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1話 伝説の10円レアカード

 全身をつらぬくような痛みのなか、視界がぼやけていく。地面が消えたかのように、俺はふかい闇に落ちていった。

「俺の……ターン」


***


『……はっ、ここは!?』

 意識がもどったとき目にとびこんできたのは、なじみある”星ノ門町”のカードショップだった。近未来的なデザインとハイテクな設備がふんだんに盛り込まれたビルだ。

 何階のフロアだろう? 周囲のようすを確かめようとしたが、手足がうごかない。声が出ない。そして自分が箱のなかにいるような感覚。まさか……!


『俺の体がカードになっている!? しかもこのカードは”唯一なるもの、セルミラージュ”!』



***



 世界を席巻するトレーディングカードゲーム”ウィザーズ・ハンド”。

 そのプレイヤーを”デュエリスト”と呼ぶ。


 デュエリストが死んでカードに転生した。なんてどんなマンガだとツッコみたくなる。だが、俺は伝説レアのカード、”唯一なるもの、セルミラージュ”に転生したらしい。まさかこんなことになるとは……。


 カードショップの10円コーナー。買い手のつかないクズカードが、紙製のボックスにひしめいている。しかし、掘り出しものが混ざっていることもあるから、物色する客は多い。期待の表情でカードをあさり、俺を見つける。伝説レアを示す紫のマークをみて目をかがやかせ、カード名を見てため息をつく。

 心にともった期待の火が消えた表情には、なんともいえないものがあった。以前の俺も、こんな目でカードたちを見ていたんだ。



 新弾の汚点・最弱の伝説レア・紙以下……”唯一なるもの、セルミラージュ”は、いわゆるカスレアだった。


 店の中央のモニター群には、いつもたくさんの客が集まっていた。世界中のデュエルを生配信する動画サイト”デュエルTV”だ。無数のデュエルが時を同じくして進行し、ひとつひとつ異なるモニターに映し出されていた。

 俺も10円コーナーからずっと見ているが、そのたびにもどかしい気持ちがこみあげる。


 誰も”唯一なるもの、セルミラージュ”を使っていない。

 まだいないのか。あれの強さに気づいたやつは……。

 

***


 いつものように店のドアがひらき、ひとりの客がはいってきた。めったに見かけないレベルの、さわやかで中性的な顔の少年だ。高校生だろうか?


 わずかに肩まで届かない、ほどよい長さの銀髪、モデル顔負けの細身で整った身体はまさに伝説レア級だった。彼はそわそわしたようすで店内をまわり、やがて10円コーナーへやってきた。興味深そうにカードを眺める瞳は、今までのどの人間ともちがう感じがする。


 カードの束が一枚ずつめくられていき、ついに俺の番がやってきた。すると、目を丸くして花のように笑った。

 

「わあ、あった。”唯一なるもの、セルミラージュ”!」

 

 弾ける笑顔を目の当たりにして、なにかが俺の中で生まれた。表面をやさしくなでる、なめらかな細い指に離されたくなかった。うう、興奮が止まらない。

「店員さん。このカードをください」

 やった、やったぞ! とうとう買ってくれるやつが現れた。

「10円になりまーす」


 レジで少年がとりだしたのは、なんとクレジットカード。ふと、無地の黒いポーチから化粧品らしきものが見えた。かなりの数だ。身だしなみに気を使ってるみたいだな。隣のデッキケースがやたら浮いて見えるぜ。


「あざーす」

「やったあ!」

 

 うれしそうに小さく握りこぶしを作り、くちびるがほころぶのを見ているとテキストボックスのあたりがむずむずしてきた。うれしい気持ちが俺の中にも流れこんでくるみたいだ。買ってもらえたのは喜ばしいが、なぜこんなにときめくのか。

 いや、待てよ……こいつ、ひょっとして――?


 ふと、周囲の視線に気づいた。ほかの客たちがこっちを見ている。なぜだ?

 理由はすぐにわかった。シンシアの後ろに大柄な男が立っていたのだ。いかつい体格とピンク色のフリルつきエプロンが、なんとも言えない雰囲気をかもしだしている。


「笑止!」


 大きな声が空気をビリビリとふるわせた!

 

「そのカードを”唯一なるもの、セルミラージュ”と知って買ったのか!? 伝説レアにあるまじき弱さで有名なのだぞ!」

「え!? えっと、知って……ます」

「ブハハハハハ! 聞いたか皆の衆! わざわざ探して買ったようだぞ!」

 

 男は高笑いして客たちに呼びかけたが、誰も反応しない。みんな迷惑そうに視線をそむけるだけだ。俺は少年に同情して、心の中で”声”をかけた。


『君、変なやつに絡まれたな』

「そうだね……」

『ん?』

「えっ?」


 今の反応はまさか、俺の”声”が聞こえた?

 でも俺はカードだ。口がない。どんなに心で呼びかけたって、こたえる人間なんていなかった。もういちど念じてみよう。


『コホン。俺は君がもってる”唯一なるもの、セルミラージュ”だ。君に話しかけてるんだよ!』

「頭に直接きこえて……もしかしてキミが話しかけてるの? それってテレパシー? すごいっ!」


 伝わってるぞ!

 俺は歓喜に打ち震えた。なぜ声が聞こえるのか。もしかすると”俺を買った”ことで、つながりができたのかもしれない。


『ははっ。そうみたいだな。俺もひさしぶりに人と話ができてうれしいぜ!』

「わあ……よろしくねセルミくん! ボクはシンシアっていうんだ」

『シンシア? じゃあやっぱり君は女の子だったのか』


 ポーチの化粧品を見てもしやと思ってはいたが、ビンゴだったようだ。

 しかも名前がカタカナ。こいつ……ただものじゃないな!


  

「うん。ナイショのお出かけのときは変装してるんだ」

『なるほど。見つめられたときやけにドキドキすると思ったぜ』

「ドキドキ?」

『な、なんでもないぞ!』


 あぶないあぶない。心の独り言まで伝わってしまったようだ。


「さっきから誰と話しておるのだ! 目の前には我しかおらんではないか!」

『まだ突っかかってくるのか。めんどうなおっさんだぜ』

「セルミくん、この人こわいかも……」

『たしかに迫力ある顔かもしれないな』


 なんて会話をしていたら、ますます相手を怒らせてしまったらしい。


「まだ妙なことを申すか、我を”ゴールド・ライセンスの本田雄一郎”と知っての狼藉か! もう我慢ならん、貴様にデュエルを申しこむ! 我と闘えぃ!」

「えっデュエル!?」

 シンシアの目が大きく見開かれた。店内でのデュエルなんて珍しくないが……。


「ゆくぞ! デュエルスペース展開!」

 本田が拳をつきあげると、手の甲に金色の紋章が浮かびあがった。黄金の光がまばゆくかがやき、一瞬だけ全身が浮きあがる。

『このおっさん、”ライセンス持ち”だったのか! シンシア、足もとに気をつけろ!』

「ま、待って。心の準備が――」


 デュエルスペース……ライセンスを持つ者が生みだせる亜空間だ。



『デュエルか。なつかしい感覚だぜ……』

つづく




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― 新着の感想 ―
[良い点]  いきなり大変なことになってますね。女の子は変装して買いにいかないといけないのですね。さては美少女か!? [気になる点]  トレーディングカードはもらったことしかありませんが、某電気街のフ…
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