中垣千尋の場合。②
今回の仕事場から人がいる場所に出ようとしたが、辺りに警戒網が張り巡らされていたため一旦建物の陰に隠れた。そこには大勢の一般人と軍人たちがいる。人払いはやはり軍人たちがやったのだろうが、あそこにいる軍人は対魔導軍とは別の自衛隊か何かの軍人だと考える。
「どうする?」
「・・・・・・少し、中垣さんから魔力を貰っても良いですか?」
俺とぴったりとくっ付いている中垣さんがその光景を見てどうするかを聞いてきた。ここを抜け出すためには少しの魔力が必要だが俺にはその魔力がないため、少しやりたくなかったがこれしか手がなかった。
「魔力を? そんなことができるの?」
「まぁ、少しだけデメリットがありますが、中垣さんにその意思があれば魔力の譲渡はできます」
「それであそこから抜け出せるの?」
「自分と中垣さんの姿を認識させないくらいですから、できますよ」
「それなら手っ取り早く魔力を取っちゃって」
俺の説明に中垣さんは手を出してくれた。俺はその手を取って中垣さんの魔力と可能な限り色を同じようにする。
「中垣さん、少しだけ手に魔力を流してもらっても良いですか?」
「ん」
俺の言葉に中垣さんは手に魔力を流してくれ、俺はその魔力を少しずつ俺の中に取り込んでいく。その直後、俺の精神に中垣さんの感情が流れ込んでくる。大部分に心配という感情が流れてくるが、それを俺の魔力に変換して落ち着いて行く。
これがこの魔力の受け渡しのデメリットで、相手の精神が否応なしに流れ込んでくる。魔力は精神活力にして精神で、その力を他者に渡しているのだから、その精神が流れ込んできてしまう。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です。・・・・・・ふぅ」
魔力が少し回復し、俺は中垣さんの手を握ったまま領域干渉の隠密魔法をかけた。中垣さんの手を引いて建物の陰から出ても、こちら側を見ている人たちは全く俺たちの存在を認識できていない。そして警備網のところにたどりついて、しゃがんでそこから出て人を上手に避けながら人ごみから抜けることができた。
「ふぅ・・・・・・ふー」
「しんどそうだけど、まだあたしの魔力を取っても良いよ?」
「いえ、もう魔力を使わないので大丈夫です。何より魔力を貰うことは精神に負荷がかかるので、この状態でしても返って危険なだけですから」
魔力を貰って魔法を使っても精神自体は回復していないから、さっきよりも疲れを感じている。このまま寝てしまいたい気持ちになっているが、俺はそこを我慢して中垣さんと並んで歩いて行く。
「大丈夫じゃないじゃん。ほら、支えてあげるから寄りかかっていいよ」
「すみません、ありがとうございます」
俺は少しふらふらと足取りが定まらないことで中垣さんに怪我をしていない方の腕を組んでもらって少しだけ楽になった。しかし、俺は常時高校生の姿でいることを隠密しているため魔力は少しずつなくなっている。早くこの人が行きかう場所から抜け出したいと思っている。
「ねぇ、聞いても良い?」
「はい、どうしましたか?」
色々なリラックスできるようなことを考えながら消費する魔力と回復する魔力をプラマイゼロな感じで歩いていると、中垣さんが何気なく話しかけてきた。
「あんたがもし、知り合いが困っているところにいたら助ける?」
「・・・・・・普通なら、助けるのではないですか?」
いきなり要領の得ない話を切り出されて俺は分からなかった。しかもこの回復している時に話しかけられることは少しだけ辛さが増すが、それだけであるから俺は中垣さんと話を続ける。
「普通じゃなくて、あんたがどう思うかってこと」
「うーん・・・・・・、助けるんじゃないですか? 少なくとも知り合いなら」
「そう思うよね? なら、その人が何かの問題を抱えていて、その問題を解決するだけの力が自身になかったとしても、あんたは助ける?」
「やらないよりかは良いんじゃないですか? やらない偽善よりやる偽善でしたっけ? それでもその人が助けたいなら、他の人に頼るとかをしたらいいんじゃないですか?」
「それならあたしが、もしあんたに助けてって言っても助けてくれる?」
「どうしてそこで自分が出てくるんですか? そもそも中垣さんの話だったんですか?」
「もしもの話。それで助けてくれるの?」
この仕事の性質上、こういう関係を結ぶのはよろしくない。ノルニル魔法連合に所属している魔法師が自身の都合のために魔法を使って始末される魔法師になることはたまにある。そういう人たちを、一緒に仕事をしていた魔法師が処理する、ということが多くはないが起きている。こういうことで関係を結ぶのはあまり良くないわけだが、
「まぁ、暇があれば助けます。これで良いですか?」
「うん、今回はそれで許してあげる」
中垣さんの魔力が流れ込んできた時に、中垣さんの精神の一部が俺に伝わってきた。普通はこうした人の心を覗くようなことを魔法師同士でしないわけだが、魔力から中垣さんの感情を理解してそれくらいはして良いかなと思った。どうせするのは俺ではなく牛鬼家であるから、そこは任せてもらっても良いと思った。
そうこうしている内に人があまりいない場所に来たため、俺はようやく隠密魔法を解いた。中垣さんに案内されて歩いて行くこと十数分で少しボロさを感じられる二階建ての小さなアパートの前にたどり着いた。
「ここの一階の端があたしの部屋だから」
「・・・・・・どうしてここに暮らしているんですか?」
「そんなのお金がないからに決まってるじゃん」
「お金が・・・・・・?」
この仕事をしているのに、どうしてお金がないのかと思ってしまった。危険がつきものの仕事であるため、一回の仕事だけでも国やノルニル魔法連合から少なくとも一般サラリーマンの一年分のお金はもらえる。
「ほら、行くよ。あと、同居人がいるから」
「それ大丈夫なんですか? こんな怪我をしている人を連れてきて」
「大丈夫、あんたも知っているから」
「は?」
中垣さんの同居人で、俺が知っている人なんていないはずだが、中垣さんはそれをハッキリと言ってきたから俺は知っているのだろうと思った。
「ただいまー」
「お邪魔します」
中垣さんが部屋の扉を開けて玄関に入りながらそう言って入っていく。俺も続いて部屋に入る。玄関には中垣さんが履かない質素な靴と小さい靴の二つあった。俺は疑問に思いながら靴を揃えて脱いで中に入っていき、部屋と玄関を遮るのれんをめくって部屋にお邪魔する。
「あら」
「あっ」
「え?」
中垣さんの後に俺が居間に入ると、そこにいる人物たちと目が合って三人が全員驚いた声をあげた。そしてそれと同時に俺を知っている相手であることも理解した。
「あなたは、牛鬼くんだったわよね?」
「はい、そうです。片山さん」
風呂上りなのか髪が若干水気を帯びているほんわかとした雰囲気の女性、片山寧音さんが俺に話しかけてきた。そして片山さんの後ろに隠れた、今はツインテールではない恥ずかしそうにこちらを見る女の子、染矢夏羽さんもいた。
確かこの三人は前の時は初めて会ったはずだが、それなのにどうして同居するまでに至っているのか分からない。何か事情があるのだろうが、そういう事情を聴くのは他人である俺がすることではないと思い何も聞かないでおく。
「ほら、いつまでも立ってないでそこら辺に座れば? タオルも貸してあげるから」
「ありがとうございます」
俺は中垣さんから一枚タオルを受け取って出入り口付近に座った。俺は傷の手当てを行うために上着を脱いだ。
「シャツも脱いで。じゃないと手当てできないでしょ?」
「・・・・・・はい」
中垣さんにそう言われて俺は少しの抵抗がありながらもシャツを脱いだ。上着もシャツも早めに止血したが撃たれたところに血が少しだけにじんでいた。替えの上着とシャツを用意しないといけないなと思いながら、中垣さんに腕を出した。
「あれ? 何で血が出ていないの?」
「それは魔力で傷口をおさえているからです。そうしないと血がドバドバ出てくるので」
「魔力ってそんなことができるんだ」
「正確には魔法ですが」
魔力とは内包している精神活力のことで、それだけでは何の力もない。そこを変換することで手段として用いることができるようになる。
「じゃあ魔力を解いて。手当てするから」
「・・・・・・手当って、何をするつもりですか?」
「もちろん縫うんだけど?」
「人を縫った経験はおありですか?」
「ないけど、裁縫とかは得意だから」
まさか手当てが素人の裁縫だとは思わず、腕を引いた。これなら少しだけ無理をして気絶をした方が良いと思った。
「い、いえ、お気持ちだけで結構です。少しだけ時間を貰えれば自分で治しますから」
「こんな傷をすぐに治すことができるの?」
「すぐにはできませんが、それでも時間をかければこれくらいのことはできます。臓器を治すわけではありませんから。それからタオルはお借りします」
俺は傷口にタオルをあて、おさえていた魔力を解いた。すると傷口から今まで抑えていた血が流れだしてきた。
「ひぃっ!」
「見るのが苦手ならこっちにおいで」
染矢さんが小さな悲鳴を上げたため、片山さんがその大きな胸で染矢さんの顔を包み込んだ。少しだけ柔らかそうで、包まれたいと思いながら俺は魔力を気に変換させて傷口の部分だけに超再生をかけた。臓器とかなら魔力の消費が高いが、自身の細胞を複製して作ることができる。
「ふぅー・・・・・・」
腕を撃たれたと言ってもそれほど重症なわけではないため、通常よりも早いがいつもよりゆっくりと傷が癒えていく。そして数分も経たないうちに俺の腕の傷はほぼ治っていた。
「へぇー、そういう風に魔法が使えるんだ。もしかして牛鬼って優等生系?」
俺の傷の治る過程を見ていた中垣さんがそんなことを聞いてきた。俺は魔法に関して言えば、固有魔法以外は何でも使えるが、それでも中途半端にしか使えない。ようは器用貧乏と言ったところだ。
「そんなことないですよ。自分は治癒魔法はそれほど使えませんから」
「これで使えないくらいなの? 謙遜し過ぎじゃない?」
「使える人なら魔力がそこまでなくてもこれくらいの傷なら一瞬で治してしまいますよ」
「へぇ、それってすごいね」
「はい。治癒魔法を使う魔法師はそれほどいませんから、使えるのなら重宝されます」
「あたしが使えると思ってるの? あたしは精々精神にちょっと干渉して頭をおかしくすることしかできないから」
確かに中垣さんは錯乱魔法を使えると言っていたな。魔法師を相手にして錯乱魔法が通用するのなら相当の干渉力だと判断できる。
「・・・・・・よし。治ったな」
中垣さんと話しているともう腕の傷が完治していた。これでようやく通常時に魔力が減り続けるということがなくなったことになる。
「すみません、このタオル。血まみれにしてしまいました」
「良いよ、別に。最初からそのつもりだったから。捨てるから頂戴」
「いえ、処分くらいは自分でします」
俺はそのタオルを床に血が付かないように自分のそばに置く。電撃魔法で燃やすのは良いが、迷惑がかかるからそれは帰ってからすることにした。
「あと、少しだけここにいさせてください。魔力の使い過ぎで少し動けそうにありません」
「ん。いつまでもいても良いから、休んでな」
「はい、ありがとうございます」
中垣さんに部屋にいることの許可をもらい、魔力を睡眠モードに移行した。いつもは魔力をすぐに引き出せる状態にしているが、魔力の通り道を閉じて微量な魔力すら出さない睡眠モードにした。寝ている時でも睡眠モードになっていないため、今の俺は寝ている時より無防備だと言える。
俺は精神的にも疲れていても他人の家で寝るということはしないが、目を閉じて少しでもリラックス状態を作るための状態にする。
「牛鬼? 寝たの?」
「いえ、寝ていません。早く魔力を回復させるために目を閉じていただけです」
「そ。寝るのなら布団を用意するから言いなよ」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。そんなに長いをするつもりはありませんから」
「そんな急いで帰る必要ないでしょ? どうせなら話し相手になってよ」
「それくらいならお安い御用です。自分で良ければ話し相手になりますよ」
そう言うと中垣さんは満足そうな笑みを浮かべて居間からどこかに向かった。俺が視線を前に送ると、丁度片山さんと染矢さんが囲んでいる丸テーブルがあった。座る場所を間違えたなと思いながら違う方向を見ると中垣さんが何かを手に持って帰ってきた。
「ほら、あんたが飲めるものは水しかないけど」
「ありがとうございます」
中垣さんからペットボトルの水を貰い、染矢さんも同じく水で中垣さんと片山さんはアルコール飲料だった。中垣さんはそういうイメージを持っていたが、片山さんはそういうイメージがなかったから意外だった。
「こっちに来れば?」
「・・・・・・はい」
できることなら物理的な距離も取っておきたかったのだが、大人しく中垣さんの言葉に従うことにした。俺は丸テーブルの片山さんと染矢さんの正面になるように座った。俺の隣には中垣さんが缶に入っているアルコール飲料を開けて飲んでいる。
「ぷはぁっ! やっぱり仕事の後のお酒は最高!」
「良いんですか? お風呂に入った後じゃなくて」
「何? あたしがお風呂に入っているところに入ってくるつもりだったの?」
「それはないので心配しないでください」
「あたしに魅力がないって言うのか⁉」
「うわっ・・・・・・」
中垣さんはもう酔っ払っているのかと思うくらいのテンションだった。これを見ていたらカホさんを思い出すからやめてほしいものだ。だがここで直球で物を言うのはお邪魔している身で失礼だから適当に流しておくことにした。
「あんたって、どうしてこの仕事を続けているの?」
「前にも言いましたが、自分の家がそういう家ですから続けて――」
「そういうことじゃなくて、あんたはどういう思いで仕事をしているのかってこと」
お酒を飲みながら俺に気軽に聞いてくる中垣さんだが、これは俺の家柄に関係していることだからそれを説明しないと俺の事情を説明できない。そしてそれをあまり説明したくはない。
「まぁ、使命みたいな感じでしていますよ」
俺の事情を言わずに言えることがこれだけだった。間違っているわけではないからこれで良いとも思った。そこまで俺の説明を赤の他人にするつもりはないからな。そもそも俺自身が俺の事情が嫌いだから言いたくないというのもある。
「何? そのハッキリと言わない感じ。何かある系?」
「そんなところです」
「ふーん、そうなんだ。あたしはね、お金のためにこの仕事をしているのよ」
「はい?」
中垣さんが急に自身の仕事をする動機を言い出した。もう酔っ払っているのかと思ったが、手に持つお酒を見ているその目はそんな感じではなかった。俺は大人しくその話を聞くことにした。
「その理由があたしには年の離れた妹がいて、その妹が重い病を患っているからその治療費としてこの世界でお金を稼いでいるわけ」
あっけらかんとした表情で中垣さんはそれを言っているが、そこそこ重いお話だ。だがどうしてそんなことを今言っているのだろうか。もしかして俺の事情を言うために、とかか?
「寧音さんはどうしてこの仕事を始めたの?」
「えっ? わ、私ですか?」
「うん、そう」
中垣さんは俺ではなく片山さんに理由を聞いた。それに戸惑っているようだったが、俺の方に一瞬だけ視線を向けて口にした。
「私は専業主婦をしているのですが、うちの主人がその、そんなに性格がよろしくない人なので、それから逃げるためにこの仕事を始めました」
最初会った時から片山さんから専業主婦っぽい素敵な雰囲気が醸し出されていた。専業主婦という点は納得だが、それなら今は旦那さんから逃げているということになるのか。闇が深いな。
「夏羽ちゃんはどうしてこの仕事をしているの?」
「・・・・・・ん」
「何か伝えたいの?」
「ん」
染矢さんは片山さんの服の袖を軽く引っ張って片山さんに意思表示をする。そして片山さんの耳元で何かを話しているようだった。俺は染矢さんの声を全く聞いたことがないが、意思表示をするつもりはないというわけではないと思う。
「えっと、夏羽ちゃんは、両親の仲が悪くてお母さんもお父さんも家に全くいなくて、寂しいからこの仕事をすることにしたって言っています」
染矢さんの理由を聞いて、俺は気分が重くなる。染矢さんも闇が深く、これは完全に親が悪いとしか言いようがない。子はそれをどうすることもできないから、この子が家出したとしても俺は何も言えない。帰れとも親と向き合えとも言えない。
「で、牛鬼は?」
「・・・・・・自分はさっき言いましたよ」
「みんな言ったんだからあんたも言いな。それとも自分だけ言いたくないを押し通したいの?」
やっぱりこれを狙っていたのだと俺は無理やりすぎだろと思った。確かに三人ともがこの仕事をしている理由を聞いて、言いにくいことだと分かった。でも中垣さんはこの二人の理由を聞いていたと思わずにはいられなかった。でなければここで理由を気軽に聞けるものではないと思った。
「分かりましたよ・・・・・・」
だがここまで話す雰囲気にされては話さないわけにはいかない。ここに置かせてもらっているのだから嫌でもそれくらいは話すべきか。それなら家についても少し話さないといけない。
「守護十二支。この言葉を知っていますか?」
「守護、十二支? ・・・・・・聞いたことない。寧音さんに夏羽ちゃんは?」
「いえ、私も知りません」
守護十二支について、中垣さんを始め片山さんも知らず染矢さんも頭を横に振って知らないことを意思表示してくれた。まずそこから軽く説明することにした。
「自分のことを説明するにはまず守護十二支について説明しないといけません」
「うん、聞くよ」
「はい。守護十二支とは、簡単に言えば日本を守るために作られた魔法師の集団です。それも干支になぞらえて苗字が付いています。自分は牛の干支を冠する牛鬼家の長男として生まれました」
「ちょ、ちょっと待って。日本にそんな魔法師の集団があるの?」
中垣さんは俺の守護十二支の説明を聞いて待ったをかけた。
「はい、あります。いつから始まったのかは定かではありませんが、江戸時代からはあったとされています」
「・・・・・・何だか、壮大な話だね。それで、その家は日本を守ることが役目なわけ?」
「はい、そうです。今でこそ一般人から魔法師を選出するなどしていますが、戦争や時代背景には魔法が使われていることが横行してそれらすべてを守護十二支が罰していました。そんな日本を守る守護十二支家に生まれたのだから、自分は魔法師としての道を歩むことしか許されませんでした。さっきも言いましたが、自分の家では魔法師になるのが当たり前、魔法師になることが使命となっています」
「それは、あんたが納得しているの?」
「納得している、納得していないの話ではありません。これは自分が牛鬼朔弥として生まれたのですから、魔法師として生きているだけです。まぁ、使命以外に思っていることがあるとすれば、自分が殺している魔法師がいないおかげで、助かる命があると考えるようにはしています」
「その生き方、すごく窮屈そうね」
「そうですか? 仕事さえしていれば、基本何していても許されるのであまりそう思ったことはありません。ようは生き方の違いですよ」
俺が言い終えると、誰も何も言わなくなった。別に不幸話をするつもりはないし、これは守護十二支家の全員がそういう運命になっている。この使命が無くなる時は、魔法が公表されてちゃんとした公的機関ができた時だ。魔法が知られていないから、魔法を取り締まるノルニル魔法連合とかが知られていないから悪さをする魔法師が後を絶たないのだと考えている。
「自分の話はこれで満足ですか? 自分の話はつまらないですから、あまり自分の話を聞くことはお勧めしません。正義という建前で人を殺しているただの殺人鬼ですから」
俺は自分のことを殺人鬼とは思っていない。呼吸しているみたいに人を殺しているから、自分の快不快や衝動などの理性のタガが外れている殺人鬼よりよっぽどたちが悪い。
「何? それはかまってちゃんをしているの?」
中垣さんはお酒をあおってから俺にそんなことを言ってきた。まぁ、かまってちゃんに聞こえなくはなかったと思った。
「まさか。そんなつもりはないですよ」
「それじゃあ無意識でかまってちゃんをしたの?」
「まずそのかまってちゃんから離れてください。そもそも話すことを言ったのは中垣さんじゃないですか」
「勝手に言い出したんじゃなかったっけ?」
「こんな話を勝手に言い出しませんよ。中垣さんが男性からモテなくなるくらいにあり得ないですよ」
俺はあり得ない度合いを言うついでに中垣さんをさりげなく褒めてこの話を終わらせようとしたが、突然中垣さんが黙り込んだ。どうしたのかとそちらを向くと、中垣さんは死んだ目をしてお酒の字を見ていた。俺はそれが分からずに片山さんの方を見ると、言っちゃったみたいな顔をしているではないか。
「ど、どうしましたか?」
「別に、あんたには関係ないから」
中垣さんは急に声音が低くなり、お酒を一気に飲み干した。俺の言葉のどこに地雷があったのか全く分からない。俺が言った言葉の中で一番可能性があるのは、モテなくなるという点だと思ったが、それでも中垣さんほどの美人なら普通に考えてあり得ない。
だが俺は脳内である光景を思い出した。それは昼の学校で美女のクラスメイトをフッているイケメンの姿だった。まさかとは思いながらも、俺はすぐに忘れるように心がける。
「ま、まぁ、自分の話はどうでも良いじゃないですか。中垣さんは魔法師以外に仕事をしているんですよね? どんな仕事をしているんですか?」
俺がそれを言った瞬間、テーブルが思いっきり叩かれた。もちろん叩いたのは中垣さんで、テーブルにはひびが入っている。中垣さんは攻撃性の魔力を手に纏っており俯いていた。中垣さんが出した音で染矢さんは片山さんの後ろに隠れてしまった。
「ど、どうしましたか?」
「別に、何でもないから」
「そ、そうですか」
低い声でそう言っている中垣さんであるが、絶対に何でもないという感じじゃない。もはやどうしていいか分からないこの状況で、俺は一つの選択をした。
「じゃ、じゃあ、自分はこれで帰ります」
魔力はそれほど回復していないが、家に帰るくらいの隠密魔法と身体能力強化する分はギリギリ回復していた。俺がいたら邪魔になりそうだから、帰ることにした。
「あんたの事情だけ聞かせて、こっちの事情は聞かないで帰るわけ? 話し相手になるって言っていたでしょ?」
「そ、そうでしたっけ?」
どっちだよ! あんな態度をされたら帰った方が良いと思うだろ! 確かに話し相手になるとは言ったが、その怖そうな態度をやめてくれと思いましたよ、自分は。
「今日は帰さないつもりでいるから」
「それは少し勘弁してください。深夜は用事があるので」
「それなら、ギリギリまで付き合ってもらうから」
「ははっ、・・・・・・お手柔らかに」
俺は逃げられないように中垣さんに腕をつかまれた状態で近くに座らされた。これでは逃げられそうにないと諦めた。
だが、この状況もどこかで見たことがある気がしてならない。・・・・・・そうだ、これは仮想現実であの酔っ払いにつかまっている時と一緒だ。しかもその雰囲気も似ている気がする。あぁ、これは嫌な予感しかしない。
「牛鬼から見て、あたしってどんな風に見える?」
「美人さんに見えますよ」
「それは分かってるってぇの」
「なら聞かないでくださいよ」
「そうじゃなくて、あたしが男より魅力がないように見えるって聞いてんの」
「なら最初からそう聞いて・・・・・・、ん?」
あれ? 俺の聞き間違いか? そうに決まっているよな? 男より魅力がないように見えるかっていう質問をされるはずがないよな? 天地がひっくり返ってもないよな?
「あの、もう一度言ってもらっても良いですか?」
「だーかーらー! あたしが男よりも魅力がないように見えるかって聞いてんの!」
「あー、はい、分かりました」
聞き間違いではないようだ。良かった、俺の耳はまだ腐っていなかった。腐っているのは中垣さんのお口だったようだ。
「中垣さんは自身が男よりも魅力がないように思えてきたんですか? それは病院に行った方が――」
「あぁっ?」
「ごめんなさい、痛いからやめてください」
俺が冗談交じりに中垣さんにそう言うと腕をかなりの力でひねられながら睨みつけられたため、俺はすぐに謝った。これは冗談がきかないくらいに怒っていらっしゃると判断した。
「中垣さんはどの女性よりも素敵で、普通の男性なら誰でもアピールしてくる美女さんですね!」
「やっぱりそう思う? てことはあんたもアピールして来るってこと?」
「いえ、それは違いますね。自分にも選択権がああああああああああっ! 痛いです! 今すぐにでもアピールしたいくらいに素敵ですよ!」
中垣さんの言葉を素直に否定したところまた腕をひねられてしまったため、俺は自分の意見を曲げてしまった。こんなことで意見を曲げる自分に怒りを覚えながら、さっきからひねられている俺の腕に謝罪する。
「そうだよねぇー。なのに何であたしは男どもにフラれたんだろ?」
「フラれたんですか?」
「うん、固定の客が昨日でもうゼロになったんだけど。これだと仕事にならないんだけど」
「あー、はい、それは、何とも言えないですね」
「それに男どもは他の女ができたのかと聞いたら、気になる男がいるとか言い出したんだよ? マジあり得なくない?」
「ははっ、それは、本当にあり得ないですね、はい」
俺のことではないのに少しだけ俺も傷つき、その日は日をまたいでも中垣さんの愚痴を聞き続けた。
次回は三月二十二日にデウス・エクス・マキナ五話を投稿します。