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鉱姫イリミナ

(はい!なんだかんだで2ヶ月経ちました!新しい言語を1ヶ月で習得?できるわけ無いでしょ。ディアの頭が良すぎるだけ。それでも、聴き取り、発音、書き取りは日常生活に支障が出ない程度には覚えられた。正直、頑張ったと思う。それなのに…)


レイが今居る場所は居候中の中庭だ。中庭の木の木陰になる場所に布を敷き、その上で正座をしている。レイの目の前には大きく98と書かれた、これまた大きめの紙がある。


「マスター…、何度も言いましたが、この物語は恋愛を題材にしているんですよ?なのに、マスターの翻訳は何なんですか?」


ご機嫌が斜めなのはルディアだ。レイは居候を始めてから2ヶ月の間、午前は言語の習得に向けて勉強している。ルディアはレイの先生をしてくれている。何処から持ってきたのかわからない角帽を被り、アームには指示棒を持っている。目の前にある98と書かれた紙は、ルディアから出題されたテスト用紙である。


「何で恋愛物語を翻訳したらこんな事に…

見てください!ここの一文なんか特に酷いです。本文では「彼との距離が不意に近づく、私は落ち着きの無い手を納める場所を探す」なのに、マスターのは「男が意識外から現れる、女は落ち着きを見失い、逃げこめる場所を探す」って何なんですか!?パニックホラーですか?サスペンスなんですか?このシーンは恋愛をしている2人が手を繋ごうとする素晴らしいシーンなんですよ?」


レイは黙ってディアから視線をズラす。狙って訳したわけではないのだ。何故か恋愛物語だけ上手く訳せないだけなのだ。


(他の本は訳せるし。)


レイは思う、そもそもディアの勉強法は厳しすぎると。毎日、テスト形式で勉強をしている。テストの内容は、単語のスペルと意味を理解しているか、ディアが前もって用意した文章問題、ディアが持ってきた本を読み内容を理解して自分の言語に翻訳、あとは発音の練習だ。最後の発音は妥当として、テストに出題される問題数は異常だと思う。単語なんて一回のテストで200単語以上、出題される。序盤はこれが1番きつかった。おかげさまで、単語はほぼ網羅したと言って良い。一部の専門用語は覚えていない。もう一つの問題はディアからお叱りを受けたように、物語の翻訳だ。


(こいつ平気で200ページくらいの本を2、3冊持ってくるんだよな…)


レイの傍にはディアからお許しを得た本が、2冊ある。今日は3冊を翻訳しなければならない厄日だった。思考の海から浮き上がると、未だにディアが恋愛物語について語っていた。


「この物語のいい所はですねぇ…って、マスター、聞いてます?」


「…?、あっ、うん、聞いてるよ。団子が何だって?」


団子とはレイが異世界に来て、初めての食事の際に出されたカラフルな団子のことである。正式名称はスライ。レイはスライを大変気に入っている。それを知った琥珀色の瞳を持つ少女は毎日、バケツに入った大量のスライをレイに渡している。脳内ではスライ=団子となっている。その為、会話では団子と表現する。


「そんな話してませんよ!もう! はぁ〜、それでも最終テストの点数は合格点なので、今日でこの勉強会は終わりで良いと思います。」


やっとルディア先生からのお許しがでた。本当に長い道のりだった。何が1番キツかったかを考え、レイは中庭の端にある長椅子に目を向ける。そこには透明質な青銀色の髪を肩甲骨の下辺りまで伸ばし、明るい琥珀色の双眸を持つ少女が座っている。少女は手に本を持ち、傍にはカラフルな団子が3個、皿に盛られている。その団子を優しく摘み、わざわざ本から視線を外してレイの方を向く。そして美味しそうに頬張るのだ。

レイは喉を鳴らす。

このやり取りが2ヶ月間ずっと続いている。レイは2か月の期間で特に理解したことは、少女が悪戯好きなこと、スライが美味いことの二つだ。少女の悪戯は勉強中のレイの目の前で団子を食べることだけでは無い。朝、起きたら目の前に謎の仮面があったり、椅子に座ったら変な音がなったり、風呂に入っていると風呂の温度がいきなり上がったりと様々だ。少女の悪戯は怪我をしないギリギリを責めていることもあり手慣れている感じがする。


(だが今日の自分は一味違う!)


レイは内心で笑う。少女はレイが勉強している間はレイの目の前に椅子を持ってきて団子を頬張る。いつもレイの勉強が終わるのと同時に食べ終わる。おそらく狙ってやっているのだろう。だが今日はいつもより授業を早く終わらせた。その為、少女の手元には団子が残っている。レイの身体能力ならば少女との距離を詰めるのは一瞬だ。


(ターゲットは黄色の団子!)


狙いを定める。するとレイの視線に気づいた少女が子供のような悪戯顔をし、黄色の団子を口に放り込む。売られた喧嘩は代理を立ててやらせるがモットーのレイだが、今回ばかりは少女の挑発に自ら乗る事にする。

残りは焼団子と赤色の団子、

レイは正座の状態から無駄のない洗練された速度で立ち上がる、と同時に走りだす。一瞬で差を詰めたレイは勝ちを確信した所で手を伸ばす。狙うは焼団子だ、黄色の次に好きな団子を狙う。


(取っ…、あれ?)


先程までそこに有った団子と共に少女も消えている。レイは急いで周囲の気配を探る。


(…!、後ろか!)


気配のする方を勢い良く振り向き、


「んぐっ!?」


口に何かを突っ込まれた。動転しかける思考を無理に戻し、前を見れば、少女が花が咲いたように無邪気に笑っている。少女が持つ、皿の上には焼団子が一個だけ残っている。


(ということは…口に入ってるのは赤団子か!)


意図した方法とは違うが、目的は果たせた。レイは顎を動かし、舌で味わう。


(うん、そうそう、赤は辛味があっておいし…い?)


レイの記憶では赤の団子は甘酸っぱい味だった筈だ。つまり…


「辛!」


レイは涙目になりながら一気に口の中の団子を飲み込む。それでも口内には刺すような痛みが残り、レイは地面を耐えるように転がる。その様子を見て、少女も目の端に涙を出しながら腹を抱えて笑っている。少女は転がるレイの上で手のひらを上に向ける。その瞬間、少女の手の平に光の粒子が集まり器の形をした黄色の鉱石が出現する。少女がレイに器を差し出す。レイは辛さを紛らわす為に舌を出しながら受け取った。中には水が入っている。勢いよく飲み干す。


(やっと辛さが和らいだ…まだちょっとヒリヒリするけど。)


少女が手を伸ばす。その手を取り立ち上がった。ついでに舌も出したままだ。尻に着いた草を叩きながらレイは考える。


(テル語は覚えたし、この娘と話すこともできるようになったんだよな。)


テル語とは、この異世界の共通言語を指す。テルとは此方の言語で意味は「普通」を表す。本には共通語とわざわざ表記されていたので詳しく調べると、どうやらこの世界にはいくつもの言語が種族の数だけ存在するらしい。代表的な種族としてはエルフ、ドワーフ、獣族、魔族、人族、辺りだろう。

こちらの言語では別の名前がついていたが、本に載っていた挿絵と種族の特徴から表現としは間違っていないように思う。正しく、この異世界は過去の文献に使われることの多い舞台にそっくりなのだ。ディアが訳して教えてくれた時の驚きと興奮のあまり、ディアと屋敷を走り回ったのは良い思い出だ。その後で少女にこっ酷く怒られたが。


(なんて言ってたかわからないけど)


思考が脱線したので、戻す。何はともあれ言葉は覚えた、それ即ち、


(自己紹介タイムだな!)


そう考えて視界を器から前に戻すと、少女は既にいなくなっていた。実は少女とは一度も会話をしていない。取り決めた訳ではない、テル語がわからない時の癖がそのまま続いてしまっているだけだ。少女を探しに行く事に決め、歩きだす。木陰でレイと少女が遊んでいる間にも勉強していたディアを回収する。


「何の本?」


レイが本を読んでいるディアを抱えて歩きながら質問をする。


「今は、魔族語ですね。これが1番難しいです。人族、エルフ、ドワーフの言語は似ていたので簡単だったのですが…。ちょっと苦戦中です…。」


悔しそうな妹を見る。


(こいつ本当に優秀なんだよな〜)


と心の中で感嘆の息を吐く。ルディアは屋敷に居候を初めてから本の虫になっている。レイも本を大量に読み漁っているつもりだがディアには遠く及ばない。その甲斐あって、ディアは主要言語を半分以上、習得している。兄のプライドを飲み下してしまったレイはディアを心の中で褒めちぎる。レイはディアと無駄話をしながら少女の姿を探す。そして見つけた。少女はエプロン姿で料理の最中だった。


(もうお昼の時間か、)


その認識に同時に辿り着いた兄妹は動きだす。ディアが少女の手伝いを始め、レイは机を水で濡らした台拭きで拭く作業を始める。居候を始めてからは何度もこの光景を繰り返している。塵芥を一片も残さずに磨いた机を見て満足気に頷くと同時に少女が皿を運んで来た。今日はサンドウィッチに似た料理だ。中には甘いソースが挟んだものもあれば、肉が挟んであるものもある。唾を飲み込み、席に座る。いつも通りの挨拶を行い、食べ始める。挨拶は、


「イタダキマス」


元の世界での挨拶と同じ意味であった。


———————————————————




今は食事を終え、席で落ち着いている状況だ。レイは今のタイミングが丁度良いと考え、切り出す。


「あの…、やっとテル語ができるようになったので遅くなりましたが自己紹介しても良いですか?」


少女に話しかける。少女は飲んでいたグラスを置き、儚気ながらも優しい微笑を湛えながら頷く。少女から了承をもらえたので早速始める。隣の席ではディアが「よっ!待ってました!」と囃し立てているが無視。


「初めまして、と言うにはここ2か月の間、毎日顔を合わせてましたけど。

自分の名前はレイト・ゼロと言います。自由に呼んでください。屋敷に泊めて頂き有り難う御座います。」


と手短に挨拶をする。その様子を見ていたディアが、


「兄さんは硬すぎるんですよ!2か月も一緒に暮らしたんですからもっと砕けても良いのに…。」


と突っ込まれたが、それは無理な相談だ。今まで意思疎通が出来たディアと違ってレイは今回が初の会話だ緊張しないはずがなく、自然と敬語になってしまう。


(こんなことなら恋愛系の本も読んで置くべきだったかな?)


と考えるレイ。その本を読んだ所でコミュ力が上がるとは限らないのだが。対人関係が皆無のレイはその事に気づけない。


「それじゃ兄さんのことは置いて置くとして、次は私ですね!

私の名前はルディアと言います!ルディでもディアでも好きなように読んでください!好きな物は恋愛本と人間観察。嫌いな事は虫の気配で夜中に起こされることです!」


やたらとテンションの高いルディアの自己紹介が終わる。次は少女の番だ。少女は2人の視線を受け立ち上がる。その瞬間に空気感が変わるのを肌に感じる。先程までは緩やかな雰囲気の中、子供のような表情だったのだが、少女が立った瞬間に変わる。知らぬ人が見れば高貴な人間として認識されるであろう雰囲気を纏っている。凛とした佇まいでありながら愛らしげな顔がその雰囲気の中でより強調され、人を惹きつける。少女は胸に軽く左手を当て、右手でスカートの端を軽く摘んで、軽く頭を下げる。そして、凛とした風鈴の声音で、


「イリミナ・レオ・サンリエルと申します。以後、お見知り置きを。」


と挨拶をする。その空気の変化と少女の魅力に気圧されて固まっているレイを見て、イリミナは、


「ふふふっ、そんなに緊張しないで。ディアちゃんが言ったように2ヶ月も一緒に暮らしたんだから気軽に接して欲しいの。私の事も自由に呼んでね。」


と普段のような無邪気な微笑でレイ達に語りかけるのだった。先程より話しかけやすくなったが、そもそも異性にズカズカと話しかけること自体が得意ではない。どうしたものかと悩んでいると、


「イリミナって名前、響きが綺麗で好きです!そういえば私、名前を聞いていなかったですね。」


とディアがいつの間にかイリミナの足下で転がっている。


(え!?、こいつ名前しらなかったの?)


と驚くレイ。


「初めて名前知ったってことは…今までイリミナさんのこと何て呼んでたの?」


するとディアは即答で、


「姉さんです!」


と答えるのだった。


(会話するときに普通、最初に聞くのは名前だと思う。)


どこか抜けているディアを見てレイはそう思う。だが姉さんと呼ばれて満更でもなさそうな少女を見て、「まぁ、いっか」と思うレイ。


「好きな食べ物は何ですか?」


ディアの声が聞こえたので思考を切り替え、イリミナとルディアのやり取りを聞く。ディアが少女を質問攻めにしていた。


「冷たい飲み物。」


「お風呂で最初に洗うのは?」


「手かな」


「好きな事と嫌いな事は?」


「好きなのは悪戯、嫌いな事は寒い日の皿洗い。」


「趣味は?」


「本を読む事。」


「好きな異性のタイプは?」


「レイ君!」


フワフワした受け答えの少女とのやり取りを聞い…え?

まさかの答えに面食らうレイ。だが、直ぐに少女の性格を思い出し、冷静になる。


(絶対に遊ばれてる)


案の定、


「理由はね、私が仕掛けた罠に全部引っかかってくれるから!逸材だよ!」


とのことだ。レイは今までにかけられた罠を思い出す。何度、落とし穴に落とされたことか、縄に足を取られ、木に宙吊りになったこともある。


「でも、レイ兄さんを罠にかけてても反応が薄いですよ?兄さんの表情筋は石ですし、目は死んでるし。悪戯しても反応が悪いですよ?」


(言い過ぎだと思う、表情筋は硬くないし、目は死んでない…無いと思う。…鏡見たことないんだよな…後で確認しとこう。)


「そこが良いんだよ、想像してみて、罠に掛かったレイ君が木にぶら下がって居ます。それなのに表情は変わらず、目は死んでる。まるで漁師に取られた魚みたい、それが面白いの」


(この娘、何言ってるんだろう、良く分からない)


「はっ!確かに!兄さんに罠を掛けて行くうちに、妙に楽しかったのはそれが理由なんですね!確かに最後の方の兄さんは罠に狙って掛かってるんじゃないかと思わせる程、食いつきが良かったですし、罠に掛かっても抜け出そうとすらせずに、風に揺られて、諦めてました!」


(はっ!じゃないよ。てかコイツ、イリミナさんの共犯者なの?!だからか…罠の精度と種類が日に日に、強化されてたのは…)


内心でため息を吐きつつ2人見る。悪戯顔で笑っている。先程迄の息の合った冗談の掛け合いから2人の仲の良さを感じる。2人で協力して自分に罠を掛けていたのだ、絆も深まるだろうし、さぞ楽しんでいたことだろう。 思った通り、2人が自分を先程と同じニヤケ顔で見てくる。レイがその2人に伝えたいことはただ1つ、


「罠作り…混ざりたかった!」


机に軽く拳を落とす。正直言って、悪ノリは嫌いじゃない。今まではディアとの2人きりで、揶揄うにしてはお互いを知りすぎていた。次の行動が読める存在に悪戯した所で反応も分かってしまう。それはそれで好きな掛け合いにはなるのだが。

レイの言動がツボに入ったのか、イリミナがクスクスと笑う。

「レイ君は相変わらずだね。やっぱり、弄り甲斐があるよ。」


少女が儚気でありながら、咲いたような笑顔をレイに向ける。レイはその表情を見て、最初に会った時も笑っていたことを思い出す。レイは不思議な感覚を胸に覚える。その存在が何なのかは分からないが、初めて会った人が彼女のような明るい人で良かったと思った。


……………………………


空が暗い。暴風が吹き荒ぶ。荒れ狂う暴風は一点に纏まり始め、天と地を繋ぐ柱となる。風が柱となると同時に柱の上方から龍の様に業火が柱を伝う。業火は風と同化し肌をチリつかせる熱風を発する。災害となった火柱は、浮かぶ島の下側一面に広がる白の絨毯を貫通している。それを見た、業火を生み出した張本人は、


「フハハハ、この世界は我の物だー!」


と、魔法使いの尖帽を被り、アームにその辺に落ちていた木の棒を握って、声高々に笑うのだった。

何故こうなったのか、理由は少し時間を遡る。




昼食を食べ終わったレイはルディアと共に、書斎部屋へと向かい、この世界の知識を蓄える。それから3時間程した頃だろうか、


「マスター、見てください!この本に魔法の呪文が載ってますよ!試しましょう!」


ルディアが勢い良く転がって来た。魔法とディアは言った。そう、この世界には魔法が存在する。元の世界で読み漁った本には当然のように出てくる、あの魔法だ。それが載っている本?そんなもの、


「直ぐに試そう!」


胡座をかいているレイは膝にディアを乗せ、本を開く。目次には1つしか項目がなかった。




〜1の章、_朝…起きるのって辛いよね_〜



静かに本を閉じる。


(……個性的な著者なんだろう。本の中身を読まずに判断するのは良くない。)


気を取り直して本を開く。目次の次のページを開く、空白。次のページ、空白。その次のページ、空白。再び本を閉じる。表紙には「アスト・レーチの書」と書かれており様々な花弁が描かれている。厚さは3cm程。見た目は豪華で怪しさは100点の逸品だ。題名といい、本の中身といい、著者は相当、ぶっ飛んだ頭の持ち主らしい。燃やしてやろうかと考えていると。


「マスター、何してるんですか?この本は前半と後半は全部、空白ですよ。呪文は真ん中辺りに載ってますよ?)


(……早く言えよ!)


内心で悪態を吐きつつ、言われた通りにする。中央付近を開き、数ページ右にめくると、


「ほんとだ…」


想像の斜め上をいく本に内心で苦笑い。肝心の本の内容はこうだ。



第一章


はい!こんにちわー、それとも、おはようかな?まぁ〜どっちでもいいけどねw。ここまで読んで本を閉じるのは無しだからね?もしやったら呪うよ?いい?、ぜ〜ったいに最後まで読む事!

とか書いても気の短い駄目人間は閉じちゃうんだろうな〜。なので早速本題に入ろうと思います!もう既に冒頭が無駄だらけだねw。笑えるw。

さて、目次にあるように朝ってのは起きるのがつらい!起きてやらなければならない事があったとしてもベッドから起き上がるのが辛い!中には、辛いと考えることもせずに流れる動きで瞼を閉じ、夢の続きを見る猛者もいることと思う。因みに私は最高、5度寝をした。それが原因で商談に遅れ、何度も苦渋を舐めさせられたことか!皆にも1度くらい2度寝をして失敗したことがあるだろ?…だが安心して欲しい。次の詠唱をすることで君の人生から2度寝の概念を消し去ってくれる。さぁー大きな声で読んでみよー。


“眠れる者よ””再び眼を開け””我は其方を起こす者なり””我が意思は風を望む””風は柱と成りて業火を待つ””火龍よ我が風に光をもたらせ”、”砕けろ”


はい!以上が詠唱になります!コツとしては最後の「砕けろ」の部分を強調することかな〜。魔法ってのはイメージと意思が大事だからね、最後に「砕く」って意思を入れ忘れないように!まー慣れてきたら詠唱なんか要らなくなるけどねw。寧ろ、使おうなんて考えなくなる。だって、考えてみ?いきなり戦闘が始まったとします、その最中に上に書いてあるような詠唱、唱えようと思う?w。長すぎでしょw、後、普通に恥ずかしいしw。そんなわけで寝てる人を起こす魔法でしたー。後は適当に試してみて、一様、この魔法の詳しいことは簡単に書いとくよ。


この魔法の正式名称は「ハーケロス」、特徴としては高火力な風と火の合わせ技だよ。これを使えば、重たい瞼なんて無いも同然さ、弾け飛んで燃えるし。おっと、忘れてた。この魔法は詠唱だけじゃ発動しないんだよね。発動媒体が必要なんだよね。だから後で書き足しとくよ。それに触れて詠唱すれば簡単に発動するよ。


まーこの魔法をどう使うかは君次第だよ。



                     憧憬の花を追う万能の魔女より。


                            

次のページを捲れば、円と四角が描かれており、その図形には読めない文字が所狭しと刻みこまれていた。


レイは自他共に認めるオタクだと思っている。その為、目の前の魔法陣には惹かれる。だが、それ以上に、


「読むの疲れる。」


手元にある本の感想を簡潔に言い表す。文章自体は短く、内容も重いものでは無いのに、筆者の性格が鮮明に伝わってくる。慣れない文字列が非常に強く、疲労感をもたらす。


「早く!早く!試しましょう!」


ディアが膝の中で跳ねている。ちょっと痛い。ディアの言葉を聞き、気を無理やりに引き起こす。


(こんな本ごときに気力を削がれてたまるか。)


「そうだね!やろう!」


そうと決まればレイは行動に移るのが早い。早速、詠唱を始める。ルディアの単語200本ノックを乗り切ったレイならば、この程度の文章は一度読めば覚えられる。


「…“砕けろ!”」



「…………何も起きませんね」


「おかしいな…アドバイス通りに何もかもを砕いて燃やしつくすって意思を込めたんだけどな…」


原因が何かを考え始めるレイの膝からルディアが降りる。そのまま黙って書斎を出て行ってしまった。何事かあるのかと考えたと同時に、


「砕いて、燃やし尽くすって聞こえたんだけど、何を燃やすのかな?」


背後で声が聞こえる、振り返ればイリミナが微笑みを貼り付けた顔で近づいてくる。


「いや…その、」


(どうしよう、冷静に考えたら本だらけの部屋で火を起こすとかアホすぎる。)


今更な考えをするレイに、静かながらも芯のある声で、


「その?なあに?ここにある本は全部私が旅をしながら集めたの、中にはもう手に入らない貴重な本もあるんだよ?そんな大事な本が沢山ある部屋で…」


イリミナが憂いを秘めた眼をしながらレイの側で屈む。顔が近い、とにかく圧が凄い。なんとも言えない空気になり、申し訳なさがより一層に増す。自分の浅慮さに後悔する。


「その…、ごめんなさい…って…えぇ!」


謝ったことで床に置いていた魔法発動のための媒体が視界に入る。媒体は淡く光ったかと思えば、瞬きをし、開いた時には火を纏っていた。今になって魔法が発動したのか、それにしては時間に差がある。不良品の可能性を疑うが、自分には判断できないと諦める。何にせよ空気の読めない魔法だ。レイは思考を消火に向けて切り替える。近くには水がない。本を叩いて火を消すかと考えたが、イリミナの話を聞いた後ではどうにもやりずらい。レイが考えている間にも火は大きくなっている。レイはあたふたしながらも本を叩くことに決める。本人の前で行うなど忍びなくてしょうがない。出火の原因が自分であることから尚更だ。


(後で、全力で謝ろう。)


脳内でイリミナに許して貰うためのプランを練り始め、家事代行の四文字に旗を立てつつ本に手を伸ばす。その瞬間、肩を叩かれた。軽く身体を跳ねさせ、叩いた本人を見やれば、 先程まで暗いオーラを纏っていた少女の顔には、してやったりとデカデカと書かれた表情をしていた。そして叩いた手と反対の手には小さな鉱石の中に火を纏った風の球が浮いていた。


(やられた…)


その考えに至ったレイは不貞腐れた顔で少女をみるが、その表情を見た少女はなおさら笑みを深くする。


「ごめん、ごめん。つい弄りたくなって。」


手の平の火球を消しつつ、イリミナが笑う。その顔を見ると負の感情が簡単に消える。不思議なもんだと思う。少女の一種の才能なのだろうとレイは結論付けている。


「本気で焦ったんですからね。イリミナさんがあんな顔で入ってきて話した後にこれなんですから。焦った、本当に。…まぁ誰が悪いって言ったら自分なんであんまり言えないですけど…」


「良い反応が見れて満足。ああ、それと此処にある本が大事なのは変わらないからね?」


イリミナはそう言うと、先程まで火を放っていたにも関わらず無傷な本を手に取る。彼女の周囲が歪んだような錯覚を覚えたと思えば、少女が左手を拳にして突き出してくる。レイがポカンとしているので少女は優しく風鈴の声音で、


「はい、これ。魔法陣を刻みこんで置いたから、持ち運びが楽になるよ?」


そう言われ受け取ったのは青色のビー玉のような鉱石だ。光に透かして見てみると、中には魔法陣に刻まれていた文字列と同じものがあることに気づく。なるほど、これならば運びやすい。


「魔法を使うなら外だよ。中は危ないからね。…そういえば、ディアちゃんは?」


イリミナに言われて、周囲を見渡すがディアの姿は無い。分からないと意思表示の為に首を横に振り、立ち上がると同時に、


「マスター、外で魔法使いましょー、中は危ないですからねー」


と棒のような言葉がレイの鼓膜を叩く。


(ディアのやつ、イリミナさんが近づいてたの知ってたな、だから逃げたのか。…後で、自分を見捨てたこと後悔させてやる。)


「じゃ、外に仕返しに…魔法の実験に行ってきます。」


「はい、行ってらっしゃい。返り討ちにならないよう気をつけて。」


「…はい、気をつけます。」



そして時間は戻り、


「フハハーこの世界は我の物だー」と尖帽を被ったボールが棒切れを指揮者のように振り回している。


「なんで…自分は使えなかったのに…なんで?」


ハイテンションな妹の傍で項垂れる兄の構図を晒す。そんな兄妹の元に駆け寄ってくる気配、


「大丈夫?2人と…ディアちゃん! なんで…こんな…止めて、止めて!」


暴風の音を聞きつけて急いで来たイリミナだ。そして今も膨張を続け、辺りの空飛ぶ島に被害を撒き散らしている火柱を確認し慌てた様子で制止を呼びかける。制止を呼びかけられたルディアは微かに震える声で、


「分かりました!直ぐに消して…消して…あれ?…… 。大変申し上げにくいんですけど…。止まりません、止まんないんです!どうしよう、どうしよう、姉さんどうしよう!」


と慌てふためくばかりだ。

その隣でレイは、魔法を使えなかったショックに未だに四肢を地面につけた姿勢だ。イリミナはそんなレイを使い物にならないと判断する。


「とにかく落ち着いて。ディアちゃんなら大丈夫、だから落ち着いて。はい、息を吸って〜吐いて〜、落ち着いたら内側から溢れる力に蓋をするイメージを持って。」


ディアは言われた通りにする。暴風が強風になり、業火が炎になった。


「これ以上は抑えられる気がしません!どうしよう…」


「大丈夫、落ち着いて。ディアちゃんはそのまま抑え込むことに集中して。後は私がなんとかするから、任せて!」


イリミナがルディアに笑いかけ一歩前に出る。それと同時にイリミナの左右に、色と形が様々な鉱石が群をなして光を放ちつつ出現する。イリミナは左手を前に突き出す、その動きに連動してイリミナの左側の鉱石が高速で火柱に飛んでいく。近くまで飛んだ鉱石はイリミナの合図と共に爆散し大量の水を降らせる。火が大方消えた事を見計らって、右側の鉱石も飛ばす。今度の鉱石は風を起こし、風の柱の回転と逆方向の風を柱にぶつける。風と風とがぶつかり合った反動でレイ達3人を暴風が襲う。その勢いに目を閉じる。風が収まったことを確認し、目を開ければ、そこには火柱の影は一片も無くなっていた。火柱の威力も凄まじかったが、それを消した少女の魔法の火力にレイは驚く。


「うん、なんとかなったね。久しぶりに、こんなに沢山の魔法使ったよ。」


火柱が消失したことを確認したイリミナが安堵の混ざる笑顔で振り返る。その顔が思案気な顔になりルディアを見つめる。


「そんなに見つめられたら照れるじゃ無いですか〜、えへへ。」


ディアを観察した後に少女はレイにも目をやる。レイは照れるという感情を希薄にしか持っていない。長年、人と特に異性との交流が皆無であったことが原因だろう。それならば寧ろ、異性により敏感になるだろうと思うかもしれないが、経験が無さすぎて一周回って鈍感なのだ。だが、感情が無いのでは無く、薄いだけだ。イリミナは控えめに言っても美形の部類だ、それも飛び切りの。そんな彼女に見つめられればいくらレイと言えども、自然と眼をそらしてしまう。そんな両極端な兄妹を交互に見たイリミナは、「うん」と一つ頷くと、琥珀色の透き通った双眸に優しさと凛とした空気を含み2人を同時に視界に入れる。


(また…怒られるのか…)


あれ程の魔法を使ったのだ。イリミナの反応から見て、その威力は予想外だったのだろう。小言を貰うことを覚悟し、静かに正座をする。場合によってはこのまま腰を折る体制になることも必要になるかもしれない。

密かに妹の前で醜態を晒す覚悟を決める。だがそんなレイの覚悟は無駄になる。


少女は1度口を開きかけ閉じる、そして再び口を開く。レイの鼓膜を高い音でありながら何処か優しく、懐かしい気持ちにする、-----まるで風鈴のような音が流れる。


「私と旅をして欲しいの…」


少女は「それで…」と続け、


「私の…騎士になって欲しいの。」


レイが今まで見た少女の笑顔の中で1番、印象的に映る微笑みだった。



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