「石に導かれし者」
前回の投稿1ヶ月前…普通にリアルが忙しかった。
蒸発しないよう頑張ります。
今回は、視点が多めなので分かりづらかったらごめんなさい。
目の前でウォルナットが此方を真剣な顔で見ている。
「さて、準備は良いか?」
その物々しい雰囲気に押されながらも頷く。それを確認すると、
「では、始めよう。イリミナ嬢!結界を5枚程張ろうと思う!すまないが外側の2枚をお願いしたい!」
「は〜い!わかりました〜!」
大声で少し離れた位置にいるイリミナに話しかける。その問いに対してイリミナはのんびりとした口調で返した。その直ぐ後には半円が迫るように展開される。その琥珀色の結界がレイを飲み込み通り過ぎていく。飲まれた瞬間には既視感のある違和感があった。
「…素晴らしい。やはり魔法に長けた種族だというのは本当だな。」
その荘厳な結界を見て、そう零したのはウォルナットだ。感心した様子で空に張られた結界を見ている。
(確かに綺麗だな。)
そう感じるほどに綺麗な景色であった。
そう考えるレイの目の前で、「次は私の番だな。」とウォルナットが言うと、
「…凄い。」
思わず声が漏れてしまう。レイを囲む様に作られた結界は緑色の、そして魔法陣のように文字が張り巡らされた半円であった。美しさを感じるイリミナの結界とは毛色が違うが、別の荘厳さを人の脳に印象付ける結界であった。それを2枚、イリミナの結界の近くに作る。もう1つは、
「さっきから少し思ってたんですけど…魔力の練習にここまでやる必要はあるんですか?」
そう不思議そうに首を捻るレイの周囲に張られている。レイがその質問をした時、丁度ルディアもイリミナに同じ質問をしていた。
「姉さん、なんか凄い物々しいんですけど…こんなもの何ですか?」
その質問にイリミナはどう話そうかと少し考えると、
「普通はここまで警戒しないんだけどね。残念ながらレイくんの力は普通じゃないから。ディアちゃんもウォルナットさんから聞いたでしょ?焔環の力がどういったものなのか。」
「はい、聞きました。焔環の力を持っている人は、1人で国を堕とせる程だって…でも、ここまでのことをしないといけないなんて…正直思わなくて。…大丈夫ですよね?」
ルディアが不安そうにイリミナの足元に寄る。それを優しくイリミナは抱き抱えると、声も一層優しげに、穏やかな風に当てられた風鈴のように、
「大丈夫だよ。何かあっても私がなんとかする。こう見えて少しは強いんだよ?私。それに…」
途中で言葉を区切りレイを見る。
「レイくんなら大丈夫。きっと大丈夫だよ。」
そう優しくルディアを撫でる。
その頃、ウォルナットも似たような説明をしていた。
「自覚はないかもしれないが、君が手に入れた力は危険なものだ。以前に焔環の力を手に入れた子が居てな、謂わば君の1つ先輩に当たるわけだが…その際にも私が面倒を見たのだが、この子の力が予想以上に特殊なものでな。…はぁ…あの時は焦ったよ。危うく地図から山が2つ消えるところであった。」
苦々しい思い出なのか溜息を吐いている。それを聞き漠然と、
(あぶないんだなぁ〜。)
と気の抜けたように考えるレイ。それが顔に出ていたのか、
「レイよ、少しは気を引き締めてくれ。君の力は異端であるだけでなく、今の君は力の制御ができていない。練習をするには、今私が抑えている君の力、つまりは周囲の魔力を引き寄せる力を解放する必要がある。それがどう影響するか分からん。本当に気をつけてくれ。」
最早、懇願するような目でレイを見るウォルナット。余程、前回の練習相手がやらかしたのかもしれない。そう考えた辺りでふと疑問が出てくる。
「ウォルナットさんが、そのまま僕の力を抑えることは出来ないんですか?」
もし、ウォルナットが自分の力を抑えるのを継続したのならば、その方が安全面は上がる筈だ。それをしないという事は、何かしらの理由があるのだろうが。
その質問にウォルナットは1つ頷くと、
「あぁ、すまないがそれは出来ない。…しまったな、君には焔環がどういった力なのか詳しく説明していなかったな…。重ねてすまないが、その辺りの説明は追々していこうと思う。」
眉間を指で摘み、自分の失敗を後悔するウォルナット。だが、直ぐにレイの方を見ると、
「簡単に説明をすると、焔環を手に入れた者はその持ち主の才覚を助長し力を与える。私の場合は魔力の固定ができると思ってくれていい。この力で君の力を相殺していたわけだが、これを継続した場合、君の周囲の魔力を君自身が使えなくなるのでな、私がそれを解除する必要があるのだ。」
そのウォルナットの説明にレイは納得をする。
(才覚の助長…。)
それが本当であれば自身も何かしらの力を手に入れたことになる。未だに力を手に入れた実感が湧かないレイにとっては不理解と興味の2つが渦巻くだけだが。
「ものは試し…ですかね?」
「…不安は残るが、それしか力に慣れる方法は無いな。」
そう不安を口にするウォルナットであったが目は常にレイを捉えている。その緊張感がレイにも伝播してきた。脈が高鳴るのを感じつつ、1つ頷く。その頷きに応えるようにウォルナットが右手を軽く持ち上げ手の平を向けた。
「今から解除する。解除されたら直ぐに周囲の魔力を感じ取るように集中するのだ。感覚は以前のを参考にすると良い。その後は自分の中にある魔力に意識を向け、それを手の平に集めるのだ。…では、解除する…、“放て”!」
その言葉と共に、今まで何とも感じていなかった何かが暴れ出した気配が伝わってきた。それは荒れ狂う波の様で、今まで押さえつけられていた反動なのか、レイの身にもその圧を伝えてくる。
「っ!うっ!?めが、い、いたい!!」
その波はレイへと打ち付けられ、抉っていく様な痛みをレイに与える。その痛みを与える力の奔流が体内に入ってくるのを感じた。それと同時に左目にも激痛が走る。遠くでは心配そうに此方を見る2人が、近くでは、
「レイ!意識をしっかりと持て!周囲の魔力を操るんだ!」
ウォルナットが軋む結界を補強しつつ叫んでいる。
その言葉に、自分が何をしなくてはならないのかを思い出した。
痛みを堪えながら周囲の大気へと意識を這わせる。以前に馬車にて感じた力を朧げながら感じることができた。次に己の中の魔力に意識を集中しようとした時、
(…?!)
視界がまた良くなっていた。だが、目の中の霧が晴れたわけではない、寧ろ増えている。それにも関わらず視界が良くなっているのだ。
(霧の向こうが…。)
視界に霧があるのだが、それを見つつもその奥の景色も見ることのできる不可解。
そして、
(あ…視えた…。)
その目にはレイを取り巻く環境を写すことができたのだ。
そこには御者台の上で見た、星のような様々な煌めきが宙を漂っている。その光景は美しいと言う他になかった。
その煌めきがレイへとぶつかると痛みが走る。その痛んだ部分に視線を向け、
(─!)
思わず息を呑む。そこには煌めきが塊となり、レイの身体へと纏わりついていた。その力がレイの身体の中心を目指すかのように身体へと食い込み、それに周囲の魔力がぶつかることで痛みが増す。熱の篭る身体と脳を無理矢理に動かし、身体に纏まりついている魔力を引き剥がそうと手を伸ばした。だが、
「ぐっ!がっぁ!」
手にも魔力が纏わりつき上手く動かすことができない。魔力の塊がレイの全身に蓄積され痛みも増してくる。思わず苦鳴を上げて膝を着いてしまった。
「不味いな…飲まれかけている。」
苦鳴を出しているレイを見てウォルナットが顔を厳しくしている。
(原因はなんだ?…魔力は感じている筈だ。力の暴走か?いや、それだけが原因のようには見えない。だが、何故周囲の魔力を上手く体内へと取り込めない?)
頭を回すが一向に原因が分からない。
(予想外だ…魔力が石の様に固まっているな…この練習を今すぐ止めなければ死にかねん。)
レイと周囲の暴走している魔力から魔力操作の練習を取りやめることを判断する。ウォルナットは直ぐに己の中にある力に熱を籠め、目の前の魔力の流れを断ち切ろうと手を掲げる。その時だ、ふと近くに人の気配を感じる。手を下ろさずにチラと横目で見ると、
「2人か。…ルディア嬢、すまない。予想外の事が起きた、君のお兄さんを苦しめてしまい申し訳ない。直ぐに元通りとはいかないだろうが、少しづつ魔力を剥がしていくことはできるだろう。その為にも、直ぐにこの暴走を止めよう。」
そこにはイリミナがルディアを抱えて急いで駆けつけたところであった。
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ルディアは苦し悶えるレイを見て酷く焦っていた。今までにあそこまで苦しむ兄の姿を見た事がなかったからだ。心臓が無いにも関わらず波打つ感覚を覚える。それにも関わらず冷静に物事を見ている自分が居ることもルディアには分かっていた。それは自分が普通の人とは違う何かであるからだと言われているようで悲しくも感じる。ルディアのセンサーには見えていた、レイを取り巻く環境の一部が。全てを把握できたわけではないが、それでも今の状況がレイに良くないことは十分に理解することができる。
「魔力が…レイくんに纏わりついてる。…何で…上手く自分の中に取り込めないの…?」
自分を少し強く抱えているイリミナが困惑した様子でレイを見つめている。
その言葉を聞き、
(……。)
ルディアは考えた。自分が唯一自信の持てる武器、その脳を使い考える。だが、答えは思ったより簡単に出た。いや、最初から漠然とした答えは見えていた。自分の中にある可能性をイリミナの発言が後押しする。
(後は…。)
ルディアは考える。だが、これも直ぐに答えが出た。
(ちゃんと…伝えたら…何とかなるかもしれない。)
意を決したルディアはイリミナを見る。ここ数ヶ月の関係でしかないがルディアにとっては信用のできる相手。レイが龍に負わされた致命傷を泣きそうな程に真剣な顔で治療してくれた記憶が蘇る。自分では十分にレイを看護することが出来ず、イリミナにも手伝って貰ったことも思い出す。自分の不甲斐なさが嫌になるのと同じくらいにイリミナが、本当の姉の様に思えてくる。
そんな相手であれば、きっと、これから話すたった一言でも信用してくれるのではないかと、そんな期待が出てきた。だから、
「姉さん、ウォルナットさんのところに行けますか?少し2人に伝えたい事が有って…。」
いきなりの事で、何故?と理由を聞かれるだろうと予想するルディア。だが、
「分かった。きっと大事な事なんだね。」
すんなりと受け入れられた。そのことに少し驚く。
返事をしたイリミナは雰囲気を固くしたルディアを抱えて急いでウォルナットの下へと向かう。丁度、ウォルナットが手を持ち上げている瞬間であった。着いた瞬間にウォルナットに謝られてしまった。ルディアはそれにどう返事をすれば分からずに頷く。だが、直ぐに口を開いた。
「ウォルナットさん。兄さんのあの力は自然と扱える様になるんですか?」
手に力を込めるウォルナットが申し訳なさそうに答える。
「…いや、恐らくそれは無いだろう。原因は分からないがあの魔力の量を自然と扱える様になるとは思えない。だが、心配しすぎないでくれ、私が他の案を考え…
「あの!!」
ウォルナットの答えを遮りルディアが少し大きい声を出す。その声に2人が注目する。
ルディアは身体をより固くして意を決した様に、
「兄さんと私の事でお伝えしたいことが有ります。あの……私たちは、…
(大丈夫、大丈夫。きっと2人なら…)
心の中では、うねって気持ちが悪くなるような渦がルディアの脳を揺らす。上手く言葉が続かない。だが、これを伝えれば、もしかしたら。そう、頭がよぎる度に脳が揺られる感覚を覚える。
それでも、ルディアは意を決して、
─この世界の人間ではありません。他の世界、それも魔法の無い世界から来ました。」
自分に言い聞かせ何とかその文章を出す事ができた。ルディアはこの事を言うべきかずっと迷っていた。自分達は謂わば余所者、この世界にとっては不純物。心配性な人が聞いたら侵略者だと恐れられるだろう異端者。それを伝えるのは恐ろしかった。そして、2人を見る。どちらも驚いた顔で動きが止まっている。その沈黙の数秒がルディアには酷く息苦しかった。だが、
「そうか…異界の者か。いや、これは驚いた。まさか世界の狭間を渡ってくる者がいるとはな…。だが、これで分かった。体内に魔力を流せるにも関わらず、レイが上手く体内に魔力を取り込めないのは魔力自体に親しみが無かったからか。」
そう冷静にウォルナットが返答をする。そして、未だに身体に力を入れているルディアを優しく撫でるイリミナ。
「大丈夫、そんなに恐れないで。確かに驚いたし、直ぐに信じてと言われても難しい内容だったけど、大丈夫。」
「…でも
「大丈夫。大丈夫。私はルディアちゃんのこと本当の妹みたいに大好きで、そんなルディアちゃんの言うことなんだから簡単に否定はしないよ。」
そう優しくルディアを撫でる。そして、レイの方を見ると、
「…そっか…他の世界…。」
そう小さく呟いた。
「2人とも、話しているところすまない。原因は分かった、恐らく魔力を取り入れる魔力門が上手く機能していない。レイの体内に魔力を流せたのもあるが、異界の者でも魔力門自体はあるらしい。後はレイに纏わりつく魔力をどうにか引き剥がし、少しづつ体内に取り入れる練習をすれば何とかなるかもしれん。私が魔力を引き剥がそうと思う、その間だがイリミナ嬢に結界をもう2枚張って欲しい。」
そこにウォルナットの指示が飛んでくる。未だに自分の発言が本当に受け入れられたのか定かではなく、不安で固められているルディア。そのルディアを抱えたイリミナは直ぐに返答をする。それは、提案であった。
「その役目、私がやっても良いでしょうか。」
その琥珀色の整った双眸をフードの陰から覗かせ、真っ直ぐにウォルナットを見る。それを受け、少し迷った様子を見せたが直ぐに頷くウォルナット。
「それじゃ少し待っててね。ウォルナットさんお願いします。」
「あぁ、分かった。」
イリミナがウォルナットにルディアを渡す。そこで漸く落ち着いたのか、
「姉さん、兄さんをお願いします。」
そう、懇願を口にするのだった。その願いにイリミナは、
「うん!任せて!」
明るく、優しげな微笑みでそう答えたのだった。
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イリミナは直ぐにレイの下へと駆ける。ウォルナットの張った結界が近づいてきたが走る速度を落とさない。イリミナはその結界の中へと飛び込んだ。その瞬間に周囲の魔力の暴走が迫り来る。それはイリミナの肌を鞭打つようにうねり狂い痛みをもたらしてくる。今まで張っていた結界との繋がりもこの中では保つ事が出来なかった。目の端で消えていく自分の結界が見える。このままでは十分に力を使うことが出来ない。
(先ずは…)
イリミナは己の中に流れる魔力を身体に纏うように広げる。その色も琥珀の温かみを持った色であった。
(これで少しはマシになったかな…)
自らの魔力を盾とするイリミナ。その纏う魔力をレイに引っ張られないように上手く気を使う。
そして、レイへと近づいた。彼の身体にはイリミナでも視認することが出来る程大量に固まった魔力が纏わりついていた。苦し悶える彼を見て心臓が跳ねる。
嫌な汗と…
イリミナは払い除けるように首を振る。そして、直ぐに彼を助けようと彼に触れた。己の中にある力の一端、その一部に力を込める。
すると、イリミナの左手の手の平に銀色の光が集まりだす。
その光が当たった魔力の塊は溶かされた様に液体へと変貌をした。だが、
(…やっぱり、今のままじゃ…)
液体となった魔力も、レイの引き寄せる力によって流れてくる魔力に上書きされてしまう。
このまま、銀光を当て続けてもキリが無いことは明白である。
だから、
(…一気に溶かさないと…。…その為には…)
イリミナは左の腰に手を当てる。そこには慣れ親しんだ感触があった。イリミナはローブで隠れた左手を出す。そこには、1冊の本が握られていた。その本の装飾が光に当たり淡く煌めく。その本の表紙に手を置く。
…脳裏で誰かの口元が動く映像が流れる…
(…お願い。力を…)
「返して…。」
願い、請う。懇願するイリミナ。だが、その願いも虚しく、本は変化を示さない。その目の前で、
「レイくん!」
魔力の塊に圧迫された皮膚が裂けたのだろう。所々から血が流れている。その様子に、
(早くしなきゃ!…もう!こうなったら!)
焦りが心を乱す。それでもイリミナは最善の手を尽くすべく次の手に出る。
イリミナの周囲を囲んでいた琥珀色の魔力が熱を帯びた様に内側が赤く染まり始めた。その魔力を手に集中させる。イリミナは右手に持った本の表紙にその魔力を叩きつけた。
すると、どうだろうか。
先程まで何の反応も示さなかった本が、赤の魔力に呼応するように白い魔力を出し始めたのだ。
「もう、こうなったら無理矢理にでも引きずり出すんだから!」
イリミナが表紙の表面を掴む様に指を曲げ持ち上げる。その手には白い魔力が握られており、指の間から漏れ出た白の魔力は鎖のようにイリミナの身体に絡み付き、その中心へと光の粒子が入っていく。
その力が身体に入ってきたのを感じたイリミナは直ぐにその力を手の平へと集める。そして、先程と同じ様にレイの身体に手の平を置き、
「“溶けて!!”」
そう叫ぶ。その白い光は弾けるように跳び周りレイに纏わりつく魔力の塊にぶつかっていく。
ぶつけられた石は不思議な程簡単に液体へと姿を変えた。それはレイへと向かって飛んでくる魔力にも作用し、レイの身体にぶつかる頃には液体のようにサラサラした状態へと変わっている。
「上手くいった!…良かった。…よし!次は…
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光が視えた。
いつの間にか目の痛みは無くなっている。その代わりに全身を痛みが駆け巡っていた。だが、それすらも徐々に消えていく。光が視えたのと同時にじんわりとした痛みを残しつつも激痛は去っていった。
その去っていった激痛はレイの体力を奪い、視界を霞ませる。そんな満身創痍のレイの耳に聞き慣れた声が届く。
「レイくん!起きて!」
その声になんとか瞼を持ち上げると、
「良かった…。あのね、レイくん。あなたの身体は魔力を上手く取り入れて流すことが出来てない。だから、これから私がレイくんの身体に魔力を流すからその流れを覚えて欲しいの。ちゃんと私も手伝うから…」
そこでイリミナは一度言葉を区切ると顔を除く様に近づく。イリミナはその整った顔を驚いた顔にし、レイをもう一度見る。その時には普段の優しげな顔に戻っていた。その事に疑問を持っていると、
「レイくん、その目で私を見てみて。」
そう口にする。そして、イリミナはレイの手を握ると、
(…温かい。)
手を伝って温かなもが身体に流れ込んでくるのを感じる。それが魔力なのだろうと不思議なほど簡単に理解する事ができた。その熱が腕を通り左目へと伝う。その熱が目の奥で流れるのと同時に、
「あっ…。」
思わず声が出てしまった。魔眼と呼ばれたその左目。その目には今までの風景だけでなく他の景色も映り込んでいた。
イリミナの身体に流れる光、それは全身に行き渡っている。それはまるで木の枝と木の葉の様な綺麗な整列であった。その中を循環するように光が流れている。その目を見開くレイに気づいたイリミナは、
「良かった…視えたんだね。レイくん、今から周囲の魔力を少しずつレイくんの身体に流していくから、それを私みたいに身体の中で回す様に想像して。」
その言葉に頷く。それを見届けたイリミナは目を瞑ると、何やら口を動かし呪文らしきものを小さく唱え始める。その言葉はレイの知らぬ言語であり理解する事が出来なかった。イリミナがその呪文を唱える途中でレイは異変に気がつく。イリミナの膝の上にある本。それが淡い光を放っている。その光が段々と増していく度にレイの周囲の魔力の流れが落ち着いていく。その一部はイリミナの身体へと入っていくのをレイは見る事ができた。
イリミナの中で木の葉のような光の輪郭が変形を始め、徐々に木の葉が複数連なった形へと変わる。その様子は正に花の様であり、その花の花弁が皮膚一枚隔て花開く。その向こう側にあった筈の魔力が吸われていく。その魔力はイリミナの中で光となり、握った手を伝ってレイの中へと流れ込んできた。
そして、目を瞑りイリミナに言われたように頭の中で想像する。イリミナの持つ美しい光の線を描けるように想像をする。
最初は行き場に右往左往していた魔力が徐々に一定の法則を持ってレイの体内を流れ始めた。
その流れる感覚が妙に身体に馴染むのをレイは不思議に感じる。
丁度その時、イリミナは呪文を唱えるのをやめた。
「ふぅ…。」
そんなレイの目の前でイリミナが息を吐く。その頬には汗が伝い、極限の集中をしているのが伝わってきた。
「…何とか…写せたかな。レイくん、次は周囲の魔力を少しずつ体内に取り込む練習をしよう。私が意識して魔力を取り込むからレイくんはそれを真似して欲しい。」
前半を口の中で話し、後半はレイへと語りかける。素直に頷き、意識する。目の前のイリミナを真似して自分の中に流れる線を変形させる。己の中の花弁が体内から皮膚の内側に触れるのを感じた。そして、
(これが、大気の魔力…。)
体内にその力の本流が流れ込んでくるのを感じる。冷んやりとした水の様な魔力は意外と心地良く、先程までの疲労が少し和らいだ気がしたぐらいだ。レイは己の中の葉を開いていく。
すると、
「ん…!レイくん、少し取り込みすぎかな。…ちょっとごめんね。」
そう言うとレイの鳩尾の辺りに手を当てるイリミナ。そして、手を離すとイリミナの顔にはまだ不安は残りつつも安堵の色が少し伺える様な面持ちになっていた。
「うん。魔力は上手く取り入れられて体内を循環してるね。…ただ、予想よりレイくんは魔力を取り入れる力が強いみたい、体内の魔力が多くなり過ぎてる。扱えきれない多くの力は危険だからね、何とかしないと…。…よし!」
少し考えた素振りのイリミナは思いたった様子でレイの手を握ったまま立ち上がる。そのままレイを引き上げると。
「レイくん、疲れてると思うけど念のため体内の循環する魔力を減らしておこう。」
そう言うとイリミナは振り返りウォルナットの方を見る。
そして、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ウォルナットさ〜ん。今からレイくんが魔力を放出するので何とかしてくださ〜い!」
レイが魔力を取り込む様子と、それを手助けしたイリミナを感心したように見ていたウォルナットは突如としてイリミナが話しかけてきたことに少し驚いた様子で目を見開いた。だが、直ぐにレイの状況とイリミナの考えを理解し、頷く。
その様子に不安そうにしているルディアは、
「何かあったんですか?」
と不安を口にする。それに対してウォルナットは「いや、」と言い、
「大丈夫。君のお兄さんは魔力を上手く取り込むことができたようだ。未だ少し、周囲の魔力を引き寄せているみたいだが…それも上手く身体が対処できている様だな。それは、才能としか言いようがないが、まぁ無いよりは良いだろう。ただ、魔力を取り込みすぎたようだな、今からその余分な分を私に向けて放出するようだ。ルディア嬢、離れないように気をつけてくれ。」
そうウォルナットが言ったのと同時に空気が変わるのをウォルナットは肌で感じた。
それもその筈だ、ウォルナットの目の先にいるレイの左手の平の上には純粋な魔力。
その力の渦が極大な球の形で出現したからだ。その隣ではイリミナがレイの手を繋ぎ、何やら集中している。恐らくレイの魔力が暴走しないように管理しているのだろうとウォルナットは理解した。その理解した瞬間にその肥大した魔力が筒の形になり、周囲の地面を抉りながら風を引き裂く轟音と共に向かってくる。常人であればその力の大きさに絶望し、なす術もなく消失する、それ程までに驚異的な力であった。だが、ウォルナットは顔色を1つも変えずにただそれの到着を待つ。その魔力の暴威が目と鼻の先に迫り、当たる直前、
「“止まれ。”」
たったその一言と軽く上げた手の指1つでそれを完全に停止させる。衝突した音も無く、ただ静かにその魔力は停止をし、次の瞬間には分断され、細かくなった粒子は大気へと拡散していった。
「びっくり、しました…。兄さんは大丈夫何ですか?」
ウォルナットに抱えられているルディアが、そう言葉を溢す。
「大丈夫。ほら、戻ってきた。」
そう顔で方向を示すウォルナット。その先にはレイを背負ったイリミナが此方に歩いてくるところであった。
「上手くいったようで良かった。」
その2人にウォルナットはそう話しかける。
「はい、何とかなりました。レイくんは寝ちゃったけど魔力の暴走は止まったみたいで良かったです。」
「そうだな、…少し魔力を引き寄せているのはレイの焔環の力だろうとは思うが…。まぁ他者に悪影響はそこまで無いだろう。2人とも無事のようで良かった。」
その後はルディアとイリミナが明るげに話をしている。レイの無事を安堵する気持ちを共有しているのだろうと、遠くから荷馬車を引いてきたウォルナットはそう捉えた。
「準備ができた、宿に戻ろう。お前も荷台の留守番をしてくれて助かった。」
ウォルナットが荷台で寝ているトラの頭を撫でる。ウォルナットの呼びかけに2人が荷台に乗り込み、全員が乗ったことを確認したウォルナットが手綱を引く。
荷台は木の葉邸を目指してゆっくりと夕暮れの中を進んで行くのであった。