「旅たつ鳥は」
頭が痛い。
「に…さん!お…て。お…て…ださい!」
遠くで慣れ親しんだ声が聞こえる、だがはっきりとは聞こえない。
「兄さん!起きてください!」
今度は、はっきりと聞こえた。その瞬間に意識が急速に目覚め始める。
(…自分はなにをしている?…何がどうなっているのかがわからない。)
頭が動き始めたことにより身体の各所に違和感を感じ始める。
「っ!」
意識を違和感のある方に向けたことで違和感が実感のものとなる。背中や足、腕、身体中に紫色に変色した打撲や擦過傷があった。周りを見渡せばどうやら次空艦の中にいるらしい。配線が各所で途切れ火花が散っている。この状態ではいつ爆発が起きてもおかしくない。そう考え、上体を起こす。その行動に兄の無事を悟ったディアはいつもの調子を取り戻しつつも声には焦りが混じる。
「マスター、とっとと起き上がって次空艦から離れてください!」
ディアに言われ飛び起き、急いで艦の外に飛び出した。そのまま走り、距離をとった所で振り返る。その瞬間、凄まじい熱量が頬を炙った。
「「危なかったな。
危なかったですね。」」
お互いに顔を見合わせて同時に言う。何故故障したのか正直なところわからない、万全は尽くした、なのに壊れた、であれば今ここで原因を探っても無駄だろうと考える。
レイはまだ燃えている艦から視線を外し、周りを見渡す。元の世界で言う所の洞窟にいるらしい、周りは石のような硬そうな壁が広がっており所々に青や黄、赤などのカラフルな鉱石らしきものが淡い光を放っている。そのおかげで暗いながらも今いるのは広場の様な広い空間にいることがわかった。その他に何かないか見渡すと通路らしきものを発見する。通路は3つ、今も燃えている次空艦がある通路、そこから視界を45度程、右に動かせば、淡い色を放つ鉱石が1つもない通路、そこから60度右に淡い光はあるものの人1人と半分程度しか通れない狭い通路。それらを視界に収め、半ば確信する。
「ディア、どう思う?」
「う〜ん、そうですねぇ、普段から仏頂面で声のトーンもあまり変わらないマスターの、機嫌を読み取る情報の半分が使えないとなると、流石の私でも冗談を言う場面を悩んでしまいます。」
言動が一致しない妹を見て苦笑いする。だがそのディアのいつもの態度に安心感を得る。
「今の質問はそんなことを知りたくて言ったんじゃないぞ。」
すこし説教する口調で話しかける。もちろんそんなつもりはなく兄妹間のコミュニケーションみいたいなものだ。話しかけられたディアは「はいはい、わかってますよ〜だ」と口があるなら尖らせただろう戯けた態度をとる。続けて、
「マスターが考えた通りここは恐らく異世界だと思います。単純な理由として、ここら一帯にある鉱石は見たことがありません。私の記憶に一致するものがないことから未知の物質と考えられます。」
ディアの意見を聞き、半ば確信から確信へと変わる。ディアは頭が良い、本が好きで、一度読めば内容を一発で覚えてしまう。ディアが読んだ本の中には鉱石に関するものが複数あった。また時代的に前の世界では資源の枯渇が激しく、人がまだ外を歩けた時代には星の至る所を穴だらけにし、鉱石を集めていたと聞く。そのため、その世代の人達が纏めた本に記述がないならこの目の前の鉱石は異世界の物である可能性が高い。そう考え、胸の奥が熱くなるのを感じる。それと同時に大事なことを思い出す。
「忘れてたけど、荷物はどうなった?やっぱ燃えちゃったかな?」
そう荷物だ。異世界に来て早々に知的生命体と出くわし、言葉も通じるなんてご都合主義あるわけがない。その考えに至った自分は念入りに考え、生きていくために必要なものを厳正に選んで詰めこんだ大切な荷物だ。
「いえ!マスター、安心してください!この優秀な妹めが、マスターが倒れている間に外に運び出しておきました!」
小さなボールが褒めて欲しそうに跳ねている。周りをもう一度見渡せば広場の真ん中に荷物が有るのを目にした。
「ディア、良くやった!」
ボールを撫でながら考える。あの荷物は非常に大事なものだ、サバイバルするために必要な物が詰まってるのは勿論、もし知的生命体に会うことができ、尚且つ貨幣を使う文明レベルならば元居た世界の物は金になるかもしれないと考えていた。このアイデアは過去の文献参照、小説あり。
そのため本当に言葉通り命綱なのだ。だから、ディアが燃えている次空艦の中で倒れている自分よりも先に荷物を優先したことは理性的かつ合理的な行動なのだ。よって自分は後回しにされたとは思っていない。思ってないったら思ってない。
「マスター、何でそんな複雑な顔してるんですか?」
「…いや、兄よりも…なんでもない。それでも本当に助かった、ディアは頭良いもんな。」
含んだ笑みをボールに向けながら考える。やはり兄としての威厳がないのか?それとも親しみが少ない?確かに、自分自身も自分のことを仏頂面だと思っているが、妹はそんな自分の表情を読み取っているし兄妹として親しみはあるよな?あるはず。などと益たいもない思考を繰り広げるレイの足下で「なんか後半部分が嫌味に聞こえた気がする」と言う声がブツブツ聞こえるが意図的に無視する。そして旅の目的に兄の威厳の獲得をひっそり追加する。そこまで考えた所で真面目な思考に切り替える。
「それでディア、今後の方針はどうしよう?」
真面目な声でディアに問いかける。ディアも考えていた思考を一旦外し、聞かれたことを考える。
「そうですね、先ずは備品の確認をして、その後は…」
「この薄暗い場所からの脱出だね。」
ディアの言葉を引き継いでレイが言うとディアが無言の肯定を返す。自分が考えていたことをディアも考えていた、自分の考えていたことを肯定された気がして少し安心する。
取り敢えず行動の指針は確かめたのでそれに添い動き始める。
「取り敢えず、懐中電灯が使えるのかの確認だな。」
レイはリュックの側面に付けておいた懐中電灯を手に取り、損傷が無いかを確認し無事を視認。そもまま電源を入れた。薄暗かった空間に光が灯る。それを確認し、
「良かった!無事ですね!それが使えるのと使えないのとでは脱出にかかる時間が大幅に違いますからね!」
レイはテンションの高い妹を視界の端に収めながら、鞄のなかに光を当てて、
(よし、その他の物にも損傷は無さそうだな)と安心する。
「取り敢えず、この銃は腰にぶら下げとこう。」
そう言いリュックの中から拳銃と表現するには大きく、ライフルと表すには小さい大きさの銃を取り出す。見た目は銀色と黒で統一されており装飾はこの持ち手にぶら下がっている猫のマスコットのキーホルダーのみ。………え?なにこれ? レイがキーホルダーを訝しげに見ていると。
「あー!マスター、やっと気がついてくれたんですね!その銃、銀色だけで面白みが無かったのでつけときました!」
背後で「可愛いでしょっ!」とドヤっている気配を感じる。
折角カッコよく作れたと思ったのに…。と項垂れるが背後のディアは全く兄のその様子に気づかない。ディアのこの突飛な行動は今に始まったことではない。過去には、朝起きて作業服に着替えようとしたら胸元に大きな可愛いくデフォルメされた虎のアップリケが貼られていた。ついでに今来ている服には紫色の花のアップリケが貼られている。勿論、知らぬ間に。
「ディアはこんな感じのアクセサリー…」
「好きだよね。」と言おうとして手に取ったブランケットを広げて見て、言葉を切った。
そこには布一面にカラフルな花の刺繍が縫われていた。もしや!と思い、他の荷物も確認する。案の定、全て可愛くデフォルメされていた。
もう考えるの放棄していちいち反応するのをやめようと考えたレイは、次に気になったことを聞く。
「ディアは、刺繍とかの縫い物できたっけ?アームをお前に装備した記憶ないんだけど?」
ディアには人間で言う所の腕に当たる機能は付けていなかったはずだ。この質問に対し、
「ふっふーん♪、実は内緒にしてたんですが自分で腕の機能を追加したのです!」
初耳だ。そもそもどうやって腕の機能を自分に追加したんだこいつ?と考えるが、全くわからない。もう本当に思考を放棄することにする。なので、今手に取った食料の箱に犬のシールが貼ってあるが無言で元の位置に戻す。
「取り敢えず、荷物の確認は終わり。荷物は全部変わりなく無事だったよ。…変わりなく?」
いかん、いかん、考えるのを辞めたんだった。
荷物の確認は終わったので、次の相談をする。
「ディア、見た感じ3つのルートがあるっぽいけど何処行く?」
そう、この洞窟?らしき所からの脱出だ。今も自分のボサボサの前髪を微かに撫でる風を感じている。このことから何処かの通路が外に繋がっている可能性はある。
聞かれたディアは左右に揺れながら考える素振りを見せる。
「う〜ん、どの道も調べて見ないことには何とも言えないですね。」
ディアの意見は尤もだと思い、調べに行く準備をする。先程取り出した銃を腰のベルトに装着し、確認して無事を確かめた品々を鞄にしまい背負う。身体と鞄の間に挟まったフードを引っ張り出し、そこに足下のボールを抱え上げて乗っける。これで旅立つ準備は完璧だ。因みに銃弾は着ている服の内ポケットに詰められるだけ詰めてきた。弾は約20発程ある。後頭部の方から「楽ちんですね♪」と呑気な声を聞きながら、前方に左手で持った懐中電灯の先を向ける。
先ずどの道に行くかを考え、左から順番に攻めて行くことに決めた。つまり、今も弱まってきているものの消える様子がない火の手が見える道だ。
レイは足下や周りに意識を飛ばしつつ前進していく。そして次空艦の側まで来た。側と言っても危ないのでそこまで近くは無いが。レイはその場で腕と首だけを使って左を確認するが特に目ぼしい物は無かった。続けて右を確認し、光が何かにぶつかり乱反射するのを目にした。レイは慎重に近づいて行き、光った物が生き物の目では無かったことに内心、安堵する。そのまま落ち着いて周りを見て一瞬、息を呑んだ。目の前には琥珀のような色の輝きを放つ鉱石がある。それも一つではない、見渡す限り琥珀色に染まっている。
「綺麗…。」
とフードに乗っている妹が呟いた。確かに綺麗だ。元の世界では決して見ることができない景色だろう、と思い自分は本当に異世界にきたのだと嬉しくも感じる。レイは周りを見ながらも前に進み行き止まりにあたった。どうやらこの道は外に通じていないらしい。踵を返そうとするレイの目端に違和感が映る。違和感に意識を向ければ、それはガラスのような綺麗な透明の鉱石だった。この琥珀だらけの中にポツンと1つだけ、突き当たった壁の中心から少し下に付いている。
その光景を不思議に思いながらも、突然変異か何かだろうと結論付ける。
そもそもこの世界が異世界なら考えても無駄だし。
「ディア、引き返そうかと思うけど、良い?」
今もこの景色に見惚れているディアに語りかける。
「ん?あっ!はい!大丈夫です!引き返しましょう。」
またこの場に来れることを期待しながら来た道を戻る。次空艦の脇を通り広場まで戻ってきた。次は淡い鉱石が全くない不気味な道だ。ライトを照らすが全く先が見えない。そのことにビビリながらも勇気を出して一歩踏み出そうと言う所で、
「! 兄さん危ない!下っ!下見て!」
いきなり、背後からの大音声にビックリしながらも言われた通り下を見る。下には何も無かった。異質なものが無いのでは無い、本当になにも無いのだ。即ち、地面がない。崖がそこには広がっていた。ライトの光を当てるも底が見えない程の。目の前の光景に気づかず歩き始めていたらどうなっていたか、考えたくも無い。レイは背中に変な汗をかきながらディアに礼を言い、その場から離れる。心臓の鼓動を落ち着かせながら、3つ目の道を見やる。
「あの道が外に繋がって無かったらどうする?」
最悪の想像をしながらもそうで無いようにと願いながら戯けた物言いをする。
「そうなったら、マスターが頑張って掘ってください!」
ディアも戯けた返事をする。いつものやり取りをした事で不安を押し殺す。
最後の道は狭い、幸い荷物を背負って歩いても引っかかりはしないが。
最後の道を長い時間歩き続ける。3時間は歩いただろうか、道中は暇すぎたのでしりとりで遊びながらの進行だ。お陰で長時間歩きながらも疲れはない。レイの肉体は身体能力が高く設計されている為、この場合の疲れは精神的なものを指す。その他に付け加えるので有ればしりとりの戦績は0勝3敗でレイの惨敗である。
「る攻めはキツいんだけど…」
「マスターが私に勝つなんて100ね…いや無理ですね!」
どうやら自分が勝つ事は時間では解決できず不可能だと結論付けられたらしい。こんな些細な事でも兄の威厳が失われた気がして消沈する。
そう考えていた時、ふと視界が開ける。どうやら広間に出たらしい。周りを見渡し危険がない事を確認する。前方を照らせば広間の幅をそのまま伸ばした道が続いてい。前進を再開する。
「それにしてもマスター、この世界に来てから一度も生物を見ませんね。」
歩き始めたら所でディアが話しかけてきた。ディアの言う通り、生物をまだ一度も見ていない。過去の文献ではよく描かれている青色のブヨブヨした生物も身体が緑色の小鬼も見ない。会いたいかと問わたら今のこの状況下では会いたく無いが。
「正直、この洞窟の中では会いたくないな。外に出られたら探してみる?」
勿論、見た目が危険そうな奴、例えば空を飛び火を吐くトカゲには会いたく無い。もし出くわしたら自分の脚力をフルに生かして逃げるだろう。この場合は流石に兄の威厳ゲージが下がることはないと信じたい。
「良いですね!私は可愛い子が居たらペットにしたいです。」
少し斜めからの返事が返ってきてディアらしいなと考える。そんなことを考えながら前方に意識を戻し、未だに出口が見えず、ライトが奥まで届かない道を見やりげんなりする。
ディアも同じ事を考えたらしく、
「しりとり、する?」
と聞いてくる。再開したならば自分の黒星の記録が更新される事が容易に想像できゲンナリする。だが他にする事も無いので、
「良いよ…やろう…今度こそボコボコにしてやる。」
と虚勢を張るのだった。
2人は進んでいく。背後の闇には既に来た道を確認することが出来ず、前方は何処まで続くか分からない暗闇を。
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どれくらい時間が経っただろうか。自分の黒星は20を越えようとしている。メンタルがボコボコだ。今も後頭部では、「ふんふ〜ん♪ 私は無敵〜♪」と完全に天狗になっている声が聞こえる。狭い道をぬけて広間に出た後、暫く歩き易い道程が続くも、再び狭い道に入ることになった。しかも今度の道は曲がりに曲がった通路になっており複数の別れ道のおまけ付きだ。案の定、迷いに迷って今に至る。
「はぁ、はぁ、ちょっと疲れきたな。」
レイの額に一筋の水滴が流れる。だが顔はどこか晴れやかである。何故ならば洞窟には淡い光を放つ鉱石の姿が消えており、その代わりに洞窟の天井に空いた穴から光が挿しているからだ。
つまり、
「マスター!あと少しで外に出られる可能性は高いです!頑張って!」
ディアの言う通りだ。不時着した場所が地下だとしたら、今いる場所は地上に近い場所と言うことになる。それ即ち、この洞窟からの脱出が近いことを指す。そのためレイは疲労を感じながらも足取りは軽い。レイは歩き続ける。
数時間後
「ふぅ、やっとか。」
レイの目の前には光が見えていた。それはこの洞窟の終わりを知らせるものであり、レイの鼓動を早まらせた。先程から静かな妹に朗報を共有しようとして、全身を寒気が走るのを感じる。
レイはこの感覚を知っている。それは敵意であり、死の感覚でもある。だがその負の感覚は普通の人間であれば気づかないであろう程の小ささだ。しかし、レイの強化された五感はいち早く気づいた。レイは右手に持ったライトの光を消し、近場にある岩陰に身を隠す。そのまま開いた右手で腰の銃を手に取る。弾は6発、既に込められているのを確認し、敵に気取られぬよう前方を確認する。目の前には…やはり居た。それはヤドカリの様な生物だった。手はハサミではなく鎌の形状をしており、足は鎌を除くと細いのが6本付いている。体長は2mほどのデカさだ。ヤドカリと比喩した様に、背中には青いクリスタルを背負っており高さが1m近くある。クリスタルに中に上、中、下と赤い玉が合計3つ埋め込まれて細い赤い線で繋がっているのを確認する。レイは赤の玉を生物の臓器器官に近い物だと判断した。レイは考える。
(感じたのは敵意だった、てことは気づかれてるよな?先に先制をかけるか?、いや、この世界の生物の戦闘能力の高さが分からない内は危険だ。少し様子見しよう。)
レイの身体能力は常人と比べて遥かに高い。それに加えてレイの開発された目的の内には兵器としての運用も含まれていた次期もあり、銃やナイフの扱い、体術なども仕込まれている。実戦経験はほぼ無いため無駄な技術ではあったが。
(今は素直に感謝できそうな気がするな)
と考えていると頬を風が触れた。嫌な予感がして風の流れを目で追う。視線の先にはヤドカリがいる。そして気づいた、ヤドカリの背中の上から2番目の赤玉の前方に風が高密度で集まり球形を成していること、そしてその矛先がこちらに向いていることを。そう認識した途端にレイは岩場か
ら飛び出し、走り出す。風のごとく速度に乗る。爆砕音が聞こえた方を見やれば、先ほどまで身を隠していた岩が見るも無惨に砕け散っていた。その事実を確認した途端に風切音が聞こえる。音の方を見れば風の玉では無く、風の刃がレイ目掛けて飛んできていた。それを転がるように回避し風の刃が洞窟の壁に4m程の斜めに切り込みを入れるのを目にした。あれをまともに喰らえばお陀仏だろう。緊張が前進を駆け抜ける、危険物を放った犯人を視界に入れると、既にヤドカリは第3射を装填完了したところだった。今度の攻撃もレイを的確に狙った攻撃だった。だが避けられる、目で追えないわけじゃない。その事実に心に余裕が戻り始める。レイは走り回り、風の刃を避けながら遅まきながら敵の数を確認する。
(ヤドカリは…1体だけか、それなら…)
倒せるかもしれない。どちらにせよ敵がいるのは洞窟の出口があるだろう方向だ。近ずくならば倒すつもりで行くべきだろう。レイは右手に持った銃の握り心地を確かめて、敵を睨む。
何回目か分からない風の刃を避け走りだす、敵が次の攻撃を準備する隙を狙う。ヤドカリのすぐ目の前に接近したところで貯めらた風が放たれる。それを身を地面スレスレに、左手を地面に着き遠心力を使い下からの蹴りで回転を加えつつ回避しながら攻撃をする。狙いはクリスタルだ。レイの脚力は岩を余裕で砕けるよう設計されている。その蹴りをクリスタルの側面(上から2番目の赤玉の横)に直撃させる。このままクリスタルを破壊し異世界で初めての白星をあげるーーはずだった。
「いっ!」
蹴った足に電撃が走ったかのような衝撃が走る。蹴りをまともに食らった青結晶は僅かな罅が入っただけで破壊には至らない。その事に驚愕しつつ再び緊張が身体に走る。ヤドカリが風の刃を放とうとしていた。目の前で。レイはヤドカリの風を避けながら蹴りを入れたことで体制を崩している。その隙を見逃す程、知能が低いわけでは無いらしい。レイは焦りながらも超反応で回避する。そのまま背後に飛び退き相手との距離を取る。
(避けきれなかったか)
レイの左頬を赤い線が走り、血が滴り落ちる。
自分は戦闘に関しては自身があった。だがあの鈍重そうな、否、実際、戦闘開始から一歩もその場から動いていない事から本当に鈍重なのだろう。そんな相手にここまで苦戦するとは。
それでもこの戦いは自分の勝ちだ。
ここまで一度も使ってない右手に握ったものの出番だ、最初に出くわした時にご挨拶としてプレゼントしようかなとも考えたが、青結晶がかなり硬そうだったので辞めた。足を狙うのもアリだったがそれでは複数の弾を使う事になる。貧乏性の自分はどうしても一発しか弾を使いたくなかった。正直、頭も何処に付いてるか分からない見た目してるし、明らかに青結晶が弱点ぽかったと言うのも理由の一つだ。そしてその青結晶には罅が入っている。そこを狙う。
ヤドカリにとって青結晶はやはり大事な器官だったらしく先程から風の玉や刃にキレが無くなっている。
「初戦にしては頑張ったと思う。自分で自分を褒めたい。」
レイは銃をヤドカリに向ける、この世界で初の銃の被害者だ。勿論、正当防衛を主張するが。
引き金を引く、空気が張り裂ける音が洞窟内に響く。放たれた弾は音速で狙い違わずクリスタルの罅を撃ち抜いた。亀裂を広げられたクリスタルはその姿を保って居られなくなり崩れ落ちる。そのクリスタルの持ち主は数分、静かに悶えたあと息絶えた。レイは周囲を警戒する。どうやら銃声にお引き寄せられた敵はいないようだ。そこまで確認して警戒を解く。
倒したヤドカリを確認する。
壊した結晶は丁度半分くらいの所で横に割れている。自分が改造した銃は専用の弾を使えば四方が3mくらいの岩ならば簡単に爆砕出来る。その威力をまともに浴びて砕け散らない結晶を確認し苦笑いする。この世界の最強クラスのモンスターで有れば良いのにと考えるが、流石にそれは無いだろう。異世界で生きていくのが不安になる。
「しかし、この結晶の材質は何だろう?」
綺麗な結晶だ。覗けば向こう側が透けて、青く見ることができる。軽くノックをするように銃で叩いてみると、鉄と鉄を打ち合わせたような甲高い音がなった。すると、「ぅん?何なぅですかうるさいな〜」と寝起きの様な呂律の回ってない、は?寝起き?
「ディア、寝てたの!?…どうりで静かだと思った…」
あの戦闘はかなり煩かったはずだ。その中を爆睡とは。さすがのレイも妹の大物っぷりに呆れる。
ディアの聴覚の機能つけ忘れてたっけ?などと考えていると、
「言っときますけどちゃんと聴こえてますからね。」
心の声を読まれたらしい、「失礼な!」とご立腹だ。だったら戦闘中に起きて応援なりアドバイスなりしてくれと思うが、ディアの呑気な性格を思うと面倒になる。
ともあれ、出口に向かうための障害はなくなった。目の前に伏しているモンスターには非常に興味がそそられるが、調べる手段も手立てもない。よって今回は我慢。文献の物語に出てくるモンスターのように素材としてドロップしたりコインにもならないようなので運搬も断念。後ろ髪を引かれつつ再び出口を目指す。
「それにしてもマスターが倒した魔物、見た目は虫みたいでしたし弱そうでしたね!」
背後でなんかボールが喋ってる。
(こいつ、後で覚えてろよ)
呑気で愉快そうなボールに後でこっそり悪戯してやろうと心のノートにメモを取る。
異世界初の戦闘をこなしてから30分後、洞窟の終わりが見えた。出口は想像の倍デカく、大きな口を開けている。奥から洞窟内では嗅ぐことの無かった様々な豊かな香りが鼻腔を抜ける。
いよいよ外に出る。正直、ヤドカリと出くわすまでこの世界が異世界かどうか少し疑っていた。
だが外にでればその考えを吹き飛ばす景色が広がっているかもしれない。その事に胸が高鳴る。
それはディアも同じの様だ。
「兄さん!早く!早く!」
急かす声を出すディアに影響されたわけでもないのに駆け足になるのを感じる。
そのまま走りだし外に飛び出る。
自然豊かで広大な大地を持つ星。数多の種族と魔法が溢れる世界。
この世界に異世界人が旅に出る。彼らは様々な生命と交流し世界を知って行く。今まで感じなかった感情も感触も五感の全てを使い吸収していく。満たされる事の無い好奇心を動力に。
そんな旅の物語。
そんな旅の奇跡を辿る物語。
それが今、始まる。