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「舟に乗り夢を見る」

「マスター、起きてください時間です。」


声が聞こえる、聴き慣れた声だ、耳心地の良い少女の声だ、どこか機械めいた声でもある。


「起きてください、……おきないんですか?」


優しく問いかけてくるが起きる気になれない、眠すぎるのが悪い。


「レイ兄さん起きてください、起きないなら私の鋼鉄のボディーからくりだす質量攻撃を食らわせますよ?」


zzz…後5時間は寝れる。


「起きろぉ!」


「ぐっ!?、はっっ うっ はぁはぁ…」


ちょうど臍の上あたりに打撃を食らったレイと呼ばれた男、鈍色の髪を持ち左目は燻んだ茶色、右は透き通った茶目を持ち腰には赤い宝石がついたホルダーを身につけた青年、見た目は17、8歳くらいだろうか、服装は白い研究服にフードが着いている不思議な服装をしている。青年は衝撃を受けた部位を両手で押さえ、両目に水滴を光らせながら近代的な空間の中に有るベットの上で、コロコロと転がっている衝撃を与えた張本人を睨む。


「本当にやるとは思わなかったぞ!ルディア、お前、自分の重さ分かってるのか?!死ぬかと思った!」


「女性に体重を聞くなんて、愚かですね。ですが私はロボでもあります、寛容で優秀なあなたの妹である私がお答えしましょう!ズバリ、……………

そ、その…ほ、本…3冊分です!!」


肝心なところで恥ずかしくなったのか誤魔化したのは、ルディアと呼ばれた直径30cm程の球形のロボット、濃い紫を基調に所々黒色が混ざる、見た目は只のボールでロボットだがどちらかと言うと8割ロボットで2割が人に近い生命体と言い表す方が適している存在だ。


「本3冊って…過去の文献に出て来る白い猫にでも影響された?あと最初のマスターって何だよ?今まではずっとレイ兄か兄さんて呼んでいただろ?」


「それはですねぇ、私は勉強家なので昨晩も本を読んで知識を蓄えていたのです、そして気づきました。私は妹キャラなのです!」


無い胸を逸らして(この場合、本当にない)ドヤ顔(顔もない)をしてそうな口調でボールが喋る。

先の説明では自分が聞いた質問の解答にどう繋がるのかがわからない、そのため続きの話があるのだろうと判断し、無言で続きを促す。


「いいですか! 過去に栄えた文明で親しまれていた本には妹キャラというのが必ず1人は出てきます。」


この過去の本が指し示すのはおそらく過去の若者に人気の高かった本であり、やたら物語の設定が偏っていた本たちだろう。自分はその設定が大変好みだったのでむしろ嬉しさしか感じないが。


「そして私はマスターの妹です、確かに私の身体は金属でマスターはタンパク質ですが、私達兄妹は同じ博士の手によって作られ、マスターの身体データを元に私は作られたのです!これすなわち私がマスターの妹だと自称しても何の問題も無いということです。」


自分のデータを元に作られたのであれば、自分はルディアの兄ではなく親と表現するのが正しいのでは?と脳裏を過ぎるものがあったが敢えてツッコミは入れないでおく。


「しかし、妹キャラは溢れすぎてしまっています、多すぎです、これでは私の個性も没個性なのでは?と考えました。そこでレイ兄さんをマスターと呼ぶことにしたのです。これにより主従関係を表現できます。兄妹でありながら主従関係、これほど異質な関係はまずないでしょう、つまり、兄さんをマスターと呼ぶ私の個性は没ではなくなると考えたのです!これが理由です、えっへん♪」


考え抜いた案を褒めてと言わんばかりに自分の足と足の間を八の字にグルグル転がっているロボな妹を見てレイは思う、

ーー育て方何処で間違えたんだろう…

早寝早起きを教え込んだし、1日に3時間は勉強させている。

そもそもロボな妹の時点で没個性なわけがない、そんなことも考えつかない程、ディア(基本的にディアと愛称で呼ぶ方が頻度が多い)は馬鹿ではないはずだしそうではありませんよう祈ってもいる。だが最終的に出した結論が主従関係とは…基本ハイスペックな脳を持っているのを知っている分、使い方が悪ければこうもポンコツになるのかと思うと、哀れに感じる、そんな感情を宿した瞳で妹をみるが本人はそれに気づく様子もなく、先程の話は終わりだと次の話題を降ってきた。


「話を変えますが、計画の進捗率はどうですか?」


本人は至って冷静に努めて声を出したと思っているのだろうが、声音には期待の感情も混ざっていることを聞き逃さない。そして期待に胸いっぱいなのは目の前で左右にコロコロ転がっている妹だけでは無い。だからさっきの話は頭の端に追いやって考えない事にする。自分の教育方針は基本的に放任主義なのだ。


「計画は概ね完遂した、一昨日の実験のデータを解析したら課題として挙げられていた点は問題無いと分かったよ、だから予定通り7月7日の夜には出発できると思う。つまり今日が決行日だよ」


やっとここまで来たか、と感慨深い色が胸に沁みてくる。

生物の音をまず聞くことが出来ないこの荒れ果てた星で何年暮らしたか、緑はなく水は汚れきっている。

思い出もあるし思い入れもこの星にはあるが未来はない、星と死ぬ気はないし、妹には生きて欲しい、だから考え、行動してきた、夢を叶える為に。

あの憧れた過去の本に載っている世界に、



ー異世界に行く方法を。  ーその夢が今日叶う。



「理解しました。ではマスター、私は何をしたら良いですか?」


「ディアは向こうの世界に行くための次空艦の最終チェックをお願い。」


次空艦は今いる世界と異世界を繋いだ際その間にできる次元と次元の溝とでも言うべき空間を渡り切る為に使う潜水艦の様な物だ。


「分かりました、そうなるとマスターは異世界に持っていく持ち物の選別ですね、準備が整い次第、呼びに行きます。」


ロボ妹の返事を聞き次第レイは準備に取り掛かろうと歩きだす、数歩、進んだあたりで、

ふと花が咲いた様な音が耳朶を撫でる。


「兄さん、楽しみだね!」


振り返ると可愛らしいボールが跳ねていた。

いつ、あんな機能を追加しただろうか考えながら、


「そうだね」


と微笑み返した。




===========================



夜の帷が降りる。この暗い世界に真の闇が覆い被さる。

ただでさえ少ない生き物の声が鳴りを潜め、あたりは静寂に包まれる。

その静かな世界を破るのは、何処か機械めいた声にも関わらず、愛らしい甲高い声だ。


「最終メンテ終わりましたー!これで準備は概ね終わったも同然です!」


自分の足下に猪突猛進で転がってきたボールがいつ追加したか分からない跳ねる機能を最大限に生かし、吉報を知らせてくれた。


「おおー、ありがとう。お疲れさん、こっちも持っていく荷物を纏めてあっちに置いといたから二重チェック頼む。」


あっち、と指だけでさしたのは丁度今日、妹に腹パンを食らったベッドの上だ。

視界も其方に向ければ、目測で横幅35cm、縦50cm程のリュックサックがある。その中には飲み水、携帯食料、それぞれ7日分。あとは、護身用に自分が魔改造を施したハンドガン、何かと便利なナイフにロープ、火付け石に着火材、水を入れるための容器、後は機械弄りのための工具を少々、着替え一式に防寒コートにブランケットは4枚も入れている。嵩張らないように衣類は袋に詰め、中の空気を抜いた真空パック状態にしている。リュックの側面には懐中電灯も備え付けている。デッドスペースを作らないように気を使ったのでリュックにはまだ空きがある。そこで、


「ディア、何か持っていきたい物があるなら残りのスペース使って良いよ。と言ってもあまり大きいのは入らないけど。」


もうこの世界には戻って来れないかも知れない、向こうの世界で何年も頭を悩ませれば何とかなるかもしれないけど。それでもこの世界には戻って来れない、そう考えるのが普通だ。だから、大切な物は持っていくべきだ。


「了解ですマスター、マスターが作った大切なスペースを一片足りとも無駄にはしません!!」


脳裏には、窮地の場面で仲間を守るために囮役を買ってでた青年に対して別の青年が背を向けて駆け出すシーンが流れた。それほど大袈裟な演出を入れた妹に対してツッコミを入れようとして前を見たが、ロボな妹はそれはもう凄い勢いで転がり去ってしまっていた。



== == == == == ==


数時間後、荷物の準備を終えたと転がりながら教えてくれた妹とこの世界最後の晩飯を終え、今は出発に向けて英気を養うために小休憩中だ。


「レイ兄さんは異世界に行ったら何がしたいですか?」


ふと思い出したかのようにルディアが質問を投げかけてきた、マスターではなく兄さんと呼んだのは真面目な話をしようしているためなのかな?や、単純にディアがリラックスしているからだろうか?などと思いながら、聞かれた事について思案する。


「そうだなぁ〜、したいこと…したいことねぇ」


自分は何がしたいのか、正直、これがしたい!と声高々に言う目標はない、無いが漠然としたものならある。

今いる世界は色がない、草木は無く、生物も見るのは黒い虫一種類だけだし、外の環境は有害物質で荒れ果て、お世辞を含めつつ控えめに言っても地獄絵図と表現してしまう。だから、


「漠然としたものならあるかな、…ーこの世界で出来ないことがしたい、緑溢れる土地が見てみたいし綺麗な水に飛び込んでもみたい、行く世界に人かそれに近い種族がいるなら、旅先でいろんな人と会いたい、美味しいものもあったら食べたい。そんなところかな。」


一言で表すなら『旅がしたい』これに尽きる。もう少し付け加えるのであれば、『自由に生きたい』も良いと思う。そんなことを考えねがらレイは、目の前のボールに同じ質問をする。


「ディアはなんかある?」


聞かれた球形のロボは、待ってました!と言わんばかりの返事をする。


「有りますよ!私の長年の夢を叶えたいんです!」


ディアの長年の夢何だっけ?と考え、すぐに答えに思い当たる。それはディアに機械の身体を与える前も、与えた後も欲しがっていた物だ、本人は機械の身体を手に入れた後は気を使ってか余りその願望を口にはしていなかったが、時折、欲しそうにしていたのは気づいている。


「ディアの夢は人の身体を手に入れること?」


人の身体、鉄ではなく肉で形成された身体だ。ディアは作られた当初、人間で表す所の脳味噌に当たる部分しか形成出来なかった。端的に言えば実験が失敗したからだ。ディアは生まれた当初は培養液の中で数年暮らしていた、ただ生きているだけならばずっとそのままで良かったかも知れない。だがディアには自我があり意志があり感情があった。それなのに動かす身体が無い。それを不憫に思った博士が、肉体を生成し後付けでディアを移植する方法を探し始めるがことごとく失敗した。それでも諦めなかった博士が苦肉の策として身体を機械で作ることにしたのだ。

この制作には自分も参加した。因みに今の丸い形になったのは耐久度を上げるためと、博士に作られたディアと同じく作られた自分を比べた時にディアが兄との違いに落胆するだろうと考え、人型ではなく機械に寄せ切ってしまえばディアの心の踏ん切りも付けやすいのでは?と考えたからだ。結果とし良かったかどうかは正直わからないが、この考えは異世界に行くことを全く考えていなかった頃のものだ。未知の世界に行くと決め、その夢が叶うかも知れない今、今まで心の奥に埃を被っていた夢が熱を帯び始め、この世界では出来なかったことが出来るかも知れないと考えるのは当然と言えば当然だろう。


「そうです!人の身体が欲しいのです。今の身体も便利で気に入ってますけど…やっぱり欲しいものは欲しいです。」


「手に入ったら先ずは食事がしたい?」


「そうですね、味覚とはどういったものなのか体験したいです。その後はウィンドウショッピングなるものをして、可愛いアクセサリーなんかも身に付けたいですね!後は、学校とかがあったら行ってみたいです。文献に載っていた甘酸っぱい恋愛をする青春に憧れますね!」


思っていたよりキャピキャピしている妹の勢いに少し押され気味のレイ。もし無事に異世界に着き旅ができるのなら旅の目的を何にするのか、レイは心の中で決心する。


「よし休憩は終わりにしよう」


そう言いレイが動きだす、そして続けて言う、


「この世界でやり残したことは無い?無かったら最後に博士の墓参りに行こうかと思うんだけど。」


博士が死んだ日を思い出す、自分は感情の起伏が少ない方だと思っていたが寝ている博士を見るのは来るものがあった。その日の内に博士が遺した本の中から墓に着いて調べ、ディアと一緒に作ったのを覚えている。


「私は特に何もありません。だから墓参りに行きましょう。」


ディアが賛成してくれたので近くに置いておいたリュックを背負う、どうやら妹は宣言したとおりスペースを無駄にはしなかったらしい、その感覚を両肩に感じながら今まで話していた部屋を出て右に曲がる、向かう先は博士が気に入っていた部屋であり、自分とディアが作られた場所でもある。部屋に着き周りを見渡す、部屋には8つの太い容器が天井と床を繋いでいて上から柱の配置が見られるならばH型に見えるだろう。その中心部にある二つの容器(自分とディアが作られた容器)

の前にスクラップを加工して作られた年代を感じる墓がある。作った当時は良く出来ていると思ったものだが、今、まじまじとみれば、なんとも言えない微妙な出来栄えだ。その墓の天辺には古ぼけた紙の束と白い機械仕掛けの箱が置かれている。その二つを手に取り背負っていた鞄に入れる。それを見た妹が、


「日記は分かりますけどその白い箱はな…  」


「ディア、最後になるだろうから挨拶して」


レイがディアの言を遮った。かなり強引に話を遮られたディアは、不満な様子を滲ませながらも、しぶしぶと挨拶を始める。


すまんディア、これはまだお前には教えられない、博士の遺言でもあるから。


「博士、私は元気です。今みたいに兄にはよく意地悪されますがなんだかんだで仲良くやってます。安心して眠ってください。」


次は自分だ、


「博士、レイです、レイト・ゼロです。最初、日記でこの名前を見た時、No.00だから『レイとゼロ』って安直すぎると思ったけど、今は愛着があって気にいっています。自分達はこれから少し出かけようと思っています。逢えるのはこれが最後になるかもしれませんが。

今まで苦労も沢山あって辛いこともあったけど、それでも楽しかった。だから…

自分とルディアを生み出してくれてありがとう。」


挨拶はした気持ちも伝えた、これで本当にこの世界に未練はない。いよいよ出発だ。そう思い歩き出そうとする。


「それじゃ行こ…」


「兄さんが誤魔化したたことについての話がまだですよ」


どうやら妹は白い箱について見逃してはくれないらしい。どうする?嘘をつくか? (ちらっ) いや、ディアは嘘を見抜くが上手いから無しだ、 (しゅばっ) 本当のことを話すべきか? 黒(ぶ〜ん) それでは博士の遺言が、黒(着地成功)

…さっきから視界の端をチョロチョロしている黒いのはなんだ?、そう思いつつ違和感を感じた方を見ると、それは居た。ディアもレイの視線に釣られ身体の向きを変え、それを目にした。その瞬間、背筋に寒気でも走ったような悲鳴をあげる。


「ひゃっ?!! な、な、なんでこいつがここにいるの?! に、兄さんあいつをなんとかしてぇー!」


ディアはレイの隣でただでさえ硬い身体をより硬くしている。

視線の先には全体的に黒い体をもち背中には羽を装備し、長い触覚を上下左右にゆらしている姿は、まるで目の前にいる相手をおちょくっているようにも見える。

その黒い虫はディアを標的に定めたのか虫にしては異様な速さで迫ってくる、それを見たディアは半狂乱になりながらも回避の手を打とうとし駆け出す、だがそれを妨害するように黒虫がサイドステップを踏み進路妨害、ディアが進路を塞がれたことで狼狽えて一瞬その場で足踏みしてしまう。その隙を黒虫は見逃さず、羽を使って飛び上がり、迫りくる。ディアは飛び上がった黒虫と地面の間に僅かな活路を見出し、決死の覚悟で飛び込み難を逃れた、と思いきや、黒が空中で旋回し、再び迫る。回避しようとするが、逃げ込んだ先が悪く左右は物が積まれており背後は壁の袋小路状態、一度この場を離れようと考えるが、時既に遅し、奴がもうそこまで迫っていた。

絶対絶命、やつが1m、70cm、50cmと近づく。

もうダメ!

ディアが迫りくる脅威に身構えた時、   目の前で黒い虫が横方向に吹き飛ばされるのを目にした。レイがその辺に落ちていた棒を拾い上げ、横殴りに振った結果だ。吹き飛ばされた虫は殴られた衝撃にも耐えてみせ、健在だ。だが流石の黒い虫もレイを脅威に感じたのか凄まじい速度で逃げていく。

それを見ながらレイは、


「いや〜危なかったね。虫なんて何年振りに見たかなぁ。」


などと感情が篭っているのか分かりにくい、気が抜けてそうな声で言うのだった。


「何呑気なこと言ってるんですか!怖かったんですよ!私の身長だとあいつの顔がより近くで見えて、…あぁーもう!想像しちゃったじゃないですか!とにかく怖いんです!」


レイは自分の足下で震えているボールを見ながら、先の虫について考える。あの虫はこの荒れ果てた星で唯一見ることができる生き物と言っても過言ではない。一言で表現するのであれば『生命力の化け物』だ。潰してもなかなか力尽きないやつなのだ。自分もどちらかと言えば苦手だ。見た目が。だが、今も足下で「早く異世界に行って、あいつとおさらば」とブツブツと呟く妹を見れば、白い箱について再び言及される恐れはないように思う。だから心の中では妹に内緒で感謝をするのだった。


「よし、それならディアの言うようにとっとと異世界に行こうか。」


「そうしましょう。出来るだけ早く出発しましょう!」


ディアから全面的な賛成をもらえたので、墓のある部屋を出て右に曲がる。自分達が長年使った寝室の前を過ぎ、さらに奥にすすむ。進んだ先には大きな開けた空間があった。そして中央付近には薬を入れるカプセルに似つつ先端は船らしい尖った形状をもつ次空艦がある。


「いよいよですね。手順の擦り合わせをしましょう。」


ディアが真面目な声で話しかけてくる。その声に無言で頷きつつ計画の説明を始める。


「先ず始めに次空艦に乗り込み艦のシステムに異常がないかの確認。」


もう何度も確認したことだが大事な確認だ。念は推しても問題はない。


「次に次空艦内部の操作室にある基盤に空いた穴、そこにこの赤い石をセットする。」


腰に下げた石に触れる。冷たい感触が指先から伝わってくる。

この赤い石に関してレイは知らないことが多い。知っているのは石の成分がこの世界に存在しないものであること、その成分が規則性に則った構造をしていること、測りきれないエネルギーを持ちそれを周囲にばら撒いていること、ぐらいだ。因みにディアの動力は水や食料でも賄うことができるが、実際は赤い石の構造を模倣して作った電池の様な物に、溢れているエネルギーを詰めこんで動力にするのが殆どだったりする。そして今回は赤い石の膨大なエネルギーを使わせてもらう。


「セットしたらエンジンに動力が回ったか確認してから操作室にあるボタンをおす。押すのはディアの役目だね。」


ボタンを押すと高エネルギー波が艦の前方に放出され次空に穴を開けることができる。石に秘められたエネルギーを使うことで次空に穴を開けられるとわかったには、長年かけて小規模ながらも続けた実験によって分かったことだ。


「後はその穴に入って、中でもう一度エネルギー波を撃つだけ。」


そうすることで異世界に繋がる門ができるはずだ。

「わかりました!ボタンは任せてください」


手順の確認が取れたので早速乗り込む。中は外見の大きさからは考えられないほど狭い空間が広がっている。耐久面を考えると仕方のない措置ではあるが。


基盤に石をはめ込む。


「ディア、どう?」


操作室にある次空艦の全てのシステムを管理できるモニターを見ているディアに確認する。


「はい、今のところ問題はありません。動力は無事に充填完了です。いつでも出発できます!」


よし、いよいよだ。待ちに待った瞬間がくる、自然と心臓の鼓動が早まる。不安は勿論あるがそれを上回る期待に胸が張り裂けそうだ。ディアからも同じ雰囲気を感じとる。


「それじゃ、行こう!」


ここから新しい旅が始まる。


「行きます!高エネルギー波発射まで、3…2…1…発射!」


ディアの掛け声と共に次空艦の前方からレーザーが放出される。そのレーザーの反動を受け、艦が後方に吹き飛ばされないようエンジンをフルスロットル、機械独特の高音が辺りに響く。空間とレーザーがぶつかり、轟音と衝撃波が当たりを駆け回る。レイはその狭間を確認し、意図せず口角が上がったのに気付く。そこには異世界人を歓迎するかの様な荘厳なゲートが現出していた。ゲートを確認したレイはすぐさまディアに指示を出す。


「ディア!」


「はい!わかりました!」


一言、名前を発しただけでレイの意図を察したディアはレーザーの出力を切る。先程まで拮抗していたレーザーの反動とエンジンによる前進力、その均衡が崩れ艦が勢いよく飛び立つ。


ゲートの中を仮に狭間と名付けるならば、狭間には端が存在しないのではないか?と思わせるほど薄い黄色と白を混ぜた色の世界が広がっており、粘り気が有りそうな見た目でありながら驚くほど静かだ。だが実際には未知のエネルギーの波動が荒れ狂っており腕を直接外に出せば一瞬でお釈迦になる。思い出したように後方を確認すれば次空艦が通過したゲートが閉じ始めている。もう後戻りはできない。


「ディア、取り敢えず第一関門はクリアした。すぐに次の段階に移ろう。」


第一の関門であった狭間への侵入は成功した。次はこの狭間内部でもう一度赤い石のエネルギー波を放ち、異世界への門を開ける。


「わかりました!第二波、行きます。3…2…1…発射!」


もう一度、波動砲を放つ。今度は先程と違って轟音が響かない。あくまでも静かな空間のままだった。レイは一度目と同じように世界と波動砲の境界線に目を向ける。


「ディア、ゲートが小さくて安定していない。出力を上げてくれ。」


指示を聞き取ったディアは出力を上げる。再度、レイが確認する。


(ゲートが徐々にだけど広がってきたな。)


レイは艦が通れるギリギリの大きさになるのを見届けて安堵する。実験でも同じように元いた世界からゲートを開けるのと狭間から異世界へのゲートを開けるのとでは開くまでの時間に差があ

仮説だが、ゲートができるのに差が生じるのは異世界のエネルギーが元いた世界と比べ、満ちているエネルギー量が多いのではないか?と言う説だ。元いた世界にはエネルギーが少なく、狭間に存在しているエネルギーが穴が空いた場所から大量に元世界に流入しその力がゲートを押し開く。逆に狭間から異世界では異世界にエネルギーが満ちているため簡単には開かない、といった具合いの寸法だと考えている。蛇足だが、実験では超小型の次空艦を使用し異世界に酸素があるのは確認済みである。


(有るのはあったけど、元いた星より多いし、酸素以外にも未知の元素?らしきものもあったけどね)


つまり異世界で生きて行けるかは行ってからのお楽しみ。


余計な思考を振り払い前方を確認する。ゲートはあと少しで安定するかどうかと言う所だ。

これなら何の問題もなく行けそうだなと気を緩めた瞬間、耳をつんざく様な警告音がなる。


「兄さん、大変です!エンジンルームで異常発生!どうやら冷却剤を運ぶ管に穴が空き、エンジンがオーバーヒートを起こしています。


「わかった、今から修理に向かう。ディアは波動砲を停止して。」


「ダメです!管の穴は一箇所だけでは有りません!モニターで確認できるだけで7箇所はあります!エンジンが爆発するまでに直すのは不可能です。」


ディアの報告を聞きレイは苦い顔をする。原因を考えるがわからない。そして今は原因を考える時間すらも惜しい。


(マズいな、どうする?何か手はあるか?)

前方を確認する。波動砲を停止したことで速度は遅いがそれでも確実にゲートが小さくなっている。このままでは言うまでもなく死ぬだろう。背筋を経験したことのない悪寒が走り、額にはやけに冷たい汗が湿る。


(時間がない、どうする?どうすればいい?)


考える、考える、思考を止めちゃ駄目だ。脳裏に旅立つ前に妹と話した会話が流れる。考えろ、考えろ、ダメだ分からない!レイはそれでも考え続ける。考えた時間は、ほんの数秒。頭に出てくるアイデアを瞬時に取捨選択し生き残る可能性があるのを探す。…そして見つけた。


「ディア、かなり荒っぽい方法だけど…」


「たぶん、私が考えた解決案と同じだと思う…同じ荒っぽいやつですし。」


レイの言葉を遮ってディアが言う。どうやら同じタイミングで同じことを思いついたらしい。

その結論に至り、相手の了承を得る必要がないと悟った瞬間、2人は同時に動きだす。ディアは操作室とエンジンルームのある後方を遮断するように防護壁を二重に降ろし、固定。荷物を代車に苦戦しながらも積み、運ぶ。レイは近くの基盤から赤い石を外し懐にしまう、代わりに、予備として用意していた電池のような物をはめる。そのまま先程までディアが座っていた椅子に駆け寄り腰掛ける。椅子にしっかり身体を固定する。そしてシステムに干渉をしてエンジンをより活発化させる。丁度、防壁を降ろし終えたディアが荷物と共に駆け戻ってきたのを受け止め胸の中に妹を挟むようにしっかりと抱え込む。


「ディア!あとは機体の向きを調整する。モニターはみえてるか?見えてるなら指示をくれ」


機体の向きの調整はディアが適任だ。


「わかりました!」


ディアの指示のもと機体をゲートの中心と水平になる高度まであげて、艦首の位置もゲートに垂直に侵入できるようにした。不安になりながらも冷静でいられたのは胸部にあたる硬いものに対する信頼と、守らなければならないと言う責任感のおかげだろう。


「調整は完了しからディアは自分から離れないように意識を注意して。」


準備はできた。後はその時を待つだけだ。そう考え胸にある大事なものを落とさないようしっかりと腕で抱える。---その瞬間、次空艦の後方-----エンジンルームのある辺りが爆散し、狭間に屑鉄を撒き散らす。次空艦は半分以上消し飛び、その反動で勢いよく前進する。ゲートは既に閉まり始めており間に合うかどうかギリギリだ。案の定、


「っ!」



次空艦は側面がゲートと接触し、なすすべなく崩壊する。機体の中が剥き出しになる。

----波動によって身体が切り刻まれながら圧死----の光景が脳にチラつく、がレイはそれに意識を向けていない。なぜならば、レイは見たからだ。狭間の奥に人が、否、人と断定できるわけではない、だが人型に近い黒影に見える。その異常な事実と光景に驚愕し、意識を縫い付けられてしまっている。そして気が付いた時には目が開けられないほどの光量が駆け抜けていた。思わず目をつむってしまう。


次空艦が何か硬い物に当たった衝撃で頭をぶつけ、レイは気絶してしまった。


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