f30xa-f-2d《無為なる救済》エリア
「ぁ……あさ……」
暖かな病室に声が響く。
機械は音も立てずにその職務を全うし生命を維持する。
「…………」
病室は明るく、窓からは薄暗い森が見える。
外は夜だ。
「……ぉはん……ぁ……」
他の誰もここにはいない。
機械は何も答えない。
それに意味が無いことを、AIはよく知っている。
ただ点滴に栄養を流し込み、排出物を処理し、彼に夢を見せる。
それは救いだ。
社会において一定の功績を残したが、不死化される程ではなかった人物の、末路。
昔は介護や延命について議論もあったが、夢を操れるようになってからは、この方法が取られている。
「ぅ……あ……」
それは寝言だ。
きっと、さしたる意味もない、寝言。
だが、どうだろうか。
彼は、救われているのか。
幸せを感じているのか。
生きて、いるのか。
「………」
機械は何も答えずに、ただ職務を全うする。
◆◇◆◇◆
明るい部屋。陽の光が十分に入り、清潔に見える、シンプルな部屋だ。
その端にあるベッドに、若い男性が寝ている。
「あー、そうそう、うん。まぁ仕方ないよねー」
ホログラムデバイスを用いて通話をしている。
指を使う操作も必要無くなったそれは、うつ伏せに扱う必要もない。ただ好きなように寝ているだけでも、扱うことが出来る。
「実際しょーもないゲームだしさあ。え?まあガチでやってるつもりだけど、どうせトップにはなれんしょ」
彼はきっと、過去にゲーマーへの道を志したんだろう。
この時代において、娯楽とは仕事だ。
極め、頂点を目指し競い合うことは、多くの人々に褒め称えられる立派な仕事となる。
だが、彼はそれを諦めたのだろう。
或いは初めからそんなつもりはなかったのか。
このエリアにいる事が即ち、その答えとなる。
「いーのいーの、なんもしたくないから。死んでないのが奇跡みたいなもんよ?ははっ、早く死ねって言われたけどさ」
ここは、幾度もの教育、矯正を経て尚奮起することの無かった怠惰な人間の行く末。
彼はその生涯において何らかの行動を起こすのだろうか。
このエリアから社会に復帰した者は、全体の1%にも満たない。
年々人口が増え続けエリアの増設も考えられているここは、安寧が産んだ廃棄物なのかもしれない。
人は、満たされ続け崩壊が見えなくなった時、何を求めて活動をするのだろうか。
彼は犠牲者か、それとも弱者なのか。
益のないものを庇い続けなければならないだけの余裕は、果たして優れていると言えるのか。
そして彼もいつか、その人生について考える時が来るのだろう。
このエリアの自殺率は4割を超える。
作品中のf~は基本、階層を意味するものでは無いので、マップとしては割と平面に広がっています。