プロローグ1、始まり
1つの文明が終わろうとしている。周りに意識を向ければ草木は見当たらず、その代わり倒壊したビルが風化し消えていく音が聞こえる。それと同じ状態の建築物が無数に存在することから嘗ては栄えた都市だったことが窺える。そう考えていると遠くから轟音が聞こえてきた。見るとキノコ型の雲が見える。衝撃波が頬を掠める。
世界は今、戦争の真っ只中だ、既に戦争は80年以上は続いている、もう100年にも到達したかもしれない。もはや何がきっかけで戦争が始まり、誰が敵なのかすらわからなくなるほど混迷を極めた不毛な戦い。
その世紀末と言うより終末期と呼ぶ方が相応しい場所を1人の少年が歩いている。
少年は鈍色と言うべきか燻んだ黒髪に瞳は茶色、幼い顔は中性的で将来が楽しみな顔立ちをしている。しかし瞳には幼い顔には似合わない諦念が宿り、その足取りはおぼつかない。
やがて少年は1つの穴に辿り着く、否、それは穴と表現するよりクレーターと表現するのが正しい。
そこで少年は探していたものを見つける。それは見るものを魅了し引き込むほど綺麗な赤い石だった。少年は赤い石を細い指で掬い上げる。赤い石がどういった代物なのか少年は全く知らない。
それもその筈だ、理由は少し時間を遡る必要がある。
「個体No.00、こっちに来なさい」
そう少年を呼ぶのは顔の半分が機械でできた頭部の薄い、見た目70代ほどの人間の男だ。
見た目からして男が本当に人間なのか疑いたくなるが人間には変わりない。
だが、半分だけは人間だと言い直す方が正しいかもしれない。彼は研究者であり迷う必要なくマッドだと言い切れる研究者だ。
彼は死ぬことが怖かった、今まで積み上げてきた研究を捨てることなど出来なかった。研究は成果を出すことが目的であり彼の存在全てを賭けて望む夢でもあった。
研究内容を簡単に纏めるのならば、新人類を生み出すこと、これに尽きる。
彼の想う新人類は、寿命が長いことは勿論、聴覚や視覚といった五感の強化、身体能力の大幅な上昇を目標にしていた。だがこの壮大な研究は性格がマッドなこと以外、只人の彼には寿命という時間制限の中では達することができない。その為、彼は自身に機械を組み込むことで強引に
寿命を引き伸ばし、今の姿に至った。そして外は生物が長時間、活動できる環境でないため地下に施設を作り研究を続けている。
「散歩の時間だ、歩くルートは自由だが50分は外にいてもらう、今回は私も外に出るため防護服を準備する、No.00は外に出たらその場で待機だ。さあ行きなさい」
「はい」
彼の中で少年は、研究の集大成であり自信作だ、少年は自然治癒能力が高く掠り傷程度ならばすぐに治り、寿命もエネルギーさえ有れば半永久的だ、身体能力も申し分ない。だが欠点としてエネルギー効率が非常に悪いこと、感情の起伏が乏しいことがあげられる。
前者は少年の利点を全て駄目にするほどの欠点だ、そのため早急に対処する必要があるが上手くいっていない、そもそもこの世界は既にエネルギーが尽きかけているのだから。
後者はさほど問題では無い。過去に流行った文明の物語を聞かせることで徐々にではあるが改善されることがわかっているからだ。また兵器としても使うため感情は最低限で良い。
研究者は自身の作った作品を軽く分析しながら防護服を身につけ外へと繋がる出口を目指した。
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廃と化した都市に少年が立っている、少年は暗い空を見上げていた、夜だから暗いのではない、
大気汚染により空気が澱み嘗ては綺麗な青だったと教えられた空にその名残は一片も見受けられない。
だが少年は視界の端に波のような揺らめく空間に気づきそこで光を目にした、その光は青ではなく赤であった。前兆もなく現れた光は音もなく流星のように落ち始め、轟音とともにクレーターを作った。それは近くではないものの少年の特別性の目には落ちた場所を捕らえられる距離であった。その赤い光を目にした途端に少年の中のなにかが芽吹いた。少年は揺れていた、命令を守りこの場で待機を続けるか胸のあたりを波打つ何かに従いあの光の元に行くのかを。
この日、少年は初めて命令に背いた。
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少年の手には赤い石が握られている。
少年は直感的に気づいていた、この赤く輝く宝石がこの世界の物でないことを、
別の世界から来たものであろうということを。