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出会いはやっぱり新鮮で

「ん〜」


イリミナが両手を空高く上げて背伸びをする。朝日はまだ登り始めたばかり。草木が露をつけている。空気は澄み、朝特有の冷涼な風が頬を撫でる。


「ふふっ♪レイくんは本当に裁縫が得意なんだね。」


イリミナはローブの裾を翻しながら歩いてくる。鮮やかな藍色のローブは昨夜の内にレイが布を購入して徹夜で仕上げた自信作である。フードは大きめに作った、イリミナの髪全体を覆い隠すためにだ。勿論、ローブを仕立て始める前にイリミナに希望を聞き、それに出来るだけ沿わせてある。華美になり過ぎない程度のフリルなどがその例だ。レイ自身も鼠色のローブを羽織っている。少し生地が余ったので今後また裁縫する際のために残しておくことにした。


「それにしても良い作戦を思いついたね。」


なにやら上機嫌なイリミナがレイの顔を覗き込む。


「逆に言うと、この方法しか思いつかなかったんですけどね。」


作戦、それはつまり今いる都市ーレーグルからの安全な出都のための作戦だ。単純な話、ギルドの威を借りるだけの話ではあるが。

この世界のギルド(正式名称は別にあるが便宜上にギルドとする)はかなり権力がある。それも世界中に。

この世界には大まかにわけて3つの巨大組織がある。1つは冒険者ギルド、2つめはコルメルク商会、3つめにユセス教会だ。


レイは昨夜の内に再び冒険者ギルドに赴き、クエストを受注した。内容は小規模の商隊の護衛だ。普通ならば初心者が受注できない難易度ではあったが、今回は話が別。ギルドの男の説明にあった初任務には指導役をつける条件。先輩冒険者の指導の元でクエストを行うため難易度が少し高くても受注することができる。どちらかというと先輩冒険者のクエストに初心者がついていくと言った方が正しいかもしれない。レイの魂胆はそこに有る。

今回の任務はギルドがコルメルク商会から請け負った任務なのだ。それにより少なからずも後ろに世界3代組織のうち2つが後ろ盾になることになる。裏の人間もその二つの組織に喧嘩を売るほど馬鹿ではないだろう。その上、先輩冒険者がつくので戦力の確保にも繋がる。そして、報酬もでるときたら正に一石三鳥だ。

今は都市の巨大な門の前で商隊と指導役の冒険者が来るのを、待っているところだ。

実はクエストを受ける際の注意事項の中で「揉め事に巻き込まれていない」がクエスト受注の条件であったのだが、「何らかの揉め事に巻き込まれていないか?」と質問されたのに対して「大丈夫!」と勢いで押し切った。


(受付のおっさん、流石に引いてたな。)


脳内でレイの迫力に苦笑いしているおっさんが再生される。そこまで思いだして、


「ごめんなさい。おまたせしました〜」


遠くから何処かで聞いたような女性の声がした。


(!あれは…)


レイは振り向いてその感想に納得する。そこにいたのは昨日のエルフの少女だった。少女は小走りで駆け寄ってくる。その背後には3台が連なった荷馬車が確認できた。あれが今回の護衛対象なのだろう。


「ごめんなさい。少し揉め事があって…」


エルフの少女がレイの存在に気づき驚いた顔をする。それから何事か考える素振りをみせ、


「え〜と…あ!冒険者ギルドの前で会った子ですよね!」


「よくわかりましたね。」


「勿論です。あの時はありがとうございました。」


少女は透き通った翡翠の瞳に感謝に色を写す。顔を合わせたのは一瞬、会話のほぼないに等しかったレイを覚えているとは。

律儀な人柄なのだとレイは感じた。


「レイくんその方は?」


一通りの挨拶を終えた2人に対してイリミナが疑問を口にする。その問いにどう答えたものかとレイが考えていると、


「はじめまして。サリミヤ・リリーシャです。実は昨日の昼ごろ、ギルドの前で助けていただいたんです…え〜と…」


丁寧に挨拶をするが、そこまで話して濁らせるサリミヤ。何かあったのかと考えると、


(あ、そういえば…)


名前を名乗っていなかったことに気がつく。


「レイト・ゼロです。」


「ありがとうございます。それじゃゼロくんだね。」


レイの呼び名をあっさりと決めたサリミヤが昨日の出来事を説明する。

カクカクシカジカ。


「マスターもなんだかんだで揉め事に巻き込まれてたんですね。」


そう感想をこぼしたのはイリミナの腕の中にいるルディアだ。そろそろイリミナの腕の負担が大きくなりそうなので交代しようと腕を伸ばしかけると、


「!?びっくりした!この丸い子はゴーレムだったんですね。気がつきませんでした。」


サリミヤが目を丸くし、興味津々にルディアを見る。


「惜しいけど違います。私はルディアと言います、よろしくです。ゴーレムではないんですけど、似たようなものかもしれませんね。」


「ゴーレムではないとしたら…ホムンクルスとか?いや、でも…それはもう存在しないって聞くし…」


(ホムンクルスか…気になるな。)


サリミヤの呟きを耳にしたレイがそう感想をこぼす。その隣でイリミナが口を開く。


「私も自己紹介しようかな。私はイリミナ・レオ・サンリエルです。よろしくお願いします。」


イリミナが軽く自己紹介、そのままサリミヤとお互いに挨拶がてらの会話を始めるのを横目にしながら腕の中のルディアをフードにしまう。そこへ、荷馬車が音を軋ませながら近づいてきた。その光景に思わず固まる。異世界系の荷馬車といえば馬や竜などが荷車をひくイメージがある。レイもそれが当たり前だと考えていた。だが実際にはどうだろう。目の前には茶色の体毛に包まれたモフモフの物体。耳は長く、どこかネズミにも見えなくはない。だがネズミよりもどちらかといえば、


「兄さん…なんかでっかいウサギがいますよ…。」


そう、ウサギだ。まさかのウサギだった。そして驚きはそれだけではない。


「その後ろには鶏がいるぞ…」


人の身長の頭1個ぶんは大きい鶏がズンズンと進んでくる。


(サーカスみたい…)


思わず内心でそう考えてしまう。ウサギときての鶏、そうなると最後の1台を引く動物はなんなのか。

なんだか、よくわからない好奇心が出てきた。予想だにしなかった光景に若干押され気味にもなる。


「次は蛇とかじゃないですか?」


「自分はライオンで。」


2人が息を合わせたように予想する。

先程の光景はレイの予想を外れてわけがわからなかった。

一度、目を閉じて落ち着こうとする。


(ここは異世界、ここは異世界…)


…むしろなんだかワクワクしてきてしまった。でもなんだか普段の調子に戻った気がする。

ウサギも鶏もレイ達にとっては初めて見る生き物だ。図鑑の中でしか見たことがなく、その姿や特徴は異世界のウサギや鶏とは一致しているとは言いにくいが。それでも初めて見るものというのは心が躍るものだ。

ともあれ次の動物は何だろうか、きっとディアもワクワクしているに違いない。


「はっ、はっ、はっ、」


ほらこんなに息をきらして喜んでる。


(………へ?)


いやいや、そんなわけがない。いくら何でもこんな声をディアが出すはずがない。

そう考えて目を開けると、そこには白が広がっていた。ウサギに負けず劣らずの良い毛並み、ウサギよりも長いだろうか。朝日に照らされて雪に照らされているかのように光沢を生み出す毛の海。視線を上にすれば鮮やかなピンク色の舌をだし涎を垂らしている。そこでレイは目の前の毛玉がお尻を地面につけて座っていることに気づく。その姿はまさに、


「「でっかいイヌ!」」


ディアと息ぴったりに叫ぶ。目の前の白い毛玉は犬にしか見えない生物だった。


(めっちゃ涎垂らしてる…)


先程から止まる気配のない涎をみていると、


「わ〜!珍しい!」


珍しく、大きな声で驚きを表すイリミナがサリミヤと一緒に近づいて来る。イリミナの目が輝いているのはいつものことだが、子供のような好奇心を瞳に写すのはレイが銃を貸した時以来だ。


「えっと、確かこの子の名前は…」


「こいつの名前はポニーだ。ヒック。」


イリミナが考えこんでいると横からドスの効いた男の声がする。声のする方を見るとそこには頬に斜めの刀傷らしき傷を負った男が立っていた。筋骨隆々を体現した男は丸太のような腕を組み仁王立ちしている。子供が見たらまず間違いなく泣き出し、その親は「見てはいけません!」と言いそうなほどの厳つい顔をしていた。

いや、それよりも…


(ポニー…って、馬みたい名前だな。)


改めて白い毛玉を見る。あ、水溜まりができてる。


(馬にはみえないしな〜。まぁ、自分は実物みたことないから詳しくはわからないけど。)


「ヒック、こいつわな〜森の中で拾ったんだよ、うぃっく。どうやら群れと逸れたらしくてな1人で震えてたもんだから飼うことにしたんだヒック」


なるほど、確かに目の前の毛玉は間抜けそうではある。今も自分の尻尾を追いかけてくるくると回っている。


(あっ、イリミナさんが撫でようとしてる。…ところでさっきから謎の効果音が入っているんだけど…)


「なんとなく察しはつくんですけど…飲んでます?」


「おう!!最高の気分だぜ!!」


やっぱり飲んでいたのか。レイは目の前でマッスルポーズを取っているオヤジに苦笑い。そこに諦めと怒りが混じった呆れた声がする。


「そうなんですよ!聞いてくださいゼロくん!」


右に視線をずらせば軽く頬を膨らませたサリミヤが立っていた。その隣には上機嫌なイリミナが微笑んでいる。撫でれたらしい。


「このヒゲオヤジがですねこれから仕事にも関わらず、酒盛りを始めたんです!」


プリプリと音がつきそうな怒りかたと声に、レイが少し仰反る。


「まぁ〜でも飲んじゃったのはしょうがないですし、おっさん1人くらいの介護は自分も頑張りますから。」


真面目そうなサリミヤのことだ、仕事前の飲酒はいただけなかったのだろう。そしてそれはもっとな意見だとレイも思う。この世界には魔物がおり、魔法という不思議な力も存在する。行商人は人通りの少ない道を進むこともあり、野宿も当たり前の職種だ。そのために行商人の立場は常に死の横にいることになる。それにも関わらず酒を飲んでしまったオッサンに非があるのは明らかだろう。


「…ない、…じゃないの…」


(ん?)


「1人じゃないの!」


「!!」


掠れた声が聞き取れなかったので耳を近づけたら大きな声を喰らった。


(ていうか…1人じゃないの?)


目の前のサリミヤはどこか遠い目をしている。レイの視線に気づいたサリミヤは顔を手で覆いながらレイの背後を指差す。振り向けば、


「zzzz〜ヒック。うぃ〜っzzzz」

「ずごごごごっzzっz、うっぷzz〜」


(うわ〜)


でっかいイヌが引いてきた屋根付きの荷車の中から、聞くに堪えないイビキが聞こえてくる。覗きこめば2人の男が大の字になって寝っ転がっていた。それともう1つ。


「ちょっ!何してるんですかイリミナさん!」


できるだけ小さな声で話しかける。レイの目の前にはいつのまにか移動していたイリミナが、久しぶりに見る表情をしている。そうそれはつまり、


「なんで筆を持ってるんですか。」


整った愛らしい美貌が悪戯顔になっていた。


「なんでって聞かれても…寝ている人がいたら悪戯書きするのがお約束でしょ?」


「そんなお約束あるんですか?!だとしたらお泊まり会やったら最初に寝た人地獄ですよ!」


最初に寝た人の顔をキャンパスに、複数の絵が描かれている映像が頭に流れる。

不憫だね…少しやってみたいけど。


「ねっ、リリー。そうでしょ?」


「ええ、そうよ、ミナ。仕事前に飲むなってあれほど散々言ったのに飲む方が悪いのよ。ふふふ、久々に腕がなるわ。」


サリミヤが意気揚々としている。真面目そうな彼女がまさかの積極的なことにレイは少々驚いた。


(ストレス溜まってるのかな…)


サリミヤはイリミナから筆を受け取ると、ゆらりと音がつきそうに近づき死神が鎌を引きずるように筆を振り回す。もはや止めることを諦めたレイはちゃっかりと悪戯書きの列に並んでいるルディアの後ろにまわる。


サリミヤ、イリミナ、ルディアの順に進んでいき、いよいよ自分の番になった。イリミナは瞼の上に目を描く鉄板ネタ、ルディアは先程あったばかりの動物達、サリミヤは片方のスキンヘッドのおじさんの頭に髪を描いた。正直なところその髪があまりにもリアルだったことと、よく見るとただの線ではなく禁酒をしろと呪詛のように小さく縦に描かれていたのでちょっと引きました、はい他の3人は一仕事を終えると女子会と称してどこかに行ってしまった。サリミヤは兎も角、ルディアとイリミナは今の状況がわかっているのか?と思ったが、自分の右手の筆を見て、その考えは見なかったことにする。

ともあれ自分の番だ。何を描こうか?と悩む。中身はどうあれサリミヤの力作を見てしまったあとでは自分も本気を出さざるをえまい。

実のところレイは絵を描くのが上手い。記憶力もいい方なので一度見た景色はある程度は模倣できたりする。


「よし!決めた!」


「おう、何にすんだ?」


「!!」


鳩尾に衝撃を受けたような錯覚をする。受けた衝撃を表すように、飛び退く。それが自分自身の驚愕によってもたらされたものだとは気づけないほどの圧迫感。レイは勢いよく声のした方へふり向いた。


「おいおい、そんなに驚くなよ。ほれ、俺の顔を見てみろ、人の良さそうな顔してるだろ?」


「…いや、どっちかと言うと借金の取り立て屋に見える。」


超絶技巧の絵を描こうとしたところで横から声をかけられたレイは肩を跳ねさせ、飛び退いた。振り向けばそこには赤茶けた髪を持つ巨漢。男よりか漢の方が似合いそうな男が立っていた。その相貌は強面だが確かに人の良さそうな目はしている。男はレイの返答に「ひでぇな〜」と肩をすくめつつも豪快に笑う。


「いや〜驚かせたみたいで悪かったな。俺はディルグレア・アルクスだ。そこに寝てる男どもとちょっと交渉して荷台に乗っけてもらうことになったんだ。」


成る程、今回の旅の同乗者になるわけだ。レイは改めて目の前の赤茶髪の巨漢、ディルグレアを見る。見た目はおっさんだ。40代半ばといったところか。本人が言っていたように悪人ではないように思える。だが、


(このおっさん…強いな…)


レイの総毛が疼く。はっきりとした恐怖は感じていない。それでもレイ中の本能とも取れる意識の深層から浮き上がる衝動。畏敬とも取れるなにか。全身でそれを感じる。それほどまでに目の前の男は圧倒的だった。一見すると隙だらけに見える、否、実際に隙だらけなのだがそこに付け込める未来が微塵も見えない。レイがそう臆していると。


「おいおいそんなに見つめんなよ、照れちまう。折角…ほれ、あそこに美人さんが2人もいるんだからあっちでも眺めてたほうが目に良いぞ、こんなオッさんを見るよりよぉ。」


「自分もそうしたいんですけど…あまり、油断はしたくないので…」


初対面の、自分の命を容易く刈り取れる存在を目の前にしてそれから目を離せるだろうか。無理だ。ここまでの存在にレイは出会ったことがない。


「おう、照れるな〜、そこまで見込んでもらえるとなぁ。…まぁまぁ相棒!仲良くしようぜ!」


「あ…相棒?」


「これから旅仲間になるんだ、んでもって兄ちゃんとは仲良く出来そうな気が済んだよ、だから相棒だ。」


巨漢が手を出す。この世界にも握手が存在しているのは知っている。おそらくそれを求められているのだろう。レイはしばし考える。目の前の漢、つまりはディルグレアは、確かに悪人には見えない。自分の勘を信じるのであれば彼は白だ。

だがそれでも…う〜ん…


(…はぁ〜ぁ、考えても無駄か。)


「…よろしくお願いします。」


「おう。」


結果としてディルグレアとなよなよと腕を上げて握手を交わす。ここまでの実力者に自分は勝てない。見立てではこの場で彼に勝てそうな存在はいない。イリミナがもしかしたらとも考えたが、無理な気がする。サリミヤからも強者の気配を感じるが、無理だろう。勿論、マスコット役のルディアは論外だ。ともなれば、勝てる存在が居らず、旅に一緒に出ることは確定、つまり警戒するだけ無駄だという結論に至った。そもそも男共がほぼ戦力外とは面目ない。


「そういえば、ディルグレアさんは今までどこに?」


旅に同行すると言っていた割には遅く合流をしたことに疑問を持つ。レイの疑問を聞き、ディルグレアは太陽の様に、いや、太陽のような直視できない輝きではなく篝火のような暖かさを感じる笑顔でそれに応じる。


「ちょっと酒を買いに行ってたんだよ。あとはお土産だな。ほれ、これやるよ。」


「え…?あっ、どうも。」


ディルグレアが下から腕を振り上げて何かをレイに投じる。感触のある右手、手を開けば菱形の鎖が3つ連なったアクセサリーのようなものがあった。


「それはこの都市限定のもんでな、俺はそういう限定モンを集めんのが好きなんだよ。」


「へーそんな物まであるんですね。」


(自分も集めてみようかな、面白そうだし。)


「気にいってもらえたみてぇでなによりだ。それに…なんだ…少しは警戒が解けたみたいで何よりだ。」


「ま〜そうですね。あなたに暴れられたらどうしようもないと思うんですよ、だから考えるの止めました。…なんか微妙な顔してますね?」


「ん?あぁ、まぁ気にすんな。…少し気になることが多すぎてな。まぁそれを解決するためにもあそこのオヤジ共と交渉したわけだが…」


彼の表情が気になり疑問を口にするレイ。それに笑顔で答えて肩をすくめるディルグレア。

と、そこに、


「おはなしは終わりましたか?…ディルグレアさん!勝手な行動はやめてくださいと言ったじゃありませんか!なんでお酒買いに行ってるんですか!」


レイとディルグレアのやり取りが終わるのを見取り、いつの間にか側に居たサリミヤが捲し立てる。

その後もディルグレアがたじろぐほどの勢いで(剣幕からは想像できない女性的で小さな声にもかかわらず)怒り始める。その内容に耳を傾けると、どうやら行商人が酔っているのはディルグレアのせいらしい。彼が荷車に乗せてもらいたいと交渉する際に酒を使ったらしい。そして始まったのがオヤジ4人の宴会だ。朝から馬鹿騒ぎしたらしい。それを止めようとサリミヤが動いたようだが奮戦虚しく結果はこの有様。

酒に釣られるまではまだ良しとして、その後にすぐに飲むのは如何なものかと思う。サリミヤが怒るのもわかる。ディルグレアは最初のうちは冷や汗をかきながら誤魔化し笑いで言い訳しようとしていたが、その態度にサリミヤが腰に手を当てて、目がもうほんと凄い目になり、彼の背中が見る見る内に小さくなっていくのは見ものであった。なにはともあれ、


(本当に良い人そうだな。)


彼の人となりが垣間見えた気がして少しホッとするレイだった。


その後は無事に出発をした。御者全員が酔い潰れの前代未聞の状況を、どう打開するか問題が浮上したが、そこはプロ達だったらしい、いざ出発となった瞬間にスクッと立ち上がったのを見て驚いた。


最後に、怒られるディルグレアの前面、つまりはサリミヤの背後でイリミナとレイがどんどんサリミヤに押され気味で小さくなるディルグレアを見て、ニヤニヤと笑いルディアがクスクスと笑っていると、それに気づいたディルグレアが肩をすくめて舌を出し、茶化す素振りをする。その様子にいよいよサリミヤの目の温度がとんでもないことになりお説教が長引いた一幕をここに記す。




レイ達は噴水都市、レーグルを出立した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「マスター次は右です!」


「わっ!ほんとだ。」


レイは驚きつつ右前方からの攻撃を背後に跳躍することでギリギリ回避する。左側で倒木の音。見れば直径50cm程の木が音を立てて倒れる瞬間だった。


(あっぶな〜)


目の前の光景に、もはや語彙力がなくなるレイ。視界を戻せば石の塊、つまりは木を倒した犯人が蠢いている。数は5匹、大きさはルディアと同じくらいか少し小さいくらい。身体は石のようなもので構成されており、顔が何処なのかはわからない。どの個体も4本の足のような丸い石(先端は鉤爪のように尖っている)が足として機能している。大きさに反して攻撃に使ってくる石の塊は威力が強い。使ってくる相手の大きさが大きさなので、発射される石が小さいにもかかわらず、先程の木に与えたダメージを備えている。当たれば致命傷になりかねない。などと分析していると、


「うわっ!」


「ちょっとマスター!集中してください!」


飛んできた石にギリギリまで気づかず、すんでのところでナイフ(包丁)で軌道を逸らす回避になり、ルディアに注意される。それにレイが「ごめん、ごめん」と謝っていると、背後からヤジが飛んでくる。


「おいおい相棒、苦戦してんな〜気張れよ〜。」


赤茶のオヤジが酒盛りしながら笑っている。


「そうだぞ坊主、新人として頑張れよ〜。」


頬に刀傷のあるオヤジがこれまたケラケラと笑っている。このオヤジのことをレイは心の中でキズのおっさんと呼んでいる。


「そいつは硬ぇぞ〜。気合い入れてけ〜」


頭に髪の落書きを残した(気に入ったらしい)スキンヘッドのオヤジがツマミを口に運びながらそう言う。このオヤジはハゲのおっさんと呼ぶ。


「うぃ〜ヒック!う〜うっぷ、ヒック!」


…ごめん何言ってるのか全然わからない。このおっさんはヒゲが立派なのでヒゲのおっさんと読んでいる。


そんな飲んべぇ共の揶揄にレイはこう返す。


「この状況、あんた達のせいですからね!」


何故、レイは石の魔物と戦う羽目になったのか、それはつまるところ先程のレイの言う通りなのである。というのも、出立した都市であるレーグルからの道のりは順調そのものであった。

だが、それに痺れを切らしたのがオヤジ共だ。あろうことかオヤジ共はカーチェイスならぬ荷馬車チェイスを始めたのだ。もともと酒が入っていたからか異常なまでにノリがよく、ディルグレアが囃子立てるもんだから、いよいよ止まらなくなり、普段は通らない道を通ったことで目の前にいる石の魔物の巣窟に突っ込んだのだ。その後始末を仕方なさそうにサリミヤが出陣したのだが、サリミヤは何事かを考える素振りをすると直ぐに戻ってきて、


「新人のゼロくんには持ってこいの相手ですから、頑張って!」


と、やたら目を輝かせて応援してきた。何事かと思っていると、いつの間にかレイの腰のナイフ(包丁)を抜いたイリミナが黙ってニコニコしながらレイの右手にナイフを握らせる。そしてそのまま、あれよあれよと荷車の天幕の外に出されてしまう。そこに飛んできたのが魔物による、木を倒した石だった。


(なんか腹たってきた気がする。)


なんだか腹のそこが熱くなってきている気配。ともあれ、目の前の敵はどちらにせよ処理しなくてはならなく、自分がどれほど戦えるかを知れるチャンスではある。レイはこの世界で1度しかまともな戦闘をしていない。そのため、この機会は貴重だ。思考を戦闘に切り替える。敵は5体、どれも硬そうな皮膚に覆われており、ナイフでは太刀打ちできないことが誰の目にもわかる…


(……え、? じゃ、なんでイリミナさんは自分にナイフ持たせたの?)


謎が出てきたが頭を振って一旦無視する。

自分は勿論、魔法は使えない。となれば、近接戦闘しかない。ナイフが使えない状況をどうするか考えて1つの選択をする。レイは1番近くの敵に肉薄し、掴む。そのまま2体めの敵に近づき敵と敵を打ち付ける。打撃を加えられた石の魔物は同種族の強固な皮膚の威力に耐えられず金属音を出してひび割れる。中身まで石だったことにレイは驚いた。悲惨な光景が目の前に広がらずに済んだことに安堵。


(よし、いける。そうだな…こいつの名前はイッシーと名付けよう。)


レイは新たな得物の名前を決めて次の獲物に飛びかかる。3体目は石の魔法を発射するがレイはそれを難なく回避、そして打撃を加える。4体目はレイに飛びかかってきたところを空中でイッシーで撃墜。5体目はその光景を見て逃げ出した。あえて追う必要はないと判断する。そして残ったのは左手のなかでもぞもぞともがいているイッシー。イッシーを眺めて数秒の沈黙。


(……さらばだイッシー。)


レイは空中でイッシーとナイフを入れ替えると右手をフルスイング。あっという間にイッシーは彼方へと消えていった。


「なんとかなりましたね。」


ルディアの呟きに顎を引く。一仕事終えたことに対してなにかあるかと行商隊に戻れば、


「ふぁ〜あ、おつかれ〜。」

「おい!俺のツマミ食べたの誰だ。」

「それ言ったら俺の酒もないぞ!」

「ふがっzzzぐがーzz!」


なんとも酷い出迎えが待っていた。欠伸しながらも返事をしてくれたディルグレアがマシに思えるほどの。レイは溜め息をつくしか返答の仕様がなかった。その様子にイリミナとサリミヤが笑っている。それに肩をすくめる。


なにはともあれ、レーグルからは無事に出立。不安しかないが憎めないオヤジ共との旅路も始まったばかり。それでもこの状況を楽しんでいる自分がいることにも気がついていた。


そんな呑気な集団は次の舞台であるラチファス国の中心、つまりは首都カルミルに向けてのんびりと進んで行く。

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