中垣千尋の場合。
夜の街は人々が行き来しており、会社が終わって飲みに行っているスーツを着た人が多い気がする。そんな中で俺は制服を着て堂々と歩いていた。普通なら夜に高校の制服を着ていれば変な注目は受けるだろうが、誰も俺のことに気にかけない。警察官とすれ違っても何も言われない。
そんな中で夜の街を歩いて行くと、一つの建物の前にたどり着いた。入口から大人な雰囲気を醸し出しているそのバーに入った。そこは薄暗いが落ち着いた雰囲気なバーで人がチラホラおり、俺はカウンター席に座る。
「ご注文は?」
「スティンガー」
グラスを拭いているダンディな男性が注文を聞いてきたため、俺は意味の分からないカクテルの名前を出した。するとダンディな男性は俺の目をジッと見てきた。俺も死んだ目をして見返すと、ダンディな男性は違う方を見た。
「あちらでお待ちです」
「どうも」
ダンディな男性が示した方向にはテーブル席があり、そこにはこちらに背を向けて座っている女性が一人いた。俺はカウンター席から離れてそちらのテーブル席に歩いて行くが、そっちに向かうにつれてなぜか見覚えのある長い茶髪が波打っているのが分かる後ろ姿であった。
「お待たせしました」
「全然待ってないか――」
俺が女性に向かってそう言うと、女性は立ち上がってこちらを振り返った。そして俺とその女性はお互いを見てお互いが驚いた顔をした。しかし俺はすぐに普通の顔に戻した。
「あれ? 牛鬼じゃん」
「どうも、こんばんは。中垣さん」
立ち上がった女性は、俺が先日仕事で一緒だった中垣さんであった。まさかまた一緒になるとは思わなかったから、少しの気まずさはある。
「ていうか、あんたは何であたしが送ったメールを返さないわけ?」
「送られてきてましたか? 知りませんでした」
俺は中垣さんの正面に座り、どう言い訳をしようか考えた。前に仕事をした時の最後に俺のメールアドレスを渡して、その翌日にメールが送られてきた。だが俺は返事をせずに無視をしていた。どうせ会わないと思ったからだ。
「違うメールアドレスを教えてたわけ?」
「そんなわけないですよ。・・・・・・ほら、教えたメールアドレスとここに書いてある自分のメールアドレスは合っていると思いますよ」
俺は中垣さんに俺のスマホを取り出して自分のメールアドレスが書かれている画面を見せた。その画面を見た中垣さんは、俺の手からスマホを奪って俺のスマホを操作し始めた。
「やっぱり、届いてるじゃん。それに既読になってるし。つまり無視してたってわけ?」
「端的に言えばそうですね」
「ふんっ」
「いっつ」
ジト目で見てくる中垣さんに俺は開き直って正直に言うと足のすねを蹴られてしまった。これは俺が完全に悪いため、甘んじて受けるしかない。
「中垣さん? 何をしているんですか?」
「友達追加」
中垣さんは俺のスマホと中垣さんの取り出した彼女のスマホで何かを操作しており、友達追加をできるものは某アプリでしか俺は知らないため俺は中垣さんにやんわりと注意する。
「あの、中垣さん? 人のスマホを勝手に操作するのはどうかと思いますよ?」
「人からのメールを無視するのはどうかと思うわよ」
メール無視のことがあるため俺は中垣さんに何も言えなかった。俺は黙って中垣さんの操作が終わるのを待ち、少しして中垣さんは俺にスマホを返してくれた。
「これで友達追加できたから、今度はちゃんと返信しなよ」
「まぁ、時間があれば」
「返信しなよ?」
「・・・・・・はい」
中垣さんの圧に押されて返信しなければいかなくなった。だが、どうして中垣さんと一緒に仕事をするのかよく分からなかった。今までは一度も同じ人と二回目の仕事をすることはなかったのだが、今回に限って言えばそれは違っていたらしい。
「そう言えば前回、あんたが同じ人と組むことがないって言っていたけど、あれ嘘じゃん。あれからあたしは寧音さんとか夏羽ちゃんとかと組んだわよ」
「・・・・・・普通は、そのはずなんですが」
あれから俺は一人で仕事をしていたのだが、一人では仕事ができない中垣さんはあの時組んでいた女性と女児とまた組んでいたらしい。気にすることではないが、これまで思っていた法則が機能しなくなれば迂闊にもう会わないから適当なことは言えない。
「あんたは最近どうなの? 元気でやってるの?」
「見た通りです」
「見て分からないから聞いてんのよ。それで、どうなの?」
「・・・・・・まぁ、元気ですよ。そこそこには」
「ふーん。勉強とかできる方なの?」
「中垣さんは自分の姉ちゃんかお母さんですか。仕事相手にそこまで気にしなくて良いと思いますよ」
「気にしているんじゃなくて、単純に気になっているだけよ。それで?」
「・・・・・・普通ですよ。可もなく不可もなくです」
この人はどうして俺のことをそんなに知りたがるのか、よく分からない。だが単純な好奇心であることは分かっているため、無下にはできない。
「さっきスマホを見た時に思ったけど、ほんとに牛鬼って友達がいないのね。アプリは持ってるのに友達ゼロ人ってどういうことなの?」
「もう仕事の話をしません? 自分の傷をえぐって楽しいですか?」
「あたしは心配をしているだけよ」
「大きなお世話って言葉を知ってますか?」
このままだといつまでも仕事の話にならないため、俺は無理やり仕事の話をすることにした。淡々と仕事の話をする人の方が俺は合っているから、こういう人と合わせないようにしてほしいと言っても無駄なことは分かっている。
「それよりも、今回の仕事の内容を分かっていますか?」
「一応ね。今回は違法風俗店だっけ? それって警察の仕事じゃないの?」
「普通の違法風俗店なら警察の仕事です。ですが、魔法を使用している時点でこちらの領分です」
「そうなの? それってどこから情報が入って来たりしてんの? それに警察とかち合うことはないの?」
「それ本気で聞いてますか?」
まさかそんな初歩的なことを聞かれるとは思わず、真顔で信じられないという表情で聞いてしまった。まずこの仕事をするにあたってそれを聞いておかなければ仕事にならないためだ。
「そ、そんな顔しないでよ」
「いえ、本当に信じられないからこんな表情をしてしまいました。もちろん、冗談ですよね?」
「・・・・・・仕事までまだ時間があるから、少し教えてほしいなぁ、なんて」
「最初に説明されたはずでは?」
「あー、そんな説明をされたような気がするけど、お金のことしか聞いてなかったから忘れたわ」
俺は本当にこの人と仕事をして良いのかと心配になった。俺のような学校に行って魔法師になる通常の魔法師とは違い、中垣さんのような魔法師は最初にあらかたのことは説明され、絶対に忘れないでと言われている。それを忘れていると言われては、どうしていいか分からない。
「では、今回仕事をするにあたって必要な情報だけ教えておきます。しっかりと聞いていてください」
「やりぃ! ありがとー、朔夜くん!」
「その呼び方はやめてください」
これは教えないといけないと思ったため、俺は説明することにした。それを聞いた中垣さんが嬉しそうにしているが、中垣さんとまた組むことになったらその都度説明しないといけないことになったら、俺は仕事をさせるのではなく勉強をさせることにした。
「まず、魔法師の大部分はノルニル魔法連合という世界規模の魔法協会に所属しています。中垣さんも所属していますし、自分も所属しています」
「確かにノルニルって言葉は聞いたことがあるかも。そのノルニル何とかに魔法師全員が入ってるの?」
「いえ、違います。魔法師だからと言って、そこに入っていないといけないというわけではないですし、そこに入っていないから悪い魔法師というわけでもありません。ただ魔法師として活動しやすく魔法師としての地位を保護してくれる大きな組織がノルニル魔法連合なので、大抵の魔法師はそこに入ります」
ノルニル魔法連合に入っていない魔法師はそこそこいる。代表的な例として陰陽師とかは独自の社会を築いているためノルニル魔法連合に入らない方が良いという選択肢もある。
「そして、日本とノルニル魔法連合は同盟関係にあります。ですからノルニル魔法連合所属の魔法師が魔法を悪用している人を排除することを日本では許されていることになります。ですから、魔法が絡んでいる事件はノルニル魔法連合が基本的に対処することになっているため、警察の介入などは心配しなくていいんです」
「へぇー、そうなってるんだ。牛鬼は色々と知ってるのね」
「あなたが知らなすぎるだけです」
まぁ、ノルニル魔法連合と日本はそこまで関係が良いわけではない。日本は日本政府で魔法師に対抗した軍隊を持っていたりするから、たまにそこの軍人とかち合うことがある。その時は俺が軍人を排除したから俺がその魔法師を処理した。
ノルニル魔法連合に所属していれば、日本の軍人を殺したとしてもこちらは何も罪に問われない。逆に日本が俺を殺せばノルニル魔法連合と日本が戦争になるかもしれない。それほどまでにノルニル魔法連合での魔法師の地位は高い。
「さて、もう時間ですから仕事に向かいますか」
「そうね、行こうか」
時間も丁度良かったため、俺と中垣さんは立ち上がってバーから出た。今回はバーから少し歩いたところに目的の違法風俗店がある。あのバーはここら辺に目的地があれば待ち合わせ場所として使われている。隠密魔法が使えない人とかはあそこで時間を潰したり魔法をかけてもらったりする。
「そう言えば、牛鬼はどうしてそれで周りから変な目で見られないの?」
「それって、高校の制服のことですか?」
「それしかないでしょ。この時間帯に制服は通報されるでしょ」
「それは心配ないですよ。自分には事象干渉魔法がかかっているので普通の人では自分の姿はどこにでもいる大人にしか見えませんから」
「へぇー」
分かっているのか分かっていないのか、分からない返事が中垣さんから返ってくる。これは別に説明しなくても問題ないため、俺はそれを無視して今回について話す。
「今回も前回と変わりません。自分が先行します」
「ちょっと待ちな。それって、そこにいる全員をまた前回みたいにするってこと?」
前回と今回の違うところは大きく二つある。一つは規模で今回は二人で十分だと思われるくらいで、もう一つは処理対象ではない人間がそこにいるということだ。それを中垣さんが指摘している。
「まさか。さすがに魔法に巻き込まれている人を殺しはしませんよ。それに今回は中垣さんにもついてきてもらいます。その方がやりやすいと思うので」
「どういうこと?」
「巻き込まれた人を保護する役割を担ってほしいんです。自分が魔法違反者たちを殺していきますから」
「・・・・・・あんたにはその魔法を使っている人と魔法を使っていない人の違いは分かるの?」
「もちろん分かりますよ。魔法を使用されている痕跡はよほどの実力者でなければ消せませんから」
魔力を持つ相手に干渉する魔法を使用する場合、魔力を相手に残しやすい。そのため直前で解いていたとしても分かる。
「そ。それじゃああたしが保護するから、あんたは片付けよろしく」
「はい」
思ったより何も言われなかったため、俺は余計な気を遣わなくて良かったと思いながらも少し小さめの目的の風俗店にたどり着いた。俺と中垣さんは目を合わせて頷き合い、俺が先頭に風俗店に向かう。
「いらっしゃい、お客さん」
お店の前にいた男性が俺に話しかけてきた。その瞬間に男性の魔力の流れを確認すると、魔力を受けた痕跡がなく魔力を使用した痕跡もない雇われた人間だと現状では判断する。俺は目の前の男性に精神干渉を行い精神を安定させた。
「ちょっ!」
すると男性は前のめりに倒れてきたため俺が避けると中垣さんが受け止めた。中垣さんの方を見るとこちらを恨めしそうに見てきた。
「普通こういうのは男のあんたがするもんでしょ! ていうか重いから持って!」
「中垣さんも避ければよかったじゃないですか」
俺は中垣さんの方に倒れた男性の腕をつかんで店の壁にもたれかからせて座らせる。周りの人間には領域干渉を行っているため俺たちが何をやっていても不思議には思われない。
「殺しては、ないの?」
「はい、魔法師ではないと分かっていますので、保留です。魔法師に加担して悪さをしていればそこはノルニル魔法連合が処分します」
「処分って、言い方が酷くない?」
「魔法はこの人間社会を簡単に壊すことができる手段です。それを悪用している時点で、社会の害と判断しなければ今の人間社会の秩序は保てません」
「・・・・・・ふぅ、そっか。まぁ、そうね」
俺の言葉に納得してくれたか分からないが、俺と中垣さんはお店の中に入っていく。入ると、すぐそこにあるカウンターにいる男性が営業スマイルでこちらを見てきた。俺は話しかけられる前に魔力判断を行い、魔法師だと理解した。
「いらっしゃいま――」
「すみません、客ではありません」
「それではどのようなご用件ですか?」
「ノルニル魔法連合からの魔法師、だと言えば分かりますか?」
それを聞いたカウンターの男性は営業スマイルから驚愕の表情を浮かべて俺に魔法を放とうとしてくる。だが俺はそれより前に男性の頭を拳銃で撃ち抜いて魔法の行使を阻止した。
銃声はいつもの振動魔法で封じて、俺は防音結界をこの店全体に張った。この風俗店は思ったよりも小さいため、俺の魔力と干渉範囲でも防音領域を張ることができた。これで中が騒がしくても外には何も漏れ出さない。
「では、行きましょうか」
「分かった」
俺は中垣さんに声をかけてそのまま中に進んで行く。進んで行くといくつかの部屋があり、そこそこ人がいる気配がしていた。風俗嬢と一般人の客と従業員、そして魔法師。ここはすでに俺の領域であるため誰がどこにいるのか手に取るように分かる。
「何か、変な感じがしない?」
そして、魔力を認識していない非魔法師には分からないが魔力を認識している魔法師にはこの領域は他人の魔力によって支配されている領域として理解できてしまう。
「これは自分の領域干渉魔法です。魔法師には分かるようになっています」
「えっ、それって大丈夫なの? 中にいる魔法師に気づかれないの?」
「むしろそちらの方がおびき出せますよ。何せこの異常は魔法師にしか分かりません。そしてこの異常を知った魔法師は、きっと何か起こったのか確認するために慌てて出てくるはずです」
俺がそう言った直後、急いで奥の部屋から出てくる一人の小太りな中年男性がいた。その男性の表情は焦ったもので、すぐに逃げようとしているのは分かった。
「止まってください」
「ひぃっ!」
走ってきた男性の前に出て俺がそう言うと、男性は俺の姿を見た瞬間に急ブレーキをかけて尻もちをついて座り込んだ。その表情は恐怖にまみれたもので、震えて歯をがたがたと鳴らしていた。
「あなたは、魔法師ですね?」
「ち、違う! 私は魔法師ではない! 私は無理やりここで働かされていた一般人だ!」
「それならどうして急いで出てきたんですか?」
「そ、それは、用事を思い出したからだ! 私は急いで帰らないといけないんだ!」
「それならどうして自分の顔を見てそんな怯えた表情をしているんですか?」
「わ、私は人見知りだからな! 知らない人を見るとこんな表情になるんだ!」
「そうですか。では言い訳はそれで良いですね?」
俺は大量の汗をかいて必死に生き延びようとしている男性に拳銃を向けた。男性は足や手を使って座ったまま後ずさり、恐怖で失禁していた。
「わ、私は魔法師ではないから助けてくれ!」
「いつまでそう言っているんですか?」
「き、君には私が魔法師だという証拠があるのか⁉」
「その言葉だけであなたが魔法師として無知なのは分かりました。良いですか、魔法師というのは何もしていなければ魔力を身体からあふれ出しているんですよ。だからそこを抑えて無駄な魔力を出さないようにしますが、あなたはそれができていない。野良の魔法師だということがバレバレですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「ちなみにあなたも漏れ出していますよ」
「えっ! うそ⁉」
俺が中年の男性に魔力について説明しているが、中垣さんが食いついてしまった。俺の目から見れば中垣さんと中年の男性の身体から微量な魔力が溢れているのが丸見えだ。
「だから、言い訳するのはやめて観念してください」
「・・・・・・んだ」
「はい?」
俺が男性にそう言うと、男性は下を向いて何かをぶつくさと言って聞こえなかったが、すぐに男性は顔を上げて俺に大きな声で言葉を放ってきた。
「私が何をしたと言うんだ! 私はただ私が持っている力を使って人を動かしていたにすぎない! 私の他にも魔法を使わずに人を動かしている人などいっぱいいるだろう! なぜ私だけが裁かれなければならないんだ! 魔法は私が持って生まれた正当な権利だ! それを使用することに制限をかけること自体が間違っているんだ!」
何を言いだすかと思えば、くだらない価値観であった。今までに処分してきた魔法師の中にもこういうことを言いだす奴がいたが、どいつもクズな奴らばかりだった。
「言いたいことはそれだけですか?」
「ま、待ってくれ。金ならいくらでも払う! き、君がいるなら女をいくらでもやるから――」
「人というのは死に際に後悔があれば懺悔しますが、あなたは生粋のクズだったようですね」
「ま――」
中年の男性が俺に手を突き出して魔法をかけようとしていたがその前に俺の銃弾が彼の眉間を撃ち抜いた。静かになった店内は血とアンモニアと硝煙のにおいが充満している。
「これで、終わり?」
あまり撃ち抜かれた男性を冷たい目線で見つめる中垣さんが俺にそう聞いてきた。おそらくこの中年の男性がここの経営者であったことは間違いないが、それ以外にも一人だけ魔法師がいることは分かっている。だがその魔法師は一向に出てこなかった。
「いえ、まだ一人だけいます。この部屋に――」
俺と中垣さんが部屋の前に来て俺が言い終える前に、その部屋から大きな音が聞こえてきたと思ったら扉が吹き飛んできた。俺は魔力を具現化して魔力障壁として俺と中垣さんの前に展開する。その隙に一人の若い男が部屋から飛び出してきた。
俺は逃がさないように拳銃で狙い撃ちしようとするが、中から一人の女性が俺に飛びかかってきた。すぐに精神干渉を受けていることに気が付いた。その女性から他の魔力を取り出すことは時間をかけないとできないため、一度精神を落ち着かせて眠らせることで止めた。
「お前ら出てこい! 廊下に出ている男と女を抑え込んでいろ!」
男性が走りながらそう言い放つと、すべての部屋から半裸や全裸の女性がすぐに出てきて俺たちに飛びかかってきた。ここまで精神干渉を行っている奴を野放しにはできないため、俺は中垣さんに言葉をかけながら若い男性の方に走り始める。
「中垣さん! その女性たちを頼みます! 自分はあいつを追いかけます!」
「頼みますって、どうすれば良いの⁉」
「精神干渉でそうなっていますから上書きすれば問題ないはずです! あとは何とかなります!」
「分かった!」
精神の上書きはあまりよろしくないが、今はあいつを捕まえる方が優先だと思った。前から全裸の女性が来ているが、電気魔法を使い気絶させるほどの電撃を浴びせて男性を追いかけた。
すでに男性は店を出ようとしていたため、俺は魔力を気に変換させて身体能力を上昇、そして一気に男性と距離を詰めた。
「逃がしません」
「くそっ!」
俺は腕をつかんで動きを止め、男性を地面に抑えつけた。ここは外であるためすぐに事象干渉をして誰にも見られないようにしないといけないと思ったが、さっきまで人がいたのにもかかわらず人が一人もいなくなっていた。
その不自然さに若い男性を電気魔法で一旦気絶させて周りを注意深く観察する。周りには魔力の痕跡がないため、余程の使い手でなければ魔法を使って人払いをすることができない。
「動くな」
ある方向から複数人がこちらに走ってくる音と俺にそう命令する声が聞こえてきた。俺がそちらを向くと濃い緑の服を着て万全の装備をしてアサルトライフルを持った軍人たちが、そのアサルトライフルを俺に向けて構えていた。
フラグを立てた覚えはないが、まさかすぐに回収されるとは思わなかったと憂鬱になりながらも俺は軍人たちに話しかけた。
「それは一体何の真似ですか? それに何が目的ですか?」
「君と話すことはない。大人しくそこにいる彼を渡してくれれば君に危害を加えない」
「それを自分が受けるとでも?」
「私は君を殺したくはない」
彼らのことを日本政府管轄の組織、対魔導軍の軍人だと判断する。対魔導軍は生きている魔法師を使って何かをしていると聞いたことがあるため、渡すことができない。そもそも魔法を悪用している時点で生かしてはいけない。
魔法は一歩間違えれば人を引き戻せないところまで向かわせる危険な手段だ。それを使っている時点でもう魔法を悪用しない人生を送れない。魔法がなければその人たちは生きていけないのだから。それにこいつらはすでに人の人生を狂わせている。
「自分がノルニル魔法連合の魔法師だと分かって言っていますか?」
「はて、そんな海外の組織など知らないな。ここは日本であるから、日本政府が魔法師を管理するのは当然の権利だろう?」
「なるほど、そういう思考ですか。それなら手加減はいらないということですね?」
「非常に残念だが、君という優秀な魔法師を一人失うのは心苦しいよ」
そう言って軍人たちは俺に発砲してきた。俺はすぐさま魔力を具現化した壁で銃弾を防いでいく。ここで問題なのが一つあり、それは俺の残りの魔力量だ。小さいとは言え建物を防音領域を張り、そして魔法を数回放った。まだ半分ほど残ってはいるが、これでは長期戦は不利になる。
俺は手っ取り早く撃ってきている軍人の一人に精神干渉を行おうとした。だが、精神干渉は行えなかった。精神干渉に失敗したのではなく軍人たちの周りに干渉できないという方が正しいと思った。
「なるほど」
魔法師と軍人が争えば、どれだけ軍人が武装していても魔法師に勝つことはできない。だから俺は最初軍人の余裕が分からなかったが、こういうことだと理解した。俺は何ができるのか何ができないのかを早めに理解するために撃たれながらも色々と軍人に干渉を行った。
最小限の魔力で試した結果、おそらく物理干渉と精神干渉は俺の干渉力では通用しない。だが事象干渉と領域干渉は通用することができる。いつまでも空気を圧縮した壁で魔力を消費させるわけにもいかないため、俺は軍人たちの周りの領域を干渉して重力をかけた。
「がっ!」
「こ、れは」
軍人たちはすぐに重力に逆らえずに膝をついて手をついた。そして俺は力いっぱいに魔力を重力魔法に変換して軍人たちの身体をバキバキにするまで重力でおさえつけた。
「ハァ! はぁ、はぁ・・・・・・はぁ、ふぅ」
呼吸が乱れているのを整えて、俺は軍人たちの元へと向かう。軍人たちからは血が出ており、手や足が違う方向に曲がっている人もいれば、骨が皮膚から突き出ている人もおり、全員が絶命していた。
「ッつ」
腕に痛みを感じて腕を見ると二の腕に銃弾が貫かれた痕跡があり、手に血が垂れてきていた。魔力があればすぐにでも気に回したりしていたが今はその余裕がないため後回しにすることにした。
とりあえず気絶している若い男性を俺の拳銃で撃ち抜いて殺し、中垣さんの様子を見に行くことにした。中に入ると中垣さんがまだ女性にもみくちゃにされているが、それでも大半の半裸や全裸の女性は倒れていた。
「中垣さん、無事ですか?」
「こっちは無事って、その腕どうしたの⁉」
「ちょっと撃たれただけです。それよりも手伝いましょうか?」
「それは大丈夫。もう終わるから」
中垣さんがそう言うと、中垣さんの周りにいる女性たちを物理的に気絶させていった。まさかこうして気絶させているとは思わなかったため、少しだけ笑みを浮かべてしまった。
「ふぅ、いい運動になった。それで、あの男は殺したの?」
「はい、無事に仕事は終わりました。中に客がいますが、それはノルニル魔法連合に任せましょう」
「そうね。あたしも疲れたぁ」
俺はノルニル魔法連合日本支部に連絡し、制圧したことと軍人たちが邪魔してきてそれを始末したことを伝えた。待機していた日本支部の処理部隊がすぐにそちらに向かうと連絡を終えた。
「この人たちって・・・・・・」
中垣さんが外に出て俺によって殺された軍人たちの姿を確認して戸惑った表情を浮かべている。
「気にしなくて大丈夫ですよ。そいつらは殺しても問題ないですから」
「問題ないって、この人たちって軍人でしょ? 大丈夫なの?」
「はい。自分を殺そうとしてきている時点で、ノルニル魔法連合が反撃しても良いと定めてくれていますから」
「ノルニル何とかが良いって言っても、日本で問題にならないの?」
「そこも問題ありません。ノルニル魔法連合は支部がある場所にある程度の実力者を置いておきます。それが抑止力になり、ノルニル魔法連合の魔法師を日本が手を出せないようになっています」
そうは言っても、今みたいに銃を撃ってきて隠ぺいするという件が後を絶たない。日本とノルニル魔法連合の溝はそれなりに深いと言える。
「いっつ・・・・・・」
「それ大丈夫じゃないよね?」
処理部隊がここに来るまで俺たちは誰も逃がさないように風俗店の前に立っていたが、俺は腕から血が止まらずに痛みも続いている。少しでも落ち着いて魔力を回復させないといけないと思ったが、これでは魔力の回復はできなさそうにない。
「・・・・・・あんた、これから時間ある?」
「まぁ、ないことはないです」
「それならうちに来たら? ここからあたしの家が近いから手当てするよ?」
「いえ、大丈夫です。そこまでしてもらうわけにはいきませんから」
「あたしがしたいって言ってるんだから、大人しく手当させられたらいいでしょ」
「・・・・・・それなら、甘んじて受けます」
「そうしな」
正直中垣さんの提案はありがたかった。家に連絡すれば迎いに来てくれるが、俺は家に頼りたくなかった。だからここから家までこの傷で歩いて帰ることは辛く、どこかで休まないといけないと思っていたところだ。
そして少しして処理部隊の人たちが来て死体や精神干渉を受けていた女性たちを回収していく。
「それじゃ、行こっか」
「はい。ありがとうございます」
それを見届けた俺と中垣さんは、中垣さんの家へと歩を進めた。
次回は三月十九日にデウス・エクス・マキナ四話を投稿します。