始まりの物語その6
「ゴブリンを退治するために村を出た俺には大きい問題がありました。わかりますか姫?」
「ええ。ゴブリン達の居場所ですわね?」
「当たりです。よくわかりましたね」
「ふふっマナトが一体どこへ向かう気なのか気になったのでしょうね。それだけお話に夢中になっていたの」
「それだけ夢中になってもらえると俺も嬉しいです」
「それで、あてはあるの?」
「いいえ、全くありませんでした」
「まあ、ではどうしたの?」
「あてもなく森の中を駆け巡りました。そんなに遠くに牛を連れて行くのは難しいと思ったので」
「それで見つかったの?」
「いいえ、それが全く見つからなかったのです」
「もう、駄目じゃない」
「ははっだから森をやみくもに走るのはすぐに諦めました」
「別の作戦を考えたのね」
「はい。作戦と言ってもゴブリンに家畜を盗ませてそれを追いかけると言うものなので、単純すぎて作戦と言う程のものでもないのですが……」
「いい作戦だと思いますけど……反対はされなかったの?」
「ははっ姫は鋭いですね。もちろんされました。家畜だって無限ではありませんからね。正直これまでにゴブリンに奪われた分だけでもかなりの痛手です」
「大切に育てたのでしょうしね……」
「俺も家畜の世話はしていたので、気持ちは痛いほどわかるのですが背に腹は代えられないというやつです」
「背?腹?」
「別のものと交換は出来ないと言うことです」
「まあ」
「必死に説得して牛を一頭だけ貸してもらえることになったのです」
「でも借りると言うことは返さないといけないわね」
「ええ、ですから盗ませずにゴブリンを1匹だけわざと逃がして、巣まで追いかける作戦に替えました」
「それなら牛さんも無事ね」
「ただ最初からそうしなかったのは、やはり確実性に欠けるからですね。夜の森でゴブリンを追いかけ続けれるかどうかわかりませんし、追いかけられてることに気づかれたら、巣に帰らないかもしれません」
「でも背に腹はかえられないのよね?ふふっ」
「ははっその通りです。仕方がないので作戦をそちらにして牛を1頭だけ放牧地に置いて、他の家畜は屋内に入れるようにしました。そして毎晩張り込んだのです」
「まあ!毎晩?嘘でしょう?」
「いえ、本当です。自分で言いだしたことなので昼に寝て、夜に起きていました」
「大変ね……」
「しかしそのおかげでついに、ゴブリンが家畜を盗みに来た現場に居合わせることが出来たのです」
「努力が報われたのね」
「相手は奇しくも、俺が最初にゴブリンと襲われた時と同じ数で5体でした」
「でも一度に5体も相手にするのは難しいわよね?」
「そうですね。ですが俺には今回は村長からもらった剣があったのです。相手の不意をついてゴブリンに斬りかかりました」
「とても勇敢ね!」
「ありがとうございます。そしてその時、自分でも信じられないことが起きたのです」
「いったい何かしら?想像もつかないわ」
「ゴブリンを簡単に倒せてしまったのです。1体目、2体目と……気づいたら4体目のゴブリンを斬り伏せていました」
「凄いわ!」
「気づいたらと言いましたが、前回は本当に死に物狂いで戦ったので覚えていなかったのですが、今回ははっきりと覚えています。この剣が凄かったのか不意を突けたのが良かったのかわかりませんが……とにかく簡単に勝ててしまいました」
「でもそこまでは予定通りなのよね?」
「はい。ですが、もっと苦戦するものだとばかり思っていましたからね……最後に残されたゴブリンは俺に恐れをなしたのかすぐに逃げ出しました」
「そしてマナトはすぐに追いかけたというわけね」
「そうです。しかし、森に入ると思った以上に暗くてかなり焦りました」
「暗い森……考えるだけでも恐ろしいわね……」
「しかもゴブリンは思った以上に足が速くて困りました。とにかく追うのに必死で、後ろを走っていることを隠すことはできませんでしたね」
「それじゃあ作戦失敗かしら?」
「ですが運良く、ゴブリンは巣へと逃げ帰ってくれたのです。知能があると言っても、モンスターにしてはですからね。そこまで頭が回らなかったのかもしれません」
「それでマナトはそのままゴブリンを退治したのかしら?」
「実はゴブリンを追いかけている途中で火が見えたのです。それはゴブリンの巣の入り口の見張りが持っている松明でした。だから俺はゴブリンの巣の前で一旦止まって考えることが出来ました」
「今、ゴブリン退治をするか、後日ゴブリン退治をするかね」
「そうです。そして俺は後者を選んだのです。今、退治しないと巣を移されてしまうかもしれないとは思ったのですが……後日、準備を整えてからゴブリン退治に向かった方がいいと思ったのです。と言うのは建前で正直に言うと森の暗闇に怯んでしまったというのが本音だったのかもしれません……」
「誰だって暗闇は怖いわ。私だって夜に外に出歩きたくないもの」
「姫……お慰みいただきありがとうございます。そしてその日はそのまま村へと戻りました」