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公募、企画もの短編集

コヨーテ・ホイホイは星の下

作者: ぱいぽい

前作を読んでから読むと……


一層楽しめるかもしれません

(かもしれません……

 とんとことん


コヨーテ・ホイホイはドアをノックします。

でもそのドアは、応えません。


 とんとことん


森の奥にひっそりと建てられた白木のドア。

でもそれはドアだけで、その周りにも、後ろにも、家はありません。


「こんにちはー!」

「どちら様ー?」


挨拶をすると、ドアの向こうから声が返ってきました。


「あのね、あのね、

 僕はホイホイだよね。」


ドアの横から、老眼鏡をかけたツキノワグマが顔を出します。


「おやまぁ。」


老眼鏡をかけたツキノワグマは、コヨーテ・ホイホイをしげしげと眺めます。

昔はたくさんの子供たちを見てきましたが、今は隠居して一人暮らし。

実に久しぶりに人に会います。久しぶりのお客様です。


「どうしましたかねぇ。」

「えっとね、流れ星を探しに来たよ。」


確かにここは森の奥。山の上。

見晴らしは最高です。だって屋根はありませんもの。


「そうですか、そうですか。」


ツキノワグマはカレンダーを眺めます。


「せっかくのお客様。

 でも生憎と、お茶の葉が切れててお迎えが出来ないわねぇ。

 これでお茶の葉を買ってきてくれるかしら?」

「うん、うん、

 わかったよ!」


コヨーテ・ホイホイがお金の入った子袋を受け取ります。


「明日また、来てくださいな。」

「うん、また明日!」


コヨーテ・ホイホイは走ります。




 とんとことん


コヨーテ・ホイホイはドアをノックします。

でもそのドアは応えません。


 とんとことん


森の奥にひっそりと建てられた白木のドア。

静かな森に、静かに立っています。とても丈夫そうです。


「はいはい、ちょっと待ってくださいな。」

「流れ星を探しに来たよ。」


 

ドアの奥から声だけが届きます。


「ここに流れ星があると、どなたから教えてもらったのかしら?」

「あのね、あのね、

 ワイルド・タイガーさんがね、

 あのババァならどこにあるか教えてくれるゼ! って教えてくれたよ!」


あのヤンチャだった、ワイルド・タイガーでしょうか。

遠い思い出の彼は小さいままでしたが、きっと今は、すっかり大人になっているに違いありません。懐かしい記憶です。


「ワイルド・タイガーは元気なのかしら。」

「うん、

 子供がね、たくさんいてね、大変なんだゼ! ガハハハハって、

 言ってたよ!」


ドアの横から、昔を懐かしむツキノワグマが顔を出します。

ドアは開かなくてもいいようです。だってドアの横に壁はありませんもの。


「おや、まぁ。」


あの頃の彼は、この子ぐらいだったでしょうか。


「お使いありがとうね。」


昔を懐かしむツキノワグマが、コヨーテ・ホイホイから茶葉の缶を受け取ります。カサカサと、茶葉が揺れます。

なにか感慨深いものがあったのでしょうか。

目をつぶり、空に向けて鼻をスンスンと鳴らします。


「でも生憎と、骨粗鬆症でお構いが出来ないわねぇ。」

「こっしょしょーしょー、ってなんですか?」


コヨーテ・ホイホイは首を傾げます。


「おばぁちゃん、ってことですよ。

 カルシウムはなかなか取れなくてねぇ。

 これで牛乳を買ってきてくれるかしら?」

「うん、うん、

 わかったよ!」


コヨーテ・ホイホイがお金の入った子袋を受け取ります。


「明日また、来てくださいな。」

「うん、また明日!」


コヨーテ・ホイホイは走ります。




 とんとことん


コヨーテ・ホイホイはドアをノックします。

でもそのドアは応えません。


 とんとことん


森の奥にひっそりと建てられた白木のドア。

緑に囲まれた中にある白いドア。目立つはずなのにすっかり森に溶け込んでいます。まるで、昔からそこにあるかのようです。


「牛乳だよ!」


確かにコヨーテ・ホイホイは牛乳を持っていますが、コヨーテ・ホイホイは牛乳ではありません。ちゃんとコヨーテのままです。


「はいはい、今行きますからね。」


ドアの裏から声だけが届きます。


「ところで、どうして流れ星の落ちた場所を探しているのかしら?」

「あのねあのね、うんとね、

 そこにね、流れ星が落ちたからだよ!」


どういうことでしょう。確かに流れ星が落ちたところには、欲しいものがあるという逸話があります。

この子は何が欲しいのでしょうか。

夢や希望でしょうか。地位や名声、金銀財宝でしょうか。


「それは、落ちた場所を探せば良いと、誰かに教えられたのかしら?」

「えっとね、

 グース・ブラザーズさん達たくさんが教えてくれたよ!」


「おやおや、まぁ。」


グースはたくさんで行動します。それはそれは、誰が誰だかわからないほどです。

でも、ツキノワグマにはちゃんと一人一人の見分けがつきました。


「どの子でしょうねぇ。でもみんな口をそろえて言いそうよねぇ。」


ドアの横から、遠くの空を見上げながらツキノワグマが顔を出します。

空はどんよりと曇っています。でもその雲の上を飛ぶグースたちを思い浮かべます。


「お使いありがとうね。」


空を見上げていたツキノワグマが、コヨーテ・ホイホイに視線を降ろします。

牛乳を受け取りながら優しく微笑みます。


「でも生憎と……、流れ星は生姜と交換なのよ。」

「じゃあ、

 取ってくるよね!」


コヨーテ・ホイホイは答えます。


「あっ! お金!」


と、子袋を渡そうとしたツキノワグマでしたが、もうコヨーテ・ホイホイは走り出してます。なんて素早い子なのでしょう。


「うん、また明日!」


コヨーテ・ホイホイは走りながら答えます。




 とんとことん


コヨーテ・ホイホイはドアをノックします。

でもそのドアは応えません。


 とんとんとん


森の奥にひっそりと建てられた白木のドア。

これはいったい、何のために建てられたのでしょう。へだたり、でしょうか。


 とんとことん


ノックが響きます。でも声はありません。

不思議に思ったツキノワグマは、ドアの横から顔を出します。


「おやおや、まぁまぁ!」


そこには、泥だらけになったコヨーテ・ホイホイがいました。

泥だらけで、その姿はもうコヨーテには見えません。

でもコヨーテ・ホイホイは誇らしげ。


「生姜をね、取ってきたよね!」


白木のドアが開かれます。


「なかに入って。」


ツキノワグマがコヨーテ・ホイホイを家の中へと招き入れます。


「まずはお風呂が先ねぇ。」


不思議です。ドアの前と後ろでは、森であることは何も変わらないはずなのに、そこに生活感のようなものを感じます。

岩場にはお風呂らしきものがありました。露天風呂、でしょうか。



ツキノワグマは、コヨーテ・ホイホイを洗い始めました。

頭の泥を落とし、体の泥を落とし。瞬く間に綺麗になっていきます。

コヨーテ・ホイホイがコヨーテに戻ります。


「生姜は、掘ったのねぇ。」

「あのね、あのね、

 ブシドーをゆくモグラさんがね、手伝ってくれたよ!」


武士道を往くモグラとは、あの子のことでしょうか。

たくさんいる元教え子の顔が頭の中をめぐります。ツキノワグマは、元は学校の先生だったのです。今は年老いたので先生をしていません。


「たくさんの人に、出会っているのねぇ。」

「うん、たくさんの人がね、助けてくれるよ!」


元先生だったツキノワグマが、空を見上げます。

もうそこには、夕日が抜けて紫に染まっています。


「今夜は、泊っていきなさいな。」


ツキノワグマは、ブルブルと全身を震わそうとするコヨーテ・ホイホイに、大きなタオルを掛けます。

いくらこの家に床や壁が無いからと言っても、ブルブルと水しぶきを巻き散らかされては困ります。


「あのね、あのね、

 みんながね、先生によろしく! って言ってたよ!」

「あらあら、まぁ。」


感慨深くなりながら、ツキノワグマ先生はキッチンへと向かいます。

不思議です。やはりそこはキッチンなのです。緑に囲まれたキッチンなのです。

ツキノワグマ先生は鍋を火にかけ、料理を始めました。


 とんとことん とんとんとん


 とんとことん


 とんとんとん




 とんとことん とんとんとん


コヨーテ・ホイホイはツキノワグマ先生と一緒に、お家の屋根へ。

いいえ、この場合は尾根でしょうか。開けた場所へと向かいます。

そこに流れ星があると、先生は言います。


「うわぁあ……!」


コヨーテ・ホイホイは感嘆を漏らしました。

だってそこは、見渡すほど全てが星空だったからです。

まるで星々の中にいるようでした。

こんな場所は、コヨーテ・ホイホイには初めてです。


ここなら確かに、流れ星の一つや二つ、落ちてても不思議ではありません。



「あなたは、どうして流れ星が欲しいのかしら?」


ツキノワグマ先生が訊ねます。


「あのね、あのね、

 流れ星はね、欲しいわけじゃないよ。」

「あら、そうなの?」

「うん!」


はて、では一体、何が欲しいのでしょう。


「流れ星を探しているんじゃないのかしら。」

「あのねあのね、そこにね、

 友達が待っていると思うんだ!」

「お友達?」

「バックパッカーのラクダさんがね、夕日の丘でね

 君の友達は、流れ星が知っているってね、

 言ってたんだ!」


バックパッカーのラクダ……

どうやら教え子ではなさそうです。でもきっと良い人なのでしょう。


「大切な、お友達なのねぇ。」

「うん、大切な大切な、遠く遠くへと行ってしまった友達。」

「あら、まぁ。」



そこに、ひとすじの流れ星が通り過ぎます。


「あそこに、行かなきゃ!」


コヨーテ・ホイホイが、すくっと立ち上がります。


 とんとんとん


ツキノワグマ先生がコヨーテ・ホイホイの背中を優しくたたきます。


「まぁまぁ、お待ちなさいな。

 流れ星にはね、お願い事をしないといけないわ。」

「おねがいごと、ですか?」


コヨーテ・ホイホイが首を傾げます。

ツキノワグマ先生が、持ってきたポットからマグカップへと飲み物を注ぎます。


「大切な大切な、お友達に会いたいです。

 て、お願いするのよ。」

「でももう、流れ星は落ちちゃったよね。」


ツキノワグマ先生がマグカップをコヨーテ・ホイホイに手渡しました。


「今夜はまだまだ、流れ星が降りてきますよ。

 これを飲んでお待ちなさいな。」

「これは、なんですか?」


マグカップからとても良い香りがします。


「チャイという飲み物ですよ。

 ホイホイくんが材料を用意してくれたから作れましたよ。

 今夜は冷えますから、これで身体を温めましょうね。」



そこにまた、一つの流れ星が降りていきます。


「あ!」


コヨーテ・ホイホイが、すくっと立ち上がります。


「流れ星は早いよね。

 お願いごとは、あんなに早くちゃ、言えないよね。」


 とんとんとん


「大丈夫ですよ。」


ツキノワグマ先生もマグカップを持ち、星空を眺めます。


「お願いごとは思うだけでいいんですよ。

 あなたの大切な大切な、お友達のことを想えばいいんですよ。」


コヨーテ・ホイホイは腰を下ろしました。


「また流れ星は、降りてきますか?」

「降りてきますよ。

 それまで、大切なお友達のことを教えてくださいな。」


先生の目には何が写っていたのでしょうか。

星の数ほど、出会ってきた子供たち。みんな元気でいるでしょうか。


「そして、

 今まで出会ってきた人たちのことを話してくれるかしら?」



「うん!」


コヨーテ・ホイホイが星空を見上げました。


今夜は流星群がこの山にやってきます。

遅く、遅くの時間まで。遠く、遠くの先まで。

夜闇が深くなっても星は降り注ぎます。


コヨーテ・ホイホイは、大切な友達のことを話しました。


コヨーテ・ホイホイは、今まで出会った人のことを話しました。


先生は「おや、まぁ。」と話を聞き続けました。




 とん とん とん


「先生……

 次は、何を持ってきたら……、

 いいんだろうね?」


眠ってしまったのでしょうか。

コヨーテ・ホイホイは丸くなって、その頭をツキノワグマ先生の元に寄せます。


「そうですねぇ、」


ツキノワグマ先生が星空へと視線を上げました。


「今度は、そのお友達といらっしゃいな。

 きっと会えますからね。

 温かい飲み物を用意して、待っていますよ。」


流れ星が優しい光を纏って、まどろみの中に降りていきます。




 とんとことん


白木のドアが、森に木霊を届けます。

でもそこに、応えはありません。それはドアであって、ドアでしかないのです。

ドア以外に、壁も屋根も、家も何もありません。

静かにそこにある、白木のドアなのです。


 とんとんとん


森の奥にひっそりと建てられた白木のドア。

これはいったい、何のために建てられたのでしょう。へだたり、でしょうか。


いいえ、違います。



 とんとことん とんとんとん



ドアは開かれるために、そこにあるのです。


森の中でひっそりと、待っているのです。



星降る夜を、待っているのです。

よいお年を(≧▽≦)ノ

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― 新着の感想 ―
[一言] 優しい童話ありがとうございました♪
[一言] ホイホイが健気でかわいすぎる…。°(´ฅωฅ`)°。 終わりがいいですね。 >ドアは開かれるためにあるのです。 今度はお友だちと、とんとことん。と叩いてほしいです( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
[良い点] 「冬童話2022」から拝読させていただきました。 ホイホイは本当にいい子だし、ツキノワグマ先生はいい年の取り方をしましたね。 優しいほっこりとするお話ありがとうございました。
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