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十二話 第七のアルカナ、戦車 その三

王宮の地下へ下る階段をかなり下ったところに拷問部屋が存在していた。英雄の凱旋パレードで神輿になっていた僕を囮に、サルビナ軍総出の大捕り物があったらしい。賊はそんな中で捕えられた。


「七つある内の拷問を三つもクリア。所持している持ち物は果物ナイフと血塗れの手袋だけで、身元を特定できる所持品はありませんでした。身体的特徴に軍への所属歴は無し、犯罪歴の入れ墨も無し、本人は無条件の釈放を条件に、雇い主を喋ると言ってるのです。ただ、その雇い主を喋るたった一つの条件が、英雄本人のみであること。魔術的な空間凍結済みの部屋に世界から隔離してあります」


階段を降りながらサルビナの軍人さんが説明してくれる。


「接触はあまりにも危険過ぎるのでお断りしたはずですが?」


「それが、拷問官は翌日自身の両腕で自分の首を締めあげて現在は昏睡中。昏睡した後に両腕がそれぞれ勝手に捻じり切れたのを、医師と看護師が目撃しています」


「反射効果…ですか。黙示録の怪物と同様の」


「その通りです」


巫女さんと軍人さんはお互い沈黙した。


「反射効果ってなんですか?」


「英雄殿が倒した怪物達に備わる能力の一端です」


「そこから先は私が説明します。規格外の物量と超ド級の攻撃なら、まだこの世界はなんとか自衛も可能でした。問題は黙示録の持つ能力。複数ある能力の内、厄介な能力が二つ。それが、超過と反射です。超過は攻撃され死亡判定を受けたそれ以上のダメージを死亡した者の家族に超過分だけダメージを負わせる能力で、反射は攻撃を受けた分を攻撃した本人や攻撃した本人の血縁にダメージが入ります」


淡々と説明を受けたが、それは実のところ結構エグイ能力なのではないか。


「それってヤバくないですか?」


月並みな台詞しか出てこない。


「規則性もありますし、間接的な攻撃支援には反射能力が発動しませんが、ユウキを召喚したあの日、最前線に居た空軍は全員婚姻歴の無い天涯孤独の軍人でした。後になってから姉妹が見つかったケースもありましたが。まぁ。ユウキが倒せなかったら、どの道大陸はまっ平になっていたのでしょうけど」


「黙示録には、予兆があったのですよ。不穏な場所から塔や洞窟が出現し、そこではこれまで確認されたことがなかった生物が多数生息していました。その中で、特別な模様を持つ災厄だと確認されました。古文書に記された紋様と同様の」


「クリアした拷問の内訳は?」


「精神への負荷二種と両腕への肉体負荷一種になります」


「合致してますね」


「おそらく肉体と精神を分離する程の達人だと思われますが」


階段を抜けた先の湿った石畳の先を更に進んだ。


「特別棟は一名のみの収監です。突き当りの部屋になります。四肢の拘束と封印作業は完了してますが念のため、守護者も同伴されてください」


「当然です」


魔術の類なのだろうか、その部屋には壁面にびっしりと見慣れない文字が書き尽くされてる。


「お待ちしておりました、英雄殿。特級クラスの囚人は手に余ります。決まりきった内容しか喋らないようで、うん?今のシフトはシエスタのはずだが?」


「彼女は給仕に呼ばれたみたいで。今は宴会で忙しいですから」


「ふむ。まぁいい。24時間の監視は尚も継続しております。必要な情報を取得をお願いします。あの男です」


小さな引き戸を開けると、そこから病的に白い肌を持つ男が両腕両足を大の字にされて目隠しの上で拘束されていた。


「鼻は重香料で潰してあります。喉は焼いてますので詠唱は不可ですが、喋る程度なら可能です。過去一度も破られた事はありませんし、安全だとは思いますが、万一の場合は叫んでください。自動時計で頭を吹っ飛ばしますので」


「セキュリティーは万全のようですが、万一はありますので私も同伴します。宜しいですね」


「構いません。名指しで呼ばれたのは英雄殿だけですから」


「なんか…」


僕の第一印象は、まるで人形のようだった。覇気は感じられないし、生きてるとは思えないほど。妙に不気味な存在だった。


「薄気味悪いですけど、黙示録の怪物達とは違ってると思いますよ。ただ、なんというか」


よくよく視ると、これが人間だとは思えないほどに、空虚に感じる。


「本当に肉の詰まった人間だとは思えません」


「はっはっは。流石英雄殿。なかなか仰られますな!心強いというものですよ。では、開錠します。君は下がってなさい」


「記録を取るようにパラベラム王子に言われてまして」


「王子に?そうか。分かった。英雄殿より下がっていなさい」


僕達はその部屋に足を踏み入れた。依然として病的な白い男は黙っている。耳は聞こえているはずなので、僕達が入ってきている事は知っているだろう。


「昔犬を飼ってたんだ。名前はもう忘れてしまったが、懐かしい子犬の顔だけは忘れない。鼻息の香りは蜜のように甘く、肉球の柔らかさはナマコのようにひんやりしてる。俺が思う最高の場所は、そんな素敵な場所だった」


「英雄殿直々にここまで来ました。拷問を抜けた褒美らしいですが、生憎時間は詰まってます。くだらない事は喋らないで、雇い主の所属を言いなさい」


巫女さんは言ってくれるが、それでも男はぶつぶつと不明瞭な呟きを独りで喋ってる。


「あの場所は素敵な場所で出会いと別れの場所だった。美味しい食べ物もマズイ食べ物も。そのワインは最後のワインだったんだ。そのワインは血で出来てた」


物騒な事を言うもんだと思った矢先。


「看守!!!」


巫女さんが叫んだ。直後に何かが吹っ飛ぶ音がした。囚人の頭が間違いなく吹っ飛んでる。それでも…。


「飲み終えた後思った事はもう二度と飲みたくないって思った。あの場所は永遠、あの場所は不変、いつも変わらない安心感で包んでくれる。あの場所はビーチ。あの場所は森、あの場所は学校、あの場所は山の中、地中」


「ッちィ!」


巫女さんが舌打ちすると、両手から宝石を出した。周囲を見ると、緑色の鎖でこの部屋が内側からまるで巻き付けられているようだった。


「なんなんだこれは」


「転移魔術の一種ですね………」


「母なる肉への回帰」


男はどろどろに溶けだして、その肉片が炎のように緑の火で燃えていた。緑色の鎖だと見えたのは、それが燃えているからだった。


「転移…」


「ヤバイです!?英雄殿!」


「焼き切ります」


巫女さんは手のひらの宝石をくるくると回転させると、その赤い宝石から火の手が上がって、部屋一面を燃やした。床も燃えているけど、熱さは感じない。


「空間転移を上書きさせました」


緑色の鎖が燃え尽きて灰になった。囚人の男はどろどろになったまま、燃えている。


「破壊不能の鉄火は、こういう場合便利ですね」


手のひらの赤い宝石が、赤い瞳を持つ眼球に変わっていた。


「術式は解析しました。大系元はエルセダスの魔法学院特有のものです」


「た、助かりましたぁ~」


へとへとと軍人さんは座り込んだ。



ワンダーの名を冠する者、それがやはり一番の厄介者か。


彼女はそう思ったが顔には出さない。

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