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とある恋をした男の話

作者: 星の砂粒

 ① 

 あからさまにおかしな男がいる。


 いや本当に変な奴がいるぞ。


 今日は仕事も遅くなったから、帰りにラーメンも食べたんで、あとは家に帰って最近はまってるオンラインゲームをやるだけ。

 幸い明日から2連休だし、今晩から行けるとこまでイベントに集中できる!って思ってました。


 思ってましたよ!


 もう頭の中は完全に休日モードで、どうやってイベントをクリアしてやろうかとかしか考えてなかった。

 5分前の俺にもし忠告できるなら、「イベントに集中しろ!あとは無視するんだ!」って言ってやりたい。

 もう本当に声を大にして言ってやるのに...。


 状況がわかんないって?

 それはそうだろう。

 俺にもわからん。


 まず目の前に見えるのは、俺が借りてるアパートだ。

 築10年少々の2階建ての集合住宅だ。

 その1階の端っこの1Kに部屋を借りてもう3年になる。

 駅からはちょっと歩くので周りは静かな住宅街。

 コンビニも近くに無いので、正直このくらいの時間になると結構静まり返っている。

 

 そんな街灯もまばらな住宅街のど真ん中。

 いやもっと正確に言うならば、ウチの玄関のど真ん前に変な男がいる。

 おっさん?でもないのか?

 30代前半くらいに見えるな。

 まぁ、変な行動してるから、おっさんでいいや。

 そのおっさんが、ちょうど建物の角を利用して、向こうの方を伺いながら隠れてる。


 ...邪魔。


 なんでよりによってウチの玄関の前にいるんだよ!

 お前いたらウチに帰れないじゃんか!

 

 かと言って声をかけてどいてもらったら、この部屋に住んでるのが俺だってモロバレじゃんか!

 いや、別におっさんにばれたからってどうってことないよ?

 ないけどさ!

 なんかイヤじゃん?

 知らないおっさんに住んでる場所ばれるのって、ねぇ?


 さっさとどっか行ってくれないかなぁ。

 と、思いながら少し離れたところで様子を見てみる。


 .....。


 ..........。


 ...............。


 ....................。


 動かねぇ!!


 何してるの!?このおっさん!


 見た感じ、黒っぽいスーツの上下を着ていて、いわゆる変質者!って感じには見えない。

 

 背中からしか見てないからなんとも言えないけれど、どこにでもいるサラリーマンスタイルだ。


 正直、俺と変わらないように見える。

 見えるんだけど、何というか、後ろから見る雰囲気が違うのだ。


 こう、「真剣」という感じなのか、何とも言えない緊張感が漂っている。


 もしかして、これはあれか!?

 犯人を追跡していて、張り込み中の警察官か!?

 あのドラマとかでよく見るやつ!


 まさかウチの玄関の前で、ドラマのような事が起きているのか!?


 ちょっとドキドキしてきたけど、ちょっと待てよ?

 普通ドラマの中でも、そういう張り込みって二人でやらない?

 いわゆるペアとか、バディとか、相棒とか、そういう人とやらない?


 だよねぇ。

 だって一人だったら、何かあった時に犯人、逃がしちゃうよね。


 もしかして、逆?


 借金を踏み倒そうとしている人を見張ってる、頭に㋳のつく職業の人?


 こわ!

 もしそれで、俺が邪魔したことで逃げられたり?

 逃げられた責任とらされたり?


 こっわ!


 どんどん変な方向で考えてしまって、このままだとウチに帰れない。


 そんな風に俺が葛藤しているというのに、おっさんはウチの前から一歩も動かずにアパートの向こう側を見ている。


 ホント、何してんだ?


 ていうか、アパートの向こうって何かあったっけ?

 まぁ住宅街なんで、家が何軒かと、いつ耕してるのかわからん畑があったかな。

 あと自販機が、アパートの向かいに一つ、少し離れたところにもう一つ。


 あっ、思い出した。

 ウチの冷蔵庫に飲み物が一つも無いぞ!

 しまった!駅の横のコンビニでコーラーとスポーツドリンク買おうと思ってたのに、完全に忘れてた!


 え?水でも飲んどけって?


 まぁ確かにウチの水道の水は日本一きれいな水ですって、なんて知事が言ってたような気もするけど、水道水をそのまま飲むのってイヤなんだよ。

 なんとも言えない抵抗感というか。

 少々お金がかかっても、ウチはミネラルウォーター派です!

 異論は認める!


 さて困った。どうしよう。


 たしかビールなら何本かストックがあったハズだけど、俺はイベントを制覇したいんだよ。

 アルコールなんか入れてしまったら、思考力と記憶力に判断力まで失って途中で寝るじゃないか。

 むしろ朝まで起きていたいくらいなのに。


 もうこうなったら、いったん目の前のおっさんのことは無視しよう。


 ちょうど目の前の自販機には、なぜか1.5ℓのコーラー売ってるし、ポカリもあったはず。


 おっさん、発見してからもう結構たつし、もういいよね?

 仮に俺が自販機で何か買うことで、監視対象に動きがあったとしても、むしろ膠着状態から動きがあったってことで、おっさんも次のアクションに行けるよね?


 うむ、そもそも俺には関係ない話であるうえに、玄関前で張り込まれて、一方的に迷惑をこうむってるのは俺の方だ。

 なんかちょっと腹がたってきた。


 そう思いながら、おっさんの横を華麗にスルー!

 

 おっさんに動きはない。


 そのままおっさんを無視して、アパートの角の向こう側へ。


 あれ?誰もいないね。


 どっかの家の窓でも見張ってるのかな?

 それだと、俺がキョロキョロしたところで、逆に不審だよね。


 まぁいいか。


 そのまま自販機の前に立って、財布を取り出そうとした瞬間、後ろに引っ張られた!

 

 えっ!なに!?

 何が起きた!?


 そのまま玄関前まで強制連行!

 目の前にはさっきのおっさん!

 何してくれてんの!?おっさん!


「何してるんですか!」


 こっちのセリフだよ!


 


 自販機の前から、強制連行されて結局玄関前まで戻ってきてしまった。

 目の前のおっさんのせいで。


 しかもこのおっさん、すごい勢いで顔を近づけてきている。

 待って!近い!

 近くて怖い!


「まさか、あなた...」

 

 恐るおそるといった感じのおっさん。


「あの自販機さんに、お金を挿れようとしてました?」


 .....はい?


「だから!財布からお金出そうとしてましたよね!」


 .....えっと、何がいけないんだろう?

 コーラー買おうと思っただけだけど?


「えぇ!?」


 途端におっさんが、まるで軽蔑するような表情を浮かべる。


 ちょっと待って。

 なんでジュース買おうとしただけで、こんなに軽蔑されてんの?


「そんないきなりお金を挿れようとするなんて、彼女に失礼じゃないですか!」


 本当に待って。

 何言ってるのこの人。

 彼女って何!?

 しかも微妙にお金を入れるニュアンスがおかしくない!?


「もしかして、あなた。初対面の人に、そんな強引に事を進めようとするんですか!?」


 かなり興奮してるけど、俺らも初対面だよね!

 強引なのはそっちもだよね!


「見てくださいよ。彼女動揺してるじゃないですか」


 そう促されて角の向こう側を見させられる。


 うん、誰もいないね。


「かわいそうに、あんなに怖がってしまって」


 こっちが怖いよ!

 おっさんが指し示す方には、当たり前のことだけど誰もいなかった。

 

 挙句の果てに、おっさんは誰もいない場所にむかって、安心させるように会釈する。


「良かった。ちょっと落ち着いたみたいですね」

 

 誰もいないよ!?

 まさか何か視えてるの!?

 おっさんにしか視えない霊的な何かでもいるの?そこに。


「さっきから何を言ってるんですか、あなた」


 何を言ってるのかわからないのは、あなただよ!


「ずっといるでしょ、彼女」


 そう促された先には、やっぱり誰もいなくて。

 住宅街の少ない街灯の向こうには、誰もいない静かな道が続いている。

 車がぎりぎりすれ違うことができる路地の向こう側には、白い自販機がひとつ。

 こちら側の、少し行ったところに赤い自販機が一つ。


 ...あれ?

 さっきこのおっさん、変な言い方してたよね。


 自販機さんとかなんとかって。


 そう思い出して、おっさんの視線をたどると、白い自販機が一つあった。

 自販機にしては珍しく、1.5ℓのコーラーやジュースも売ってる自販機。

 商品を照らす白い光。

 ボタンが押してくれと言わんばかりに、一定の間隔で色とりどりに光っている。

 お金を入れるところの上では、当たるわけないけどねと4桁の数字がくるくるまわっている。


 まさか、おっさん。

 彼女って...。


「彼女に決まってるじゃないですか」


 白い自販機だった。





 まじかー。


 おっさんが、ウチの玄関の前に陣取って、隠れて見守っていた相手は、逃亡犯でもなく、借金を踏み倒す人でもなく、幽霊でも宇宙人でもなく、...自販機だった。


 どこにでもありそうな白い自販機。


 まぁ確かに今時、大きいサイズのペットボトルを置いてる自販機なんて他では見てないかもしれない。

 

 100歩譲ったとしても、そんなちょっと古い感じのするだけの自販機だ。


「古いだなんて、失礼なこと言わないでください」


 あぁ、やっぱり俺の勘違いじゃなくて、おっさんの言ってる「彼女」というのは、目の前の白い自販機だった。


「確かに、少し前にはやったファッションなのかもしれませんが、それが一周まわって今は流行が再燃しているんですよ」


 ファッション言うな。

 1.5ℓ置いてるのは仕様だ。


「僕はね、そんなファッションセンスを貫く彼女を好きになってしまったんですよ」


 ヤバい!


 俺の危険感知能力が最大限の警報を鳴らしている。


 この世の中には絶対にかかわっちゃダメな人種ってのが確かにいる。


 普通に生きていたら、関わり合いになるはずのない人種だ。


 それは警察官とか、弁護士とか、いやこの人たちは困った時には助けてもらわないといけないから、いてもらわないといけないいんだが、普通に生活していればそうそうお目にかかるものでもない。


 それよりもさっき言っていた頭に㋳のつく職業の人とか、泥棒や詐欺師とか、自称霊能力者とか、自分を神だとか言ってる人とか、ともかくこのおっさんはその辺の人たちと同じ人種だ。

 普通に生活していたら一生かかわりあうことのない人たち。

 むしろかかわってはいけないひとたち。


 しかし危険感知能力の警報もむなしく、俺はこのおっさんにがっつりロックオンされていた。


「確かに、今の時代、彼女のようなタイプは一般受けされるものじゃないかもしれません。しかし、僕はそんな彼女にどうしようもなく惹かれてしまうんです」


 だから近いんだよ!

 さっきからおっさんとの距離は10センチくらいしかない。


「見てください。あの白い肌!まるで磨かれたような珠の肌」

 

 白いのは塗装だし、管理会社の人がたまに来て清掃してるからね。


「どんなに暗い場所でも、彼女のまぶしい笑顔は太陽のようにあたりを照らすのです」


 笑顔って、商品を照らしてる明かりのことかな?確かに暗い場所だとまぶしいよね。


「あ、あなた、僕を外見ばっかりみてるヤツだと思ってるでしょう」


 変なところばっかり見てる変なヤツだと思ってるよ!


「違うんです!僕が本当に惹かれたのは、彼女の優しい言葉なんです!」


 言葉って、自販機が話すわけないだろ!


「わかりませんか?彼女の話しかけてくる一言一言が、会社や家庭でボロボロになっていた僕の心を勇気づけてくれたんです!」


 最初っから何言ってるかわかんなかったけど、もう本当に何言ってんだ!?


 俺とおっさんの前では、定期的にカラフルにボタンを光らせている白い自販機が一台。


 俺はただコーラー買って、飲みながらイベントしたいだけなんだ!

 頼む、ウチに帰らせてくれ!


 そしていきなりおっさんは、がばっと自販機の方を見つめる。


 え?何が起きた?


「え?僕があなたを見ていた事を知っていたんですか?」


 ちょっと待って、自販機と会話しだした!?


「そうなんです。あの頃は仕事もうまくいかなくて。家に帰れば両親からも色々言われて、落ち着くところがどこにもなかったんです。そんな時あなたの言葉がうれしくて」


 なんか語りだしたぞ。

 自販機はチカチカとボタンを点滅させている。


「それからなんです。順調に結果も出るようになって。両親からも元気になったのは誰か良い人が励ましてくれてるんじゃないかって」


 自販機に励まされたなんて言えないよね!?


「母からも、もしそんな良い人がいるなら今度連れてきなさいなんて言われちゃって」


 照れるなよ!

 自販機持って帰ったら両親卒倒しちゃうよ!

 そもそも持って帰ったら泥棒だよ!

 管理会社の人困っちゃうよ!


「あ、違うんです!まだお付き合いしているわけでもないのに、こんな事言うなんて、気持ち悪いですよね」


 終始気持ち悪いです。


「え!いいんですか!?」


 なにが?


「こんな僕なのに、お付き合いしていただけるなんて!」


 !?!?!?


 よくわからないうちに、おっさんと自販機の交際が始まった。


 コーラーを買って、徹夜でイベントをクリアした。





 おっさんと自販機の交際が始まって、かれこれ半年が過ぎた。


 俺は二人?を引き合わせたきっかけと言うことで、時々話を聞いてやっている。


 このおっさん、なかなかマメな男で、二日と開けずに彼女?に会いにきている。


 日中は仕事をしている関係からか、終業後には決まって並んで座って、夜更けまで語り明かしている。


 ん?

 俺とじゃねぇよ!

 自販機の彼女とだよ!


 この間はレモンフレーバーのコーラーのことで喧嘩してしまったみたいで、しばらく口もきかない冷戦状態だったが、ピーチフレーバーが出たことで仲直りしたらしい。


 少しでも汚れがあったら、きれいなハンカチで拭いてあげてるから、先日来た管理会社の人が「なんでこんなにキレイなんだろう?」って不思議がっていたな。


 そんな二人?の仲も進展して、いよいよ両親に紹介しようって運びになってきたらしい。


 本気で紹介するの?

 どうやって移動させるの?


 俺も最近ではツッコミが追い付かなくて、もう好きにすれば?という感じになっている。


 さて、今晩もあのおっさんは自販機と愛を語らっているのかな。


 ウチの角のむこうでは、白い自販機が1台、ポツンと立っていた。


 あれ?いない。

 基本的にあのおっさんは自販機の横に座っているのに、今日はいない。

 とうとう家族にばれて、ここに来るのを止められたか?


 そう思って、何気に視線をめぐらすと。


 なんでそこにいる!


 いつものおっさんは、少し離れたところにある赤い自販機の前で、片膝立ちになってなんか言っている。


「おお!あなたはなんて美しい赤なんだ!」


 うわ!

 このおっさん、赤い自販機に浮気しやがった!


 おそるおそる横にたたずんでいる白い自販機を見る。


 そのボタンがチカチカ光っていた。


 うわ!

 見ろ!

 白い自販機さん、ご立腹モードじゃないか!


 俺、しらねー。



 あれ?

 なんで俺、自販機さんの言葉わかったんだろう。

 

 少し、白い自販機さんが可哀そうになってきたな。

 少し、気になるというか。


 あれ?これって...。



end

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