第一話 初めのアルカナ、愚者 ヨミヤ
子供の頃は夜、眠る事が怖かった。もう二度と起き上がることがないのではないかと、びくびくしながら寝入ってた。
克服できたのは中学時代のアニメとの出会い。多くの人がそうであるように、僕はファンタジーに夢中になっていた。高校に入ってからもどんどんハマっていった。アニメ、ラノベ、映画、ここじゃないどこかに連れて行ってくれる幻想世界にどっぷりだった。
実のところ今はもう、目が覚める度に思うのだ。魔法が使えるようになっていないのかと。超能力が使えるようになっているのではないかと。そんなバカげた空想と妄想の中の居心地の良さに溺れてた。
そして遂に、目が覚めると知らない天井を眺めていた。
「え?」
一瞬で目が覚めた。どこかに連れ去られた!?いや、それよりも現実的にみて。両親が僕を連れ出したとか?ありえない。色もあるし意識がはっきりしてるし薬品のような香りもしてる、妙な夢。
「召喚には成功しましたね」
見知らぬ誰かの声がした。ただ、不明瞭な発音だけが頭に響いた。視界は未だ定まらない。喉が、焼けつくように痛い。
「契約に基づき、執行せよ!」
滲むような鈍い痛みが右目に込みあがってくる。意味不明な状況と相まって、でたらめな恐怖が胸の奥からせりあがってきた。
「な……なにやってんですかッ!」
地面がひっくり返る。世界が反転する。もう、二度と戻れないような。ぽつんと寂しい永遠の闇。本質的な根源的な根本的な、絶対的な。恐怖。それは、死への恐怖。むちゃくちゃだ。わけがわからない。
「いわゆる神降ろしってやつだよ。別に君はきにしなくていい」
本能的に右目を押さえた。
「この世界に認知される前に刻んでおかなければならなくてね。気の毒に思うが、耐えてくれ」
貴族風の同い年とローブを被った女。今度は聞き取れた。世界に認知?気の毒に思うが?冗談に思ってた、ここじゃないどこかの場所に転移してきたのか。長年心の底で思ってたファンタジー世界か?激痛で膝を折る今僕の心の中に湧き上がって溢れ出る思いは、冗談じゃない!って事だった。
「急ごしらえだが、時間がない。大地が浄化される前にヤツラを殲滅しなければ」
地下室なのだろう、ろうそくの火だろうか。ちらちらと光が揺れ動く中、誰かがこの部屋に入ってきた。
「様子はどうだ?」
「魔力反応、ゼロ。確認しました」
「結構だ。準備は整っている。監視台へ頼む」
威厳ある男の声が狭い暗室に響き渡った。
「あの。立ち上がれますか?我らの英雄殿?」
可愛らしい声で言われ、手を差し出された。吐き気と頭痛、それに胃の中がひっくり返ったように気持ち悪い。
「…」
差し出された手を掴んで立ち上がろうとするも、咳き込んでしまう。
「英雄殿にメルスを与えろ」
威厳ある男がそう言うと、顔は見えないが可愛らしい声の人が手のひらにサクランボのような、小さな桃にも似た果実を差し出してきた。見ただけで、不思議と美味しそうに思い、食べたくなった。こんな状況でも腹は減るのか。なんてことを考えた。
「噛んでください。酔いは収まると思います」
「あ。ありがとうございます…」
差し出されたモノを受け取って口の中に入れた。目が覚めるような甘さだった。噛もうとしたら、既にそれは舌の上で溶けてしまった。なんだこれ。心臓が大きく跳ね上がったようだ。急に元気が湧いてきた。
「あ、ありがとうございます…」
怖いぐらいに気力が戻って落ち着いた。口元の中に残る胃液の苦みすら消えたようだ。
「上へ行きましょう。立てますか?」
「あ。えっっと。はい…」
この世界で、僕は立ち上がることができた。
「今は一刻の時間もありません。説明は上の物見でしますので、ついてきてください」
「わかりました…」
この状況で、こんな状況で、他の選択肢はありえない。部屋から出ると石造りの階段があり、上ってゆく。どこか分からない場所で、誰とも知らない人たちと練り歩くのが、なんとも
「父に代わって言っておくよ」
階段を上ってく最中、同い年風の男が耳打ちしてきた。
「ごめんね」
そんな謝罪の言葉が不思議と耳に残った。軽いような重いような不思議な響きで、記憶に残るようだ。
「こ…れ、は…」
夕日に照らされた砂丘の向こうから明らかに大きい何かがやってくる。歪にもそれは頭部が象で出来た兵装を整えた兵士の一団。砂丘から横一列に並んでやってくる。遠目から見えて明らかにそれは大きく、巨人といっても遜色が無いほどに異常だった。そして小刻みの地鳴りでこの立っている建物自体が揺れている。マヌケなほどに、冗談が、もうそこまでやってきた。あまりにも浮世離れの光景に、乾いた笑いすらも腹から出てる。
「うっそだろ…」
砂丘から行軍する怪物の一団が砂山を下るとそこからまた新たな怪物の一団がやってきている。大きい。異常だ。どれだけ大きい?小学校の屋上程度の高さか?或いは都心の高層ビル程度ぐらいの大きさだろうか。もしかして、もっと?
「アレが大地を浄化する黙示録の先兵か…」
「こちらも目標を肉眼で確認した。召喚は成功し英雄殿を迎え上げた。待機」
「第一航空師団、準備は整いました。玩具の壁、魔力流転、いつでもいけます。それと、そこにおられる英雄殿。宜しくお願い致します。最初に死ぬのは、私の妹ですから」
「英雄殿への不用意な接触は禁じられてる!」
伝令が兵士に取り押さえられた。
「今なら!今すぐなら!誰も死なない!!早く!早くお願いします!お願いしますっ!!」
耳が獣耳の兵士がそう叫んだ。取り押さえられても尚も叫んでる。助けてと。もう終わるのだと。三人の兵士に押さえ込まれて連行されていった。そんな声を聴いた。誰かの助けを求める声。本物の願いの声。生きるか死ぬかの瀬戸際に出るような、本気の声。心の生の声。そんな意思が形を変えて、僕の心を突き刺した。悲鳴にも似た叫びが裏返ってる。
「状況は極めて簡単なものだ」
威厳を持つ声の主は言った。見やると、王冠を被った病的に痩せこけた王様のようだ。
「君は一つの文明の滅びを見ている。天空よりいでし黙示録。目的は我々の滅び。黙示録はこの国を手始めとして、この大陸を平らにしてしまうだろう。終末の啓示は降りて、絶対の浄化がやがて始まる。世界が、終わるのだ」
王冠を被っているのだから、多分王様なのだろう。彼は空を仰いで続ける。
「そこにある黒い鎧。君がそれを着て、戦う意思を見せれば。黒い鎧は君の思いに応えてくれるだろう。有史以来、この瞬間は預言されていた。救世主となり、英雄になるという預言。この秘宝とともに、この世界を救って欲しい」
意味がわからない。指し示された方向を見ると、確かにそこには黒い鎧のようなものが場違いに直立している。まるで誰かがそこに入って立っているようだ。
「…」
展開が頭に追いついてこない。なんでいきなりクライマックスなんだ。エロ漫画じゃないんだよ。こんなちっぽけな鎧で、あんなに大きいドでかい生物っていうか化け物となんか戦うなんて。どうかしてる。
「小さい、じゃないですか…」
「…」
言った僕ですらも言ってしまった後にあまりにもアホ過ぎると思った。僕の質問に誰も答えない。我ながら場違いな質問だと思う。これがまだでっかいロボなら、まだ説得力がある。
「奇跡が起こるんだよ。預言には、そう記載されている。だから君がここに来ている」
同い年ぐらいの男がそう言うが、だからといって。だからといって……。
「…」
はい。やります。なんてやるやつ、いるか?
「戦況!報告します!防衛障壁の封韻を踏みました!」
駆け足で伝令を兵士が叫んだ。
「…」
誰も喋れないまるで凍った空気のようで、遠く轟音だけが鳴り響いている。禍々しいラッパの音が聞こえて耳を塞いだ。悪寒がして、心がざわつく怖さを感じた。
「どうして、僕なんですか…」
「これは魔力を持つ者を受け付けない。つまり、この世界のヒトには扱う事はできない代物だ。文明の起こりと共に、生きとし生けるもの皆マナの祝福を受けた。有史以前、これは力無き者の最期の暴力として秘匿されてきた我が王家禁忌の最終兵器。奇跡の魔法が約束される絶対の武器、始祖より賜りし人類の切り札」
「英雄殿がダメでしたら、私達も滅びます」
同い年ぐらいの女の子がそう言う。これを断ったら男じゃないっていうような懇願される顔をされた。
「ほんとに、これを着たらスゴイ力が出せて、あいつらを追っ払えるんですか…?」
言ってて自分でもありえないって思う。周りを見回せば装備してるのは剣や杖で盾といった心もとない武器で、巨獣の大群にどれだけ有効なのだろうかと。
「約束しよう。君はただ、それを着て、戦うという意思を見せてくれればいい。この世界の事を守ってくれ」
ふと、変な風切り音が聞こえた。正面を見ると物見台ぐらいの巨大な斧が投げつけられていた。それが見えない壁にぶつかったように、弾かれた。そして激しい轟音が聞こえて地響きがした。激しい旋風に思わず尻餅をついた。……開いた口が塞がらない。物見台の揺れが収まっても、僕の足の震えは止まらない。僕の意思や意識なんか関係なく、小刻みに冗談のように震えてる。
「大変不名誉な事ではありますが。次はありません」
ローブの女はそう言った。ローブの女の両腕がぐちゃぐちゃに折れ曲がっている。
「…」
ぞっとした。生まれて初めての、生で見るグロテスクに、肝が。冷える。
「…」
ムリだよ。こんなの、できっこないよ。やれるわけない。やれるわけないよ。
「やはり。少し時間がかかるか。後は任せる、出陣する」
王様はそう言う。
「いけません!王が倒れれば、この陣は…」
「王の座に着いてから、この場面は想定していた。若い時分の儂なら、まず間違いなく逃げ出しておるだろう。気持ちは分かる。君の心も。この場所が更地になり、この国が終わったとして、彼さえ生きていれば奇跡は起こせる。パラベラム。後は任せたぞ」
「……分かりました」
王子は膝を地面に着いてうやうやしく答えた、軍人の皆は震えて涙を流した。凍るような空気が刺すようで、痛い。
「こう見えてもな。こんな状況も想定していた。だから…」
「やります…!」
気付いたら、叫んでいた。バカ。大馬鹿野郎だ。王様の言う通りに逃げればいいのに。なんで逃げないのか。そうか。心のどこかで、こういうシチュエーションを待ち望んでいたのだろう。つまり極めつけのバカ。現状をろくに把握もしないまま、夢物語を見てる第三者の感覚がまだ終わってないのか!?しかし。しかし。こういう絶対的な追い込まれで、叩きのめされるような。冗談のような浮ついた気持ちも、ローブを被った女の千切れそうな痛々しい両腕を見たときからにはもう吹き飛んでた。
「言っときますけど、僕、特別なものなんてない、ただの高校二年生ですからね」
正直言って、死にたくない。なんでこうなってるのか、わからない。ただ、それは、僕が底抜けのバカで、きっと誰かに死んでほしくないって気持ちがあったからだろう。いや、それだけじゃない。単純に僕が、頼まれたら断れない性格をしてるってだけかもしれない。僕の心は、どこかアタマが吹っ切れてる。たまに自分でも自分自身がわからない時があった。導かれるように、更に言葉を付け加えた。
「やるだけやってみます」
ただ、確信にも似た予感。_______僕は絶対に死なない。
「えっと、どうやって着るんですか?」
いざ決めたものの、鎧の着込み方なんて分からない。剣道の袴とか兜とか、そういう感じだろうか。
「宝具の前に立ち、戦う意思をみせるのだ」
こんな黒ってあるんだって程に黒かった。近くまで近づいてみると、普通の…。
「…」
普通の鎧。のように見えた。不思議とサイズが僕にぴったり。頭から下の靴まで全身揃ってる全身黒の鎧。染め上げられた黒は、僕がこれまで見てきた黒のどれよりも黒かった。まるで世界が鎧の縁にかたどられて切り取られたような。鎧の黒さの異常性に気付いてから、鎧から微かに聞こえてくる騒々しい音が聞き取れた。耳を澄ますと、それが戦場の合戦場の音なのだと分かった。戦いの音が、やがてどんどん大きくなる。瞳孔が開くように目が見開き、心臓が高鳴って、意識的に息を吸い込む。…じっとりと汗で滲む身体が、臨戦態勢に入ってくる。
「君が勝て」
そんな声が、聞こえた。だから頷いた。
「そのために来たんだ」
ふと、目の前が真っ暗になった。何も感じない。ただ、目の前には僕の見た過去が映っていた。走馬灯のように、僕にとって大切なワンシーンが切り抜かれて視えている。それから、過去も。両親が手を取って指を絡めるところから。ずっとずっと昔の、太古の記憶まで光の速さで目撃した。というより、きっとこれは、ただ感じ取ってるだけなのかもしれない。細胞が記憶している生存の礎。食物連鎖の記録、食べられるモノの記憶。思い返してみれば、17年前の僕は、目にも見えない精子と卵子に過ぎなかった。それがこんなにも大きくなれるのだから、生物って不思議だ。17年前の僕は、父であり母だったのだ。真っ暗な闇に包まれて、死を自覚したけど、不思議とそれがなんだか温かいものに感じ取れた。僕を支えてくれた何兆、何十兆、何百兆だった細胞達。死んでいく自我、生まれてく自我の中で、また新しい自分が生まれていく。
「…」
映画館のような座席に座ってる。ふと後ろを見ると、後部座席にはヒトが埋まって思い思いの恰好で座ってる。くちゃくちゃポップコーンを食べる牛頭のマッチョに僕は眉をひそめた。
「…」
唐突に視界が開けた。皆は僕を心配そうに不安げに見てる。それに反して、今の僕はどこか祝福された気分になってる。この異様な高揚感。
「…」
目を凝らすと、人と人との間に神経のような糸が視えた。物見台から見える、無数の糸。色鮮やかな半透明の糸で視界が塗り潰されている。縁だと直感した。親子の絆や職場環境の人間関係、憎しみ、慈しみの人々の想い。世界という大きな水槽の中で、人々の縁という想いの力を可視化して視たら、こんな色に視えるのだろうと思う。美しくも猟奇的な揺らめきでさざめき立つ中、僕という人間がその中心に結ばれてる事に気付いた。人々の想う、救世主という希望の灯。僕はそれで、燃え上がる。漆黒の炎でもって、燃え上がっているのだ。
「皆の想い、有史以来と言われてきた、皆の想いを、使わせてもらいます」
新しい世界を見た。オーロラのようにたゆたう温かい色が穏やかに波打ち色を変える。世界の在り方の目撃。物質を視るのではなく、想いを視た。僕の脳が反転した。世界が逆転し、僕はようやく落ち着けた気がした。本来、これが普通なのかもしれない。本当は、僕にはこれがずっと見えてたんじゃないか。そう思えたりもする。僕にとって大変だって思えてた世界に、ようやく僕なりの色付けと折り合いができたような気さえする。
「出撃します」
シンプルに考えよう。誰かを滅ぼすのではない。誰かを助ける事に集中しよう。全世界待望の英雄として振舞おう。世界一最高の。
「頼んだぞ」
目標は尚も進軍し続けている。頭が象という存在。超巨大な体格を有し、文明を踏み荒らす黙示録の名を冠する怪物。よく目を凝らせば、進軍する怪物達にも多数の線が出ていてそれぞれが繋がっている。あの線を伝えば、一体も二体も或いは全部…。予想じゃない。不思議な確信と自信があった。世界は、想いの力で成り立ってる。僕はそれを、見ることが出来る。感じる事が出来る。触れることが出来る。この世界は、想いの力だけじゃない。エネルギーでも成り立ってる。もっともっと更に目を凝らす、大きく見開き世界の真実まで到達………してしまえ。今の僕は、無敵のヒーローであり、絶対の存在であり、終末を打ち砕く新世紀の福音なのだ。
「…」
世界が揺らめいた。この世界が成り立つエネルギー全てが線で繋がれ、さらにその線ですらも枝分かれしていき無数に色づく。世界には無などなく、空っぽの場所にすら、無限の可能性無数の選択肢が現在過去未来に渡って与えられている。さらに。よく視ろ。もっと視ろ。まだまだ視れるはずだ。可能性の更に先、もっと奥、最奥の果てには―――未来ですら―」
「それ以上はよくないぜ」
誰かにそれを言われた気がした。僕の内側から聞こえて気がした。宝具がそれを言ったのだ。言わせてしまって申し訳ない気持ちにちょっぴりなってしまう。
「自滅の一歩手前、限界の更に先へ―――」
―――視えた。偉大なる道が。進むべき道が確かに見えた。立ってる場所から目標の位置まで虹のような橋が見えた。僕はそこを歩き、そして駆けた。それは空の上。360度の大パラノマの世界の中、加速する。一歩で更に更に加速する。少し駆けるともう、目標の頭上に到達していた。頭にも無数の線が視える。というよりも、僕が目を凝らせば、縁が線のように視えるようだ。怪物の頭に立ち、無数の線を掴んだ。怪物の縁。これが、この世界を滅ぼすという意思そのもの。黙示録なら、この線を、焼き尽くせば。
「…?」
視界がぐにゃりと一瞬歪んだ。次の瞬間には視界がぐるぐると360度回転してた。風を切る音が聞こえてようやく、自らの首が落とされたのだと理解した。へぇ。じゃあ取りにいかないとだな。
「…」
怪物は理解していない。頭が急所だと思ってるようだ。つまり、僕という存在を人間だとか動物やらむしろ生命体として捉えているのだろう。全然違う。僕は世界を超えた。そんな僕によって滅ぼされるのに、理解さえしてくれてないのが悲しくもあり、救われる。コレもまた、生命体ではないのだ。黙示録の形を冠した災厄。まるで操り人形。ただの現象に過ぎないのだ。ハリケーンがそうであるように、隕石の衝突のように、それなら遠慮する必要も気を遣う必要も無い。僕もまた、淡々と僕の役割をこなしていけばいい。
「…」
胴体から首が伸びて、まるでろくろ首になった気持ちになる。首が縮んで収まりがつくと、なんだか落ち着く。痛みは無かった。怖さも無かった。ただ違和感だけがあった。
「残念だったね」
この災厄を引き起こした存在が人にしろ怪物にしろ神にしろ、ご愁傷様だって事だ。この世界には、僕がいる。――――――僕が来たのだ。
「…」
頭に立って、操り人形の糸のように手に掴んだ。その糸に込められた想いを消失させてゆく絶ち消してゆく。無数の糸は、滅びを伝導してゆく。剣も盾も魔法も、取り立てて派手な戦闘もいらない。ただ粛々と。消失の力。僕にはその力がなんとなく本能的に分かった。意思があって肉体が動くのではなく、まるで肉体が動作してそこから意思が始まるかのような。不思議と淡々とやってのけ、そして終わらせた。
「おやすみなさい…」
糸の切れた人形のように、怪物は崩れ落ちていった。続いて二体、三体と、目に見える怪物達も同様に。崩れ落ちた怪物達は白くなり石のようになってゆく。
「…」
想いの力がゼロになった。想いの力をゼロにしてしまった。遠慮なんかいらないとは思っても。それでも変な涙が出てきた。生まれてきた想いは願いを果たせずに、虚しくただ転がっているのが、どうしようもなく、切なく思えた。どうしようもない程の絶望という大きな想いの力でさえも、それが虚しく実体を伴って転がってるだけになれば、それはとっても寂しいものに成り代わる。
「ファンタジーなのに、爽快さなんて、ないじゃないか…」
そして自嘲気味に乾いた笑いが喉から込みあがった。でもそれはきっと気のせい。そう、きっと気のせいなのだ。僕は、この宝具の主であり、宝具自身。それもまた、とっても寂しいものになる。
「…」
美しい夕焼けの空が見えた。その夕焼けを遮るように、空が割れ、白く石のようになった巨大な怪物達が落下し、音を立てて雪崩のように山が形作られてゆく。
「…」
さぁ。もう夕方だ。家へ、帰らなきゃ。でもどこに?
「帰る場所なんて、もうどこにもないのに…」
一方その頃、大陸最大国家エルセダス、王宮深部第三階層、秘儀の間。
「最大の大陸にて最大の国家、人類切望の切り札。災厄を退ける召喚の儀。見事だ。放たれる魔力は我々の測定機器を振り切ってる」
「聖約外典に告げられる人類の終焉。それを終わらせる者よ」
幾重にも張り巡らされた特殊魔法陣から浮かび上がってきたソレを、召喚執行者ら、及び大司祭は見た。
「これ…は」
正体不明の特殊文字で拘束され尽くした一個の、まるで拷問器具である鉄の処女のような黒棺。
「誓いの契約に基づき、執行す!汝…」
突然鉄の処女の扉が開き、出てきたモノが拘束着を自身のオーラで燃やしながら言った。
「は?」