対側にレンズを向けた。視線を泳がせると、確かに向こう側の床にタバコが一つ、置かれていた。私が普段愛煙している銘柄だった。


『吸いたければどうぞ。ただし……』

「良い加減にしないか!」


 私は怒号を発し、大股で部屋を横切った。本当は、得体のしれない状況に心底怯えていたが、それを誤魔化すために怒鳴り声を上げる。仕事でミスをした時に、私が良くやる戦法だった。


 10歩も歩けば壁に到達してしまう、狭い部屋だった。くしゃくしゃになったタバコは、確かに私のものだ。肩を怒らせ拾い上げ、ライターを手に取る。とにかく落ち着かなくては。ヘビィスモーカーの私は、1時間とタバコを吸っていないと、たちまち不機嫌になってしまうのだった。


「こんな子供じみた真似を……警察を呼ぶぞ!」

『社長。ライターに火を付ける前に、私の話を良く聞いた方が良い』

「何?」

『その部屋にはメタンガスが充満している』

「は……?」

『火を付けた途端、吹っ飛ぶぞ』


 口に咥えたタバコが、ポトリと床に落ちる。私の指はすでにライターにかかっていた。


『高砂社長。例の爆発事故の噂は知っているか?』


 私は口をパクパクと戦慄かせた。声は淡々と、この状況を楽しむように私に告げた。


『先日、郊外のゴルフ場で起きた爆発事故。あの事故には妙な噂が付き纏っていてね。確かそのゴルフ場の建設を進めたのは、高砂社長、貴方だったな?』

「…………」

『何でも現場の工事関係者が言うには……元々その土地はメタンガスが大量発生していて、建物などを建設できるような土地ではなかった』

「何が言いたい……」

 

 冷や汗が背中を流れ落ちるのを感じた。


「あの事故は、不運な事故だった……」

『事故が起きる危険性を、貴方は知っていたんじゃないか? 高砂社長』

「我が社も多くの見舞金を払った! あの件はすでに解決済みだ!」

『事故が起きるかもしれない……知っていて、貴方は強引に開発を進めさせたんだ。金と欲に目が眩んで、人の命を蔑ろにした』

「違う……違う!」

『……あくまで噂だがね』


 部屋に沈黙が訪れた。私はタバコを拾い上げることもなく、しばらくそのままの姿勢で虚空を見つめていた。


 数ヶ月前。我が社が作ったゴルフ場で、爆発事故が起こった。父親に連れられ、ゴルフ場に来ていたまだ10代の少女が、メタンガス爆発に巻き込まれ帰らぬ人となった。


 メタンガス自体は珍しいものではなく、沼地や河川などでも自然発生する。無味無臭だが、可燃性ガスで、一定の濃度に達するとほんの少しの火種で爆発してしまう。ゴルフ場自体が蓋となって、普段大気中に放出されていたガスが建物に溜まってしまったのだった。


 メタンガスの爆発下限界は5%である。しかし、法律では「爆発下限界の30%以上と認めた場合は直ちに労働者を退避させなければならない」とある。5%の30%なら1.5%以下だ。限界が5%だから2%ならまだ大丈夫だろう、と()()を括っていると、悲惨な事故につながりかねない。


「事故だったんだ……」

 私は脂汗を掻きながら独りごちた。


「知らなかった……我が社に……私には何の責任もない。あれは……市長の、たってのお願いだったんだ。市長にゴリ押しされて……それで私は仕方なく」

『タバコを吸いたければどうぞ』

「聞いてくれ! 私は無実だ! 私は最後まで反対したんだ! それを市長が……」

『……社長、私はお金が欲しいんじゃありません』


 スピーカーから静かな笑い声が漏れた。


『ただ噂の真相を、確かめたいだけですよ』

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