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第七話 第十三のアルカナ、死神 その二

僕はこの黒い鎧の中に入ってる。その鎧には幾重もの太い鎖のようなもので大地から繋がれてる。僕はその繋がれた鎖で、この大地を引っ張り上げてる。それがとてもつもなく不毛な事のように感じられた。そして僕は、ただ無感情に淡々と引っ張りながら歩を進めるだけ。そんな空想が頭の中をよぎった。英雄という呪いに縛り付けられた、それはとても悲しい生き様のように感じられた。


「分かってます。本来ならば、ここから先はもう、この世界の人間に引き継がれるべき事。英雄殿は、ご立派に使命を果たされました。この世界は救われた。これだけで、本来はもう十二分なのです」


「巫女さんには、僕はどう映ってますか?」


「ユウキさんは、ユウキさんですから。どんなことがあっても、それは変わりません。私は、あなたがどんな決定をしても、それがどんな道でも、私は忠を尽くします」


嬉しい事を言われたと思う反面、心の中がむしゃくしゃになる。どうして彼女を顔を見てると、僕はそんな気持ちになるだろうか。言われた通り、僕は彼女の前では普通のただの人間として振舞えるような気がする。でも、どうして?僕は彼女の前では、彼女の前だけは、ワガママですら許されるように思えた。


「…」


まじまじと、その眼を見る。どうしてだろうか。女性とろくに目も合わせる事もできない僕が、どうして。彼女の前ではただの一人の学生なんて。彼女の匂い。彼女の雰囲気。彼女の気配。彼女の温かい視線。どこか、懐かしい。どこかで感じたような。ずっと感じてたような。まるで母親みたいに。冗談のような妄想だけども、僕の心は、彼女の前では不思議とただの高校生に成り果てる。意味が分からない。目線を逸らす事なんて出来ずに、思いついたままの生まれたまま、外向けの言葉以上に内面から未加工のまま口から出てた。


「僕は、誰かを傷つけるためにこんな場所にいるはずじゃないんだ………。サルビナによって世界が平和になるのはいい。結構なことだよ。でも、その裏で一体どれだけ血が流されるんだよ。全部それ、僕のせいかよ。僕が……。僕が世界を救ったから後始末をやれって言われてるじゃないか…。そうやって、支配されてるみたいじゃないか。サーヴァントじゃない、僕は夜宮勇樹だ!じゃあ。これから悪い奴を、敵国のボスも兵士も障害物も、まとめて全部殺せって事かよ。バカかよ。そんな事できるわけないだろ!!!ごめん、ゴメン……。ホント。でも、そうなるって思うんだ」


それで世界が救われるのならいいのだろうか。もちろん。いいことなのだ。これから平和な世の中になる。僕の手によって、偉大なる救世主が君臨するのだ。…本当に?出鱈目で場違いかもしれないような妄言を垂れ流す。ここから先、きっとこうなるのかもしれないと考えるとぞっとするような類の考えだった。もちろん直接的には命令されないだろう。しかし世界が運命という糸によって僕を操り人形のように動かしてゆく。僕はその糸を微塵にも感じられないのだ。


「正義は一つじゃない。真実は人の数ほど答えがある。理想を信じて戦ってる最高のお父さんだっているだろうし、そんなお父さんを待ってる子供もいるだろう。子供のために戦ってる、素晴らしい世界のために戦ってる、それがどんなに悪に見えたって、殺せるはずがないんだよ…」


無数の見える線。無数の縁が、無数の糸となって織りあげられる。運命って名前がつくような上等なものだけじゃない。なんにも成さずに死んでく人間だっている。文字通り、さっきの黙示録みたいに。ただ寂しく転がってるだけのモノになってしまう。


「どうすればいい…どうすればいいのかな………」


平和になった世の中で、自由の世界で、戦争が病が蝕んでいったとしたら。それは僕のせいなのだろうか。僕が全部悪いのか。僕が、世界なんて救っちゃったから。


「どうもしなくてもいいと思いますよ。嫌ならしなくていいのです。それが一番、中立ですよ。神様だって、幸運にも、誰かに肩入れしてるわけじゃない。ただそこにあって、ただ皆が納得してる。そういう在り方だって、あるんですから」


神様。か。


「僕の世界の神様には、良い神様もいて悪い神様もいる。いろんな神様もいるんだけど、もらえるのは形が無いものだけ。それ以外なら多分全部くれるのかもしれないし、くれないのかもしれない。ただ、それで納得できるほど僕の世界は優しい世界じゃないから。多分、ここよりもずっと優しい世界で生き易いって思うけど生きるってことだけで精一杯になっちゃって、とても大変なんだよ」


「…」


巫女さんは黙って聞いてくれた。なんでこんな気分になるのか。分からない。ワカラナイ。どうしてこんなに優しいのだろうか。なんで僕は、彼女の前でこんなダメな気持ちになるんだろうか。自分の理想を語ってみても、きっと現実的な答えが返ってくるのだろうか。


「僕は何もしない何もしてくれない存在になんかなりたくない。少なくとも、家があって、ちゃんと食べれて、お金も少しずつ増えていくのなら。それが一番じゃないか」


「…」


このままだと、世界は大きく傾く。群雄割拠の時代がやってくるのだ。


「僕が何もしない世界だと、それはそれでダメだ。それなら僕は、僕なりの正義に貢献すべきなんだ。でも、正義ってなんだろう。大切な事ってなんだろう。頭の悪い僕には、そんな事、定型文の答えしかわかっちゃいない。ねぇ、巫女さん。この世界には、貧しくて食べるモノにも困る人って、いるよね」


「いません」


驚くような答えが返ってきた。


「え?奴隷とか、その、娼婦とか…」


「四代前の国王が有能で激烈だったので、その辺りは徹底してます。売春宿もありますが、国営で管理をしてます。確かに英雄殿が仰られるような外道の商人もいましたが………今は徹底してます。とはいえ、犯罪が無いのかといえば、無いのだと答える事はできませんが、概ね、皆頑張ってますよ」


「そうなんだ」


残酷な世界で、残酷な社会なのだと思ってたけど、それがそうでもなくて、ちょっと安心した。


「じゃあもう、王子の案に乗っかって、この世界をまとめてもらおう方がいいのかな。彼らなら…」


「無理です」


え?


「大国は準備し、サーヴァントも召喚しました。星の気流が乱れたので、かなりの犠牲を払ってよほどの強者を呼んだのでしょう。天空城も着実に地上を侵略する算段を立てています。海底楽園も百年計画を立案し侵攻策を進めています。小国の血が流されるでしょう。魔法学院の動きも重要です。本当に、本当にここからが大変なのです。この混沌を、制覇しようと誰もが躍起になっているのです。そして気持ちは英雄殿と同じぐらい強い。油断なりません。もう新しい時代になってしまったのです」


世界のうねりは、誰にも予想できないほどに大きいのか。


「それでも無理って思いたくない。サルビナの世界制覇でハッピーエンドって僕も思っちゃいないよ。ただ、一番良い方法だって思って皆頑張ってる」


「そうかもしれません。いずれにせよ、あなたは約束を遂げた。世界を救った救世主なのです。偉大なる勇気の者なのですよ」


そう言ってくれる巫女さんに、やる気をもらった。変に元気が湧いてくる。誰かに鼓舞してもらって信じてもらって褒めてくれるってなんて贅沢なことなんだろう。


「勇気の者か」


案の定、方向性が定めったようだ。王子が言ったように、災厄は終わってない。災厄を終わらせる存在なのだから、僕の仕事はまだ残ってる。むしろ、ここから。


「ただ、英雄としてじゃない。ユウキとして。一人の人間として、手を貸す。もし英雄殿と呼ばれる高校生が手っ取り早く世界を平和にしたいなら、文字通り、世界はまっ平になってしまうよ」


必要な人物を、必要な人数だけ、ゼロにする。そんな強硬策は無し。


「こういうのは、顔を合わせて話し合うのが大切だと思うんだ。僕の個人的な意見だけど」


これは僕の素の意見だ。深い考えじゃない。


「話し合いの場を設けてみようと思う」


「………なかなか鋭い切り口で解決をされますね。確かに、意味はあると思います。英雄殿という絶対の存在が目に見える形で君臨されてる間は、話し合いの場はとても有効でしょう。ただ、テーブルに着かせるまでが大変だと思いますが」


すべきこと、やるべきことが胸の中で定まったと同時に、強い振動を感じた。この場所は建築物ではなく、動く要塞。車輪がついてるのか魔法で動いてるのかは分からないけど、移動できる建物だ。地震じゃないとするなら、なんなのか。


「…ッ」


激しい揺れが収まると同時に寝てる子も起こすような強いサイレンが鳴り響いた。


「敵襲専用の緊急警報…」


「物見台に上がって様子をみなきゃ」


「…」


窓を開けて直接外を視た。暗雲が大草原に立ち込めてる。やがてもやが晴れるように暗雲は引いていった。先ほどの揺れは移動要塞の急停止によるものらしい。


「禁忌の封印術………。封印術式の初段による濃霧…」


視ると、視界すら遮るような黒くて太い巨大な糸が僕に向けて出ていた。先を辿るともやが晴れた中心。


「エルセダスの召喚は、死神。強権的な召喚ですね、見事に世界と調和し、君臨できてる」


異彩のマナを纏う女性がいた。


「…」


ここじゃなければ、笑ってたことだろう。自分の身長すらもあるような長い柄に自分の上半身はあろうかというぐらいの大きな歪曲した鎌の太い刃。明らかに実用性はゼロだし、どう考えたって使いようが無い。武器としての使用用途ではなく、公開処刑といった民衆への娯楽として場を盛り上げるための衣装デザインの一つではないかと思う。僕の持つ武器のイメージは、一撃必殺の致命傷を負わせる戦場の道具。銃がそうであり、刀剣だってそうで、毒、罠、徒手による急所への攻撃だって技術体系としてみれば十分武器になるだろう。なのになんなんだあれ。大鎌。頭の悪いキャラクターデザインのまんま。絵心のある中学生がノートに落書きするような代物じゃないか。


「…」


目が合ったが、とても負ける気にはなれなかった。


「目標を肉眼で確認、迎撃する」

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