ぬいぐるみの魔法
あるところにひとりぼっちの妖精がいました。
いつも一人で寂しい思いをしていたその妖精は、人間と仲良くなりたいと思っていました。しかし、妖精は人には見えない生き物で、人と交流を持つには目に見える代わりの体が必要でした。
そのため、自分が中に入ることができる体を探していると、猫のぬいぐるみを持っている女の子を見つけました。女の子はひとりぼっちで寂しそうな様子だったので、妖精はなんとなく気にかけるようになりました。
それから妖精は毎日女の子の様子をこっそり見ていました。女の子の名前はアイちゃんといい、ずっとぬいぐるみを抱っこしていて、とても大切にしているようでした。
それを見た妖精は思います。このぬいぐるみに入ったらアイちゃんと仲良くなれるのではないかと。そうして、妖精はそのぬいぐるみに入って動いてみました。
女の子は突然ぬいぐるみが動き出して驚きました。しかし、大好きなぬいぐるみが動き出したことを喜びました。
そのぬいぐるみにはクッキーという名前がつけられており、自分の名前が呼ばれるたびにクッキーは心が温かくなりました。
クッキーははじめ、手足を少し動かすことしかできませんでした。しかし、心が温かくなるにつれてどんどん力が湧いてきました。
まず、立てるようになって、軽いものを持てるようになり、歩けるようになっていきました。そのうちアイちゃんと一緒にかけっこをしたりままごとをしたりして二人は一緒に遊ぶようになりました。
しかしその楽しい日々も長くは続きませんでした。アイちゃんのお母さんがクッキーが動けないように手足を縛って森の中に捨ててしまったのです。
アイちゃんのお母さんは機嫌が悪いとアイちゃんに意地悪なことを言ったり、暴力を振るう人でした。クッキーは叩かれそうになっているアイを守ろうとしました。
しかし、お母さんの怒りの感情をぶつけられたクッキーはだんだん元気がなくなって動けなくなってしまい、捕まってしまいました。
アイちゃんは泣きながら必死にクッキーを返してと言いました。しかし、アイちゃんのお母さんはクッキーを下に叩きつけたあと、思いっきり踏みつけました。ボロボロになったクッキーを見てアイちゃんはとてもショックを受けました。アイちゃんのお母さんはそんな娘の様子を見て笑いながらクッキーを捨てに行ってしまいました。
クッキーはなんとか一命を取り留めたものの、弱ってしまい、立ち上がることもできません。だんだん目も見えなくなっていき、意識も保てなくなってしまいました。
クッキーが捨てられて何年か経過した頃、一人の女性がクッキーを抱き上げました。女性はレイという名前で、クッキーを自分の家に連れていきました。
レイさんはクッキーの手足の拘束を解いて、ボロボロになったぬいぐるみの体を修理してくれました。お風呂にも入れてもらって汚れた体はきれいになりましたが、クッキーの心は暗いままだったため元気になることができませんでした。
なぜなら彼は今までの記憶を無くしており、思い出せないからです。何かとても大切なことを忘れているようで、心にポッカリと穴が空いたように寂しく悲しかったのです。
それでもレイさんはクッキーに優しく話しかけてくれて、毎日お世話をしてくれました。レイさんのあったかい優しさに包まれてクッキーは少しずつ元気になっていきました。しばらくすると目も見えるようになり、手足も動くなるようになりました。
周りにはたくさんのぬいぐるみがいて、クッキーが目を開けたことに気づくとみんな集まってきました。それに気づいたレイさんはクッキーの元にやってきて頭を撫でながら周りのぬいぐるみたちについて教えてくれました。
ここのぬいぐるみたちはみんな小さな子供たちの友達の妖精でした。妖精はみんな寂しがりやです。なので子供に大事にされているぬいぐるみに宿ることが多いそうです。
しかし子供たちが大きくなるに連れて飽きられてしまい、捨てられてしまいます。妖精は楽しい、嬉しいなどのあったかい気持ちに触れていると元気で生命力に溢れてきます。
しかし、怒りや悲しみ憎しみなどの冷たい感情に触れるとどんどん弱っていってしまうそうです。
だから捨てられたぬいぐるみはあったかい感情に触れられなくなり、だんだん元気が無くなって最後には動けなくなってしまうのです。
レイさんは子供の頃からクマの人形のベリーをとても大事にしていました。だから捨てられて動けなくなっているぬいぐるみの妖精ををほっとくことができずに、拾って自分の家で一緒に暮らしているのです。
レイさんは自宅でカフェを経営しており、カフェの中を見せてもらいました。ぬいぐるみたちも一緒に働いていて、クッキーと比べると元気で生命力に溢れていました。
カフェはエネルギーが満ちていて、ぬいぐるみたちはみんな魔法が使えます。ふわふわ空を飛んでお客さんに注文されたものを届ける子、キラキラした魔法の花火や、氷で美しい花の像を作ってお客さまを楽しませている子など、それぞれ個性的な魔法を使います。
レイさんのカフェはぬいぐるみもお客さんも笑顔で溢れていてとてもあったかい場所でした。
レイさんはこのカフェで働かないか誘ってくれました。ここで働いていればたくさんの人と交流できて、みんなのあったかい気持ちがクッキーの力になってくれるよと言ってくれました。
クッキーはあの子を守るためには自分にも力が必要だと思いました。そう考えてクッキーはハッとしました。あの子とは誰なのか。なんだかとても大事なことのような気がしましたが、思い出せませんでした。
しかし、ここで働くことで大事なことが思い出せるような気がしたので、クッキーはここで働こうと思いました。
クッキーはカフェの仕事を手伝い始めました。最初は何もできなかったけど少しずつできることが増えていきました。
店内ではぬいぐるみと魔法とお客さんの笑顔が溢れていて、キラキラした楽しい環境はクッキーをどんどん元気にさせていきました。しかし何か物足りない気持ちがどんどん強くなっていき、魔法は使えるようになりませんでした。
そんなある日、カフェに悪い大人たちがやってきてぬいぐるみたちを誘拐しようとしました。魔法の使えるペットは人気があるから高く売れるのです。このカフェの噂を聞きつけて魔法の使えるぬいぐるみたちで金儲けをしようとした人たちがやってきたのです。
レイさんはぬいぐるみたちを守ろうとしますが、誘拐犯たちに攻撃されそうになります。クッキーは咄嗟にレイさんの前に飛び出て彼女を守ろうとします。
誘拐犯たちのつめたい感情がクッキーに襲いかかった時、アイちゃんを守ろうとしてやられてしまった時のことを思い出しました。クッキーは大事な人を守るには強くならなくちゃいけないと自分を奮い立たせます。クッキーの中にそんな強い気持ちが生まれました。
その瞬間、眩しい光が辺り一面を包み込みます。そしてレイさんとクッキーの周りにはキラキラと光るドームが出現しました。誘拐犯たちのこうげきは跳ね返り、彼らは気絶してしまいました。クッキーは魔法を使えるようになったのです。レイさんは目の前で起こったことに驚きながらも、クッキーにありがとうと言いました。
こうしてカフェの平和は守られましたが、クッキーにはまだやらなければいけないことがあります。そう、アイちゃんに会いに行くのです。
クッキーはあいちゃんのことを思い出して、とても心が痛みました。アイちゃんが意地悪なお母さんにいじめられていないか、一人で寂しがっていないか心配だからです。
クッキーはレイさんにそのことを伝えてアイちゃんを探しにいきました。レイさんはクッキーが捨てられていた森まで案内してくれて、しばらく探していると見覚えのある赤い屋根の家を見つけました。
近くに行くとボロボロの服を着た女の子が庭を掃除していました。アイちゃんです。クッキーはすぐさまあいちゃんのそばにいきました。あいちゃんはクッキーを見るととても驚いた顔をしていましたが、すぐに泣きながらクッキーを抱きしめました。
二人が再開できたことを喜び合っていると、家からアイちゃんのお母さんが出てきました。アイちゃんのお母さんは泣いている娘にうるさいと怒鳴りつけて掃除をサボっていることを怒りました。
アイちゃんはビクビク怯えて下を向いてごめんなさいと謝りました。お母さんはアイちゃんを殴ろうとしましたが、クッキーがアイちゃんを庇って二人の間に入って彼女を守るようにドームを作り出しました。
アイちゃんのお母さんはびっくりして殴るのをやめましたが、魔法が使える珍しいぬいぐるみは高く売れると思い、アイちゃんに「そのぬいぐるみを寄越しな!」と言いました。
アイちゃんは恐怖でぶるぶる震えていましたが、大事な友達を守りたい一心で、クッキーを抱きしめて嫌だと言いました。
アイちゃんのお母さんは娘に反抗された怒りで我を忘れて、クッキーを奪い取ろうとしましたが、ドームに弾かれて飛んでいきました。
安心したのも束の間、お母さんは怒りや欲望の感情を悪魔に気に入られて体を乗っ取られてしまいました。
悪魔はクッキーの力を削るように邪悪な力を振り撒いてクッキーに攻撃しようとしました。あまりの禍々しさにクッキーのドームにはヒビが入って危険な状態になりました。
アイちゃんは大切な友達を守りたいという思いで、クッキーをぎゅっと抱きしめました。クッキーは彼女のそんな想いの強さを受けて力を取り戻し悪魔の力を跳ね返します。悪魔はその力を受けて、アイちゃんのお母さんの体から出て消滅しました。
その後、悪魔に取り憑かれた後遺症でアイちゃんのお母さんはおかしくなってしまいました。そのため悪魔に取り憑かれた人たちの更生施設に入ることになりました。
アイちゃんはお母さんが家にいなくなったのでクッキーと一緒にカフェで働きながらレイさんの家で幸せに暮らすようになりました。