始まりの物語その3
「俺を保護してくれた町は……あっ、町と言うよりは村ですね。村民100人ほどの小さい村で、村長さんが俺を家に住まわせてくれたんです」
「それはどの辺りの村なの?」
「この国の村ですよ。ここからは少し遠いのですけど……ほら、ちょうどあの山の麓の森辺りですよ」
「……見えませんわね」
「小さいですし、遠いですからね」
「残念です」
「その村のお医者様に傷が深く、完治するまで1か月はかかると言われました。それで傷が癒えるまでという話で、ご厚意に預からせていただいたのですが……」
「なにかあったのかしら?」
「なんと傷が3日で治ってしまいました」
「ええ!嘘でしょう?」
「いいえ。俺は嘘をつきません」
「お医者様も驚いたでしょうね」
「ははっ信じられないと言っていましたよ」
「それからどうしたの?」
「俺も恩知らずではありませんので。しばらく村で働くことにしました」
「それは素晴らしい事ですわね。どんな仕事をしたの?」
「ちいさい村ですからね。仕事と言っても農業しかありません」
「農業……やったことありませんわね」
「ははっ姫が農業をやったことあるなら驚きですよ」
「もう!私だってやろうと思えばできますよ」
「実は俺も農作業をやるのは初めてだったので、かなり苦戦しましたよ」
「桑で畑を耕すのよね?」
「ええ、手に豆がいっぱいできました」
「私は一度も手に豆ができたことないの……」
「だから姫の手は美しいのですね」
「お上手ね」
「他にも動物の世話をしたりですね」
「それなら私にもできそうですわ」
「意外と動物達はわがままですよ。馬になんて何回蹴られたかわかりません」
「難しいのね」
「最初はとにかくてこずりました。でもひと月もすれば、流石に慣れました。そんな時事件が起きたのです」
「いったい何がおきたというの……」
「ある日いつも通りに俺は牛の世話をしに行ったのですが、牛が3頭いなくなっていたのです」
「逃げたのかしら?」
「俺もそう思ってすぐに村長に報告しに行きました。そして村の人間で探したのですが見つかりませんでした」
「いったいどこに行ったのかしら」
「そして一部の村の人間は俺の事を疑い始めたました。もちろん村の人たちはとてもいい人ばかりです。ですが一部の人は余所者である俺を信用していませんでした」
「仕方のない事なのかもしれませんね……」
「そこで俺は真犯人を探すために牛の放牧地の近くを張り込むことにしました。牛達がいなくなったのは夜だと思われるので夜に寝ずの番です」
「まあ、私は夜更かしはしたことありませんわ」
「俺は元の世界では徹夜はしょっちゅうでしたね。だからあまり気になりませんでした」
「私も今度してみようかしら?」
「夜更かしは美容の天敵なので、おやめになった方がいいですよ」
「お母さまに怒られてしまいますしね。やめておきましょう」
「それがいいです。それでですね。牛達の近くでずっと見張りをしていたのですが正直……暇でしたね」
「本でも持っていればよかったわね」
「むしろなにか暇つぶしの道具を取りに戻ろうかと思いましたよ」
「でもその言い方だと戻らなかったと言うことね?」
「はい。その場を離れているうちに真犯人が来ても困るので」
「真面目ね」
「その日は寒く、正直に言うと牛を盗んだ次の日にノコノコと現れるとは思っていなかったので、途中で帰ろうかとも思いました。しかし犯人はその日のうちに姿を現したのです」
「いったい誰なのかしら?」
「人ですらありませんでした。それは……ゴブリンでした」