表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/15

第二話 初めのアルカナ、愚者 ヨミヤ その二



「肉眼での確認になりますが、計231体の黙示録の全面停止を確認。死骸の山の形成は封印区画として処理しております。加えて、第二波になろうかというゲートからの転移も同様に停止を確認しました。数は不明……黙示録の停止は凍結以上に、軽い衝撃を加えた結果石灰のように砕ける事も判明してます。霊的石化以上に、現時点では完全に沈黙!第一から第四、ワイヴァ―ン隊総出の掃討を開始しました!」


伝令係の女性は高らかに王様に向かって伝えた。王は頷いた。


「砕けた石灰は間違いなく浄化で滅しておけ。良い。ご苦労。下がれ」


物見台からは夕焼けが沈む頃、夕闇が差し迫っていた。風も出ていた。僕の気持ちは沈んでいた。鎧が、はがれない。もっとも、期待はしてなかった。ただ悲しい気持ちになっただけ。


「危機は去ったのでしょうか。怖いわ。英雄殿の見解をお聞かせ願いますか?」


老齢の王妃、多分間違いないだろう。彼女は尋ねた。正直僕にも正確なところは分からない。


「彼らと一体となって、寂しい滅びを感じました。…多分大丈夫だと思います」


「強いから安心ですわね」


戦うとか、強いだとか、そういう事なのか。僕にとっての攻撃のアクションは、相手を滅ぼす事。その目標に繋がる縁のある糸に繋がる場所もろともを滅ぼす事。想いの力をゼロにする。正確なところは分からない。災厄と呼ばれた巨獣の大群が生命体ではない事は分かった。誰かが作ったモノだった。ヒトか否かは、そこに意思があるかで分けるとして。アレらは生命の営みがあって発生した存在ではない。だから次、なにかを僕が攻撃する場合。それが人間相手だったら。どうなるかは分からない。想像もしたくない。でも―――多分。


「…大丈夫か」


自分にできる事が途方も無く多すぎるこの力の使用用途。なにかを滅ぼすこと。しかしながら邪魔だからって自然に生息する獣を排除するのもやりたくない。僕の力は、あまりにも非道すぎる。人道に反する。ただ、それが人類に敵対する存在なら、使用する事にはやぶさかでない。この立ち位置が、せめて人であろうとする意思の力があるのだ。


「…」


否。邪悪なる存在なら、存在は許されない。必ず殲滅する。正義は実行されなければならない。


「…」


ふっと我に返る。そうかもしれない。だけど、僕の力は、決して感情的に奮っていいものじゃない。何が正義なのか、何が邪悪なのか。僕の力が介入すべきなのか。この世界の問題はこの世界が解決すべき事。僕が手を貸せるのはここまでじゃないか?


「…」


もし、そうじゃなかったら?何百万のために、何万人を犠牲にしなければならなかったら?それで果たされる正義があるのなら。あるのならば。拓かれる未来のために。


「…」


頭の中が、ぐるぐると渦巻いてく。頭の中に脳が詰まってるとは到底考えられないけども、僕の人格は紛れもなく鎧の中に存在し、僕自身特有のネガティブな思考経路は、依然として空回りしてる。


「…」


例えそれが大切な人でも、公のための犠牲ならばやむを得ない。選ぶことが出来ないのならば、選ばないことを選択している結果になる。


「おぬしはもう、黙ってろ」


「…」


「え?」


全員が口をつぐんで僕を見てる。意識が途切れてた。はっとして現実に立ち返る。


「内なる者達との会話、ですね」


女中さんがそれを言ってくれた。そう。そうなんだよ。


「ほう」


「つまり、黒の宝具との内なる会話をされてるのですね」


女中さんは的確に言ってくれる。


「格好いいです」


王妃の隣にいる女中さんに小声で言われた。悪い気はしない。そっかぁ。やっぱり格好良かったかぁ。やっぱり分かっちゃう人には分かっちゃうんだよね。…マジ?マジでですか?もしかして今僕は間違いなく女の子に格好いいと言われたのか。はぁ。やれやれだぜ。


「…」


「…そうそう!自己紹介ついでにやっておこうか。父上も母上も、レスターもカーフィルも、そう心配すんなって!それじゃあ、改めて名を名乗らせて頂こうか」


真っ白い軍服を着た、香水をつけた同い年ぐらいの男は空気を変えるように勢いよく向き直った。そして、うやうやしく頭を下げて膝を地面につけるような礼をする。


「サルビナ帝国、第一王子、サルビナ・カセッレ・パラベラム。此度は世界救済のために今世に降臨してくださり、感謝の極み」


「えっぁ。ヨミヤ・ユウキです。高校一年生……16歳です」


王族がするような礼儀作法だと思う。とりあえず深々と頭を下げ、宜しくお願いしますと付け加えた。


「ユッキー!親愛の印にそう呼ばせてもらうよ。いいかな?」


「いいですけど…」


距離感をぐいぐい詰めてくる。中学時代を思い出す。懐かしいなぁ。みんな元気でやってるのかな。


「決まりだ。……父上!ビビってないで英雄殿に挨拶をなさってください」


「あ。ああ…」


王様は思い腰を上げ、玉座から立ち上がって、王子と同じ礼儀作法をしてくれた。


「サルビナ帝国王、聖座、サルビナ・コンラド・ベーフィーラナ。よく、よくやってくれた。黙示録からの救済は我が王家たっての悲願っ!良ければ、サルビナの名を冠させてくれ」


「えっと…」


サルビナの名を冠するという事がどういう事か、わからない。


「あーえっと。最高叙勲を与えてるっていうのは確定してるけど、サルビナの名を冠するっていうのは、公人になるってことで色々制約がかかったりするからね。俺個人的な意見としては、大賛成だけど。移動や旅行、公人の祭事には顔を出さないといけないし、慣れてないとキツイと思うんだよね。諸外国との交際で不愉快な思いをしたり、無理もしないといけないから。そのへんは、おいおい決めておく事にしよう」


「そうですね。…そうします」


「サルビナ・コスモス・ブラック。この人の妻になります、王妃ですわ。これから宜しくお願いしますね」


「宜しくお願いします」


「わたくし、どうやら腰が抜けちゃったみたいなの。…どうしましょうか」


「おいおい母上、勘弁してくれよ。フィーナ!!来てくれ!」


王妃は椅子ごと連れてかれた。にっこり笑って会釈をされた。大丈夫だろうか。周囲の付き人がせかせかと王妃の座っている椅子ごと持ち上げて下に行った。


「ヴォルモント・ヴァン・ロザルク。私の代で、どうして来るかなと思ってましたが、英雄殿が一切を葬り去って頂けて感謝感激であります。此度の作戦の総司令官を務めさせて頂きました。いやはや、勇があります。覚悟をしておりましたが…。いやはや、なんとも。なんとも…」


そう言って総司令官は涙を浮かべて鼻をかんだ。


「それと、ユッキー専属のお世話係さん。召喚された救世主の身の回りの世話をする係って言ってもいいのかな。救世主の身の回りの世話をする係も、祭事一式を任せられた家から輩出される。釘刺しとくけど、派手な事やったらいけないからね」


「英雄殿をお迎えする巫女になります。生活に関する事の一切を受け持ちます」


ペコリと頭を下げられた。僕より年下の女の子だけど、いやいや。これはダメでしょ。後でそういうのは結構ですと伝えよう。そんな、年頃の男の子と年頃の女の子がそういう関係っていうのは、いかんでしょ。まず間違いなく断言できる事だ。僕だって男の子だからね。遺憾ことはいかんのですよ。


「言っておくけど、家にも決まりや仕来たりがあるんだ。断ったりするのは無しの方向で。巫女ちゃん庭園が一流だから。任せておくのがお勧め」


僕の思考を読み取ったかのように王子様に言われる。鎧の姿から顔って垣間見えたのだろうか。今の僕の想像上の自分の姿は、中身の無い動く鎧なんだけど。


「なんなりとお申し付けくださいませ」


「よ、宜しくお願いします」


「一通り終わったかな。後は召喚士か。彼女はもう絶海の海底神殿に引き籠ってるから当分紹介できないね。あ、今すぐなら引き返してくれるかな?ま。いーけど。それじゃ、一応、祝勝会用の物資も持ってきてるし、ぱーっと使っちゃおうぜ。あと父上、賭けは俺の勝ちだから、十年無税ですね」


「う、うむ…」


「出し渋らないでぱーっと使おうんですよっ!?今回の片がついた一件でサルビナの発言権急上昇。永遠に名前が残るし、今後の覇権は間違いない。天災で手を組んだ同盟も緩くなる前に堅固にしなきゃあな。多少強引な手段を取っても、ここで手を緩めたら、また戦争の時代に突入する。だから、俺たちも忙しくしなきゃあな。ユッキー。災厄は依然続いてるんだぜ」


体の良い言われようだが、僕を利用するつもりのようだ。結局のところ何が正しいのかなんて誰にも分からない。そもそも正しい武器の使用法なんてものが正しい事に繋がるのかという事だって僕には分からない。ただ、そうなりたいし、そう願うだけだ。結局のところ、信じるしかない。僕は自分の良心に従って生きるしかないのだ。


「鎧が脱げないんですけど」


期待せず、そう言ってみる。


「んー。あー。それはマズイね。ちょっと待って」


つかつかとこっちに向かって来られたので、僕は静止させる。


「嫌な予感がするので、あんまり触らない方がいいです」


思念の渦の中。予感がした。


「あーやっぱり?」


「なんというか、いや。やっぱりいいです。鎧は気にしないでください」


なんというか、触れられようとすると、まるで地肌を触れられるような感覚になると思う。今でも風を全身で感じてる。鎧が脱げない、外せない、最悪のケースが当たってたとしても、僕は僕なりの道を行くのだろう。それしかない。一体誰が人生の道のりを知ってるのだというのだろうか。こんなんになったのだとしても、結局は、肯定するしかないじゃないか。それしかない、ただ進むだけ。


「なんとなくですけど、これ、多分もう、外せないと思うんです。なんとなくですけど」


「…」


重い沈黙が訪れたように感じた。そんな空気がとても嫌なので、僕は自ら口を開ける。


「でも、大丈夫ですから。なんとかなるでしょう。なんとか」


「現在この世界には魔法体系が確立しています」


空軍総帥が前へ出て言う。


「その宝具を持ち出したのが三日前、封を解いたのが四日前になります。英雄殿の装備品という形で捉えておりましたが、その宝具が憑依型、或いは一体型との判別がついておりません。ですが、我が国では多数の専門家を抱えております。ヴォルモント・ヴァン・ロザルクが責任をもって解呪チームを作り、問題の解決に全力で取り組みましょう」


「あっえっっと…」


よくよく考えたら、僕の人生にこんな肩書のある人にモノを言える機会なんてなかった。その風貌に、物おじてしまう。ヴォルモント・ヴァン・ロザルクという人間の顔には、まるで幼子が書いたようなクレヨン画のタトゥーが施してあった。白金のヘルメットのような兜から見えるのは、彼自身。


「…」


なんとなくだけど、分かった。多分、これは、ロザルクさんの子供の絵で、きっとロザルクさんの子供は…。


「わかりました。宜しくお願いします」


「俺も協力するよ。全面的にね。それじゃ、下へ行こうか。ここじゃ冷える」


階下へ降りようとすると、階段の脇には三人の兵士が跪いていた。


「ユッキーもうちょい出力下げられない?」


えっと言った。そんなつもりは無いんだけど。


「いや、元々の鎧のせいだよ。僕は普通の状態」


「ふーん。ラゾニア」


「はッ!」


「ちょっとユッキーの鎧を透視してみて」


「はい」


ラゾニアと呼ばれた軍服を着こなした女性は立ち上がった。


「それでは、失礼します」


眼鏡をかけ直して、僕の方を凝視した。


「どう?」


「…完成された一体型ですね。解呪には相当な手間がかかるかと。……」


彼女はちらりと王子を見る。


「気にせず全部言っていいよ」


「魂が組み上げられてます。他人の魂で作られた数多の積み木の中に、英雄殿は同様に積み木になって形作られているような。。推測されます。ですので、外部ツールを使用して外見を加工するか、英雄殿が元の肉体を努めて維持する技術を体得するのか。前者ならば前日迄封印の際に使用されていた包帯が有効かもしれません。後者ならば幻術士の出番になるかと思われます」


「ありがと。それから英雄殿にはサルビナの名を冠する事になってるから。お仲間連中にも伝えておいてね」


「…かしこまりました」


魂が組み上げられてるとか言われちゃったか。ちょっとショックだ。なんて自嘲気味に降りる階段に足を伸ばしてると。


「前の封印で使用してた術式の一切ってもちろん保管してる。さすがラゾニアちゃん。あったまいいなぁ。モノは試しってね。最悪、どうしようもなくなったら、ユッキーの好きにすればいいから」


前を歩く王子は更に続ける。


「覚えといて。我慢しなくていいからさ。誰にでも、どうしようもないことってのはあるもんなんだ。気分なんて特にね」


こともなげにそう続ける。


「王子はそういう時、どうするんですか?」


「なるようになるって考えてる。スケジュールが詰まってるから考える余裕も無いんだよ」


「…大変ですね」


「ユッキー程じゃないさ」


屋上から二番目のフロアへの入り口は衛兵が二人で警護していた。そのフロアは黄色いカーペットが敷かれ、天井には豪華で綺麗なシャンデリアがかけられてる。無駄に広いというと怒られそうだが、庶民感覚では引いてしまうほど太く長い廊下だった。王子が言うには、これから新世紀開幕の祝宴が執り行われるらしい。災厄で終わるはずだった暦が終了し、新たな人類史が刻まれる記念日の披露宴。


「…僕はいいです」


遠慮した。もちろん主役は僕なのだろう。でも、僕はとても祝いの席で皆と並んで笑顔になれる自信はなかった。


「そうかい?出来れば出席してもらいたよ。主役は英雄で、この世界の中心で、神のように称えられる存在なんだ。英雄はこの新世紀の象徴になる。現在の主要人員は軍人だが、彼らがサルビナを支え、サルビナのために死を覚悟し、忠を尽くした偉大なる民だ。彼らにとって、君は命の恩人であるとともに、神にも等しい存在なんだよ」


それを言われたので、熱狂が渦巻く歓喜の宴にはちらりと顔を出しただけだった。賞賛を受けた。涙を流された。これ以上無い程の感謝を受け取った。


誰もかれもが、命を懸けるという想いを背負った人々だった。音楽も、贅を極めた洋服も、素晴らしい手作りの贈り物も。とても嬉しく思う反面、とても虚しく感じたのも事実だった。頭を下げて、用意してもらった部屋に案内してもらった。姿見を見てから驚いて、それが自分だと分かるとなおさら驚いた。


「…これじゃ、ちょっとえっちなトラブルだって望めないぜ」


なんて気取った悪態を姿見に対してやってのけた後、鎧のまんまでベッドに横になって少し泣いてから眠った。涙は多分出なかっただろう。

うとうとしてた。夢だと分かった。だって僕はわけもわからずドライヴをしていた。どこかわからない海岸線で、遠くでは巨大なかたつむりやら貝やら空飛ぶクジラがぷかぷか浮いてた。運転手はどこかで見たような牛頭のマッチョだった。


「おっぱいの大きさとか料理の腕前とかまぁ顔だとあるけどよぉ。兄弟。実際選ぶ時っていうのは、案外そういうのを抜きにして考えて、結果として人生はなるようになるって思うわけだ。こうやって人生から喪失してく。オーケー?」


わけがわからないけど、軽快なロックミュージックにつられてオーケーと言ってしまった。


「童貞喪失も人間喪失も男性器喪失も似たようなところだってことは俺にだってわかるさ。何やってもブルー。だけど、お前の未来は明るい。どうあがいたってハッピーエンドだ。だから好みのエロ漫画のシチュエーションでも喋るか?」


意味が分からないけど、僕はとりあえずそんな話に乗ってみて好みのタイプを言ってみた。


「大体その内、人生なりたいようになれるってもんだ。だからお前もどすけべな悶々ハートを心の片隅においとかないで、もうちょいハッスルすりゃいいのさ。さっきだって、ほら、どすけべモードで行きゃもうちょいアレがあーなっていやっほーだったりするもんだ。お前は人間なんだ。どうせその内そうなっちまう。だから、今の内もうちょいフラグ立てとこうぜ」


「簡単に言ってくれますね。そういうのはなれてないんですよ」


差し出されたポップコーンに手を突っ込んだけど、そこには何も無かった。


「マスターベーションだってできやしないんだよ…」


吐き捨てるように言った。


「それはツライな、マジで同情するぜ」


「でしょ」


「ああ。本当に最低だ。真っ暗だ。どうしようもないぜ」


それから狂ったように牛頭は世界のおしまいだーっと叫んだ。


「そろそろ起きるよ」


僕は言った。


「ありがと、ちょっとはやる気、出てきたかな」


それから拳を出されたので、その拳と拳を突き合わせた。


「話せて良かったぜ」


「僕もだよ」


それからもう二度と、彼と話すことはできないのだと不思議と思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ