第十四話 第七のアルカナ、戦車 その四
読めない文字盤の時計が掛けられ、フロアの全域は立ち入り禁止、巫女さんと看守さんと軍人さんは手袋とマスクを着用した。飛散した囚人が、元は人間だったのかそれとも作り物の人形だったのかは定かではないけども、明確な強い殺意と転移魔術に長けたグループの犯行だという事は分かった。
「囚人が捕えられた状況を教えてください。ユウキは念のために除染作業を行ってから午後の会食に出向いてください。残骸から使用した魔術系譜を特定出来れば、誰が魔術を編み込んだのかが分かります。こちらは夕食までに済ませますので、私は同伴出来ませんが王宮の外へは出ないでくださいね」
「この事を王子に直接連絡しに行きますね」
「まだ動かないでください。看守長も。全く無い話ではないですが、これほどの規模の魔術です。二の矢、三の矢もあるかもしれません。執行官が許可するまでこのフロアから出ないでください」
「分かりました。ただ、私は事実無根ですよ!しかし、酷いですね。ここまで人形から魔術転移の魔術を編み込んで発動させるとは」
看守さんが帽子を脱いで禿げ上がった頭をぽりぽりかきながら言った。
「もちろん、一人で出来る芸当ではありませんよ。発動したタイミングも完璧ですので、人形の中に遠隔での望遠機能もついてたのか。それとも、ここにいる人間が発動したのか、観察していたのか。分かりにくいですが、痕跡を辿れば必ず特定出来ます。しばしご辛抱ください」
巫女さんは人間だったずぶずぶになったモノを座り込んで観察しながら言った。
「それはやりすぎではないですか?執務に関わりますよ」
「安全が何より優先されます」
「…後は任せますよ」
「はい。気を付けてください。これは魔術学院卒の上級兵のやり口です。これがエルセダスの国家ぐるみの暗殺チームの派遣なのか否かを見定めてから、合流します」
僕に出来る事など当然無く、フロアから出て案内されるまま、風呂場に連れていかれて思いっきり服の上から氷水をぶっかけられた。聖水らしく、舐めると塩辛かった。ぶるぶる震えて着替えてから、促されるまま会食の席に着く。
「ごきげんよう、英雄様」
美しい貴婦人が居た。年齢は僕と同い年ぐらいなのだろう。普通にカワイイが、正直もうカワイイとか美人とか奇抜なファッションとかにも慣れてきたので普通に対応する。
「こんにちは、えっと。お名前は?」
名前を聞いてから椅子に座る。要約すると、この世界のために頑張ってくださいという事を一時間かけて僕の賛美とともに説明を受ける。その倍の時間を自慢話にあてられ、たっぷり三時間が経過してからようやく解放される。もちろん、持前の笑顔も忘れない。広大な領土の君主である娘さんらしく、とてつもない美しさを感じるが、ただのそれだけだった。僕達が踏んだ死線の欠片ほども及ばない。でも、それはきっとまだマシだという事。まだ平和的だという証だ。深窓のご令嬢が存在できる世界なら、まだ余裕がある証拠。
「良かったら今度見に来ませんか?一面の紅百合の風景で、その切り抜きの絵画は国宝にもなっている程なのですよ」
「機会がありましたら、お伺いさせていただきます」
やんわりと断る事も慣れてきた。月並みな挨拶の後、恭しく頭を下げてから席を立つ。間違いなく、ちょっと前の僕なら、それだけでも浮かれてただろう。…それとも。僕はもう巫女さんの好きを受けいれてるのかもしれない。王宮の中も案内いらずで秘密通路へ向かう。薄暗い階段の下、照明の光の届かない場所に達するともう、巫女さんの隠れ家。美しい鳥や花壇や池に囲まれた特別な家。
「なんだか一人が落ち着くなぁ」
浴室は一枚岩をくり抜いて作られた浴槽に石清水のかけ流し。シャワーなんかも当然無い。帰ってきたら必ずこの浴室で汚れを落としてから自室に戻るように言われていた。さっぱりしてから自室に戻ると夜の晩餐会のスピーチまで時間があったので軽く眠る。
「僕も神経図太いよなぁ」
目を閉じた。
「え?」
意味が分からない。まるで自分がそこにいるような。目の前には巫女さんが居た。
「魔術学院では反射の研究が進んでるんですか?」
巫女さんの前には僕達を独房に案内してくれた軍人さんが居た。両目は潰され、どちらかの足が頭の隣に置いてあった。つまり、彼女は倒れている状態らしい。
「さぁね…。話さない。何もね。エルセダスの大使館に連絡して頂戴」
スパイだったのか。それとも制服を盗んで潜入していたのか。
「苦痛が足りないようですね。今ならまだ、脚もどうにかくっつくだろうし。まぁ両目は諦めてもらうとしても、日常生活には戻れるでしょう」
「…」
「もしかして。まだ自分が死なないとか思ってます?」
「…」
「明日、また来ますね。何かしゃべる気になったらその時言ってください。私こう見えても忙しいんですよ。忘れてなかったらまた来ますね」
「ちょ、ちょっと待って」
「待ちますけど、そんなに時間はもう取れませんよ」
「そこにある左目はまだ機能する。それをはめてくれ。く、暗闇は怖いんだ…」
「死んだらずっと真っ暗ですよ。いいですけど、その前に何かしてもらわないと、してあげる気になれないです」
「わ、わかったから…。私達を送り出した機関はあなたの言った通り、エルセダスの特務機関だ。構成員は魔術学院出と王宮近衛、血の制約を受けた者だけが許される。私はロークグラン出の者だ。ワンダーの名を冠する名門。同じくワンダー名を受ける者なら、分かるだろう?誰しも運命には逆らえない」
「運命は自分で切り開くものらしいですよ」
「取引の材料は、特務機関の執行チームメンバーの名前と能力だ。そろそろ脚の感覚が無くなってきた。早く………医者を呼んでくれ。そろそろ、意識が飛びそうだ」
「演技は止めてください。次、嘘偽りを発見したらもう片方ある目を潰します」
「ッ!」
「私の持つ目は、どこまでも見通す。取引には応じますが、先に一番有用だとあなたが判断する情報を教えてください。それが条件で医者を呼びましょう。ちなみに私も医師免許を持ってますけど、意地悪はせずに軍医を呼びますよ」
「………ラゾニア・コルセット。彼女は最後の役割を担う存在だ。近衛騎士第二位のラゾニアが我々の内メンバーの一人だ」
「なるほど。真実を話すつもりはあるようですね」
巫女さんは脚を掴むとあるべき場所に繋ぐようにくっつけた。
「有用だと判断してる内は生命を保証します」
「ねぇ。私近接戦闘じゃ負けたこと無かったんだけどなぁ………」
「曾祖母の代から、私達守護者は何一つ負けたことがありませんよ。………あ」
そこで映像が途切れた。おそらく、彼女は複数ある継承した魔眼を使用していた。それが僕にも見る事が出来たのはどうしてだろうか。同期してた。………同期してた?………いったい、何時から?もしかして、彼女は僕が小さいころから、こうやって僕の目と同期してた?
「まさかね」
しかし、一端まさかと思ったひょっとしてが頭に浮かぶと、それが頭を駆け巡って落ち着けなくなった。そして、敵を倒して情報を引き出すことに成功していた。
「そして国ぐるみか………戦争が目に見えてやってきたな」
巫女さんは敵に拷問をかけていた。多分戦闘が起こったのだろう、それでも単身倒してるのはさすがという他無い。でも、あんなに身近に居たヒトが僕に危害を与えるとは。本気で殺しに来てるとは。
「戦火が広がる前に、終止符を打たなきゃ…」
何人殺そうとも。