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今の立場

昨日はイリミナとの会話を終え、そのまま休息をとった。2人とも、特にイリミナは疲れていたのだろう、夕食も食べずに寝むりについてしまった。そして朝早く(一般の感覚では充分に遅い時間帯)に起きたレイは1人で行動している。つまりは金策を練りながら街を練り歩いている。しかし、実のところレイの行き先は決まっている。何度も考えた結果、やはり何度も行き着いた結論だ。レイは迷いなく進んでいた足を止める。目の前には石で作られた巨大な建物。その入り口は大きく、腕を伸ばしても余り有る高さだ。視線を落とすと、壁際に人混みができていた。どうやら受付らしき場所に集まっているらしい。部屋にいる人々は各々の武器を腰や背中にぶら下げている。

そう、まさにこの光景は、


(冒険者ギルド!)


内心で叫びつつウキウキな足取りで敷居を跨ぎ人混みに向かう。レイにとっては憧れでもあり、異世界に行けたら必ず立ち寄ろうと夢にまで見た場所だ。細かく言うと、この場所は冒険者ギルドと言うよりは仲介屋の方が正しい。本での浅知識だがこの世界の冒険者は洞窟等を探索する機会よりも商人の護衛に着く人、つまりはspとしての側面が強い。戦闘は護衛中に魔物が出現すれば起きるが、出くわさなければ戦うことすらしないのだ。

だが、旧世界の本の知識通り、他国のギルドとの連携や身分証の発行機関としての役割があるらしい。勿論、冒険もできる任務は存在するのでレイにとっては冒険者ギルドに変わりはない。


「次のやついいぞー」


などとワクワクしていると受付の順番が回ってきた。


(あれ?もう少し人がいると思ったんだけどな?)


入り口で見た受付前の人数から考えて、もう少し時間が掛かるだろうと列に並んでいたのだが思いのほか早く順番が回ってきた。

次を促す声は粗暴な中にも理性が籠っていた。


「ギルドに新しく登録したいです。」


呼ばれた受付に行くと大柄な男が歯を剥き出して笑っている。


(本の知識だと女の人が受付やってるイメージだったんだけどな。)


「おう、ちょっと待ってな。」


男性が受付の奥に消えていく。レイの知識内の物語に出てくるギルドでは、美人なお姉さんが受付をやっているのがお約束だ。今いる受付の左側に位置する受付口(受付口は合計3つでレイは1番右)をみると女性1人に男性が1人だ。どうも男性が多い。


(まーでも普通に考えたらそうか。)

魔法があるため、女性よりも男性が強いという固定概念は少ないかもしれない。筋力のつき具合によって力関係が決まらないのだ。そうなるとあとは簡単、単純に女性よりも男性のほうが荒事に向いているのだろう。

周りを見渡せば、それはもうイカつくてゴツくて強面のオッサンが沢山いる。彼らが暴れた際に場を収め易いのが男の方なのだとレイは考える。そしてそうなれば当然、


(うわー女の人の所の受付…人が多い。受付さん大変そう。)


女性の受付には見事に男性しかいない。女性の冒険者もいるのはいるのだが比率は圧倒的に男が多い。それもみんな鼻の下を伸ばして。我先にと静かな列の奪いあいをしている。


(わかりやすいな〜)


所詮、男とはそういう生き物だ。そういうところが男として意外とレイは気に入っている。


(アホ面で騒げるのは男の特権だよね。)


「ほい、これ。ここに必要なの書いてくれ。」


視線を戻せば男性が紙を差し出していた。受け取り、中身を見れば旧世界で読んだ本にも記されていた内容に近かった。


氏名、得意な武器又は魔法、出身地


を書く欄が設けられている。氏名は問題なし、レイト・ゼロと書く。得意な武器もナイフとかでいいだろう。


(出身地は…あそこで良いか。)


セイゼ村と書く。セイゼ村はそれはもう辺境の地で有名で、田舎の二文字意外当てはまらない村なのだ。本で読んだ。


(これにしとけば変に出身地を調べられても大丈夫だろう。だって田舎なんだから。)


まったく知らない地を利用することにする。セイゼの皆さん怒らないでね。


「ほ〜う…セイゼ…セイゼ?なんかどっかで聞いたきがすんだけどな〜どこだったか…」


受付の男性が顎に手をあて考えている。田舎で有名といっても知らない人は知らないのだ。そして知らない人の割合に関して言えば、セイゼ村の右に出るものはいない。だって田舎なんだから。


(これが田舎の力だ。あれ?その名前何処かで?と悩ます田舎だ。素晴らしい。)

本でさえ、セイゼではなくルイゼと間違えられて表記された本もあったぐらいだ。田舎さいこう。


「まぁどこでもいいか。さて、あとは…仕事の説明だな。」


どうやらセイゼ村がなんなのかを思考放棄したらしい。男が気を取り直してギルドの説明に入る。


「仕事の受注だが、ほれ、あそこ見てみろ。」


あそこと指差された方を見る。そこにも人が多く集まっており、皆一様に壁の紙を注視している。


「あそこにある紙が依頼書だ。あそこから自分にあった依頼を選んで受付までもってこい。」


(やっぱり、旧世界で読んだのと似てるな。)


その後の説明もやはりレイの思った通りの展開だった。

任務を選ぶ→受付で受諾→任務→任務完了→ギルドに報告→報酬受け取り、の流れだ。

そして冒険者の階級なんかも存在した。下から、黒→赤→黄色→翠→白の順だ。勿論、レイは黒から始まる。ただ少し違うところもある。それは、


「今ので説明はほぼ終わりだな、あとは初任務についてだが、これは個人では任務を受けることはできない。つまり、先輩冒険者と初任務をやるってこった。」


どうやら初任務には指導してくれる先輩がつくらしい。男性からの説明はこれで終わり。冒険者の身分証である紐のついた黒のプレートを受け取り首から下げる。そろそろ寝坊2人組も起きて活動している時間だ。合流しようと出口に足を向けると、何だか騒がしい。


「謝りなさい!」


女性の高い声が聞こえてくる。野次馬精神を剥き出しで人混みの間からヒョコっと顔をだす。どうやら揉めているらしい。先程、叫んだであろう女性はプラチナブロンドの髪を腰下まで伸ばし、根本を青い紐で結んでいる。目は翡翠色だ。そして特徴的なのは耳、耳が尖っているのだ。


(まさか!エルフ?!)


内心で驚きつつまじまじと観察する。まず第一に美形だ。美形だらけのこの世界でもさぞモテることだろう。胸は…別に壁じゃない。エルフはコンクリートと決まっている場合もあるが、この世界では違うらしい。まぁそこがあろうと無かろうとレイ的にはどうでも良いのだが。

エルフの少女の足元には小さな少女がおり、エルフの少女の裾を掴んでいる。どこか怯えた様子だ。そして彼女らの正面に立つ男、中肉中背で額に傷がある。ガラが悪いというのは彼のことを言うのだろう。男は鋭い目つきをより鋭利にして、


「あぁ?いちいち細けえんだよ、それにそのガキが足元をうろちょろしてやがんのが悪いんだよ!」


唾を飛ばしながら怒号を飛ばす。それに相対するエルフの少女は形の良い瞳を尖らせるが、あくまで声の調子を整えた様子で、


「確かにこの子の不注意もあったかもしれません。ですが、それにしたってこんな幼い子に怪我を負わせたのなら謝るべきでしょう。」


怪我?と疑問に思い、少女の傍で小さくなっている幼女を見る。


(ほんとだ…転んだのかな?)


幼女の膝からは血が出ている。先程の男の話から予想すると、男と幼女がぶつかり、その時に幼女は膝に怪我を負ったのだろう。そのことにエルフの少女は怒っているのだと考えた。謝らなかったことに。

その理解に周りの野次馬の同志達も至ったらしい。こうなれば野次馬達も少女達の味方をするのは自然な流れだ。責める視線が男に集まる。だがその視線の渦中の男は周囲の視線に気づかない。少女と男はお互いを睨みあっている。だんだんと剣呑な雰囲気が立ち込み始める。レイは2人の戦力は少女に軍配が上がると見ていた。その証拠に少女の胸元には黄色のプレート、上から3番目の強さを表す身分証が光っている。対して男は赤のプレートだ。要するに黄色の1つ下だ。

2人が己の身に携えた剣の柄に手をかける。


(…?、あの男の人、やたらと可愛い財布持ってるな。)


男が柄に手を伸ばし、身を屈めたことで服の胸元から花の刺繍が施された財布が見える。エルフの少女が幼女を後ろに下がらせた。

いよいよ刃傷沙汰が起きる、と思ったときだ。


「はい、は〜い。お2人とも揉め事はここまでです。」


ふと、知らぬ第三者の声がする。それも張り詰めていた雰囲気にそぐわない、花が咲いていそうなのんびりとした声だった。声の聞こえた方を見れば1人の女性が立っている。


(あの人は…あ、受付の人だ)


男性ばかりが並んでいた窓口の女性だった。女性はのんびりとした口調で、


「これ以上揉め事を起こすならギルドとして罰を与えることになりますよ?ですから先ずは剣から手を離していただいて、それから何があったのかお話をしましょう。」


受付の女性が間に入ったことで何とか血を見ずには済みそうだ。この騒ぎはこれで終わりだろうと、この場から離れようとしたところで、

(…?)


幼女の様子に違和感を覚える。幼女はエルフの少女の裾を掴んだまま男と少女の顔を交互に見て何やら口を震わせている。そして幼女の顔が凍った。今までも怯えてこそいたが、それでもより一層怯えた表情になったのだ。幼女はある一点を見つめている。レイもつられて見ると、


(…あぁ、成る程。)


男が幼女を見ていた。どす黒い眼で、脅すように。ここで漸く理解した。男が幼女とぶつかったのは事故だと思っていたがそうでないらしい。男はわざと幼女とぶつかったのだ、財布を奪うために。

レイは周りを見渡すがそのことに気づいている者はいなさそうだ。幼女をみる。未だに震えている。あれではトラウマになるのは確定だろう。


(はぁ〜、しょうがないな。)


できれば揉め事には関わりたく無かった。だからと言ってここで見なかったことにするのは何とも気分が悪い。それに、あやふやになってこそいるものの、レイはイリミナに騎士として着いてきて欲しいと言われたのだ。少しくらいは役にはまっても良いだろう。人混みを抜けて前に出る。周りの視線が自分に一気に向いたことに気づく。


(あ〜お腹が痛くなってきた気がする。)


対人経験の少ないレイには少々キツイ状況だ。軽く深呼吸をして男の前まで行く。思ったよりも背が高い。見上げる形で男の顔を見る。男はレイのいきなりの登場に動揺している様子。後ろを横目で見れば、エルフの少女も受付の女性も此方を見ている。視線を戻し、何から言おうか少し考えて、


「おっさん、その財布あの子のですよね?」


単刀直入に聞くことにした。男は一瞬面食らった様子だったがすぐに眉間に皺を寄せて、


「いきなり何を、言い掛かりつけてやがんだ、てめぇ!」


怒号を飛ばす。それを意に返さない表情のレイは、


「まぁ、そうですね。それじゃ、あの子に聞いてみましょう。」


男に背を向けて幼女の方に歩いていく。

男はその姿に馬鹿にされていると感じたのか、その背中に手を伸ばす。


「てめぇ!ふざけてんのか!?話はまだ終わっ!うぉっ!いいいいいてぇ!」


伸ばした手の手首をレイに掴まれ捻じられて、ついでに一本背負い。男は堪らずに悶絶する。

そんな男を放って置いて幼女の側までくると、エルフの少女が警戒した目をこちらに向けている。適当に愛想笑いで誤魔化しておく。


「こんにちは、さっきの話なんだけど、あのおじさんが持ってる財布は君ので合ってる?」


問われた幼女はしばしの躊躇い、そして唇をわななわせ頷いた。その様子を見ていたエルフの少女は顔に怒りを浮き上がらせる。


「あ、あなたは!こんな幼い子の…!」


今にも切りかかりそうな雰囲気だ。その雰囲気は流石に読みとったらしい。男は即座に逃走を判断する。潔くて寧ろ清々しい後ろ姿を見て、ため息が出そうになる。男は舌を出してこちらを挑発してくる。


財布はもうすでに男の手を離れているとは知らずに。


(実はスっておきました。)


男を投げ飛ばした際に取っておいたのだ。男に財布を見せつけて舌を出す。だが、男はこちらを見ずに全力疾走だ。気づいていない。レイは少女の頭に財布を乗せて笑いかける。


(あの速度なら追いつけるな)


再度、今も逃げている背中を見つめる。そして腰を落とし駆け出そうというところで、


「ぎぃやぁぁぁー!」


もの凄い汚い断末魔をあげて男が地面に叩きつけられる。男が地面に刺さらんばかりの勢いで叩きつけられたのだ。そしてそれを行った本人を見る。


(え…まじか。こえ〜)


受付の女性が拳から煙をあげて佇んでいた。口は笑っているが目が笑っていない。怖い、怖すぎる。レイは軽く女性に戦慄する。流石はギルドの受付嬢だ。


(この世界の受付はあの人ぐらいに実力がないと務まらないのかも…)


益体もない感想を心の中で述べる。

男は女性に引きずられてギルドの中に入っていった。


「あの…あ、ありがとうございました。」


ふと、足元から声がしたので、声のする方を見ると、幼女が居た。精一杯に微笑んで見せると幼女も微笑んだ。


「さっきはありがとうございました。私、財布のこと全然気がつかなくて…」


視線を正面に戻せばエルフの少女が微笑んでいる。2人の微笑を見て取り敢えずは落ち着いたと考えるレイ。そして思いだす。


「あ、そういえばこの子の足の傷、治してあげたほうが…自分は回復手段持ってないんですけど…」


「ごめんなさい、そうだったわ。でも、私も回復魔法が苦手で…!誰かこの子の怪我を治していただけませんかー?」


エルフの少女が周りの野次馬に呼びかける。すると、優しそうな老人、恐らく魔法使いらしき男性が出てきて治療を始める。その様子を見届けて、この場をさるレイ。時間がかかってしまった。そろそろ寝坊2人組と合流しようと考える。振り返れば、エルフの少女が幼女の頭を撫でていた。少し直進をして左の脇道に入る。宿まで一直線で帰ることにする。


宿の入り口に足を踏み入れると、一階の床を掃除している女店主がいた。店主はレイの存在に気づくと手を止めて、


「あら、騎士さん。お姫様達なら出かけましたよ。」


やけにニヤつきながら手を振ってくる。その顔にどう反応したものか分からず苦笑い。

ともあれ、


(2人は出かけたのか)


2人の情報は手に入った。店主に軽く会釈をし、再び外に出る。


(どこにいるのかな?)


2人の行きそうなところは勿論、心あたりがない。ルディアだけを探すのであればその辺の飲食店に入れば見つかりそうだが、イリミナと一緒となればどんな行動をするのか未知数だ。

その時だ、

街の家々の屋根を伝い壁を伝い腹の底に響く音が聞こえてくる。音のする方をみれば、


(おーすごい!)


家と家の屋根の隙間から、見上げる程の水が噴射される。


(あれは、確か…)

この都市名物の噴水だ1日に1回、お昼の1時間前を知らす鐘の音と共に噴射されるのだ。今のをディアが見たのであれば近くで見たいと騒ぐ筈だ。暫し考え、決定。都市の中央に存在する噴水を目指すことにする。



噴水のある広場には大勢の人が居た。その中を進んで行くと正面に巨大な噴水が存在した。今も他の噴水より高く水を飛ばしている。

その根本を辿って行くと。噴水の縁に座っている上品な少女。まるで絵画のような一枚となっている。


(やっと見つけた。)


イリミナの元に歩いていく。イリミナはレイの存在に気づかず、ある一点を見つめていた。その視線の先には出店があった。隣のベンチには老夫婦が仲睦まじくクレープのようなものを食べている。


(食べたいのかな?)


足を止めて、方向転換。金銭に余裕がない事を思いだし、足を元のルートに戻しかけるが頭を振り、出店へと向かう。出店はやはりクレープのようなものを売っていた。どれにしようか迷う。


(取り敢えず、この、;極上のスライ乗せ、果物の果汁入り;は確定として、後は…)


出店の店主には、極上スライ乗せと赤い果実のクレープ、そして鳥肉を挟んだオカズのクレープを注文した。振り返ればイリミナはまだ此方に気付いていない様子だ。近くまできたが、まだ気づかない。


(ボーッとしてるのかな?  取り敢えず…)


「おはようございます、イリミナさん、ディア。はいこれ。」


いきなり話しかけられたイリミナは目を丸くするが、話しかけてきた相手がレイだと気づき、微笑む。


「およよう、レイくん。えっとどっちを貰って良いの?」


「どちらでも良いですよ。」


ディアと挨拶をしているとイリミナが悩んだ声で問いかけてくる。因みに、スライ乗せは既にレイがキープしています。その様子に口に手を当てて片目でレイを見ると、イリミナは、


「ありがとう。そうだな〜、そのレイくんが持ってるやつが欲しいな。」


(え!こ、これ?これは自分が…いや、でも…いつものお礼として買ったわけだし…)


悩む、悩むレイ。その様子に大変満足したような顔をするイリミナ。クスクスと笑うと、


「冗談だよ。私はこれを貰うね。それにしても本当にレイくんはスライが好きなんだね。」


(揶揄われてた…! それにしても意外な方取ったな。)


イリミナが取ったのはオカズクレープだ。てっきり甘い方を取ると予想していた。レイの目の前で美味しそうにクレープを頬張る2人。その様子を見ながら自分もクレープに舌鼓を打ちつつ疑問に思う。


「2人は今までどこに居たんですか?」


聞かれたた2人は一瞬、動きを止める。その様子に怪訝に思いながら返答を待つ。するとイリミナは言いづらそうに視線を動かすと、


「え〜っとね。その、持ってきた物を換金しに行ったの。」


(換金か、なんか申し訳ないな。)


おそらく3人分の旅費のために、換金する必要があったのだろう。現状、レイの立場はヒモ男でしかない。その状況を打破するためにも冒険者になった。だが、換金しただけであれば先程の2人の反応がより一層理解できない。そんな様子のレイにイリミナは「えへへ」と誤魔化し笑いをしつつ、


「換金してお金を貰って、そこまでは良かったんだけど…目つけられちゃった」


(へ?)


どういうことなのかより詳しく聞く。どうやら2人は自分が出かけたあとにこの世界の質屋に行ったらしい。だが行った質屋は普通の質屋ではない。表では売れない品々を取り扱い、出入りする人間も日の光を浴びて表を歩けない者達ばかり。そんな人達の吹き溜まり。つまりは裏市場に行ったらしい。そこまでなら危ない橋を渡るだけで済んだ。しかし、


「えっとね、持ち込んだのがこのぐらいの宝石なんだけど…」


イリミナがこのぐらいと胸の前で丸を作る。両手の指の先の表面をつけて円を作っている。かなり大き目のサイズだ。この世界の宝石の標準の大きさが分からないが、目をつけられたことから、きっと標準では無かったのだろう。


「それでね…その…私も知らなかったんだけど…どうやら私が出した宝石は確認されただけでも4個ぐらいしか世界に存在しない物だったみたいです。」


「標準よりも大きくて、希少価値がとんでもない鉱石…」


レイは口の中で呟きながら納得するしかない。


(そりゃ目、つけられるよな〜)


(彼女がどうやって入手したものなのかはわからないけど、そんな高価な物を護衛もつけてない村娘がきたら格好の的だよ。)


「でもですねマスター!姉さん強かったんですよ!武器を持って襲ってくる男達を瞬殺ですよ、瞬殺!」


「え!刃傷沙汰になったの!?」


「そこまではしてないよレイくん。だから安心して。ちゃんと手加減したんだから。」


手加減をした胸を張るイリミナ。その様子に苦笑いし内心で溜息。


(はぁ〜、もう確定だ。絶対に目つけられてる。)


希少な鉱石だけならば追ってにも、いくらかの方法で誤魔化しが効いたかもしれない。だが、裏の人間が身内を害されて黙っているとは考えにくい。恐らくなんらかの方法で仕返しにくる。


(と、なると…)


少なくともこの街からは早めに出た方が良いだろう。問題は相手方の出方だ。イリミナが腕が立つといってもどれほどのものなのかがわからない。レイは横目にクレープを美味しそうに食べている2人を見つつ少しの時間で考えを纏める。


「わかりました。目をつけられちゃったのならそれは仕方ないこととして、早くこの街は出たほうが良いですね。」


「その意見に賛成。ほんとうにごめんね。」


イリミナが申し訳なさそうに答えるので「いえいえ」と返しつつ、


「実はですね、朝方にこんなものを手に入れたんです。あ、ディアに。これお土産。」


「ん?なんですかこれ。プレート?」


「そうプレート。冒険者であることを示す物だよ。」


「え!ギルドに行ったんですか?!いいなぁ〜私も行きたかった。」


実はディアの分も貰っていたのだ。


「あ、懐かしいね。私も昔はね冒険しゃ…」


ディアとレイの会話に自慢気な様子で話すイリミナが途中で言葉を切り、レイの近くで身を隠そうとする。


「…いますか?」


「うん。後ろに2人、1人は髪の毛がない人でもう1人は身体がとても大きい人。」


軽く周りを見渡せば、明らかに一般人ではない雰囲気の2人組が辺りをキョロキョロと見渡している。視界を戻せばイリミナの髪色が茶色になっていた。今の一瞬で魔法で染めたのだ。


「兄さん、この噴水の周りには人が多いですから。移動してもバレにくいと思います。一旦、宿に戻りましょう。」


足元をみればいつのまにかクレープを完食したディアがいる。こういう時は冷静でとても頼りになる存在だ。身体に沢山のクリームをこぼしていなければ、尚よかった。ともあれレイもディアの意見に賛成だ。ディアを回収し、イリミナの手を引く。幸い、この噴水近くには若い恋人同士達が多い。その景色に紛れるように移動する。



「いや〜危なかったですね〜」


宿に着いて、第一声をルディアがあげる。


「思ったよりも動きが早い。やっぱり、早くこの街を出た方が良いですね。」


「そうだね、それと服も変えた方が良いかも。」


(そうだった、服も変えたほうが良い。)


自分を含めた3人の服装を見る。誰も目立つ。


「わかりました。自分が買ってきます。何色が良いですか?」


「マスター、服を買うのに色だけ聞くのはてきと…あぁそういうことですか。」


「?、2人だけで納得してないで私も混ぜて欲しいな。」


「姉さん、マスターの服を見てどう思います?」


服、そう言われてイリミナはレイをみる。色は派手ではないが、今まで見てきた服とはどこか違う作りをしているように思う。それでも丈夫そうでとても仕立てがいいのだろうとイリミナは考えた。


「丈夫そうで良い服だと思うよ?どこで買ったのか気になる。」


「売ってないですよ。あれマスターが自分で作った服ですから。」


「へ!?そうなの!」


改めてレイを見る。とても手作りとは思えない仕立ての良い服だ。

今までの会話からして、服は買うのではなく仕立てるのか、とイリミナも理解した。


(レイくんは凄いな。器用なのかな?私は料理は自身あるんだけど裁縫は…ん?服を作るってことはサイズとかどうするんだろう。……え、図るの?ど、ど、どうしよう。私ちょっと最近太ちゃったかもしれないし…、そ、それにレイくんに知られるのは何だか恥ずかしいし。いや!レイくんのことだから下心とかはなさそうだけど…恥ずかしいものは恥ずかしいし…)


などと思考がぐるぐるしはじめる。レイがイリミナの前で手を振っているのにも気づかない。そしてイリミナの形の良い耳をレイの声が通る。


「じゃ、ちょっと行ってきます。」


「え!ちょっとまっ…」


バタン。ドアが閉まる。呆気に取られるイリミナをディアはクスクスと笑いながら、


「大丈夫ですよ姉さん。姉さんが考えてるような事はしませんよ、サイズを測ったりとかね。」


「へ?」


サイズを測らずに服を作るとはどういうことだろうか。


(は!まさか計るまでもないってこと?)


軽く胸を触る。自信があるものでもないが押せば跳ね返るくらいにはある。


(ちゃんと胸はある。大きくはないけど小さくもないはず。平均がわからないけれど…だからと言って、小さいなんてことはないはず。ないったらない。いや、ちゃんと有るものは有る。)


と自分に言い聞かせていると。その様子を見ていたルディアが、


「姉さんは、ちょっと天然の気がありそうですね。多分、姉さんが考えていることは違うと思いますよ?測らなくても良いと言うのは、そのまんまの意味です。兄さんは相手を見ただけである程度は体格とかわかるんですよ。ちょっと、育つ環境が悪かった影響ですね。」


旧世界では生物がほとんど居なかった。逆に言えば、いるのはいたのだ。異形となり旧世界の悪環境に馴染もうとした生物のなり損ないが。それの体格や弱点部位を見抜くのは生き抜く上で必要だった。ともあれ、イリミナにとって、見ただけでわかるというのも、


「…なんかちょっと複雑だな〜」


「あ〜気持ちはわかりますけど、今回は我慢でお願いします。そのかわり完成は楽しみにしててください!兄さんは服作るの上手いですから。」


確かに、レイの着ていた服からもレイの腕の良さが伺える。どんな服を作ってくれるのか気になり出すイリミナ。


「うん!そうだね。楽しみにするよ。」


あの人が作ってくれる服、そんなの嬉しいに決まってる。



イリミナが微笑む。花が咲きそうな蕾のように。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その少し後のレイは、


「銀貨3枚だよ!」


「いや、これとこれ、後はこの針と糸も買うんで銀貨2枚と銅貨5枚にまけてください。」


「いや、銀貨2枚と銅貨7枚!」


「それなら…


布屋の看板娘と壮絶な交渉をしていた。意外とレイは値切るときはとことん粘る、強かの性格だったりする。

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