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「戦いが始まって」

戦闘は激しさを極める。

レイの前には明らかに変貌を遂げたボロ切れの泥男が居る。その男は泥水を鞭のように操り、的確にレイの行動を先読みしてくる。

こうして吹き飛ばされるのは何度目だろうか。壁にぶつけられては立ち上がり、敵へと接近を試みる。この繰り返しだ。イリミナの相手が扱う泥はまだ固形に近かったからか銃も刃物でも対応することができた。だが、今の相手はどうだろうか。敵が操るのは流体。それではレイの持つ攻撃手段ではどうにもできない。そして、1番厄介なのが、


(っ!またか!)


レイが立ち上がり、敵の攻撃を掻い潜り接近しようと近づくと、足が何かに捕らわれる。それは泥による沼の様なもの。それがレイの足を取り、今もレイが苦戦している原因だ。泥男は足を取られたレイを見逃さない。泥男は両手の上に人の高さ程の泥水の球体を作り出す。それを乱暴にレイへと投げつける。レイはその質量に押されて、また吹き飛ばされる。頭から泥を被り、咽せながら立ち上がる。身体のあちこちからは血が滲み、視界が霞んだ。その目の前で泥男は何かを確かめるように手を開閉させている。その動きがどうにも人間臭く、その男の不気味さをより際立たせる。そして、その男は何度か開閉をするとしっくりいったのか数秒の間手の平を握りしめた。

その次に手を開けば、そこには薄い円盤の形をした泥水が甲高い音を立てて回っている。

明らかに先程までのものとは違うその音はレイの肌をひりつかせる。レイは本能的に、その脅威に身を屈める。一度でもあれをまともに喰らえばレイの身体では一溜まりもない。そう分析をするレイの目の前で泥男は大きく腕を振りかぶり、その風切音を出す泥の塊を放つ。その円盤は空気を切り、高い音を立てながらレイへと迫った。それを銃弾で撃ち落とそうするが逆に銃の弾が切り刻まれて地面に落ちてしまう。円盤の勢いが衰えた様子はない。銃弾の結果を見て回避をしようと右半身を後ろに捻る。だが、結果を目で見てからの判断は戦闘においては遅いとしか言えない。円盤がレイの横を通り抜けて背後にあった複数に家屋を貫いた。

地面に赤い斑点が一定間隔に落ちていく。

その元を辿ればそれはレイの右手だった。右手の肘の少し上辺りを強く握りしめている。その左手の指の間から血が滲みでて地面へと落ちているのだ。レイは背後をチラと見る。

その破壊の威力に、もし自分がまともに喰らっていたらと想像をして背中を嫌な汗が流れる。

利き手である右手からは血を流し、此方の攻撃は敵に通用する気配がない。そんな絶望的な状況下で唯一の救いがあるとするのならば、、

レイは左手を外す。押さえていた右手の患部からの血は止まっていた。その様子に、以前ルディアからビックリ人間と称されたことを思い出して苦笑いをする。

血が止まっただけでなく、傷も塞がっているのだ。この世界に来てから傷の治りが早くなった気はしていたが、今回のことでそれが確定したとレイは感じている。そして、他にも考えてしまうことは、


(これじゃ、やっぱり…)


自分が普通の生き物とは違うとは分かっていた。形も中身も機能も人間に酷似しているが全く同じだとは贔屓目に見ても言えない。それに加えて傷の治りが異常だとなれば、それは最早、化け物と言われる存在なのかもしれない。だからといってレイは悲観的にはならない。寧ろ、今の状況においては好都合だ。相手も化け物であれば此方も化け物である方が都合が良いだろうと。

レイは目の前で先程の円盤を両手の指の数だけ拵えた泥男を見る。その様子にレイも構えを取る。黒刃を逆手に持ち、銃を左手に。その様子に泥男は歯を出しながら笑うと渦を巻く泥の円盤を一斉に射出をする。その動作を見るよりも早く、レイは地を蹴り横に走り出す。その後ろを追尾するかのように円盤が迫る。それを急に進路を変えて転回することで躱す。的を追尾しきれなかった円盤は粉塵による柱を何本も出現させた。その威力の余波を肌に感じながらレイは泥男へと肉薄する。泥男は先程の円盤で仕留められると考えていたのか、接近をしたレイに驚いた様子。それを少し小気味良く思うが、直ぐに戦闘に意識を集中させる。先ずは右手の獲物で敵を裂こうとするが、それは泥男が躱したことで失敗。次に躱されて前に重心が動いた身体を上手いこと動かして、回し蹴りを男の横顔へと叩きつけた。だが、当たる直前に男が自身の泥だらけの右手を間に挟む、それでもレイの蹴りの威力を捌けきれずに吹き飛ばされて地面を転がった。そこをレイは見逃さない。どちらかと言うと見逃すことができないのだ。相手が使う泥は恐らくは魔法だろう。その言葉の響きには心が躍るが、残念ながらレイは使えない。そして、男が使う魔法は遠距離のものばかり。その為、遠距離戦では男の泥とレイの銃では負けることが目に見えている。リソースも威力も足りないのだからそれは必然である。だからこそ、レイは肉弾戦へと持ち込む必要がある。刃物でも死ななそうな奴が拳で倒せるのかと聞かれれば不安しか口にすることができないが。だが、今はそれで良い。レイの今の役割は時間稼ぎだ、死なない限りはヨシとする。そして距離を置かれてしまうと、それは自分の命が危ないことを意味する。

だからレイは目の前で地面にぶつかりながら転がる男の後を追い、踵を落とす。距離を取られる隙を与えない為に。男はそれを両手の交差にて防ぐ。だが、レイの蹴りを防ぎきることはできなかった。

骨が折れたのだろう。生々しい音を立てながら男が寄生を上げた。


「x%@¥*#%!!、%y/;ん;;%!?─死ネ!」


その様子に肌を死の気配が迫っているように感じて、その眉間に銃を突きつけて放つ。銃声が2回響き渡った。泥に塗れた血飛沫が出るが、それでもその死の気配が止まる気配がない。


その瞬間、衝撃が前進を貫き脳が揺られる。レイは泥の鞭にくの字に曲げられながら飛ばされたのだ。その鞭の速度は今までのものとは比較にならなかった。レイは意識を何とか持ち直して立ち上がる。そして、ボロ切れの泥男の猛攻が始まった。

その速度の鞭が絶え間なくレイを追尾し、それをレイが全身の五感を使ってギリギリのところで避ける。それに加えて先程までの円盤よりも大きい泥の渦が、数こそ少ないが確実にレイを狙い飛んでくる。その猛攻にレイは泥男に近づけない。レイの集中力は極限まで高まり、頬からを汗が伝う。レイの意識は四方八方から迫る脅威、そして、足下を特に注意していた。あの泥沼に足を取られれば一溜りもない。先程からも絶妙な位置に泥沼が置かれている。今ではこの戦場には人の足を取る大きさの泥溜まりがあちこちにある。それら全ての場所に気をつけなければならない。その窮地の状況を何とか打破できないかと銃弾を放つが、それが男に届く前に泥水の壁で防がれてしまう。


(…あと4発。)


残りの弾数は余りにも心もとないが、今嘆いても仕方がない。そう判断しようと今の状況ではジリ貧で此方がやられてしまう。そう考えて、もう1つの策を出す。策と言えるほど立派なものではなく、苦し紛れの地団駄の様なものだ。

レイは懐から何かを取り出して敵へと投げつける。それは長い形をしており、レイが投げたことによる遠心力によって回転をしながら敵へと迫る。

泥の男はそれを取るに足らない攻撃だとでも判断したのか泥水で防ごうともせずに左手で跳ね避けようと手を持ち上げた。そして、それを手で弾く瞬間に、レイの銃弾がそれを撃ち抜いた。

撃ち抜かれたそれは一気燃え上がり、その大きさからは想像のできない火を起こす。

その火を起こした物、それはとても綺麗な一本の木の枝であった。この世界に来たばかりにルディアと遊びに使っていたものでもある。記念に残しておいた最後の一本である。

泥男は目の前の炎に、有るのか無いのかは分からないが、恐らくは目を閉じて一歩よろめいた。そこをレイは狙う。泥男の付近には泥沼がないことも把握済み。このまま先程の様に肉弾戦に持ち込んで時間を稼ぐ。そう思い、その男の横っ面を殴り飛ばそうと足に力を入れ、


「…へ?」


気の抜けた様な声を思わず出してしまう。


何故ならば、踏み込んだ先にある筈の、硬い地盤が無かったからだ。


レイの身体は傾き、よろめいた。目の前の男は後ろに飛び去る。

そして、その顔には今までで1番と言える人間らしい微笑みで、陰険に笑っていた。


身体が動かない。周りを見渡して気がついた。先程まで何も無かった泥男付近の地面、そこ一帯が全て泥沼になっていることを。


レイの目の前で男は両手のそれぞれの上に巨大な泥の渦を作り出す。それを、身動きのできないレイへと投げつけた。


遠くでは轟音が常に鳴り響いている。


世界の時間が遅くなり、レイの思考が白熱する。レイの今までの経験や知識からこの現状を打破する案を絞り出そうと。それは、回転をし、回る。出た結論は。



─不可能


その3文字の重みがレイにのし掛かる。それと同時に、今までの頭の中に蓄積された記憶が流れ始めた。

顔が半分機会でできた博士との2人暮らしから始まり、ルディアが生まれて、3人で暮らして、博士が死んで、ルディアと2人で旧世界を旅したことなど、それらの記憶は滂沱と溢れる。

これが走馬灯かと、意外と冷静な判断をしている自分がいることにレイは気づかない。

そして目の前に泥の渦が2つ、レイの首と胴体を狙って迫り来て、その脅威に今になって身体が反応をする。心を抉る様な喪失感が、未だに当たっていないにも関わらず全身を駆け巡った。それが段々と渦が近づくにつれて比例する。

最早、打つ手無しの万事休す。


だが、その脅威はその叫びによって掻き消される。


「『兄さんを、守って!』」


親しくて高い声がそう叫ぶ。その叫びに呼応する様に分厚いガラスの様な白い壁がレイと泥の間に出現する。その壁と泥がぶつかり、泥が当たったかとは思えない程の硬く高い音が周辺に響き渡った。その音は砂を撒き散らせて周囲に砂塵が舞う。

その衝撃に軽く飛ばされたレイは、咳をしながら立ち上がると声のした方へと意識を向ける。


砂塵が落ち着きを見せ始め、ゆっくりと垂れ幕の降りる逆再生を見ているかのように砂はまた地面へと戻る。その幕の中には小さな影が。その身体は丸く、小さい。身体は暗めの紫色を基調にし一部に黒が見えている。その身体の持ち主が佇んでいた。


「ルディア!」


その存在を確認した瞬間にレイはその者へと駆け寄る。そしていつものように持ち上げた。

すると、ルディアはどこか落ち着きのない、


「…危なかった〜、ぶっつけ本番でなんとかなるものですね…」


どこかフワフワした様子であった。その無事な様子に安堵の吐息を漏らす。そして、レイは口角を上げてルディアを見る。


「ディアがきたってことは、何か良い策が出てきたってこと?」


ルディアの頭の良さをレイは知っている。旧世界でもこの世界でもいつも世話になっているからだ。そんなルディアが危険な道のりを転がってきたのだ、策がないにしても何かは持ってきた筈だ。そして、それの一つはレイの目にも見えていた。先程の白い壁が恐らくはそうだろう。

レイのその問いにルディアは未だにフワフワした様子で、


「へ…?あ!そうだ、そうです!策というものではないんですけど、色々とできることはやってきました!もう少し時間があればもうちょっと準備できて良かったんですけど…。」


どこか口惜しいものでもあるのか、そんな雰囲気を纏った口調であった。だが、レイはその返答に、胸が躍る様な感覚を覚えた。


「それなら良かった。流石にさっきは死んだと思った。頭とお腹から切り裂かれて臓物が全部出たかと思ったよ。」


「なんで、そんな具体的に言うんですか!想像しちゃったじゃないですか!もう!」


レイの嫌に具体的な内容にルディアは顔を顰め(表情筋はないが)アームでレイの首を抓る。その痛みに自分が生きているという感触を感じ、ホッとする。

そして、そのホッとした表情でそれを見る。

そいつは何が起きたのか分からないといった様子で、泥の量が最初よりも増したように見える手を開閉させている。そこにレイに喰らわせた筈の泥の渦を当てた感触が感じられなかったのだろう。レイとルディアが会話をしている間に追撃を加えなかった所を見ると、それなりに動揺があるのかもしれない。そのことに内心で小気味よく笑っていると、目が合った。

ボロ切れの男が最初に泥に塗れた当初はまだ人の目に近かった。だが、今はどうだろう。

その目は完全に白くなり、最早それが眼球なのかも怪しい光を放っているように感じる。

その様子はまさに異形の一言である。

そして、その泥男の様子は明らかに何かに侵食されている様な、そんな感じがした。

そう、考えているといつもの定位置の収まったルディアが話始める。


「あれの名前は沢山つけられている様です。人族では侵害者、侵食者、泥の魔物なんて書かれてたりするみたいですね。後は終焉を助ける者、とかもあるみたいです。特徴としては周囲に汚れた魔力、瘴気を固めた様なものを纏っていることと、ほっとけば徐々に成長していくことです。」


その説明に納得をする。


(アイツの姿が変わっていくのは成長しているからか。)


目の前の異形を睨みながらそう考える。

そう考えるレイを白い双眸で見つめる泥男。男は何を思ったのかその泥だらけの手をボロ切れに触れる。丁度心臓の辺りにある衣服を強く掴んで皺を作った。その行動にレイは怪訝な目をする。その目に気づいたのかどうかは分からないが、泥男はその状態のまま動かない。

だが、その代わりに男の周囲の空間が─結露が凍った様に空間が歪む。

その歪みの中心にいる男はその手を握りしめたまま動かない。それに反するように歪みは徐々に収束していく。

収束した歪みは4つの塊に。2つは先程と同じ泥色の円盤。そしてもう2つは、周囲の風景には到底、溶け込むことのできない程に透き通った水。それが槍の様に先端を尖らせて、その矛先をレイへと向けている。

その光景を目にしてレイはルディアへと質問をする。


「あれ、倒せると思う?」


その声は疑問と言うよりか確認をするかの様だった。

その声に答えるは、これもまた落ち着きを持った声であった。


「可能だと思います。倒し方はアレを避けながら聞いてください。」


その返答をレイが受けた瞬間に水槍が放たれる。それを身体を捻り、地面スレスレに走り、躱す。水槍を避けきった辺りでルディアが話し始めた。その間にも泥の円盤は迫り、泥男の周囲には水槍が装填され、絶え間なく射出される。それに意識を割きつつもルディアの声へと耳を傾ける。


「先ずはあの泥男の名前ですね、え〜と、どれにしようかな、やっぱりカッコいいので終焉者って呼びますね。終焉者ですが完全に倒すことはできません。あそこに居るのは終焉者ではありますが終焉者そのものではありません。謂わば、終焉者の力が一部使える操り人形みたいなものですね。」


「こんな時にカッコいいとか考えてる場合じゃないと思うんだけど…、まぁ、いいや。取り敢えずアイツの根本的な親玉が倒せないのは分かった。それじゃ人形はどう倒せばいい?」


「2つあります。終焉者を動かしているエネルギー、この世界では魔力で良いんですかね?取り敢えずそれを空にすることです。例えば、傷を与えると終焉者は回復をしようと魔力を使って破損部を復元します。これを繰り返すのが単純な攻略法です。ただ、終焉者は常に魔力が回復しているらしいのでそれを上回る必要があるので大変ですね。」


「それは厳しいな…魔法使えないし…一気に燃やせれば良かったんだけど。うわ!」


レイの足が泥に嵌る。直ぐに引き抜くがその隙を水槍が狙う。それを、


「『守って!』」


ルディアが白い壁を作ることでそれを防いだ。その光景に安堵が浮き上がると共にルディアが魔法を使えることに今更ながら不思議に思う。初めてルディアが魔法を使ったのはイリミナの家だが、その時のレイは自分には使えずルディアが使えたことにショックで考えることを放棄していた。


「なんで、ディアは魔法使えるのかな?ズルいと思うんだけど。」


「ズルいって言われても困ります。使えるものは使えるんですから。多分ですけど、魔力が見えるかどうかで変わるんじゃないですかね?」


そういえばルディアはこの世界で初めて見た湖の水に謎の物質が含まれているとか何とか言っていたな、とレイは思い出す。だからといってルディアが使えて自分が使えないのは不服ではあるが。

脱線した思考を戻す。


「それで2つ目は?」


無駄なことを考えている間にも終焉者の猛攻は続き、避けきれないものはルディアが防ぐ、それを繰り返しながら会話を続ける。


「2つ目は、終焉者の身体の何処かにある魔力の供給源、コアの様なものを破壊することです。」

ルディアは話を続ける。


「だけど、普通に探しても見つからないと思って、それを見つける為に、─1つだけ魔法を覚えてきました。」


その台詞に驚き、思わずルディアを見ようとするが今の状況を思いだして踏み止まった。

踏み止まった後に残った感情はルディアに対する感嘆のみであった。そして、魔法を1つ選択をして覚えたということはそれを使う展開もルディアの中には描かれているのだろう。そして、その展開を作る役目は自分にあることも理解している。レイは黙ってルディアに耳を傾ける。その様子にルディアは日本のアームでレイにしがみつくと、


「本当は遠くから使う魔法なんですけど…今の私じゃそれができる自信がありません。だから、できるだけ終焉者に近づいてください。その間に私は魔法の準備をします。」


レイに要件を伝えるとルディアは準備を始めた。

レイは後頭部になんとも言えない力が集まっていく感覚を覚える。ルディアは集中をした整った声で語り出す。


「“世界の語り部に願い奉る”


その声を聞きながらレイは駆け抜けて終焉者に近づこうと試みる。ルディアの今の様子からして白い壁を貼ってもらうのは難しいと判断をする。レイは左手にもった銃を右手へと持ち変える。残りの弾数は4発。だが、その4発は普通の弾ではない。いくらレイと言えども利き手でない手でそれを放てば的に当てられる自信がない。本来ならばこの世界に持ち込む弾は全てその特別性にしたかったが制作に時間がかかりすぎるので諦めたのだ。いざという時の為に残しておいた銃弾、それを使うタイミングは今だと本能で感じた。


レイは終焉者の飛ばしてきた泥の円盤に向けてその弾を放つ。トリガーを引いたと同時に弾は射出されその音は今までの銃弾よりも遅く、轟音を轟かせた。その反動に腕に痛みが走るがレイはそれを意図的に無視をする。

放たれた弾は、今までであれば逆に消されてしまっただろう。だが、今回は違う。

弾が泥と接触した瞬間に赤い光と煙は辺りに撒き散らしながら爆散をする。その威力は泥の塊をも吹き飛ばした。そしてそれだけでは終わらない。爆散した弾の破片が終焉者の方に飛散する。その破片が終焉者の目の前の地面と接触した瞬間、先程と同じような爆発を破片の数だけ轟音を弾けさせる。その威力と爆風に終焉者の近くの地面は抉られて泥沼などが掻き消された。そこにレイは銃弾を空に1発放って肉薄する。男は爆風を鬱陶しげに泥の鞭で払う。


”今こそ願いを形に“


ルディアの詠唱を耳にしながらレイは行手を塞ぐ泥の鞭をその弾で破壊する。目の前で炎が吹き上がり、周囲を破片が地面を抉る。レイはその炎の中に躊躇う様子もなく飛び込んだ。肌の表面を焼かれている感触を覚えながらレイは終焉者に近づいた。そのまま蹴りを喰らわそうするが鞭に防がれる。そのまま弾き飛ばされてしまう。レイは地面に靴の底を削りながら踏ん張り、体制を崩さないようにする。その目の前では終焉者が今までの比ではない量の水槍を作り出す。

レイの視界は巨大な水の塊で覆われた。だが、レイは冷静に銃を正面に構える。

それはまさに自分の通り道を作るかのように。

レイは銃を放った。その反動に顔を顰めるが直ぐに走り出す。


“魔力の波にて”


走りだした瞬間に終焉者の真上に銃弾が降ってくる。それを爆撃のように狙い違わず男を射抜いた。身体の半分が消し飛んだ男は初めて足をよろけさせる。だが、直ぐに空間に準備していた数多の槍をレイへと射出した。その槍の1部はレイの放った2発の弾の破片に消されて消失。残りの槍を過去1番の体捌きにて回避。そのまま男へと接近。流石の男もこの状況に焦りが見える様子で手をレイへと向ける。だが、それは少し遅かった。レイは男の顔を地面に蹴りで叩きつけると、こう叫んだ。


「ディア!」


その声に呼応する少女は言葉に力を込めてこう宣言する。


“魔の流れを『断ち切れ』”、”─フォトン“」


その言葉は空間に力を与えて具現化する。ルディアの周囲には白く光輝く水が5つ出現し、終焉者を包み込む。1つは男を包み込んで、2つは槍の形になり男を貫く、他の2つはその3つに線を伸ばして魔力を供給している。


その白い水に包まれた男の身体は腐ったかのように崩れては元に戻りを繰り返す。その泥の身体の暴れようは醜悪の一言であった。


「…兄さん、もう、限界です…決壊します!」


そのルディアの言葉通りに、先程までの白く美しい荘厳な図形は崩れ去る。その中心にいた男の身体は見るに絶えない個体と液体の間のような性質の肉を動かし、元の形になろうとしている。その醜体の、右手の部分。そこに泥にしては黒すぎる、光をも吸い込みそうな物体が。

レイはそれを先程話したコアだと悟る。男は弱点を露出しているのにも気づかない程に身体を壊されている。レイは右手に黒刃を持ち直し、そのコアへと全身全霊を持って突き刺す。そのコアに刃が入り、罅割れると表現するよりかは風化していると表すのが正しいその崩れ方に勝利を確信した。


─その突き刺した感触が消えるまでは。


レイの目の前で悶えていた筈の男が一瞬で消えた。

何が起きたのか分からない。レイもルディアも頭が白くなる。だが、レイは見つけた。


悶えていた筈の男がいた場所に泥沼があり、それが丁度消える瞬間で。

レイの脳裏にボロ切れの男が引きずり出された泥の沼が過ぎる。そして、理解する。


「イリミナのところだ!」


その考えに至った時には走り出していた。




ーーーーーーーーーーーーーーー



レイがボロ切れの男に黒刃を突き立てるほんの少し前。



首都の中で一際、破壊の跡が残り、今もなお破壊が進む場所。その場所でイリミナは順調に歯を出して笑う終焉者を追い詰めていた。イリミナの周りに飛び交う鉱石は単体で終焉者に傷を負わせるものもあれば塊となって降り注ぎ、男を質量で押しつぶす。その猛攻に対抗しようと男は奇声をあげるがその口でさえ鉱石が切り裂く。発動した泥の手の数も今は減り、最早数える程度になっている。その手の動きにも精細さと覇気が失われている。その手を維持する力が男に残っていないことが容易に想像ができる。

その様子にイリミナは頃合いであると判断。藍色のローブからその美貌と美しい髪を靡かせて地を強く踏む。その軽い動作では想像のできない速度で男に近づくと剣を横に構える。その接近に対応することのできない男。イリミナは剣に自分の魔力を走らせると白い剣はより白く輝く。その剣の眩さは長時間の戦闘で陽が傾いて赤く染め上げた空をも白くさせる程であった。それを目の前にした男は予備動作のない魔法にて泥を出現させる。その動きは追い詰められたことによる最後の足掻きなのだろう。

泥の中からは死にかけの男が出てきた。だが、イリミナはそれに同時ない。寧ろ、レイが追い詰めたのだろうとレイ無事を安堵し微笑む。その死に体の男を一閃。一瞬にして風化し風で飛ばされて消し飛んだ。

最早イリミナに負ける要素はどこにもない。それは誰が見ても分かる状況。これを覆す力は泥男にはないだろう。

だが、それでも、この場に置いては、それは不適切だったのかもしれない。泥男を追い詰めたのがイリミナでなければ、泥男は既にこの世から姿を消しただろう。

イリミナは剣を振り抜いた。その太刀筋には迷いが無かった。


その泥男の髪を見るまでは。


イリミナの猛攻で髪の一部に纏わりついていた泥が剥がれて本来の髪を露わにする。

その髪は赤かった。だが、ただ赤いだけではない。その髪は、見たことのあるような鉱石の様な透明感のある髪で─


その髪を見てイリミナの目が開かれる。息を呑んで固まってしまう。それは戦闘においては致命的な空白の時間。

イリミナの目の前で泥の男は出していた白い歯をより歪に曲げて笑う。そして、男の手には泥の団子のようなものが、それはとても黒くて光をも吸い込みそうな物体。それをイリミナの身体目掛けて押し込もうと手を伸ばしてきた。

それに遅れて気づくイリミナ。だが、もう逃れる手はない。少しづつ近づくその黒い玉。

それがイリミナの横腹に当たる直前。


「─へ?」


気の抜けた声を出しながら横へと飛ばされた。

力が加わった方角を見る。


そこには、鈍色の髪色に左目は燻んだ茶色、右は透き通った茶目をもった

青年─レイがイリミナを突き飛ばした体制のまま居た。


その突き飛ばした右手には黒い泥が沈み込むようにレイの身体へと入っていく。

その光景にイリミナは声にならない焦りを出し、手を伸ばす。

その目の前ではレイがルディアを左手で掴んで投げ飛ばした。その方角にはイリミナがいる。


イリミナは飛んできたルディアを胸の中に収めると地面に背中から転がり落ちた。苦鳴を上げながらレイを視界に収めようと探し、


「ぁ…」


その光景に喉が塞がった。


泥男は風化する様に風に撫でられて消えて、残るはローブのみ。


その隣でレイが泣いていた。


その目には水ではなく泥が流れている。片方の目、左目から滂沱と泥を流すレイの表情は声にこそ出していないが、何かに堪える苦悶の顔をしている。それを見て、駆け寄り、何かできることは無いかと頭の中で考える。その胸の中でルディアはただ呆然とイリミナの腕をアームで掴んでいた。その感触に自分が何とかしなければと慌てふためく思考に、ふと知らない第3者の声が響く。




「まさか、ここにも出現するとは…」


その声にビクッと肩を跳ねさせるイリミナ。その声は中年の落ち着いた声でありながら、自戒をも含んだ声であった。イリミナはその声のする方へ振り向く。


そこには、白髪の髪に所々黒が入った浅緑色の瞳をもった中年の男。

その顔にはし少しの皺があり、目つきの悪い目を垂れさせて、何かを悔いる様な表情の男が立っていた。


男は目の前の光景、3人を見つめると一度目を閉じる。次に開いた時には、


─鷹が獲物を仕留める時の、淡い殺戮の光を灯していた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



その白い玉は跳ねる様に崖を下る。跳ねて跳ねて地面に着いたと思えばそれには足が生えていた。女性の形になった玉は舞う様に走る。その途中にあった川にそのまま飛び込んだ時には魚の形になって川を上った。飛び跳ねて宙に浮けばそれは龍へと姿を変える。空に身体をくねらせて昇る姿はどこか楽しそうで。

雲の上に行きつけばそれは、羽根の生えた人の形となり、無邪気に空を掛ける。


まるでその玉は意思を持つかのように舞っている。


法則性のない姿形を変えるその様子。


だが、進む方向はただ一直線に、何かを求めて突き進む。





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