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最後の1つ

場違い、その3文字が頭に重くのし掛かってくる。


ルディアは目の前の光景に震えるしかなかった。ルディアの左側に立っているのはイリミナだ。

そのイリミナに両脇には、やけに棘棘しいシャンデリアのような白と琥珀色の巨大な鉱石が、周りの空気を結晶化させながら今もなお成長している。

そのイリミナの瞳を見てルディアは背筋が凍るような気配がした。

ルディアに中にある、イリミナの顔はその美貌を幼なげに覇気がないような柔和な印象であった。

だが、今はどうだろう。その面影は何処にも見当たらない。その瞳には目の前の脅威に対する警戒の火が灯っている。そのイリミナの周囲の空気、恐らくは魔力であろうものが空間を軋ませている。その力強い姿は味方であったのが幸いであると思わせるほどのものであった。

誰もが今のイリミナと相対したのならば息を吸うことさえできぬ程の恐怖をその身に刻まれたであろう。味方である筈のルディアでさえ、それに近いものを感じているからだ。

だが、どうだろう。


目の前のローブの男は一歩たりとも微動だにしない。

だが、その浅緑色の瞳は、その奥にある光は強く揺れていた。

男は周囲を目だけで確認をすると、息を吐く様な落ち着きで話し始める。


「私は、ウォルナット・コメリア。この名くらいは聞いたことがある筈だ。」


そこで男は一度言葉を区切り、イリミナの様子を見る。その目はどこか願うようなそんな目であった。その目を向けられたイリミナは、


ルディアは後ろに少し下がってしまう。男の名を聞き、その目を向けられたイリミナがより一層に周囲の魔力を結晶化させたからだ。その勢いは凄まじく、最早それが美しいと感じるほどの諦観を与える。そんな様子のイリミナを前に男はやはり動じない。それどころかイリミナに対して慈愛を含んだ目をしている。そんな気がしたのはルディアだけなのかもしれない。そう考えたルディアでさえ次の瞬間には、そんな印象を男に対して抱けなかった。


2人の目の前で男が初めて動き出す。一歩右足を前に出しただけで、この場を支配する圧迫感。片方の足を出せば、


「改めて名乗ろう。─私は【ガイラルの焔環】ウォルナット・コメリアだ。」


その男の周囲に魔法陣と呼ぶに相応しい、その美しい図形が縦横無尽に。

そして、向きにも囚われないその配置をする魔法陣は全ての矛先を3人へと向けている。

その絶望と恐怖にルディアは声も出せない。その様子を知ってか知らずか男は降参を促す。


「できれば事は起こしたくない。同情はする。私の力が及ばなかったことも詫びよう。

だが、その後ろの青年を見逃すわけにはいかない。恐らくは無理だとは思うが…引いてもらいたい。」



男は願うように歩を進めてくる。

その様子にイリミナは歯の奥を強く噛む。その後にイリミナの顔が一瞬緩んだ様に見えて。

そして、その顔が泣きそうな顔であったのをルディアは見逃さなかった。だが、イリミナはその顔をすぐに剥ぎ取り、拳を強く握る。

拳に入れた力に呼応するかの様にイリミナの左右にあった巨大な鉱石が淡い光を放ち始める。

その光は穏やかな温かみのある光、もう片方は冷酷に突き放す様に冷たい光。

温かい琥珀色の鉱石からは湯気の様に揺らめく光が太陽の様に熱を発し、白い鉱石の直ぐ下にある地面は命が吸われた生き物の様に白く凍り始める。


その様子に、男は何も言わない。最早、イリミナが止まらないであろうことが分かっているからだ。


一触即発。この言葉が似合う状況はこれ以上にないのかもしれない。


お互いに睨み合う。周りには目もくれずに相手にのみ意識を向ける。空気の温度は徐々に高まっていく。戦いの経験が浅いルディアを持ってしても目の前の2人が異常な力を持っていることが分かる。

その両者の間に割って入ろうとする者が居たのならば、それは余程の阿呆か命知らずだ。

その両者は一歩も引かず、相手1人を御することのみを考えている。

だからだろうか、2人は気がつくことができなかった。その2人に静かに近づいてくるものを。


─そこには白い何かがあった。


その白い何かは人の形になった。白い光を放つそれは小人の様な大きさになり、鼻歌を歌っていそうな程、暢気にスキップをしながら2人の間を歩いていく。

その気の抜ける光景に、その場の者は皆釘付けとなる。

その光は真っ直ぐにレイの方へと歩んでいく。その姿は徐々に大きくなり、そして普通の人間と同じ大きさに。その光が一歩踏み出す度にその姿を変える。人族、獣人、エルフに魔族、その姿の変化に法則性はなく変わる性別も様々。その中にはルディアの知識にもない種族の姿も。

その神秘的な動きにルディアは目を奪われた。その姿を変えるものは楽しげに、踊る様に、遊ぶ様に、まるで何かを祝福するかのような振る舞いをする。

その様子にイリミナでさえ驚いた顔で固まってしまっている。この場にいる者は意識をそれに奪われた。


ただ1人を除いて。


ウォルナットはその姿を変える者が何なのかを漸く理解したのだ。情報を集めて整理して、問題を事前に把握して対処する。それはウォルナットにとって最も重要な考えであり、今までその考えを元に様々なことを実行してきた。

だからこそ目の前のそれが恐ろしくて堪らない。本能的に感じるアレの異質さ、異常さ、不可解さ。理解ができないということは情報が整理しきれないということだ。

ウォルナットは即座に決断をする。

その浅緑色の瞳の光が揺らめく。その揺らめきに共鳴する様に周囲に張り巡らせていた魔法陣が緑の炎を纏い光り輝き始める。その魔法陣からは円環の形をした緑色の炎が揺らめき、そして放たれる。その勢いは凄まじく、周囲を熱で焼きながら突き進む。

その様子にイリミナは白い何かから意識を即座に戻して周囲の鉱石に意思を伝える。鉱石は周囲を凍らせ燃やしながらレイ達を守る様に周囲に力を振りまく。そして、イリミナの手には白い剣が握られ円環を切ろうと振り切る。

だが、その円環に剣を交わらせることもなく、その剣は熱によって形を歪められ、呆気なく消え去った。その光景にイリミナは絶句する。イリミナが周囲に展開した炎も凍りもその緑炎に太刀打ちすることもできずに砕かれる。その緑炎は着実にレイへと迫る。

そうはさせまいとイリミナが一歩踏み出した瞬間。


「いっ…ぅっ!あぁ!」


静かな苦鳴を上げながらその場に倒れ込んでしまう。痛みのする方、踏み出した足を見る。

左足の太腿と足の甲に穴が空きそこから赤色の血が止めどなく流れている。その傷口には緑の焔が揺らめいている。理屈は分からないが燃える痛みはなく、燃え広がっている様子もない。

それを確認してイリミナは痛みに思考を鈍らされながらも無理に立ちあがろうとする。だが、左足には力が入らない。その目の前で1つの炎がレイへと迫っていた。イリミナは必死に左手を伸ばしてレイを守るために鉱石を生成するが間に合わない。

その炎がレイの頭部を穿つ、その瞬間。


「『守って!!』」


叫びと共に白い壁が出現し、レイを守ろうとする。その壁の出現にウォルナットは驚きの表情を見せたが、直ぐに表情を戻す。

炎と白い壁がぶつかり、壁に亀裂が入る。そして、ルディアの魔法も容易に砕かれた。

その炎とその他の炎が障害を蹴散らしてレイへと迫る。


だが、その炎はウォルナット自身の意思によってその軌道をズラされた。

レイを覆う様にイリミナが飛び出したからだ。イリミナはその足に負った傷を忘れたかのように飛び出してレイと炎の間に割り込んだのだ。

ウォルナットは焦りを隠しながら、その2人を純粋な魔力の質量にて横凪に飛ばす。

その魔力を起こした手に嫌な熱を感じる。2人が青年を覆う様に重なっている光景が目の奥に焼き付いてしまったからだろうか。

その魔力の塊を直に受けたイリミナは横に吹き飛ばされて壁にぶつかり、傷口と口から血を吹き出す。ルディアもその余波によって何処かへと転がされてしまった。

最早レイを守るものはいない。その筈だ。それにも関わらずウォルナットの脈が早く波打っている。ウォルナットは炎にレイは貫かせようと構えて、その光景を見た。


白い光がレイの側に立っていた。その姿は無邪気な少女の姿をしていて後ろに手を組んで不思議そうに小首を傾げながらレイを眺めている。そして、瞬きよりも早くにその光は球体へと姿を変えた。その球体の下には血の様に口から泥を吐き、身体の半分が泥と一体化している青年。

もう助かることはないだろうとウォルナットは苦渋を舐める。ウォルナットは即座に炎に命令を下した。

だが、その迫る緑の炎よりも白い光は早く動く。その球体はその姿を霧の様に霧散させたかと思えば、


─その一粒一粒が砂時計のようにレイの身体へと入っていった。


炎が迫る。その美しい緑の炎が揺らめき、その統率された動きは幻想的。その業火がレイに迫る。






─。


────。


────────。



視界が霞む。目は開けている筈なのに焦点が合わない。他の感覚を使おうとするが上手く機能してくれない。耳にはボヤけた音しか伝わってこず、空気を吸おうとしても上手くできない。遠ざかる意思は止めようもなく、まるで深い水の底へと沈んでいく様な感覚。


それでも、先程から聞こえない筈の音が聞こえる。いや、聞こえているのではない感じているのだ。その声は耳を通らずに伝わってくる。身体の中から吹き出す様にそれは紡がれる。


その声は泣いていて、怒っていて、人を恨んでいて。

そんな感情を込めた罵詈雑言がレイの中で暴れ狂っている。それと同時に、それに引き込まれるような感覚もある。甘い誘惑の言葉が優しく問いかける。

それはきっと、この力を持っている者がこの世界に対して抱く感情で。

これからも無くならない想いで。その罵詈雑言には世界に対して、誰か個人に対しての恨み辛み妬み嫉み僻みが大粒の雨のように激しい想いが込められている。

その言葉達を優しく肯定する1つの言葉が文字としてレイの頭の中に浮かぶ。

その言葉はただの文字なのに、どこか親しげで、綺麗な声がしたと錯覚する程だった。

そして、その言葉で語られる問いはこれからも同じ仲間を増やすであろう囁きであった。


“後はボクに任せて?”



その文字を感じた瞬間に、首の皮一枚で繋がっていた外界との感覚が完全に消えた。

先程までは息苦しさを感じていたのに今は何も感じない。それは意識が消えたかのような錯覚をも得た。


恐る恐る目を開ける。


そこは暗い闇が塗られた世界だった。闇の世界なのに自分の身体を見ることができる、自分の手の平を見ながら不思議に思っていると、気がついた。

レイの周囲には闇こそ広がっているが、一筋の光が無いわけでは無いことに。


闇の世界に、無数の光が浮かんでいる。

その色とりどりの光達が闇に浮かんでいるのを見て星の様だと感じた。

そこでレイは目を細める。遠くの光を見ようとしたからではない。横から強い光量が当てられたからだ。その方向をみると、そこには海のように綺麗な青色の水晶玉が浮かんでいる。

その美しさに惹かれて思わず手を伸ばす。

レイはその伸ばした手が泥塗れになっていることに気づかない。その手が水晶に触れる瞬間に、


また、意識が暗転した。


次に目を開けると、



「おい、どうした?No.00、頼んだ物は持ってきたのか?」


目の前には懐かしい顔があった。顔の半分は人間でもう半分は機械の老人の姿。

ふと自分が何かを手に持っていることに気がつく。それを見れば、何やらよく分からない薬品が詰まった瓶が数本入っている。頼まれた物、それが今自分が持っていることだと気がつき急いで渡す。科学者は何も言わずにそれを受け取ると、試験管が沢山詰められたケースを引っ張り出して、そこにレイから受け取った薬品を全種類それぞれの試験管へと流し込んだ。そこに博士は何やら小さい粒のような物体を1個ずつ丁寧に入れていった。


「それは何ですか?」


昔、同じ様な光景を見た気がするが鮮明には思い出せない。

レイの素朴な疑問に博士は数秒の沈黙を置き、話し始めた。


「ただの兵器だ。新しい兵器を作っている。これを使えば、その使った大地に自動で根を張り、永遠にエネルギーを吸い続けるだろう。これが完成し、その姿を見れば人々が目を奪われる程の衝撃を与えることができる、そんな兵器を作っている。」


その説明を受けて、再度試験管に目を向けるがそんな脅威を感じる見た目ではなかった。


「博士は何故、兵器を作るんですか?」


「…今の世界が嫌いだからだ。」


「何故ですか?」


「……心が休まる場所がもう無いからだ。」


「…?」


「…私はこの世界が嫌いだ。元々、戦いなんぞは嫌で仕方がなかった。」


「では、なおさら何で武器を作っているんですか?」


「自分を守るためだな。私はこの見た目でも平穏を望んでいる。この兵器で私は自分の身を守ろうと考えている。」


「平穏が好きなのに武器を作るんですか?」


何気ない会話。ここで漸くレイは自分は話しているのではなく、視ているのだと気がつく。

今話しているのは紛れもなくレイであるが、それは過去のレイだ。今の自分は見ているだけに過ぎない。同じ視点にも関わらず、自分は話していない。そのことに違和感を感じる不思議な感覚だ。

幼き頃のレイの質問に博士は淡々と答えていく。


「あぁ、作るさ。私はこの武器にそれが出来るほどの力があると信じているからな。それにだ、兵器と言えども使い方次第で結果は変わる。誰かを殺すか生かすか何を成せるかは純粋な力でのみ決められる。私にとっての力は兵器を作ることだ。それを使い、私は平穏に暮らしたい。」


試験管を回して薬品を混ぜる数秒、沈黙が入るが直ぐに博士は話を続ける。


「お前には力がある。兵器としてもその他にもだ。だからこそ使い方は間違えるなよ?

力は制御するものだ。自分の意思で扱うものだ。決して人に流されて振るうものではない。

人に与えられた力も同様だ。ただし、人を使って行う力は気をつけた方が良い。それは誰かとの協力であったり、頼み事であったり、そういった類の力だ。そこに一定の信頼関係が結べないのならば、その力が跳ね返って自分の身を滅ぼしかねん。

結局は信頼だ。それを作ることがもっとも大切なのだ。お前はまず自分を信じて力を学べ。その次はその力を使うに値する信頼できる者を作りなさい。」


その話を聞いたレイは頭に疑問符を浮かべている。見ているレイも同様だ。その目の前で博士はレイから視線を外して静かに話始める。


「長々と話したが上手く纏められなかったな…。それに、この世界は信頼関係が築けなかったからこそ滅びに向かう一方だ。先の話はただの私の理想論なのかもしれん。

そうだな…どう締め括ろうか…。」


そこで博士は1度手を止めて考える込む様子。だが、それ程時間を使わずとも答えは出たらしい。


「まぁ、簡単な話。自分のことでも信頼していいのか分からなくなることがあるのだ、人を簡単に信用するのは難しいだろう。だから、結局はお前の心次第ということだ。

何を使って何を信頼するのか、根拠がないものでも信頼するのか、信頼できるもので何を成せるのかを判断するのはお前の意思1つで決まる。お前はその判断ができる筈だ。私はそう考えている。」


そう博士が話終えた時に、また視界が霞み始める。


意識が幼きレイから離れ始めている。少し手を伸ばせば2人に手が届きそうな距離。だが、段々と2人のその背中は遠ざかっていく。


また、視界が暗転した。


次に目を開けると、そこには依然として青い水晶がある。その水晶に手を伸ばしている体制のレイ。その手が泥に塗れていることに初めて気がついた。その手を顔の目の前に持ってきて開閉をする。不思議なことに見た目に反して違和感はない。

そして、もう1つ気がついた。


レイは後ろを振り返る。


そこには白い光で縁取られた無邪気な雰囲気を纏った少女が黙ってレイを見つめていた。


“力を貸して?”


レイのすぐ側から文字が流れ込んでくる。レイの目の前には手を伸ばせばすぐに届く青い水晶、振り返れば少し先に少女が。レイは立ち上がると2つの光を見比べる。

どちらも綺麗だと感じた。


だが、何故だろうか。どちらも綺麗だと感じるのに、青の光にだけ別の何かを感じる。


(自分の意思で判断できる…)


先程の博士の言葉。


(そんなの難しすぎる…と思う。)


自分の意思というのは簡単に分かるようで意外と難しい。そう考えてしまうのは自分が人と会話した経験が少ないから、人と自分を比較する機会が少なかったからか?と考えてしまう。


また、レイは直感的に理解していた。この宇宙のような世界から出るには、白と青のどちらかを選ばねばならないのだと。


レイは交互に横を見る。片方は囁くように脳内へと文字を送ってくる。その言葉は柔らかで、きっと受け入れてしまえば楽なんだろうと思う。

もう片方はただ黙ってレイを見つめているのみ。


“ボクなら君の力を上手く使えるよ?”


そのレイの頭にまた言葉が浮かぶ。

その言葉を読んで、レイは懐かしむように笑う。

レイは黙って歩き出した。満点の星の下を歩いていく。足下には薄い水膜が張っているのか一歩踏み出す度にそれが波打つ。

その水膜の下にも星が広がっていた。


レイは青に背を向けて歩いた。そして白の元へとたどり着く。


不思議なことに、青は明らかにレイが向こうに行くというのに止める言葉を何も使わなかった。


レイは目の前の少女を見る。光で顔の部位がハッキリとはしないが、少女であると感じた。

理由はこれといってないが、強いて言うのであれば頭の大きな花の髪飾りがそうであろう。

レイが目の前に来たが少女は何も言わない。その代わりに、


“なんで?”


青が文字を漸く送ってきた。その問いにレイは軽い調子で答える。


「自分は博士のことを信頼しているからね。それに自分を作った人が自分の力を信頼してくれている。だから、そう簡単に人に任せるのは勿体ないと思ったんだよね。期待に応えたいと思った。ただ、それだけだよ。」


その答えに青は何も言わなかった。


レイはまた、白い少女を見る。もう一度見た少女は笑っていた。ボヤけた輪郭でもそうと分かる優しげな子供のような笑顔をしている、そう感じた。

そして、ふと頭に過ったものを質問する。


「さっきの、博士との思い出は君が見せたの?もしそうなら、君の方に自分が行くような何かを見せれたんじゃない?」


先程の追憶、それが少女によるものだと、そう思う理由がきちんとあるわけではない。何とは無しにした質問。その問いに少女は初めて動く。両手を持ち上げて指を開くとそこに金色の光が集まり文字となった。


“私はアナタの気持ちを尊重します”


その言葉は何故だか綺麗だと感じた。


そう思うレイに、少女はその手を伸ばす。それにレイが触れると光に包まれる。その緩やかな粒子は昇るように上へと上がる。その流れは砂時計の砂が落ちるように静かなものだった。

レイが消える寸前に、声が聞こえた。その声は優しく緩やかで、それなのに何処か落ち着くことのできない寂しい音だった。


「“…ボクは君がうらやましい”」


闇から光の粒子が消える。


その粒子は闇を抜けると白い世界で3つの塊となる。1つは上へと登り、もう1つは液体の様に波打ち白い世界に霧散する。最後の1つは何かを求めて揺られるようにフワフワと飛んでいった。


白い玉が上へと迫る。それが登れば登る程に、橙色が広がってくる。


そして、、、、




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



意識が登ってくる。この何とも言えない不思議な感覚は何なのだろうか。

目を開けると世界は橙色に染められていた。横を見ると綺麗な太陽が2つ輝いている。皮肉にも首都の家屋が薙ぎ倒されているからか太陽の光がより真っ直ぐに伸びていて幻想的な風景であった。身体を起こして周りを見る。


そこには無数の緑色の炎が時間が止まったように固定されている。もし、この停止が解かれれば自分は助からないだろう。

そう思うのに焦りは不思議と無かった。

そして思考をレイは切り替える。レイは身体の中から熱を感じていた。その熱は左目の方へと迫る。その異常な熱に対しても不思議と焦りはなかった。

その光が左目へと到達する。燻んでいた左目、その瞳の中に燻んだ色とはまた違った白色が霧の様に広がっていく。その広がりが終わった瞬間に今まで以上の熱を左目が発する。不思議と痛くはない。そして、その熱が始まったのと同時に、その緑の炎も揺れ出した。その炎の光は凄まじく、寸分違わずレイを射抜かんと迫る。その光を前にしてレイの左目の霧が揺らいだ。その瞬間、


─炎は描き消え、レイに向かって豪風が吹き荒ぶ。


それはまるでレイの周囲の空間そのものが抉られたかのようであった。


炎を掻き消したレイ。その背中から黒い玉が弾き出される。その黒い玉は弾き出されて地面を転がり、止まる。

すると、人の姿になり損ねた、そんな印象を与える残念な生き物の姿になり何かを求めるようにその泥塗れの手をレイへと向ける。

その手を向けられたレイは立ち上がると、横にあった黒刃を拾い上げる。

レイがその黒刃を手にすると、レイの手の平から伝わる様に白い線が黒刃へと描かれる。レイはその剣を握ると黒い玉の元へと行き、優しく突き立てる。

その動作の緩やかさとは裏腹に、その泥は一片も残さずに、その剣へと激しく吸い込まれた。

それを見届けた瞬間に、レイは激痛に襲われる。痛みが全身を駆け回っている。特に酷いのは左目だ。思わず座りこんで目を両手で覆う。

それでも痛みは治らず、レイは頭に刃物で突き刺されて掻き回されるような痛みに、


今日、何度目か分からない、意識の暗転を感じた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ふぅ…どうしたものかな…。」


ウォルナットは深い溜息をついた。それは目の前の青年を殺しそびれたからではない。

今後についての面倒ごとに対しての溜息だ。

ウォルナットの目の前で倒れている青年。その青年からは最早、先程の化け物の気配は感じない。理解し難いが、青年の命は助かったと見ていいだろうと判断する。


「だからといって、そう安易に見逃すわけにもいかんな…」


泥の脅威は去ったとはいえ、この青年の先程の力は未知数だ。ほっとくわけにはいかない。

ウォルナットの脳裏に先程の光景が思い起こされる。

レイが炎を掻き消した瞬間、ウォルナットは驚愕した。何故ならば、レイの周囲の炎が消えたのは、レイの周囲の魔力が全て消失したからなのだ。その消失の力は範囲が広かった。大気の魔力が消失し、その穴を埋めようと周囲の魔力が大気の魔力量を平均に戻そうとする影響で風が起きた。

そして、その消失の力は今も続いている。この魔力に満ちた世界で、魔力がなくなるというのは魚を陸に上げたのと同じ意味を持つ。ウォルナットはチラと横を見ると、そこには今も血を流すイリミナがいる。


「はぁ…後でどう話そうか。私の話を聞いてくれれば良いのだが…はぁ、先が思いやられる。」


溜息を吐きつつ眉間を指で挟む。そして、その指を離せば、


「“整えろ”」


その言葉と共にウォルナットから膨大な魔力が放出される。そして、唱えた言葉通りにその場の魔力は均一化した。


「思ったよりもキツイな…」


男は鋭い目つきをより険しくさせる。そして、次に行うことは何かを考え、


「あの少女の治療をすべきだな。」


イリミナの方へと足を進める。


その足取りに微塵の敵意も感じることはなかった。




こうして首都カルミルの攻防は幕を閉じたのだった。





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