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第九話  第六のアルカナ+第十のアルカナ+第十四のアルカナ+第十八のアルカナ その三

喋り疲れたな。起き上がってそんな事を呟いた。広い部屋のキングサイズのベッドからは、部屋の仕切り越しに陽の当たるぴかぴかと輝く庭園が見えた。僕の家のリビングほどもある不自然に広い部屋には既に陽が差し込んで、それがもう昼頃なのだという時間が分かった。新品のシーツに布団は真っ白で、部屋は森の香りがいっぱいに充満してる。来客用の部屋なのだろうか、旅番組で観た王族が泊まるような一泊十万円のホテルに似てる。


「流石に起きなきゃな…」


頭がぼうっとしてる。覚えてるのは、鎧をぶっ壊れてたから人魚に代わって、そこから映画館でポップコーンを食べながら戦いを見てた記憶がある。いや、あれは戦いですらなかった。ただの自慢だな。


「にしてもさぁ…」


自分の手のひらを見る。長時間の眠りだったのだろう、手のひらは汗ばんでるし、眠り過ぎて逆に疲れてる感じもあるし、誰かと無茶苦茶長話をしたような疲れ方をしてる。つまり、戻ってこれたってことだ。人間に。


「お腹減ったな」


空腹感もする。ここがどこだか気になるけども、きっとご飯ぐらいは食べさせてくれるだろう。そんな期待もしつつ立ち上がる。いつの間にかゆったりとした薄手の服を着ていた。


「やることやったし、あとはもう帰るだけでいっかなぁ…」


持前の謎の寝起きテンションで昼食というか朝食を求めて歩き出す。庭園には大きな池があって、色とりどりの魚たちが泳いでる。目線を先に向けるとちょっとした滝も見れた。空気が美味しいし、ここ十万じゃちょっち足りないかなぁだなんて思う。


「…」


廊下は真っ白な木の板が一本だけ敷かれて真っすぐに伸びてる。滑らないし歩き心地が良い。ぺたぺたと妙に間の抜けた音が響く。


「…」


ぼりぼりとお尻を掻いて、特に何も考えずに廊下を歩く。和風と洋風とファンタジーとでもごっちゃに混ざった邸宅のようだ。


「…」


誰も、居ない。ヒーローが目覚めると大体誰かいてとりあえず案内してくれるパターンが多いんじゃないかな。それが可愛いメイド服の女の子なんて贅沢は言わない。黒服のメンインブラックが黙って連行してくよりはよっぽど悪くないシチュエーションだろうけども、どことも知らないだだッ広い場所で誰もいない独りぼっちだと、逆になんだか不安になってきたし、徐々に怖くなってきた。ジョジョに奇妙な冒険。


「ふふっ」


自分で考えたネタに自分で笑っている。鏡があったら多分その日は丸一日ブルーになってしまうであろう。なんて事を考えてると、美味しそうな香りが漂ってる。匂いの元めがけて歩いてく。この建物には、部屋と部屋の間に本来あるべきものが無かった。部屋と廊下の間にあるであろうドアだとかふすまだとかが無かった。寝室ですらそうだった。だから廊下からダイニングらしき場所が丸見えだった。テーブルと長い切り株で出来た長椅子の上には、美味しそうな匂いのする食べ物があった。


「おはようございます」


奥から巫女さんが出てきてくれた。手には更に美味しそうな食べ物が見えた。


「おはようございます。えっと、ここってどこですか?」


「私の邸宅ですよ。王宮内部に存在する秘密の場所ですので、ここは安全です。お腹も減りましたか?先にトイレとかすませます?」


「ペットじゃないんだから、そっちはまだ大丈夫です…。ご飯、いただきます」


「では。多分口に合うとは思います。張り切って作り過ぎたので多いかとは思いますけど、まだ食べたばかったら言ってください」


「ありがとうございます」


椅子についてから、テーブルを見る。山菜料理?が主流のようだ。木で出来たお箸が置いてある。こういうところは、朝から嬉しい。残念な事はご飯が無い事だ。でも、その事はあえて口にしない。


「美味しい!旨いですねこれ」


山菜のおひたしや、豆腐のステーキのようなもの、山菜の塩焼き、よくわからないけど、甘くてデザート代わりのスープなんかが最高だ。


「ありがとうございます。頑張っちゃいました」


そういって僕の食べっぷりを眺めてくれてる。旨い。本当に旨い、マジで最高だ。これにご飯があったら、僕は今ここで腕立て46回やってもいい。もちろん、ちゃんとしたガチめやつ。


「美味しくて最高です」


「ちゃんと水も飲んでくださいね」


木で出来たカップの中の水は美味しい水、炭酸水だった。ここだけ微妙だけど、これって話題に出した方がいいのだろうか。それとも、この世界の食文化は普通は炭酸水なのだろうか。炭酸水なんですか?なんて言っちゃうと失礼にあたるのではないか。とりあえず、この違和感は胸にしまった。


「おかわりも食べますか?」


「いや、大丈夫です。丁度お腹いっぱいなところでした。ごちそう様です」


はぁ。なんだか夏休みを思い出す。夕暮れの田舎の食事、後は寝るだけ。なんか涙が出そうになったので、全身の肉体が歓喜で打ち震えてる事を抑えて、彼女に質問した。


「すいません、あれからどうなったんですか?」


僕の質問に巫女さんは答えた。


「英雄殿が戦った相手は、現在空間凍結の後に厳重に隔離され重監視の上でサルビナが管理しています。英雄殿は、規定通りに守護者である私の家で過ごしてもらう事になりました。戦いの場所には既にエルセダス重役の二人は回収され、今回の一件は深い溝を残す事になりました。…ところでお体の調子はどうですか?」


「絶好調です。なんだか、戻ってこれたんだなあって感じです」


「それは何よりです。なによりなのは無事が一番ですから」


「あとは、帰還の方法を探しながら、この世界に貢献するってことだと思います」


「そうですか」


思い切って、自分の意見を言ってみる。


「ただ、今の僕が現実に戻る事とこの世界に留まり続けて世界に貢献することは同じじゃなくって、僕本来の価値や、多くの人が望む事は、きっとこのここに留まるってことだと思います。例え僕、帰ってもやることないし」


宿題ぐらいだろうか。


「死ぬような目に合うたびに、もうこりごりだ。金輪際もうやらないやりたくない。絶対に家に帰って温かいご飯を食べてやるってそういう怖さも恐れも、もうとうに過ぎ去って、今はもう、非日常の現実を受け入れてるんです。実際何度も死ぬ目に合いましたし。もう認めるしかない。もちろん、家に帰る事も大事ですけど、多くの人のためにやれる事もやっておきたいって思うんです。うぬぼれじゃなくって、もうこの世界には、僕が必要だと思うから」


僕の言葉を聞いて巫女さんは頷いた。


「英雄殿が」


僕は遮っった。


「ユウキでいいです」


「それは、どういう意味ですか?」


予想外の問いかけをされたので答える。


「英雄のための守護者である巫女さんは、特別だから、他の誰かと同じような呼び方で呼ばれたくないですから」


だからフレンドリーにっと。


「それは、どう特別なのですか?」


更に踏み込んでこられたので、僕は答えに窮してしまう。


「えっと」


思った。ふと考えた。世界中のあらゆる人の英雄であり続ける事と、彼女にとっての英雄であり続ける事は、同じじゃない。彼女にとっての英雄、救世主としての責任を、僕は負えるのだろうか。例えば彼女がもし、僕と婚姻関係によって結ばれるものを望んでるとしたら。僕は彼女と。例えばの話、たとえば。


「特別は、特別ですよ。守護者、この世界での僕の後見人のような存在の片だと言ってくれましたし」


可愛らしい顔が、一瞬引きつり凄まじくがっかりされた顔になった。その時、彼女が僕に対してどういう想いでいてくれてるのかを少しだけ理解した。ひょっとして、今、僕は、彼女を視ようと意思の力を用いるだけで彼女の気持ちが、心が、意思が、理解できるのかもしれない。でも、それはとてつもなく卑怯な事のように思えた。ヒトの心を土足で踏み躙るような。少なくとも、人の生命や国の危機、やむを得ないような事情が含まれる以外は、この力は使用すべきではないだろう。いや、そもそも、まだ使えるのだろうか。


「守護者にとっても、英雄なのだと私は思うのですが」


さらに食い下がってこられた。ええ?こんなところで。いや、それとも。これが彼女にとって、大切な事なのだろう。これが、なによりも。ひょっとしたら、この世界にとっても。僕にとっても。だから。僕は彼女の目を見た。瞳を視た。


「…」


彼女から、僕に、糸が出ている。それはもはや、糸ではなく、鋼鉄で出来た、鎖。


「…」


ぞっとした。というのが正直なところだった。あらゆる糸という糸がねじ曲がって絡み合ってそれが複数出来て編みあがっているのだ。これはもはや、一人のヒトが持つ感情や意思や心なんかじゃない。彼女の持つ魔眼によって、僕は彼女をそういういびつな捉え方でしか視れなくなっているのだろう。だとしたら、彼女の心はどこに?ひょっとしたら、この世界でただ一人だけ、彼女だけは、心が視れないのではないかと思えてくる。魔眼に宿る、英雄への意思、救世主への願望、或いは、呪い。あらゆる感情を、彼女の肉体は飲み込んでるのだ。たった一人で。頑張って背負っている。


「僕と同じだ」


心の声が、ふと現実の呟きとなって口から漏れてしまった。一瞬彼女は怪訝な表情を浮かべたが、僕は更に勢いのまま続けた。


「守護者にとっても英雄ですけど、そう年も変わらないぐらいの同級生の女の子に、英雄だなんて毎度毎度言われてたら、慣れる方が恥ずかしいです。少なくとも、僕と同じように、この世界に役割を持って生まれた特別な人だから。僕みたいなぱっと出て召喚されてここに来たような人間とは違う、想像できないくらいたくさんの想いを積み上げてきた特別な女の子だから」


「そうなんですか…」


それからちょっと下を向かれて微笑んでくれた。こういうシチュエーション、ゲームだとよくあるんだけど、まさか僕の人生始まっちゃってるのか。まさか始まっちゃってるのか。


「えっと!あの!そう言えば巫女さんのお母さんとかお父さんとかはおられないんですか!?」


「父も母も婚姻したらこの場所を離れます。この場所は英雄、じゃなくって、この場所はユウキさま…?」


「さまはいらないです…」


同級生のためっぽい女の子に様付けを強要してる男子高校生がいたら、そいつは木製のバットで全力で腹をフルスイングされて病院に直行されるべきだ。確かそういう法律もあった……。なかったら作るべきだ。誰も作りたがらないなら、僕が作ってもいい。


「ユウキで呼び捨てで!えっと、その、僕は違うし別だけど、必要なかったら敬語もいらないですから!僕は癖でつけてますけど、その、面倒ならいらないですから!」


「私も癖なんです…」


「一緒ですね」


そう言って少しお互い笑った。


「この場所はユウキにとってのこの世界の隠れ家的絶対領域になります。疲れた時、ここに来れば癒されますし、眠るときは快適な眠りを保証します。そして、ユウキのお世話をするのは一人だけ、今の代でいう私にあたります」


「そ、そうなんっですか。えっと。そもそも、危なくないですか?女性一人だけって。そもそも、英雄として召喚されるやつだって悪いヤツかもしれないし」


なんかさっきからメッチャはずい事言ってる気が今更してきてどぎまぎしてしまう。


「そこは、そういう適正のある存在の方のみを対象を召喚しますから。更に言うと、宝具の仕様上適正者は消失の特性を持つ方が望ましい。消失とは、魔力や守護、呪いといった超常的現象を肉体に溜め込まない体質の方です。珍しい特性で、特性の能力上ネガティブだったり消極的だったり、えっと。………落ち着いた方にみられる特徴ですね」


今軽くナチュラルに傷つくような事言われて、言われた後に気付いてフォローされる言葉に直された気がするけど、これはきっと僕の気のせいに違いない。


「な、なるほど!えーっと。ちなみに僕はその消失っていう特性を持ってるんですか?」


「ええ」


「それってどういうのなんですか?」


僕は身を乗り出して食い気味に聞いてみる。


「具体的にはどのようにですか?」


「えーっと。戦闘とかで役に立ちます?」


「立ちませんね。そもそも魔力を操作して魔力のこもった武器で戦うのです。魔力無しではガードすらも突破されて致命傷を負いかねません。そういう意味では、この世界では魔物ですら無意識に魔力を使用しますので、むしろ、戦闘では絶対に立つべきではありません。今のユウキなら、なおさらです」


やっぱりか。そう思う。


「もう普通の人間に戻ってるのって、分かるんだ」


「はい。望ましい事です。これで契約は破棄され、命の代価を払う必要はありませんから」


言われてみてから気付いた。


「あっ」


一瞬思考が停止する。こういう大切なこと、どうして忘れてたんだろうか。思わずのフリーズ。


「ただ、手のひらをこちらに向けてください」


言われた通りに手のひらを見せた。


「えっ?」


そこには複雑な紋章と細長い針金が絡み合って出来た鍵のようなタトゥーめいたものが描かれてた。父親に見つかったらやべーやつだ。


「これは鍵、きっと女王なりの気遣いと最後の埋め合わせでしょうね。これで一度はあの世界への扉が開きます。きっと無意識下で彼女と謁見をされたと思いますよ。一度だけ使用できるあの世界との鍵。私も一度だけ幼少の頃に持たされました。今はもう、あの世界との繋がりは絶たれました。残すところはその鍵だけ。使うべきところで使われる魔法の鍵です」


「そうなんだ…」


思えば、確かに誰かとそういう話をした記憶があるような、夢のセカイだからだろうか。思い出せない。


「だから、もう、戦いは私に任せてください。今度からは、私がユウキを守りますから」


一方、その頃。エルセダス 王宮内部観測室


「魔術師のアルカナ、消滅してます!」


「どういう事だ?」


「儀式を無視してこちらの世界に干渉してきたというわけか」


「倒せるのか?こんな次元渡りは聞いたことがないぞ」


「ワンダーの名を冠するユーがついている。滞りなく儀式は進められている。チャンスだ。ゼルヴァ―」


「運命を仕込まれた子供達か………過酷過ぎるな」

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