ちょっとした別のお話①-「竜の里」
本編とは違うお話。
ついでにちょっと短い。
冷ややかな水が流れる音が聞こえる。
それは清涼な川から流れている。そんな川の辺りの茂みから何かが飛び出してきた。
茂みから飛び出してきたのは小さな少年。少年の髪は黒色で瞳には紺碧色が煌めいている。
少年は飛び出した勢いのまま川へと飛び込む。この時期の川には周囲の山脈から流れる雪解け水が流れている。
「つめた〜い!!」
少年は思わず、そう叫ぶ。だが、その顔は叫びとは裏腹に、とても楽しそうに笑っている。少年は無邪気に水の中に潜って普段とは違う世界を楽しむ。音も光も視界も、水を通して世界を変える。少年はそのまま川の流れにのって下流へと泳いでいく。目指すは少年のお気に入りの遊び場だ。
その場所に向かう途中でも少年は遊びを忘れない。目の前に泳ぐ魚の姿があればそれを追い。途中にある岩場を見つければ川から出て、再びダイブ。珍しい虫が飛んでいればそれを必死に追いかける。寄り道が多いのは子供の特徴の1つであろう。それでも少年は目的地の方角だけは忘れていない。今も少しづつ近づき、そして到着した。
少年の目の前にはゴツゴツした岩が、これまたゴロゴロと並んだ川が。その川の流れは早く、普通の大人でも足を取られそうなほどの勢いがある。そんな大人であれば怖くて入らないものに、少年は大変満足したような顔でそれを見る。
そして、駆け出し飛び込んだ。
鼻に水が入らないように摘み、飛び込み瞬間には足を手で抱えて背中を丸めた。
飛沫を上げて水に入った少年の身体を勢いのある水流が押していく。その速度はかなり速く、少年が地面を駆けるよりも速い。その速さを全身で堪能しつつ、少年は眼を開ける。
遠くに見える光が徐々に近づき、水の中にある少年の瞳を綺麗に照らす。
その光が目の前に迫り、
「イヤッホーー!」
少年の身体が宙へと放り出された。黒髪は風に辺り、上へと登り、日の光が瞳の紺碧色を強調する。
飛沫が上がる。
高い飛沫を上げ、滝壺に波紋を広げた少年。その少年は背後を振り返ると満足気な顔になる。
背後には巨大な滝が白い霧のような細かい飛沫を上げていた。そして、少年はもう1つの目的の為に岸へと上がり、滝の傍に。そのまま崖を伝って滝の裏側を進んで行く。やがて、広がった空間に着いた。
そこには様々なものが置かれており、光を灯す燭台や、椅子、テーブルにちょっとしたオヤツの果物。そして、いくつかの箱があった。その光景に喜色満面で少年は駆け寄ると迷うことなく1つの箱のもとへと辿り着く。箱を開けば、そこには財宝が山となっていた。少年はそこから1つ1つ丁寧に掘り出していく。
「どれにしようかな〜。前はすっごいトゲトゲした石だったから、今度は…う〜ん。」
少年の目の前には形の変わった石が数個と花の種、そして何かの虫の抜け殻が散らばっている。
それらを順番に並べて真剣な面持ちで考え込む少年。だが、なんともピンとくる物が無かったのか、掘り出し物をまた箱に戻してしまった。
満足いくものが無かったのか少しテンションが低くなってしまう。近くのテーブルの上で大の字になり、岩の天井を見つめる。滝の音を聞きながら、湿気の多い岩肌を眺めて、
「ヘックしょん!!」
くしゃみが出てしまった。流石に水が冷たすぎたのだろう。洞窟から出て日の光が当たるところに、、そう考えて思いついた。
「あれにしよう!!」
思いついた瞬間に飛び起きて、洞窟も飛び出す。最早先程の寒気は何処かへと消えてしまった。
洞窟を出た少年は森に入る。様々な花を咲かせる木々達、その中には木の実をつけているものもあった。それを少年は軽い跳躍で毟り取る。そして、走りながらそれを頬張るがそじょ速度は落ちる様子がない。その見た目とは差がある身体能力は少年の種族によるものだ。
「あっ!あった!!!」
少年の目の前には大きな崖がある。その崖の中腹に白と赤のコントラストが美しい花が1輪咲いている。その花が日に当てられ、風にも揺られる様子に。少年は大変満足したように眼を輝かせる。そして、崖を勢いよく登り始めた。その速度は子供にしては速く、あっと言う間に花を手に入れることができた。ついでとばかりに少年は崖を登りきる。そして、手の中にある花を見つめる。
「喜んでくれるかな?」
少年がじっくりと花を見つめる。その時だ、
「うわ!」
少年のいた近くの茂みから猿が飛び出してきた。それを慌てて回避する。振り返るとそこには手の長い猿がいた。手の骨格が異常で関節が5つある猿で、今も目の前で変な風に曲がっている。
魔物の出現だ。普通の子供では太刀打ちすることなどできないだろう。
だが、突然のことで声を出してしまったが今の少年には焦りの色が少しもない。寧ろ、
「久しぶりの追いかけっこだ!こっちだよ〜!」
猿に対して挑発する素振り。ここら一帯は少年の遊び場で地形も気候の特徴もどんなモノが住み、どんなモノがあるのか、それらを把握している。それは少年にとって全てが遊びの玩具と言って良いほどに。よって、目の前の猿もその1つに過ぎない。
挑発を受けた猿はその異形の手を伸ばして少年を掴もうと迫る。少年はそれをバク宙で躱して猿とは逆方向に走り始めた。その後を猿が木から木へと飛びながら追いかけてくる。猿は追いかけながら口を開く。
その口はやけに赤く気味が悪い。だが、少年はその笑みを深めて走り続ける。その赤い口の中心に力が溜まる。その力は周囲の空気を吸い込み丸く固められる。それを少年に照準を合わせて、
「──!」
放った。その力は空気を圧縮したものであり、少年と猿との間にあった木にぶつかると風穴を開ける。それでも威力は衰えずに少年へと迫る。あと少しで衝突、そこまで迫る。
「ハズレ、こっちだよ〜。」
少年は急に方向を変えて、その圧縮された空気を避ける。
渾身の攻撃をいとも容易く避けられたことに腹を立てたのか、猿の追う速度が上がった。
「やばい!怒らせちゃった!」
調子に乗りすぎたのだ。猿が怒りにあまりに、先程の空気を乱発してくる。空気が地面にぶつかれば破裂音と粉塵を巻き上げる威力。少年がまともに当たれば、肉片へと成り果てるだろう。
少年は焦りが出てきたのを感じながらも、その胸に花を抱えて走る。少年の感が正しければ、、
「あった!」
森を抜けた辺りで視界が開く。目の前には巨大な渓谷があった。絶対絶命、そんな状況にも関わらずに少年は安心したかのように笑う。そして、
「また、今度あそぼうね!」
振り返り猿に手を振ると、その渓谷へと飛び降りた。少年の頬を風が伝い、髪は上へと捲り上げられる。それ程の速度で落ちている。少年の眼には渓谷を流れる川を捉えていた。だからといってこのままの速度で水に打ちつけられたら打撲では済まないだろう。だが、この渓谷も少年にとっては遊び場でしかない。落ちながら崖際に生えている木を掴み、速度を受け流しながら降りていく。少し降りて速度も落ちてきたのならば、直接、崖に足を置き踏ん張るように速度を落とす。その流れる動きは、褒める以外の言葉が見つからないほどだ。やがて、川が迫り、そして、飛び込む。軽く着水した少年は手だけを川の外へと出している。その手には花が握られていた。
「ぷは!」
川の外に顔を出して流れに身を任せる。上を向けば、小さく映る猿が悔しそうな顔で去っていく瞬間であった。脅威が去ったのを確認して、手の中のも物の無事を確認する。
その綺麗に咲いている花を見て、少年の顔にも笑顔が。その瞳の青に反射する光は、周囲の清涼で澄み切った川の煌めきのようであった。
少しずつ流された少年はやがて目的地に着く。岸に手をかけて上がる。そのまま目的地に行こうとしたが、自分の今の姿がずぶ濡れであることを思い出し、服を捻って水を切った。靴もひっくり返して水を切ったが、歩く度にキュッと音が鳴る。少年はこのまま行くべきか乾かすべきかを悩んだが、手の中にある花を見て直ぐに向かうことに決めた。
水を落としながら走っていく。やがて目的の場所が見えてくる。そこは少年にとっての大切な場所。森の中を駆け回って作った思い出を持ち帰って、より綺麗な思い出にする場所。
つまりは、
「ただいま!オルドさんとレイスさん!」
村の門を警備する2人の男に手を振りながら駆け抜けて行く。
「おう!お帰り!お前んとこの姉ちゃんが心配してたぞ!」
「分かった〜!」
2人に手を振られながら村を走って行く。
「おや?お帰り。今日は早かったね?」
「うん!良いのがあったから!」
「お!坊主いいもん持ってんな。」
「でしょ!見つけたの!」
「あ!セオくんおかえり〜。」
「ただいま!シャイルさん!」
自分の家へと向かう途中にも様々な人と挨拶をする。村という小さな世界では隣の人というのは想像より近い存在になる。そんな村で元気で明るい少年がいれば愛されるというものだ。もっとも、セオと呼ばれた少年にはその他に愛される理由があるのだが。
少年はそんな仲の良い人達の間を走り抜けて村から少しだけ外れた自分の家へと辿り着く。外には洗濯物を干している見知った顔があり、元気よく呼びかける。その時に花を背後へと隠した。
「お姉ちゃん!ただいま〜!」
呼ばれた姉はセオを視界に入れると駆け寄ってきて、
「おかえりセオ、今日も無事で良かった。でも、心配したんだよ?急に遊びに行っちゃうんだもの。遊びに行く時はちゃんと家族に言わなきゃダメって言ったでしょ?」
安堵しつつも注意するように膝を屈めてセオと目線を合わせている女性。見た目は18歳くらいで髪の色はプラチナブロンド。瞳はセオと似た青色をしている。優し気な雰囲気とその物腰、女性らしい身体つき、その特徴を持つ彼女は村1番の美女として有名で、セオにとって自慢の姉である。
「えへへ、遊びに行っちゃった。…えい!」
セオは目の前の姉に抱きつく。姉はそのいきなりの行動にビックリした様子だったが、直ぐにセオの後ろへと片手を回して、もう片方の手でセオの頭を撫でる。
「もう、甘えん坊なんだから。それに、また川に飛び込んだんでしょ、身体が冷たいよ?
ほら、早く家に入ろう。風邪を引いちゃうから。」
「甘えん坊でいいもん。まだ5歳だから良いんだもん。まだこうしてたい!」
「はいはい、それなら〜…ぎゅーとしちゃうぞ!」
「わっ!くるしいぃ〜」
「ふふふ、離れないのかな〜?もっと苦しくしちゃうぞ〜?」
「わっ、わかったから!はなれる!」
思いっきりハグされたことで息が乱れる。そのセオの目の前で姉が手を口に当てて笑っている。
そして、息を整えているセオの手に握られている花に気がついた。
「セオ?その花はどうしたの?」
聞かれたセオは待ってましたと言わんばかりに胸を張る。
「ふふん!僕が取ってきたんだよ。凄いでしょ!それでね、この花はね、お姉ちゃんにあげるの!」
花を姉の目の前に突き出す。驚いた姉はその美貌でセオを見つめると、
「良いの?頑張って取ってきたんじゃないの?」
そう確認をする。
「うん、がんばったけど、あげる!だって…
セオはそこで言葉を1度区切ると、少し言葉を考えて、言い直す。
「はい!お姉ちゃんお誕生日おめでとう!これあげる!」
そう言って再度花を出す。そのセオの言葉に姉は驚いた顔をしたが直ぐに笑顔になり、
「ありがとう、セオ!早速飾らないとね。」
大事そうに花を胸に抱えて立ち上がり、絵にしたくなるほどの笑顔を見せた。その笑顔にセオも満足気に頷く。
その姉弟は仲良く手を繋いで家の玄関へと向かった。
ーーーーーーー
「それでね、今日はセオが私にこの花をくれたの。」
嬉しそうに話す姉の目の前には両親が座っていた。今は姉の誕生日を祝うために母が腕を振るった豪勢な手料理が卓上に並べられている。その中心にはセオが取ってきた花が生けられていた。それを自分を含めた4人が囲んでいる。
「そうか、良かったなシオ!セオも良いことをしたな!偉いぞ、流石我が息子だ!」
大きな手で髪を乱されるセオは満足気に笑う。
「あなた、セオの口についているものを拭いてちょうだい。」
そう言って布を取り出したのは母だ。母も綺麗な顔立ちをしており、姉のシオはきっと母から似たのだろうと感じる。
「これ、美味しい!」
父に頬をぐりぐり拭かれていると姉が嬉しそうな声を出す。今、姉が食べているのは野菜が沢山入ったスープだ。
「良かったわ!それに使われている香辛料はねウォルナットさんが持って来てくれたやつなのよ。」
ウォルナットさん、その人物をセオは知っている。この辺鄙な村にやってくる変な行商人だ。大人達は大変感謝しているが、顔が怖いのでセオは苦手に感じている。
辺鄙な村にやってくると言えば、セオの中にはもう1人いる。
(ディルグレアさん、今はどこにいるのかな…?)
あの豪快な漢はセオにとっては良い思い出の1つだ。
(あの高い高い、もう1回やってほしいな〜。)
ディルグレアの高い高いはそれはもう高い高いであった。世界はきっと丸いのだろうと考えたのはあれが初めてだった。
その後も家族との団欒は静かに続いた。
そんなこんなで夜が更けていく。辺りは暗くなり、空には星が散らばっている。
「よく寝ているな。」
「そうね、寝床に連れていきましょう。」
そう、愛おし気に少年を見るのはセオの両親だ。
「分かった、私が連れて行くね。」
そう言ってシオが少年を抱き抱える。それは大事そうに壊さぬように。
2人が2回へと上がっていくのを見届けた夫婦。
「あの子達が無事に育ってくれて良かったわ。」
「そうだな。俺たち竜神の末裔は中々子供が授からないからな。あの子達は宝だよ。」
夫婦は寄り添って我が子を思う。
その平和な家は平和な村に。村は慣れ親しんだ森の中にある渓谷に。その平凡で平和な生活を彼等は望む。
渓谷の名前を知るものは数少ない。いつも呼ばれる言い方は、
─人族が住む3国に囲まれた渓谷。
そう、呼ばれていた。




